第85話
「ほいっ(パチンッ」
「ぐっ!?ぬううううううううん!」
「ほいっ(パチンッ」
「負けん……!負けんぞおおおおお!貴様に水城はやらん!」
「ほいさっ(パチパチパチンッ」
「ぐああああああああああ!?」
勝敗は、ほぼ一瞬で、一方的についた。
大精霊ソフィアが指をパチンッと鳴らすたびに、武田侯爵の筋肉は激しく何かの衝撃波で打ち付けられて痛々しい青あざだらけになっていく。
これが娘を守ろうという父親の意地だというなら美しくもあるのかもしれないけれど、絹恵さん曰く、「ただ子離れできない厄介な筋肉だから気にせず倒しちゃって!」って事なので、ソフィアさんもお構いなしだ。
殺さないように手加減はしているみたいだったけれど、最後は筋肉の防壁ごとフッ飛ばしてノックアウトしていた。
最初は侯爵を応援して、どこぞの馬の骨の俺をぶっ飛ばせと声援を送っていた武田家の筋肉野郎どもも、ソフィアさんの規格外の指パッチンで唖然呆然としている。
「これで皆さん文句はありませんね?では大試君!正式に水城ちゃんをよろしくね!」
「わかりました!幸せにします!」
半ばやけくそになりながら返事をする。
先輩が顔を真っ赤にしながら手を繋いでくるのが可愛い。
「人の恋路を邪魔するものはエルフに蹴られてあの世行きというしのう!」
「そんな言葉聞いたこと無いですけど、助かりました」
「なんのなんの!ワシとしても、契約者が早めに見つかって万々歳じゃから気にするでない!」
よくわからないけれど、非殺傷の魔法が使えるソフィアさんが来てくれて助かったのは確かだ。
ところで、大精霊って控えめに言って伝説級の存在なんじゃない?
エルフの時点で御伽噺の存在で、精霊の時点で神話とかそいうのでしょ?
更にその上ってなったらそれは……。
「ごめんソフィアさん。ソフィアさんがすごい事は直感的にわかるんだけど、今日は色々ありすぎて頭が難しいこと考えるの拒否してるわ」
「よいよい。これからいくらでも時間はあるのでな!」
流石元エルフで現大精霊、時間に関しての大らかさは人間の比じゃないな。
さて、いつまでも呼び出しておくのも悪いし、この召喚術?的なのを解除するか。
……どうやんだ?
「ソフィアさん、もうお願いしたい事が終わったから帰ってもらっても構わないんだけど」
「帰れんぞ?」
「え?」
「ワシ、もう大試と(勝手に)契約したからのう、一心同体じゃぞ?離れても精々が100mと言った所じゃろうな」
うーん、なんか凄い事言ってる気がするけれど、脳みそが理解を拒否している。
まあ……いいか……。
「さぁ大試君たち!折角だから炎華祭の打ち上げに参加してきなさい!出店もまだいっぱい開いている筈よ!それと……水城ちゃんが後で武田式神楽を舞う事になっているから、見てあげてね!」
「へぇ!それは楽しみです!」
「……大試君のために頑張るから」
「……はい」
さっきから会長が普段の悪戯っ子っぽさが鳴りを潜めて、ただただ美少女っぽくなっているせいで調子が狂いっぱなしだ。
ワザとか?ワザとなのか?俺をドキドキさせてショック死でもさせる気か?
さて、出店に繰り出す前に、シエスタ中の2人をどうにかしていくか……。
そう考え、救護テントへと赴く。
流石というかなんというか、武田家は救護テントの担当者も巫女服なんだよなぁ。
回復魔法も使えるけれど、ちゃんと医師免許も持ってるらしい。
そんな感じのハイスペック巫女が武田家家中にはいっぱいいるらしい。
民を守る力を磨くのが武田の家訓なんだってさ。
何故か男性の場合、その磨く力が筋肉に振り分けられやすいらしいけれど……。
テントに顔を出すと、未だに理衣とマイカは寝ていた。
理衣は、気持ちよさそうに涎を垂らしながら。
マイカは苦悶の表情……。
担当の巫女さんは「魔力が減っているだけですので、休んでいれば問題ないはずなのですが……」と不思議そうな顔をする程の苦悶。
彼女に何があったのか?
多分空腹だな。
うーん、寝ているならそのままにしておいた方が良いだろうか?
無理に起こすのもなぁ……。
なんて考えていると、理衣の目がうっすらと開く。
「んん……?あれぇ?大試君?」
「目が覚めたか?」
「……あ!あの後どうなったの!?あのよくわからない敵!」
「理衣のおかげで何とかなった。ありがとうな、助かった」
「……そっか、よくわからないけれど、大試君の役に立てたならよかったかな?えへへ……」
……ほんと、美少女だよなぁ。
本当にこんな娘が俺の事を……?
とも思うけれど、自惚れじゃなければ確実だと思うし……。
あーもう!
勇気を出せ俺!
もしかしたら「え?大試君の事は嫌いじゃないけれど、男の人としてはちょっと……」とか言われたとしても、ちょっと永遠に消えない心の傷が出来るだけだろ!
たまに悪夢で目が覚める程度の話だ!
「……あー、理衣、話があるんだけど……」
「え?何かな?」
「えーとだな……もし……もしなんだけども、嫌じゃなければ……俺の婚約者になってくれないか?」
「……え?」
「いや、俺にそういうこと言われても嬉しくないかもしれないんだけどさ!?」
「……ううん、そんなことない……そんな事ない!でも、私でいいの!?」
「理衣でダメな理由が無い。むしろ問題は、既に俺に婚約者が3……じゃない、4人いることで……」
「あれ!?婚約者が1人増えてる!?」
理衣が寝ている間に、色々あって会長と婚約したことを伝えた。
驚いてはいたけれど、理衣は会長が俺の事を好きでいた事には気がついていたらしく、納得していた。
そうなの……?俺だけが気がついてなかったの……?
「大試君、私ね?結婚する人に求める条件って、多分一つだけなんだ」
「なんでしょう?極力その条件を満たせるよう努力しますが……」
「別に難しい事じゃないから大丈夫だよ?……でも、私たちみたいな貴族には難しいのかもしれないけれど……」
そう言って、俺の目をまっすぐ見つめる理衣。
その奇麗な瞳から目を離すこともできず、見つめ合う形になる。
「愛してほしい……ただそれだけなんだ。好きだって、互いに言い合いたいの。私は、大試君の事が好き!大試君は……私の事、好き?」
「……はい、優柔不断でヘタレな男ですが、理衣さんの事が好きでですね……」
「うん!なら、私はそれでいいよ!それに、ここに出発する前に聖羅さんも、大試君が受け入れてくれるなら私は文句ないって言ってたし!」
そういえば、出発前に呼び出されてたけど、そんな話していたのかあいつ……。
「……だから、改めてちゃんと、好きって言ってほしいんだけど……ダメかな?」
「……好きだ理衣、愛してる。奇麗だと思うし、ちょっと抜けてるけれど、頑張ってる所も可愛い。こうして受け入れて貰えて、正直踊りだしたい気分だ」
「そこまでは言わなくてもよかったけども!……でも、うれしいな……えへへぇ……」
今の所、俺の婚約者たちは皆親公認ばっかりだったけれど、多分理衣は違う。
何の根回しもしてないからなぁ。
これからが大変だ……。
それはそれとして、今日の所は折角の祭りだし、出店でもまわるか。
その位は許されるくらいに頑張ったよ俺たち!
「理衣、一緒に出店を回らないか?アレクシアはもうみるく先輩と回ってるし、マイカはこんな状態だからさ」
「うん、そうしよっか。私、焼きそば食べたい!」
「焼きそば!?」
焼きそばに反応したのか、マイカが飛び起きる。
でもまだ本調子じゃないらしく、フラフラしている。
そこまで焼きそば食べたいのか……?
「……やき……そば……わたしもたべます……!あと!たこや……き!かき氷も!」
「わかった!わかったから!おんぶして連れてってやるから落ち着け!」
「……わかりました」
「……あはは……、うん!じゃあいこっか!」
そして3人で祭りへと繰り出す。
俺が背負うマイカに、理衣が出店で買った食事を食べさせていく。
たまに俺にも食べさせてくれるけれど、多分傍から見れば母娘かなにかに見えるんじゃないかって雰囲気だ。
あと、何故かその横にソフィアさんが浮かんでて、自分の分もちゃっかり屋台で購入して食べている。
大精霊って飯くうんだ……?
周りの武田の人たちもびっくりしているけれど、どうにも今日に関して言うなら、大魔神てふ子のインパクトの方が強かったらしくて、そこまで騒ぎにはなっていない。
寧ろ、拝殿の方が未だに人だかりがすごい。
侯爵がノックアウトされてしまったため、長男の信醸さんが代わりに責任者となって人々を誘導しているらしい。
大変そうだ……。
『10分後より、拝殿前特設ステージにおいて、神楽を開始いたします!』
そのアナウンスを聞いて、拝殿の方を見ると、人垣の中に確かにステージが出来上がっていた。
へー、神楽ってあそこでやるのか。
思ったより広いステージだな?
前世の学校の体育館の半分くらいの面積……かな?
バレーボールくらいならできそう。
「会長が神楽を舞うらしいから、皆で見て行かないか?」
「会長が!?それって……すごくキレイなんじゃ……?」
「多分な」
「……なら、今のウチに食べ物いっぱい買っておいてください」
「まだ食うのか……?まあいいけど……」
ささっと食べ物を買い込んで、引き上げた身体能力に任せて理衣たちを抱えたままステージの最前列に飛び込む。
危ない?
大丈夫だ!筋肉たちしかいないところ狙った!
筋肉による押し合いが必要かと思ったけれど、女の子がいるのを見たら彼らは下がっていく。
そうか……これが筋肉たちの弱点か……気持ちわかるよ……。
「あ!会長が出てきたよ!」
「やっぱり凄く似合ってるよな巫女服」
「……うん、奇麗だなぁ……」
会長の舞う神楽は、とても幻想的だった。
会長がシャランと音をたてながら動くたびに、光る蝶が会長の周りを舞い踊る。
精霊術らしいけれど、篝火と暗闇の中で見れば、神の存在も感じてしまいそうな程に奇麗だった。
って思ってたら、突然雰囲気が変わる。
先程までのが普通の神楽だとしたら、途中からほぼ演舞とでも呼びたくなるようなものになった。
そういや、会長って格闘技っぽいのも得意なんだよなぁ……。
俺の腕を折る程度には……。
絹恵さんもサラッと筋肉の塊の侯爵を叩き落してたし、これも武田家に受け継がれてきた技術なんだろう。
流石は、てふ子様の子孫といった所だろうか……?
てふ子様も最後は拳だって言ってたし……。
神楽が終わる。
会長が動きを止め、雅楽の演奏も止まる。
非現実的な場所から一気に現実に引き戻される様な不思議な感覚を味わっていると、会長が久しぶりに悪戯っ子のような表情でこっちを見ているのが見えた。
そして……。
「ふふっ……えい!」
その掛け声と共にステージから飛び降りて、俺に飛びついてきた。
「あっぶな!?何してんですか!?」
「だって、婚約者君と一緒にいたかったんだもの!私だけ除け者は寂しいわ!」
「それにしたってこんな目立つような……うわぁ、めっちゃ武田家の人たちに睨まれてる……」
「気にしなければいいわ!バカップルっぽくていいじゃない?」
「バカップルって……それいいのかな……?」
まあいいか。
会長楽しそうだし。
こうして、たった数日でしかなかったにもかかわらず、普通は一生に一度もないような出来事がいっぱい詰まった炎華祭が終わった。
俺は、婚約者が2人も増え、何故か大精霊と契約しているという大変な事態になっている訳だけど、どう聖羅たちに説明した物か……。
土下座かなぁ……?
婚約者となった会長と理衣は、帰りの新幹線でも俺の両隣に座っている。
顔を真っ赤にしながら。
そんな恥ずかしいならやめりゃいいのにとも思うけれど、譲る気はないそうだ。
アレクシアとマイカは、今回貰ったバイト代は全部使い切ってしまったらしい。
もっとも、素材の売却額が途轍もなかったため、そっちの分で大幅黒字のはずだけど。
でも、バイト代だけでもそこそこ高額だったはずなんだけど、それを出店だけで使い切ったのかあの2人……。
そういえば、みるく先輩は走って帰るらしい。
新幹線代が無いとかで、妹の茜ちゃんを背負って。
その位出すって言ったんだけど、「走って帰れば無料なのにわざわざ金を出してもらう必要を感じない」そうだ。
龍って凄い。
ゲンさんはそのまままた寝たそうだ。
次起き出すのは何十年後になるのか知らないけれど、やっぱり普通の人間とはスケールが違うなぁ……。
「大試君、聖羅さんたちには私から説明するわ」
「わ、私も!」
「いや、説明するのも謝るのも俺の責任です。多分ですけど、聖羅は特に怒ったりはしないと思いますし、リンゼと有栖は嫁複数人でも割と当たり前って考えっぽいから……。ただ、何か色々要求されそうな気もするけれど……」
耐久膝枕20時間とかな……。
「大試よ!ワシはこの電車という物は初めてなんじゃが!変形合体というのはいつするんじゃ!?」
「しないと思いますよ?」
「あのぉ……どうしてソフィア様がここに……?私が屋台を回っている間に何が……?」
「……夜通し出店でご飯食べてるのは流石にどうかと思います……」
「そうですか!?武田の皆さんも結構やけ酒してましたよ!?大試さんに水城さんを奪われたーって!特にお父さんが!」
「あの後そんな事してたのか侯爵……」
下らない話は尽きないけれど、一路王都へ向けて走る新幹線。
駅のホームで待ち受けるのは、天使か悪魔か、はたまた聖女か。
できれば、そろそろゆっくり休める期間が欲しいもんだなぁ……。
イベント、盛りだくさん過ぎるんよ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます