第91話

 海面から聳える巨大なダイマオウイカ。


 湧くオーディエンス。


 軍港が熱狂に包まれた。




「王様!これどうしたらいいんですか!?」


『倒せ!何としても!早急に!そうしなければもっとヤバいのが来るのだ!』


「これよりヤバいのが!?」




 このダイマオウイカの時点で、海面より出ている部分だけで30mはある。


 恐らく触腕だと思われるでっけー脚に関しては、水面から飛び出したところを見た感じ80m近くあるんじゃなかろうか?


 触腕自体の太さも5mくらいはありそうで、絶対に捕まりたくないな……。




 そもそも、あのやわらかいイカが水上で腹部分を天に向かって聳えさせているのが信じらんねぇ!


 硬いのか魔力によるものなのかわかんねーけど!


 ファンタジーっぽくはある。




 俺が対応を決めかねているうちに、周りの貴族たちがどんどん魔術を展開して乱射し始めた。


 え?皆そんな火とか雷とかもバンバン撃っちゃってるけどいいの?


 食べるんじゃないの?


 それでいいなら俺もボルケーノ撃ってみるけど……。




 って思ったけど、どうやらイカはイカで何かの魔術防壁のようなものを展開しているらしく、魔術が大して効いていないみたいだ。


 たまにその守りを抜けて体に当たっているけれど、魔術防壁で減衰されてしまった魔術では、あのやわらかく水分の多い体相手にあまり有効打にはなっていないらしい。


 そもそも、船着き場から100mは離れているから、どうしたってMAXの魔術を届けるのは難しいんだろうけれど。


 ……リンゼ、どうやってアレを食いつかせたんだ……?


 流石ゲーマーということだろうか……?




『大試!お前は海の上を走れるか!?』




 耳につけているインカムから王様の声が聞こえる。


 とんでもない事を言われている気がするけれど……えーと……どうだろ……?




「やったこと無いですけれど、出来ると思います!」


『ならあのイカまで走って、さっきみたいに締めてきてくれ!お前の剣ならできる!他の者にはお前が走り抜ける道を作らせる!』




 王様の無茶振りがすごい。


 でも大丈夫!この神剣ならね!


 ……できるよな?


 これだけ言って出来なかったら恥ずかしいぞ?




 俺はとりあえず、右手にイカ締め用のカラドボルグを持ち、左手に村雨丸を持つ。


 そして、恐る恐る海に飛び降りてみた。




「お……おおおお!立てる!立てるぞ!」




 皆がイカに集中している横で、1人水面に立てることに感動している高校生。


 それが俺です。


 正直、飛び降りる瞬間めっちゃ怖かった。




 種明かしをすると、自分が立っている水面を村雨丸で操作して立てるようにしているだけだ。


 とは言え、操作しているのは水面付近だけだから、波による浮き沈みはもちろんある。


 プールででかいビート板の上に立っている時みたいな気分といえばいいだろうか?


 立てている事自体はとても気分がいいけれど、不安定過ぎてあまりじっとしても居られない。


 俺は、早速走り出した。




 足がつく部分を連続して硬化していく。


 急速に固めると何故か氷になるらしくて、変な感慨がある。


 熱はどうなっているんだろう?


 なんて現実逃避をしながら、バカでかいイカを目指す。




 王様からの指示が届いたのか、俺を狙う脚が飛んできそうな場所にどんどん魔術が飛来し始めた。


 俺自身は、ギフトの関係上ろくに魔術を使えないけれど、流石は初等教育から魔術を習う貴族様たちだ。


 コントロールは悪くない。


 俺の前世のおっさんたちに、あの距離からボールを投げてこの精度で着弾させろって言ったらほぼ不可能だろう。


 コントロールミスで流れ弾でも来たら怖いなと思って、一応背中に盾替わりで木刀を差しているけれど、その流れ弾をぶつける事すら無理なんじゃねーかな?




 ふと思ったんだけど、爆風や爆炎によって刻まれた道をイカに向かって背中に木刀、両手に剣を持って海面を駆け抜ける俺は、他の人たちからどういう風に見えているんだろうか?


 しかも、服装は伝説の勇者とかじゃなくて、ただのエンジョイ勢。


 割とシュールじゃない?




 考えるのやめよう……。




 その時、巨大な触腕が俺に向かってくるのが見えた。


 魔術も飛んできて命中しているけれど、脚が止まる様子はない。


 流石にこれは避けられないな……斬れるか?


 そう思った時、強力な魔術が俺に迫る触腕に命中して速度が緩まった。


 これなら斬れる!




 カラドボルグを限界まで伸ばして、勢いをつけたまま振り抜く。


 数十mの触腕が切断され、うねうねと動きながら海面を漂う。


 それにしても、さっきの魔術は……。




「大試!来てあげたわよ!そのまま突き進みなさい!」


「リンゼ!?さっきの魔術はお前か!?竿もってなくていいのか!?」


「そうよ!魔道リールだから大丈夫よ!それに周りの人たちが補佐してくれているからね!空を飛べる人がいないからしかたないのよ!アタシが雷魔術で頭部を狙うから、アンタはその隙に剣で脳を狙って!」


「わかった!」




 雷鳴と共に、リンゼから青白い閃光が放たれる。


 岸からではなかなか守りを抜けられない魔術であっても、流石にこの距離まで近寄ればイカも無視できない威力になるようだ。




 イカの注意が俺からリンゼへ、そしてリンゼから放たれる魔術へと移るのがわかる。


 イカは頭がいいと聞くけれど、こうも脅威度を判断しているのが分かるとちょっと恐ろしいものがあるな。


 ただの肉ではない。


 知性体としての存在であるとまざまざと見せつけられた。




 だけど、お前はここで殺す!


 そして食う!




 俺は、雷を防ごうと振られる脚をすり抜けて頭部へと迫った。


 勢いを殺さないようにしながら、カラドボルグで突きの体勢をとる。


 幾らリーチが伸びると言っても、狙いを正確にしないと意味が無い。


 拳銃ですら、命中させるのは10mくらいが関の山と言われてるんだ。


 それ以上は、少しの狙いの誤差で全然当たらないらしい。


 横に薙ぎ払うならともかく、正確に締めるには、正確な狙いが必要。


 俺は、全神経を突きを放つことに集中する。




 接近したことで、再びイカの狙いが俺に移ったのがわかったけれど、もうイカからの攻撃は無視する。


 脚が俺に到達する前に決める。




 全身を連動させ、全てのエネルギーを剣先に集約する。




「カラドボルグ!!!」




 放たれた剣身は、巨大なダイマオウイカの頭部を突き抜けた。




「やったか!?」


「アンタそれ言いたいだけでしょ!?」




 ダイマオウイカの体表が、赤褐色からどんどんと透明感のある白へと変わって行く。


 どうやらフラグ回収はされること無く、しっかりと締める事ができたようだ。


 ごめんなカラドボルグ……神剣を2回もイカ締めに使っちゃって……。


 でもさ、お前の機能がデカいイカを締めるのに便利でさ……。




 さてと、倒したならこんな所に長居する理由は無い。


 イカを引き上げるのは陸地から皆がやってくれるだろうから、俺たちも戻ろう。




 そう思ったんだけれど、何故か足元からコンッコンッって音がし始めて動きを止めてしまう。


 海面に立っている俺の足元と言う事は、それはつまり海中ってことだ。


 なんだこの音?




「王様!なんか海の中からコンコン音がするんですけど!」


『何!?大試!全力で戻ってこい!今すぐだ!』


「え!?はい!なんだかわかりませんけど!」




 インカム越しの王様の慌てように戦慄しながら、俺は走り出そうとした。


 だけど、その前に手を掴まれる。




「大試!掴まってなさい!」


「は!?」




 リンゼの飛行魔術で人を持ち上げるのはかなり大変だったはずだけど、何故か俺を持ち上げてくれた。


 そう思った次の瞬間俺たちがいた場所……というより、今締めたイカが浮いている海面が大爆発した。




「キャアアアアアアアア!?」


「なんだこれー!?」




 何とかその余波から逃れようと、俺とリンゼを守るように村正丸で水の盾を作り上げる。


 見た目とか魔術的な効果を無視して、とにかく強度だけを上げた盾だ。


 それによって何とか爆発でダメージを負う事は無かったけれど、俺とリンゼは奇麗にフッ飛ばされてしまった。


 それでも、飛ばされた方向がよかった。


 奇麗に港の方にとんでいけたので、そのままリンゼを抱きかかえるように奇麗にスライディングしながら着地する。




 ……あーあ……俺の靴の底がもうツルツルに……。


 新品なのに……。




「一体何だったんだ?」


「……はぁ……見てみればわかるわよ」


「何を見ろって……」




 リンゼの目線を追うと、そこには、海面から天高く聳える黒いものがあった。




 えーと……マッコウクジラか?


 水面から出てる部分だけで50mはあるけれど……。




「……リンゼ、お前とんでもない世界作りやがったな」


「アレは魔皇クジラ!考えたのはアタシじゃないわよ!ゲームに出てきたの!」


「だからってさぁ……」




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