第92話
空に聳える黒い巨塔。
口にくわえられているダイマオウイカすら小さく見える。
見た目はマッコウクジラだけれど、リンゼ曰く目の前のあれはクジラの魔物らしい。
ゲームの中で出すなら設定としては面白いのかもしれないけれど、水面から出している頭部分だけで既に50mもあるのは流石にやり過ぎだと思う。
あんなん、ゴ〇ラよりデカいじゃん……。
確か初代は、50mくらいじゃなかったっけか?
因みに俺は、ガ〇ラの方が好きだった。
特に平成3部作の2作目な!
現行兵器を使う自衛隊が戦力になってるのがカッコよくて……。
「よし、現実逃避終了と」
「アンタ、よくこの状況でそんな達観した表情になれるわね?」
「これでも死を体験してるからな。しかも、この世界で生まれ育ったのがあの村だぞ?ハチャメチャにはだいぶ慣れた」
「……流石に申し訳なくなるわね……」
そうだな。
俺にお姫様抱っこされたままの前世の死因よ。
「王様!このクジラはどうしたらいいですか!?てか、倒せるんですかねこれ!?」
『倒せるのは判明している!だが、絶対に倒すな!何とか追い返せ!』
「追い返すっつったって、アイツが少し機嫌を損ねただけでこの辺り一帯に津波発生しません?」
『だから無暗に攻撃できんのだ!』
まだ海の上を走っていってイカを締めて来いって言われる方が簡単だった気がする。
それにしても、倒せるのが判明しているって事は、過去に倒した奴がいたんだろうか?
だったらもう倒した方が話が早くない?
「なんなら俺が何とかして倒してきましょうか!?」
『ダメだ!昔お前の親父と俺で倒したんだがよ!大量の血液が湾に流出して王都中が1カ月は腐臭で溢れた!確かに魔皇クジラの肉は絶品だが、体中が汚物だと思って対処しろ!』
思ったより身近に倒したバカがいたらしい。
まあ確かに、クジラの死体なんて前世でも処理に困ってたもんなぁ。
これが外海とかなら、餌も少なくてサメや魚たちのいい食料にもなるんだろうけれどな。
確かクジラの皮下脂肪を口いっぱいに食いちぎって食べることが出来たサメは、その後1年くらい絶食しても死なないんだったかな?
その位優秀な餌なんだけど……。
「まあ、あのサイズの生き物が腐ったらそりゃ臭いよな……」
「燃やそうにも、あの大きさのクジラを燃やしきるのには、相当な魔法を使い続けないといけないでしょうからね……。はっきり言って、安易にネトゲ版のレイドボスを連れてくるんじゃなかったわ……」
「ホントにな!何してんだよマジで!」
「だ……だって!皆と協力して大きな敵を倒すのってロマンあるじゃない!?」
そのロマンで、王都が大変な事になりそうなんだが?
「そんな目で見ないでよ!だって、フレンド居なかったからイベントのレイドバトルでもないと協力プレイできなかったのよ!」
「お前なぁ……まあいいや。どうしたら被害を最小限にして追い返せると思う?」
「……正直に言うと、極力刺激せずに祈るのが一番じゃないかしら?暴れられたら、それこそ湾の中で津波が発生するわよ?」
あーもう!
倒したら腐って地獄だし、倒さなくても地獄かよ!
やっかいだなデカいって!
次に何をしたらいいか俺が迷っていると、ダイマオウイカを加えた魔皇クジラがだんだんと沈み始めた。
あーくそ!
やっぱりアイツ、イカを食いに来てたのか!
それも、こんな湾の中にまで!
王様が言ってた、あのイカを早く倒さないとでてくるもっとヤベー奴ってのは、このクジラだったわけだな……。
そのまま海中に正確に沈んで行ってくれればそこまで波も立たないだろうけれど、角度が段々とこっち側に倒れてきている気がする!
流石に軍港にぶつかる距離ではないけれど、それはそれとしてあんな勢いで巨体が海面に倒れ堕ちたら、かなり重大な高さの波が発生するだろう。
そんな波が到達したら、この港内だけでもかなりの犠牲者が発生するんじゃないか?
流石に港内で船着き場側に倒れてきているから、流石に他の湾岸各所まで飛び火するほどじゃないとは思うけれど……。
「大試!お待たせ!」
「聖羅!?ここ危ないぞ!」
「大丈夫!聖女パワーで結界を張る!完全にすべての波を打ち消すのは無理でも、1回目を止めることくらいなら出来ると思う!だから、手を握っていてほしい!」
「その位ならお安い御用だ!頼む!」
波なんて言うのは、大抵の場合1度目だけじゃなくて2度3度と押し寄せる。
それでも、倒れた瞬間に発生する第1波さえ止めれば、2波目以降は大分弱まるはずだ。
聖羅の力に賭けてみるか!
「聖羅!この木刀を持って、頭の中で『しゃおら!』って叫んだら大量の魔力を得られるらしい!結界の足しにしてくれ!」
「え……木刀を消しちゃうの……?」
「お前の思い出のその木刀じゃなくて、俺が渡す新しい奴の方な!」
「ならいい。大試の言う事なら従う!」
「リンゼもな!ほら木刀!全力の魔法で波を打ち消すぞ!」
「ええ!やってやろうじゃない!しゃおらっ!」
そう言って、リンゼと聖羅の持つ木刀が光り出し、そして消えて行った。
後には、何か光り輝いている2人だけが残る。
「……すごい、体中が大試に包まれているような濃厚な魔力……!」
「これ……今なら何でもできるくらいの魔力が発生しているんだけど!?」
「頼む!お前たちが頼りだ!」
もうすぐ第一波がやってくる。
でも、畏れる事は無い。
だって、ここにいるのはゲームのメインヒロインになるはずだった奴で、更に元女神のエンジェルまでいるわけだ!
それに、数日前に再会したばっかりだけれど、大精霊様もこっちにはいるんだよ!
「……って、なんでそんな不機嫌そうなんだソフィアさんは!?」
「ワシの出番が来るのを待っておったのに、おぬしが何時まで経っても助けてと呼んでくれんかったからのう……」
「めんどくっさ!?」
「言ってはならんことを言ったぞ大試!?」
まあでも、協力はしてくれるらしい。
「理衣よ!ワシに合わせて指パッチンじゃ!大波1発目は聖女が止めてくれるそうじゃから、周りと協力して2波目以降を減衰させるぞ!」
「わかりました!」
「うちもやる!魔力は有り余ってるし!」
「頼む!」
ソフィアさんだけじゃなく、理衣やエリザの力も借りられるらしい。
これなら何とかなる!
それに、周りの貴族たちだって魔法は相応に使えるのだろう。
だったら、皆で力を合わせれば怖くない!
「神聖結界……起動!!」
聖羅が船着き場前全体に結界を発動し、そのまま1波目を受け止めた。
同時に結界が砕けた。
流石に1回とはいえ、あの波を止められた事自体がすごい。
今日一番の歓声が沸く。
だけど、まだ終わりじゃない。
2波目を潰すのに、リンゼが魔法を放つ。
俺もそれに合わせてボルケーノを撃ち込むと、1波目より多少は弱まっていた波は、一瞬で弱くなってしてしまった。
これならいけそうだ。
俺のほぼ無尽蔵と思われる魔力は、今の所切れたことも無い。
節約考えずに全力の攻撃で港を守り切る!
3波目はソフィアさんと理衣が指パッチンで、4波目はエリザの究極魔法だかいうもので波を止めていた。
だけど、あと1回ほど波を弱めたい!
あの波さえ止めれば、後はギリギリ港の上にまで海水が登らないだろう高さの波になる!
どうする?他の貴族たちの魔法じゃ厳しいか……?
ボルケーノを全力で撃ってみるか……?
そうも思ったけれど、結局実行に移る事は無かった。
「エクスカリバああああああああ!!!!」
後ろから大口径のビームが波を薙ぎ払った。
これって……?
「有栖も結局来たのか!?イカ苦手なんだろ!?」
「でも!仲間外れは寂しいです!」
「まあ、助かったけどさ。やっぱ凄いなそのエクスカリバー!」
「大試さんからもらった初めてのプレゼントですから凄くないわけがありません!」
最後にエクスカリバーのビームによって危険な波が消し去られたことで、なんとか港の上に波が押し寄せる事は無くなってくれたらしい。
大質量の海水を止めるなんて、皆流石だなぁ……。
でも、肝心のあのでかいイカは、クジラに持っていかれてしまったみたいだし、骨折り損かなぁ……。
『皆様!魔皇クジラはどうやら外洋へ去っていったようです!我々の勝利と言っていいでしょう!』
リンゼの親父さんのアナウンスが再開した。
流石に娘の釣りあげようとしたデカいイカが持っていかれたらガッカリしちゃっているかな……?
『残念ながら魔皇クジラにダイマオウイカを連れ去られてしまいましたが、先ほど斬り落とされた触腕を回収することが出来ました!これは、食いつかせた張本人であるリンゼ選手(私の可愛い娘ですが)の釣果としてカウントされます!果たして、誰が今年のイカキングとなるのか!?』
そこから数時間、波乱のイカ釣り勝負の終了時間がやってきた。
まあ十中八九でかいイカ足を釣り上げたリンゼか、子供とは言え全体を釣った俺がイカキングとなるのか……。
果たして……。
『終了ー!今年最も多くのイカを釣り上げたイカキングは……堅実に小サイズのイカを釣り続けた国王陛下です!』
ちっちゃいイカをあの太い触腕よりも多く釣り上げたのか王様……。
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