第84話

 神社の裏山を理衣を背負いながら歩く。


 さっさと帰って温泉に入って美味しいご飯食べて丸1日くらい寝たい所だけれど、登山道が整備されているわけでもない山の中というのは歩きにくい事山の如し。


 そういえば、この世界だと武田家に風林火山って言葉はあるんだろうか?


 元々は孫子か何かの兵法書に書かれてた言葉だったはずだから、信玄が居ようと居まいと世界に存在はしているかもしれないけれど。


 でもなぁ、てふ子様の感じだと、侵略する事火山の如し!とか言ってそうでな。




 うーむ、精神的に疲れているのか、さっきから現実逃避気味の下らない事ばかり頭に浮かぶ。


 会話相手が居たらまだいいんだけれど、背中の理衣は気持ちよさそうにスヤスヤだし、みるく先輩は先輩としての誇りとか、龍としての誇りとか、そう言うのを全て投げ捨てて俺の服の裾を掴みながら後ろをついてくる。


 大魔神てふ子様をふざけて二宮金次郎像的な怪談として話したのがまずかった……。


 まさか本気にするとは……。




 よく考えたら、高さ30mの金属像がスプリンターみたいに走ってたら怪談を本気にしなくても怖いか?


 基準バグったわ。




「大試君!大丈夫ー!?」


「あれ?会長!お疲れ様でーす」


「おつかれー……って緩くない!?」




 もう終わったからよ……。


 これ以上脳の処理領域を使いたくねーんだ……。




「電波状態が悪かったから、アレクシアさんには運営本部まで気配を消して向かってもらったわ。状況説明してもらえてるはず。マイカさんには、近寄る人がいないか見てもらってたの。それで今はこうして疲れて眠っちゃってるわ。私は、貴方たちを中心に半径1kmくらいで人除けの結界を張っていたわ。てふ子様の像が通った瞬間に1回消え去ったけれどね……」




 こっちはこっちで大変だったらしい。


 それは、会長の背中で苦悶の表情で眠るマイカからも窺える。




「なんにせよ、みんな無事でよかったですね……」


「そうね……結局アレは何だったのかしら……」


「神様らしいですよ?てふ子様によると……」


「てふ子様!?それって像の事じゃないのよね!?」




 下山しながら、会長がいなくなってからの経緯を説明した。


 多分半分も理解できていないであろう表情に見えるけれど、とりあえずは納得してくれたらしい。


 今なら、ダラダラと話しながらでも迷いようがない目印が神社まで続いているため、安心といえば安心だ。


 この巨大な足跡を追跡すりゃいいんだから……。


 まあ、インカムにマップという魔道具の機能が入っていて、これがカーナビみたいに使えるから、この足跡が無くても帰れるっちゃ帰れるんだけど、あまりに足跡が目立つから……。




「……まさか、我が家に代々伝わるあのてふ子様像が動くなんて思わなかったわ……」


「動くと思ってたなら逆に心配される類の事柄でしょうよ」


「本当にね……今でも信じられないわ……」






 ――――――――――――――――――――――――






 神社の境内まで戻って来たけれど、やはり大分混乱が起きているようだ。


 スマホでてふ子様像をパシャパシャと撮影しまくってる人たちが、拝殿の中に入り切れていない。


 会長のパパ上、侯爵様が必死に整列させようとしているのが見える。


 偉い人まで総動員しないといけない事態になっているらしい。


 絹恵さんは見えないので、集合場所の方にいるんだろう。


 なら俺達もそっちに行くことを優先すべきだな。


 閉会式的な事をやるんだろうけれど、そのセレモニーをさっさと終わらせれば、あの溢れている参拝客を誘導するほうを手伝いに行けるだろう。






「お帰りなさい水城ちゃん!それに皆さんも!チームJK巫女の皆さんが揃えば参加者全員無事下山完了よ!」




 集合場所に行くと、絹恵さんが出迎えてくれた。


 アレクシアは……あ、涙と鼻水垂らしながらこっちきた。




「みなさんぶじでずがあああああああああ!?」


「無事だから鼻をかめ!」


「彼女のおかげで状況が多少でも把握でき、てふ子様像が動き出すという超常の事態にも対応ができました。本当に素晴らしい才能をお持ちですね!」


「ありがどうござばすぅぅぅ!!!」




 デジタルな通信手段が使えない時であれば、かなり確実性が高い最高級の情報伝達手段だなぁ。




 俺達が帰って来た事で、早速とばかりに表彰式を始めるらしい。


 アレクシアによると、運営本部からの知らせを聞くまでもなく、俺が乱射したボルケーノに不味い物を感じて参加者の殆どが早めに切り上げて戻ってきていたんだとか。


 そりゃあんなもん森の中でバンバン撃ってる時点で異常事態だよな……。


 幸いあの山の森は魔物の領域なので、多少吹き飛んだところで数日後には濃い緑に覆われる程に回復しているらしいから、特にお咎めは無いらしい。


 とはいえ、流石に神を倒したとかてふ子様が再臨していたとかいう話は眉唾感がすごくなるから、厄介な山の主が出てきたために自動防衛システム『大魔神てふ子』が起動して倒しに行った事にするらしい。


 それはそれで大変な事になる気がするけれども、今現在周りの人たちが目にした最も印象的な事がてふ子像が走り回った事だから、わざわざ他の神だのなんだのを付け加える必要もないそうだ。




 というわけで、順位発表!


 まあ、俺って自分のチーム以外参加者の事よく知らんから特に語る事は無いんだけども……。


 10位未満については希望チームだけ順位を教えてくれるらしく未発表。


 10位以上については順繰り発表されていった。


 知らなかったけれど、この順位は案外武田家内でのヒエラルキーに直結するらしく、高ランカーたちは気でも狂ったかのように大喜びしていた。


 しかも、何故か皆会長に筋肉をアピールしてからステージを降りていく。




「会長って、筋肉フェチとか思われてるんですか?」


「武田家自体が筋肉至上主義なのよ。うちの父もムキムキだったでしょ?」


「あー……でもお兄さんはそんなでもなかったですよね?」


「あの人は特異体質で、見た目の筋肉はつきにくいのに実際の筋力はボディビルダーよりも強力っていう人なのよ」


「へぇ……じゃあてふ子様はどうだったんだろうなぁ……」


「文献によるとシックスパックだったそうよ」




 腹筋の事が文献に残る家なのか武田は。




 順位発表は特に問題もなく進み、とうとう1位の発表まで来た。


 当然だけど、俺たちはまだ呼ばれていない。




「それでは1位チームの発表です!1位は…………………………………………………………チームJK巫女!!!!」


「ぐあああああああああ!」


「やっぱりかああああああああ!」


「くそおおおおおおおおお!!!」


「うそよおおおおおおおおお!!!!」




 武田家の方々の悲鳴がすごい。


 皆どれだけ1位になりたかったんだ。


 いや、俺も報酬欲しかったから1位にはなりたかったけどさ……。




「それでは、代表者はステージで一言お願いしますね!」




 絹恵さんに促されてステージに上がる。


 他のチームは、壇上に上がる時にはチーム全員で来ていたけれど、あれは自分たちの事を印象付けるためだったんだろう。


 だから、ウチのチームでステージに上がったのは俺と会長だけだ。


 理衣とマイカは、救護テントのベッドで横になっているし、アレクシアは「順位発表とかは大試さんお願いしますね!私は屋台まわってきます!」って既にいなくなっている。




 てっきり会長が話すのかと思ってたら、俺にマイクを渡された。


 そういや俺、JK巫女のリーダーにされてたんだった……。




「えーと……色々例年にない事態が起きたようですが、何はともあれ皆無事にこの時を迎えられたことを嬉しく思います。それと!鹿肉が大量にあるので食べたい人は教えてください!10kg単位で渡します!以上です!あざました!」




 まばらに拍手を送られる俺。




「大試君って、スピーチの才能は無いわね?」


「先輩がやってくれればよかったのに……」


「嫌よ。大試君が嫌がりながらスピーチするのが見れなくなるじゃない」




 ええどきょうしてはりますなぁ!




「では、賞品の贈呈に移ります!チームJK巫女の他のメンバーには後から本人の希望を加味した物を送ることになっていますので、代表して犀果大試さんへまず行います!」




 そういえば、俺には何貰えるんだろうか?


 他のやつらは別荘だの本屋買い占めだの色々言っていたけれど……。




「今年の炎華祭優勝者!犀果大試さんへの商品は!我が家の娘、武田水城との婚約権です!」


「「………………………………え?」」




 俺と会長が揃って間抜けな声を出してしまう。


 奥様、今なんつった……?




「お母様、何か今凄い事をおっしゃったように聞こえたのですが……?」


「ええそうね、とても大切な事よ。今までも良い縁談はたくさんあったのに、どこかの筋肉馬鹿が全部断っちゃうものだから水城ちゃんの婚約者が未だに空席だったのだけれど、水城ちゃん自身が大試君っていう良い人連れてきたんだから、もうこれに賭けるしかないって思ったの!」




 賭けるしかないって……そんなんで決めていい話なんだろうか?


 そのどこぞの筋肉馬鹿とやらを黙らせた方が早いのでは……?




「それに、私と大試君のお母さんって魔法学園ではライバル同士だったから結構仲いいのよ!」


「え!?そうなんですか?しりませんでした……」




 あの戦闘狂とライバルとか凄いな……。




「魔法学園の矛盾なんて呼ばれたわね……。彼女の全力の魔法を私の全力の結界で止めるっていう勝負を毎日のようにしていたわ」




 この人はこの人でバトル脳なのかもしれんな!




「それでこの前念話で『私の娘と大試君を結婚させたいんだけどどうかしら?』って聞いたら『ウィスキー樽で10個で手をうつわ』って返答があったの!だから親御さん公認よ!」


「あのババァマジで……」




 いやさ?


 良い話だとは思うよ?


 美人だし家柄も良いし。


 でも……酒ってさぁ……。




「だいたい会長はいいんですか?勝手に婚約なんてことになってますけど……」


「……そう……ね……。驚きはしたけれど、まあ……その……嫌ではないというか……むしろ私としては嬉しいというか……先輩としてあんまりそう言うのどうかとも思っていたから、むしろ背中を押してもらえてありがたいというか……」




 あれ?思ったより好感触?


 いや、確かに最近結構ベタベタして来てたけれど、あれって俺を揶揄いに来てただけじゃなかったの?




「というわけで、大試君!水城ちゃんをお願いね!」


「は……はぁ……わかりました」




 うん、まあいっか!


 なんとかならぁな!


 ……なるよな……?聖羅がキレたりしないことを願うしかないけれど……。




「大試君、不束者ですが、よろしくお願いします……」




 顔を真っ赤にしながらそういう彼女を拒否することは、俺にはできなかった。


 悪かったな!優柔不断でヘタレでさ!


 あーくそ!理衣の事もあるってのに……。




「さあああああああせえええええええええええんぞおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」




 その時、拝殿の方から魔物の唸り声のような敵意の籠った大声が響いてきた。


 それは、この神社に来た初日に聞いたそれに似ていて……。


 というか、先輩のお父さんの声で、その本人は今、目の前で行われた武田家のアイドルである会長がどこぞの馬の骨に搔っ攫われたことに呆然としている武田の野郎どもを後ろから投げ飛ばしながら、拝殿からこのステージまで一直線に進んできているところだった。




「なんであの人毎回あんな感じなんですか会長!?」


「普段は割と冷静なんだけれどね……」


「さぁ大試君!婚約者を守る最初の試練よ!あの筋肉馬鹿を殺さない程度に伸してあげて!」


「簡単に言ってくれますね!?」




 えーどうしよう……。


 普通暴漢を制圧ってなったらスタンガンだろうけど、雷切だと最悪死にそうだしなぁ……。


 いや、武田家の人なら大丈夫そうな気もするけど、撃つ方の俺が怖い……。


 斬るのとか燃やすのは論外だし、後は水か……?


 でも、顔面に水貼り付けてもお構いなしで突っ込んできそうな気がする……。


 どうしたもんか……。




 悩んでいると、身体能力を上げるために具現化して小さくしていた神剣が1振り、やけに熱くなった気がした。


 実際にどうこうなったって事は無いと思うんだけれど、何故か俺にはその剣が「使え!」と叫んでいるような気がした。


 初めての感覚だけれど、何故かそう感じる。


 問題は、その剣の使い道がイマイチわからないし、下手に使うと大変な事になりそうだからずっと放置していたって事なんだけども……。




 えーい!もう今日は色々デカい決断を繰り返したからこの程度造作もないわ!


 いくぞ!何かあったら頼みます会長と絹恵さん!




「頼むぞ冥剣!」




 あの世とこの世を行き来する鍵とかいう説明の剣。


 あの世に行く用事がないし、逆にあっちから亡者を呼ぶ気も無くて未使用だったその剣。


 見た目は、黒曜石のように黒々としていて、それでいて美しさも損なっておらず、むしろ荘厳さまである不思議な剣。


 それを元の大きさに戻してから、鞘から引き抜く。


 ……んで、どうしろっていうの?


 まさかこのまま筋肉パパを斬り伏せろとか言うんじゃないだろうし……。




 そう思っていると、刃が鈍く光り出した。


 いや、光っているという表現が合っているのかわからないんだけれど、黒い光?とでもいいたくなるようなものをどんどん強めていく冥剣。


 その光が治まったかと思うと、俺の横に見知った顔があった。


 ……というか、浮いていた。




「ふぅむ……、ワシの計画だともう少し目立てるはずだったんじゃが、まさかヒューマンのかつてのヒーローを理衣が引き当てて活躍させとるとはのう……キャラ被りじゃろうに……」




 彼女はそう言いつつ「はぁああああぁ……」と深いため息をつく。


 よくこの状況でそんなマイペースになれるなと感心する。




「何してんですかソフィアさん?」


「おぬしが呼んだんじゃろ?この大精霊ソフィアをな!」




 そう言って、空中でカッコいいポーズをとるソフィアさん。


 以前理衣に憑依していた時とは全く違う恰好というか、妖精みたいなふわっふわで生地を縫わず巻きつけただけみたいな服装で、だけどそのとても素晴らしいボディラインを見せつけるような不思議で幻想的な見た目だった。




「死んだ奴は現世にあんまり干渉しない方が良いとか言って消えたんじゃなかったんです?」


「族長としてはのう?しかし!今ここにいるワシは、大精霊ソフィアじゃ!あの時から更にランクが上がったというわけじゃな!そうなればもうお気に入りの奴に肩入れしても誰にも文句は言われんよ!」




 ここに、筋肉と美女大精霊(自称)による戦いが勃発することになった。






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