第80話

 私は、世間一般からすれば幸せな暮らしをしているんだと思う。


 大きい家に、大きい部屋。


 解れなんてまったくない服に、ひもじい思いなんてしたことが無い環境。


 誰に聞いても、貴方は幸せねって言われるんだろうな。


 だけど、やっぱり物足りない。




 確かに、裕福な暮らしは幸せなんだろう。


 でも、私が今求めているのは、家族という存在だ。




 私の父は侯爵だ。


 そして母は、父にとって何人目かの妻だ。


 しかも、父が一番愛した妻が私の母だったらしい。


 ……まあ、普通に考えれば、とても面倒な立場にいるのが私だ。


 事実、色々と面倒な事はあった。




 私を産んだ時に、母は死んだ。


 だからか、父は私を溺愛していたらしい。


 だけれど、流石に他の妻の手前堂々とすることもできず、私へ費やす費用をこっそり増やす事で満足していたんだとか。


 これは、他の兄姉から聞いた話だ。




 ここまで聞いた要素から察するに、私たち兄妹の仲は悪そうに見えるかもしれない。


 だけれど、少なくとも私と兄姉たちの仲は悪くないと思う。


 それを、兄姉は信じてくれないけれど。


 彼らは、父と自分以外の家族みんなが私という存在を疎んでいて、害しようとしていると思い込んでいる。


 私と家族の仲は良いけれど、私以外の家族は仲が悪い。




 私の母以外の妻たちは、皆政略結婚の結果嫁いできた人たちだ。


 だから、父に対する愛情なんて大して持ち合わせていない。


 だからか、自分たちの子供にすらそこまで関心がないらしい。


 それなのに、私の境遇を不憫に思ったからか、私の事は可愛がってくれる。


 まあ、これに関しても他の家族は信じてくれないけれど。




 私も、将来貴族と結婚したらこんな家族が出来るのかな?


 夫と妻は愛し合っていなくて、子供たちも信頼しあわず、家族関係はほぼ崩壊している。




 私には、他の兄姉よりも多くの予算がついているらしいけれど、使用人はついていない。


 これも、他の義母たちや兄姉が「使用人は信用できないぞ!いつ誰の指示で食事に毒を盛ってくるかわからない!」といって、使用人をつけることを許してくれなかった。


 侍女なんてもってのほか。


 だから、私はいつも1人で部屋にいた。


 誰が毒を入れるかわからないと言われながら、普通に調理室へ行き食事を貰って、そのまま部屋までもっていく。


 少なくとも、それで私が死んだことはない。




 時には、街で食事を買ってきたこともあるし、食べてきたこともある。


 カレーライスとか、うどんとか。


 牛丼なんて、まずうちの食卓には出ないからとても新鮮だった。


 きっと、そんなものを箸で掻き込むように食べてる所を見られたら、父や家族たちは驚いて気絶するだろうな。




 ……将来の夫は、そんな私を見たらどう思うんだろう?


 貴族らしくないって嫌われて、やっぱり愛の無い夫婦になるのかな……。








 15歳になって、私も魔法学院に入る事になった。


 といっても、今までとそこまで違う生活になるわけじゃなかった。


 学校には今までも行っていたし、寮には引っ越したけれど、部屋で自分1人なのも今まで通り。


 幸せな、ちょっとだけ寂しい生活。




 そんな中、突然学園で魔物を倒しに行く事になった。


 私だって魔法は使える。


 だけど、実際にそれを使って魔物と戦った事なんて無い。


 不安だけど、1人じゃないみたいだからきっと大丈夫。




 なんて考えは、あの大きな猪を見た瞬間に吹き飛んだ。


 何とか皆で魔法を撃ち込んでみたけれど、今までに学校で習ったような低級の魔法じゃ全く効かなかった。


 そうなったらもう、皆で逃げるしかなかった。




 魔力で脚力を強化して森の中を走り抜ける。


 多分こっちが集合場所だったと思うけれど、恐怖に支配された頭ではそれ以上の事は考えられない。


 段々と猪が近づいてきている気がする……それだけで心臓が爆発しそうな程に煩くなる。




 その時、走っていく先に同級生の男の子が見えた。


 あの人は確か……パーティーで公爵令嬢様を助けた人だった気がする。


 何かを引きずっているけれどよくわからない。


 委員長の京奈ちゃんが、その男の子に注意を促すのが聞こえた。


 私は悲鳴を上げていただけだったのに、他の人のことまで考えられるなんてすごいなぁ……。




 だから、一緒に走って来ていると思っていた。


 なのに、バスまで戻ってきたら、あの男の子はいなかった。


 しかも、猪もいつの間にかいなくなっていた。


 私はその時、きっとあの猪が男の子を襲って、それを食べているから時間が稼げたんだと思った。


 確かに私だって助かりたかったけれど、あの男の子を囮にしてまでかというと……。




 どうなんだろう?


 本当に自分が助かるためにあの人を囮にしたいと思わないなんて言えるだろうか?


 ……嫌な人間だな私……。




 その後、先生たちが集まって捜索隊を送ろうって話している時に、森からバチバチメラメラとすごい音が聞こえてきた。


 何かの魔物かって皆が警戒をしたけれど、同じクラスの何人かの女の子たちは笑顔になっていた。


 聖女様と、王女様と、公爵家のお嬢様……あと、いつもクラスの端っこにいる小さい女の子かな?


 あ、でもあの小さい女の子はなんか気持ち悪そう……。


 皆あんまり話した事が無い娘達だ。


 立場的にも、雰囲気的にも……。




 そんな娘たちが、あの男の子がすごい音を鳴らしながら、さっきの猪とそれとは別の大きなクワガタムシを引きずってきたのを見て喜んでる。


 あの娘達……あんな顔をするんだ……。


 まるで……恋に落ちてる女の子みたいな……。




 私だってあの男の子に命を救われたみたいだし、そりゃドキッとはするけれど、あんな恋する女の子の表情までは……。


 してない、よね?








 その後も、短い間にいろんなことがあった。


 突然聖女様があの男の子と婚約したと思ったら、王女様と公爵令嬢様も一緒にその男の子と婚約したらしい。


 別に、高位貴族だとか、王子様なんてわけじゃない。


 噂だと、最果ての地からやってきた貴族になりたての人らしい。


 だから、すごい話題になった。


 それなのに、いつの間にかそれが認められる流れになっていたのは驚いた。


 これが権力ってものなんだ!?って思ったなぁ……。




 何も知らないでそのニュースを聞いたら、どんな裏の事情があるんだろうって思っただろうけれど、私はあの娘たちの事を見たから、自分たちの恋を優先したんだなってわかった。


 それは凄い事だと思うし、素敵な事だと思う。


 正直、私だって憧れる。


 いいなぁ……。




 皆で桜花祭のためにレベル上げをしたりもしたけれど、やっぱり一番思い出に残ってるのは、その後かな。


 桜花祭の打ち上げで皆で焼肉に行ったんだけれど、そこで私は見た。


 聖女様と、あの男の子が、本当に互いの事が好きなんだってわかる表情で、実際にそう囁き合ってる所を。


 私も、あんな風に誰かに好きだって言ってもらえたらな……。




 その時は、そう思っただけだった。


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