第89話
「おっかしいなぁ……王様がこっそりサボりにいくっていうから軍港ほぼ貸し切り位をイメージしてたんだけど……」
「ニンゲンがいっぱいだねー!屋台あるかな!?」
「逸れたらもう合流できない気がするよ……」
「最悪ワシが連れ帰ってやるから案ずるな!大試から100m以内ならな!」
軍港は、お祭り騒ぎだった。
そこらじゅうで焼けるソースやタレの匂いがする。
イカでも焼いてるのか?
何してんだこの人たち?
「今年も盛況だな!腕が鳴るぞ!」
「娘とのドライブが終わってしまった……あとはもう娘に構うくらいしか楽しみが無い……」
王様と侯爵の反応から察するに、このお祭り騒ぎは意外性のあるものではなく、元々想定されていた事なのだろう。
つまり、イカの魔物を釣るというのは、ゲームのイベントであるのはもちろんだけれど、この世界でもイベントとして認知されているという事だ。
歩き回っている客たちは、貴族ではない一般人と思われる服装の人たちが多いけれど、彼らは釣り具を全く持っていない。
それと比べて、軍港の海辺付近にいる人たちは、恐らく貴族と思われる人たちばかりだ。
なんというか、オーラのようなものを感じる。
でも、別に金持ちオーラとかそう言うのじゃない。
確かに魔力のようなものを感じるけれど、それよりもどちらかといえば、これから命のやり取りをする者の雰囲気と言った所だ。
これは……この人たちにとってイカ釣りとは遊びじゃないな……。
そういうつもりで俺達もいないと、不用意な発言で戦争になりかねない。
釣り人は、繊細な一言で烈火の如く怒り出す人も結構多いから、注意をし過ぎるという事は無いだろう。
ここは鉄火場だ……そう思っておこう。
「暇人だらけニャー」
「おい猫、周りの釣り人達全員敵に回すようなことを不用意に喋んな。そのでけぇ胸を引きちぎるぞ」
「大試ってそんな酷い事も言えたのニャ!?流石にちょっと泣きそうになったニャ!」
油断も隙もあったもんじゃない。
今の一瞬でこっちにすこし殺気が向いたぞ。
俺のダーティーなセリフで多少は緩和したけれど、やっぱりヤバイなここは……。
「では私とマイカさんは屋台を回ってきますので!イカが食べられるようになったら教えてください!」
「……行ってきます……!」
エルフ2人は、今日も今日とてエンゲル係数を上げることに余念がない。
そういえば、アレクシアは薄い本を買い占める権貰ってたはずだけど、食い物と薄い本だったらどっちが優先されるんだろうか?
日中、薄い本を読んでいるところを見たことが無い。
いや、見たらそれはそれでどう反応したらいいのかわからんけどさ……。
「おう!大試!そろそろ準備をするぞ!開始のサイレンと共に全員でイカ釣りスタートだからな!」
「そんな感じなんですか……。ルールとかあるんですね」
「もちろんだ!釣れたイカの数で順位も付けられるからな!去年は俺がイカキングだった!お前の親父がいた時なんて、ずっとお前の親父がイカキングだったんだがな!」
「イカキング……」
本物のキングが何をしているんだ……。
しかも父さんが元イカキングだと?
マジで何してんの?
「よし!全員ライフジャケットはつけたな?ではイカ釣り用の釣り竿を渡す!」
水に落ちたら自動的にボンベからガスが出てバルーンが膨らむというお高そうなライフジャケットをつけた後、長くて軽い釣り竿を渡された。
てっきり餌釣りなんだと思っていたけれど、どうやらルアーロッドらしい。
イカを釣るのに使う疑似餌は餌木えぎと呼ばれているから、正確にはエギングロッドだったっけか?
何で知ってるかって?
前世のイカ釣り用の餌木にオッパイとかスッテとかいうのが有ってさ……。
国語辞典のエッチな単語にマークするようなノリでさ……。
てか、魔物のイカを釣るっていうからもっとゴツイ道具なのかと思ってたけど、前世の釣り具と大差ないな?
実は、魔物の素材を使ってたりとかするんだろうか?
クジラでも釣れます!的な?
「今回の釣り具はガーネット社の製品で揃えてある!最高の信頼性を誇っているから初心者でも安心だぞ!」
「へぇ……王様の事だから、全部オーダーメイドにしたぞ!とか言い出すのかと思いました」
「甘いな大試!釣り具こそ安心と信頼の大量生産品がいいのだ!このイカ釣りでオーダーメイドの釣り具を使っているのなんて、それこそガーネット家の人間くらいだろう!」
そういうもんなのか。
俺の前世だと、有名な釣り具メーカーといえば2社がほぼ独占状態で、元々釣り具を作っていた所と自転車屋から派生した会社がしのぎを削っていたけれど、この世界だとリンゼの実家が強いらしい。
魔道具造りの大家は、釣り具も作るのか……。
てか、そこの家族はオーダーメイド使ってるって事は、リンゼもそうなのかな?
エグイ設計のカリカリチューンリールとか好きそうだしなアイツ。
ピーキーすぎて自分以外使えない道具を好んで選んでそう。
「よし!全員道具は持ったな?では、5mの幅を開けて立て!投げ方はさっき教えたとおりだ!サイレンが鳴ったら各自己の好きなように釣ってみると良い!こうすると良いというテクニックなら存在するが、まずは自分の思うようにやってみるのが楽しむコツだからな!」
そう言われたため、未だにこのイカ釣り自体何なのかよくわからないままポジションに着く。
サラッと餌木の投げ方は習ったけれど、どこまで行っても前世のイカ釣りと大差がない。
本当にこれで魔物のイカを釣るのか……?
『レディースアンドジェントルマン!』
釣り竿を改めてまじまじと見ていたら、軍港全体に響き渡る大音量で放送が流れ始めた。
誰が喋っているのかはわからないけれど、舌を巻いて格闘技のアナウンスみたいに喋ってる辺り、大分調子こいてそうでちょっと苦手。
『今年もやってきましたイカ釣り大会!司会進行は私!ナイジェル・ガーネットが務めさせていただきます!』
……あれ?ナイジェル・ガーネットって、リンゼのお父さんじゃん?
公爵じゃん?
何してん……?
ほんと今日はどいつもこいつも何してるんだ……!?
『今年は、例年と比べイカの数が数十倍ともいわれており、1杯でも多くの漁獲が求められています!それを踏まえ!今回最も多くの釣果を出した者には!ガーネット社製リールの最上位モデル!シリウス2000をプレゼントしましょう!』
その知らせが響いた瞬間、会場中から歓声が上がる。
どうしたんだ?
貴族たちなんて、リールくらい最高級だろうと買い放題じゃないのか?
なんて思っていると、連絡用に渡された耳のインカムから王様の声が聞こえる。
『大試!シリウス2000は、何かしらの賞品専用に開発されたコスパ度外視の物だ!普通の流通ルートには乗らないから、ここのツリキチたちは本気になるぞ!』
「王様も欲しい程の一品って事ですか?」
『いや!俺は既に去年貰っているからな!』
「そういやイカキングなんですもんね……」
釣りは嫌いじゃないけれど、流石に俺が持つには分不相応かなぁ。
高いリールのヌルヌル動く感触は感動ものだけれど、リールなんて安物でも別にいいよって前世で思ってたし。
でも本当に高いリールは、これ高いのわかるわってくらい使い心地が違ってびっくりするけれどね。
竿は高額なのとの差は良く知らん。
軽いのはわかる。
『それでは!今年の注目選手たちを紹介していきましょう!まずは我が娘!イカ釣り界の妖精!リンゼ・ガーネットオオオオオオオ!』
その紹介と共に、離れた所で水の魔術が発動した。
もしかしてリンゼがやったのか?
イカ釣り界の妖精って呼ばれてるのかアイツ。
まあ美人だしな。
『過去には、イカキングとなった経験もあります!現魔法学園教師!上善寺東輝!』
おや、俺の担任の先生も参加するのか。
会場広すぎてどこにいるのか知らんが。
その後もドンドン紹介されていき、10人以上の注目選手の紹介が終わった。
そして……。
『最後に!イカ釣りといえばこの方!「御託は良い!俺がイカキングだ!」、国王陛下です!』
その紹介に合わせて、王が空にどでかい炎の塊を打ち上げる。
それが花火のように爆発して、イカの形になった。
会場は大盛り上がり。
でもさ、全くこっそりしてないよな?
思いっきり国王だって紹介されてるし……。
『紹介した方以外にも、当然優勝の可能性はあります!各自!己の全力を以て存分に楽しんでください!それではカウントダウンを始めましょう!開始まで、10!9!8!7!6!5!4!3!…………スタート!』
フオオオオオオオオオオオオオオオオオンという野太いサイレンが鳴り響く。
これがスタートの合図か。
……なんて悠長な事を呑気に考えている間に、既に参加者たちは餌木をキャストしていた。
「ヒイイイイイイイイイイイイット!」
5m隣で早速王様がイカを釣り上げた。
へぇ……これがイカの魔物かぁ……。
ふーん……。
まあ、それが見た目完全にスルメイカだったわけだよ。
美味しそうではあるけどね!
変なクリーチャーじゃなくてよかったけど肩透かしだよ!
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