第88話
武田家から王都に帰って来た翌日。
早速とばかりに面倒な事が舞い込んで、結局また休日が無くなりそうな俺です。
とはいえ、どっちにしろ理衣の親父さんに挨拶しに行かないととは思っていたから、それが今日完遂できるのであれば悪くは無いんだけれど……。
最近、土日も無しに働き過ぎだと思うんだ俺。
まあ、開拓村に曜日の概念はあんまりなかったけどさ。
住民の大半が、何月の何曜日だとしても、「酒が飲めるぞ!」としか言わなそうな人たちだったし。
それはそれとして、まだ学園の休みは1週間ほど残っている。
こんだけ長期間休みだと、次に学校行くのが億劫になりそうなものだけれど、貴族の子息たちの多くは、自分たちの管理地で貴族としてのお仕事もあるため、何だかんだで忙しいんだそうだ。
だから、学園が長期の休みだったとしても、案外皆問題なく休み明けに登校できるらしい。
俺みたいに、家が管理しているところに帰るのが物理的に難しかったり、理衣みたいに、家族から「危ないから帰ってくるな!」って言われているらしい人たちの方が少数派なんだとさ。
前世の学校とは全然違うなぁ……。
休み明けとか皆学校来たくねー!帰りてー!って叫んでたのにな……。
まあ、俺はそれを横で聞いてただけで、直接それを俺に言ってたのは神也くらいだったけどな……。
悲しくなっちゃった。
「大試ー!おまたせー!」
「ごめんね!遅くなっちゃった!」
「いや、時間ぴったりだから心配ないぞ。遅れた所で王様がちょっと待つだけだ」
「それ最悪じゃない!?」
理衣とエリザが寮から出てくる。
2人とも今日は、動きやすいアウトドア用の格好だ。
王様にはこういう格好で来てくれって言われている。
現地に到着したらライフジャケットなどを提供してもらえるらしいけど、それまではただの遊ぶために来ただけの人ルックである。
「多少遅れてもニャーが送ればいいニャ……だからもう少し寝ていたかったにゃ……」
「一応建前上は公爵家のメイドなんだからそこは頑張れよ」
見た目は、すごくできる美人ネコミミメイドのはずのファムは、目をしょぼしょぼさせて不機嫌顔だ。
十分お金渡してお休みも満喫させてやったはずなんだけどなぁ……。
いや、だからこそか?連休明けの小学生の心理か?
「沖漬け楽しみじゃのう!」
「何を準備して行ったらいいんでしょうか!?バーベキューコンロで大丈夫ですかね!?」
「……関東版イカヤキにするか、関西版イカヤキにするか……悩みます……」
エルフ連中は、もう釣りをする気は無い。
とにかく食う事しか考えていない。
ある意味わかりやすくていいけどな。
俺と契約したから100m以上離れられないと言っているソフィアは、昨日の夜ずっと俺の部屋の中でイカ楽しみだと言い続けていた。
流石に姿は消してくれるけれど、他の部屋に行ったりとかはしないらしい。
そもそも、契約って何の話なのか未だに分かってないんだけどね……。
なんなん?大精霊がどうしてサラッと契約とか言うのしてんの?
力を借りる代償に何を俺は提供するの?
イカか?ならいいけど……。
女子寮の前でそのまま少し待っていると、寮前のロータリーに豪華そうなバスが入ってくる。
そして、俺たちの前で止まったそのバスから、待ちきれなかったという勢いで筋肉ムキムキのおっさんが飛び出してきた。
「待たせたな!さぁ乗ると良い皆の者!」
何を隠そう、この国の王様です。
今回のイカ釣りの主催者であり、彼の娘で俺の婚約者である有栖が生きたイカにトラウマ抱える原因を作った方です。
「む?有栖はいないのか?てっきり大試が呼んでいるとばかり……」
「有栖曰く、生きたイカは苦手だそうなので欠席です」
「なんだと!?く!知らなかったぞ!?」
親の心子知らず……の逆バージョンかな。
よくあるよくある。
俺の親なんて、親に酒飲まないでほしいと息子が思っているとわかった上で浴びるように酒飲んでいるから、それに比べたらマシだよ王様。
でも、趣味は押し付けちゃいけないぞ?
皆でバスに乗り込み、一路海へと向かう。
まさか王様が運転すんのか?
とビビったけど、ちゃんと運転手さんがいた。
とりあえず皆で挨拶をしておいた。
理衣だけはちょっと人見知りしているのか、違和感があったけれど。
所で、俺たちって今日の行き先も知らないんだよな。
海行って、イカの魔物を釣るって事しか知らん。
あと、理衣の親父さんを呼んでいるって事くらいか。
「王様、今日の行き先ってどこなんですか?」
「軍港だ!」
「流石王様だ……」
軍港で釣りかぁ。
前世だと、戦前の軍の施設は立ち入り制限されて保存してたりして、海の生き物がすごく居付いてるってテレビで見た気がするけれど、現役の軍港だとどうなんだろうなぁ。
「ところで、猪岡侯爵とはどこで落ち合うんですか?今のウチに心の準備しておきたいんですけど……」
「ん?何を言っている?さっき会ったではないか!」
「はい?」
この王様何言ってるんだ?
さっき会った?
俺が今日会ったおっさんなんて、王様を除いたら運転手さんのみ……。
「ねぇ大試君、勘違いかなって思ってたんだけど……このバスを運転してるの、私の父みたいなんだけど……」
「……マジで?」
『マジだぞ将来の義息子よ』
「バスの車内スピーカー使われたらもう確実じゃん……」
どうしよう……。
最初から躓いたぞ……。
困った……。
「猪岡は運転が死ぬほど上手くてな!大型バスの運転をさせたら右に出る物はいない!趣味運転!特技運転!おまけにギフトが操縦士という便利な奴よ!操縦できるものなら何でも操縦できるらしい!」
『普段なら文句も言う所ですがね、娘を乗せて運転できるだけで私は満足ですよ!いやぁ!いつも息子や娘に理衣を乗せて運転しようとするとギャーギャー怒られるから、この機会に存分に楽しませてもらうかな!』
「お父さんそんな事考えてたんだ……」
こうしちゃおれん!
今のウチに改めて挨拶に行かねば!
そう思い立とうとしたら……。
『おい!走行中のバスの中で立つな!』
「は……はい……」
『うむ!分かればいい!大試君だけじゃないぞ!王でも許さんからな!』
「お……おう!わかった!」
怒られてしまった。
えー……じゃあどうしよう……。
仕方ないので、客席に備え付けられたマイクから話しかけてみる。
「あのぉ……娘さんを俺に下さい」
『いいだろう!理衣を頼むぞ!孫が生まれたらドライブに連れて行かせてくれ!』
「気が早いよお父さん!?」
「俺は構わないですけど……」
なんか、びっくりするくらいあっけなく挨拶が終わった。
イカ……釣れなくてもよくなってきたな……。
「はっはっは!まさか俺たちの娘が揃って同じ男に嫁ぐことになるとはな!しかも犀果の息子だぞ!」
『人生何が起こるかわかりませんなぁ!理衣の母が死んだときは私も死のうかと思ったものだけど、いやぁ生きてるって素晴らしい!』
「反応に困るネタやめてよ!?」
娘にとって、もしかしたらこの車内は地獄なのかもしれない。
「死んでも精霊になれば楽しくすごせるぞ!」
「……おう大試、この方は何者だ?俺でもわかるほどの神聖な気を感じるんだが……」
「死んでから3年ほどで大精霊になっちゃった元エルフの族長のソフィアさんです」
「元十勝エルフ12代目族長!冥夜のソフィアじゃ!」
「……」
バーンと空中に浮いたままカッコいいポーズをとるソフィアさん。
王様が驚いて完全に固まってるの初めて見たかもしれない。
有栖にエクスカリバーを上げて元気になったのを見た時ですらもう少し早く回復してたな……大泣きしてたけど……。
「……大試、お前は何か超常的な程に色々な物を呼び寄せる星の元に生まれたんじゃないか?」
「王様もそう思います?困ったもんですよね……」
「困っとったのか……」
『ははははは!私としたことが!人生で初めてハンドル操作をミスしかけたぞ義息子よ!』
この前謎の神様と戦った上に、理衣が武田てふ子様を憑依させてたって知ったら、流石にバスが海に転落するかな?
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