第72話

 鹿かぁ……。


 なんか、こっちの世界来てからやけに鹿と戦ってる気がする。


 外国製のゲームだと、鹿ってかなりの強敵な場合が多かったけど、日本製のゲームだとよっぽどの拘りがないと強キャラにされないんだよなぁ。


 まあ、リアルで戦うとなると、奈良公園の鹿ですら怖いけどな……。


 アイツら、鹿煎餅売ってるおばちゃん以外は自分の下僕だと思ってるから、攻撃性マシマシなんだよなぁ……。


 普通は、オスだと角さえなければ自信を無くして逃げるだけの悲しい存在になるらしいけど、奈良の鹿は安全のために角を切られすぎて、角が無い状態になれてるせいで、角ない状態でも油断できないんよ。




 まあ、今目の前にいるでかいやつは、俺の体よりデカい角をつけてるわけだけど……。


 オスなのかなぁ?


 ……そこまで細かく設定されてない可能性もあるしなぁ……。




 帯広のテレポートゲート付近で倒した鹿は、デカいヘラジカみたいな感じだったけれど、こっちのデカい鹿は、日本の鹿に近い感じがする。


 シルエットがシュッとしてて、角も細長くて尖っている。


 ただ、地面から肩までの高さが3mはある。


 肉を食べているから脚を少し曲げて頭も下げているけれど、まっすぐ立ったらどのくらいなのかなぁ……。




 ただ、何かを食べている時ってのは、またとない狩るチャンスではある。


 これは、狩りの練習に持ってこいだ!




「というわけでアレクシア、あれを殺れ」


「無理ですよ!?大きさ見てください!私が勝てる相手じゃありませんよ!」


「ジャイアントキリングなんてアサシンの十八番だろ!」


「ピグミーだってキリングしたことありませんが!?釣った魚ですらビクビクしながら〆る私を舐めないで下さい!」




 あーだこーだ言ってグズるアレクシアを無理やり送り出す。


 何事も初めてというのはある。


 そりゃデカい魔物を倒すのは怖かろうさ。


 でも、何だかんだでアレクシアだって十分な身体能力はあるはず。


 それに、アサシンといえば相手の不意を突くことで、何倍も強大な相手を殺すこともできる存在……だと思うんだけど、この世界でどうなのかはわからんな。


 まあ、俺達と最初に会った時に使ってた気配を完全に消す能力を使えば問題なく近づけるはずだろ。




 ただ、流石にまともな武器を持ってないというのは予想してなかった……。


 なんでメイン武器がコンバットナイフどころか果物ナイフなのか……。


 狩猟に一番便利なのは、今持ってる中だと雷切だけど、流石にこれは譲渡できないなぁ……。


 というわけで、三好左文字を貸してやる事にした。


 切れ味は神剣だし、こいつの便利な所は譲渡しても俺の身体能力の向上が維持されるところ。


 更に、譲渡した相手の身体能力も50%上がるわけで、これだけ下駄を履かせれば大丈夫だろ多分。




「うぅ……私はやれる……私はやれる……」




 パーティー登録さえしていれば、気配を消していても見えるようにできるらしい。


 というわけで、ここからでもアレクシアの姿は鮮明に見える。


 ビクビクはしているけれど、流石はアサシンのギフト持ちと言う事なのか、迷いのない脚運びで近づいていく。


 向かう先は、肉を食うために降ろされている頭か。




「これはお肉……これはお肉……うえへへ……」




 ……義務感や勇気で頑張ってるのかと思ったけれど、食欲が一番のようだ。


 猿食ってる鹿の肉って食えるのかなぁ……?


 どっちにしろ魔物だし、今更かもしれんが。




 どうなるかと見守っていると、あのビビりようがウソのように鋭く刀を突き刺すのが見えた。


 そのまま頸椎を断ち、切り裂きながら体外へ刃を出したらしい。


 何よりすごいのは、何故かアレクシア本人は一切返り血を浴びていない事だろうか?


 どういう理屈なのか、鹿の首から血が噴き出しているのに、アレクシアの方に飛んでいないように見える。


 まるで魔法か手品みたいだ。


 初めてとは思えない程の鮮やかな暗殺術にちょっと魅入られてしまった。




「お……おおお!?やりました!やりましたよおおお!」




 それをやった本人が一番驚いているけれども……。




「すごいわね彼女……本気で暗殺しようと思ったら、国王陛下相手でもいい所まで行くんじゃないかしら……?」


「本人が自分のヤバさに気がついてないのが怖いですよね。まあ、本気で暗殺業始めるんでも無い限り、変な事に気がつかない方が良いのかもしれないですけれど」




 会長が戦慄しているけれど、実際俺たちもアレクシアのステルスには完全に欺かれているからなぁ。


 ほんと、人造人間のエルフっていうのは高性能だ。


 おまけに美人。


 泣いていなければ。




「私、出番なかったね……」


「まだまだ山狩りは始まったばかりだ。理衣にだってこれからいくらでも機会はあるさ。今回は、アレクシアのために時間を使ったってだけだし次頼むよ」


「うん!頑張るね!」




 実際、まだ山に入ってから1時間程度しか経っていない。


 午後4時まで続けるならまだ7時間はある。


 場合によっては、もっと続けることも可能らしいけれど、こういう慣れない山中行動っていうのは、自分が思っているよりも体力を消費している物だ。


 だから、俺たちは無理をしないで4時には山を出られるように行動する事に決めている。


 まあ、俺一人だったら一晩中山の中にいても平気なんだけどさ……。


 実家に帰って来たかのような安心感があるんだよなぁ……。


 前世では、アウトドアなんて釣りくらいしかしていなかったけれど、転生してから15年もあんな大自然の中で過ごしたんだ。


 家の中ですらアウトドアに近い環境でそれだけ過ごせば、流石に野生児のような存在にもなる。


 聖羅も多分、こういう場所好きだろうなぁ……。




 そういや、風雅はどうしてるんだろうか?


 狩りといえばアイツだったからなぁ。


 逃げたか何かしていなくなったって聞いたけど、すぐに何か行動を起こすのかと思えば特にそんなことも無いみたいだし、今どこで何しているんだか。




 って考えると、今回のイベントって本来ゲームならアイツのために用意されたもんだったのかも?


 何作目のイベントなのか知らないけれど、マイカがいなかったら俺にこのイベントでの勝ち目なんて無かっただろうしなぁ。


 ほんと、魔眼もちのマイカがいてくれて助かった。


 絶対ヘッドハンティングして帰らねーと!




「マイカはまだ魔力が回復するまで時間かかるよな?」


「……はい、すみません……」


「別に問題ない。むしろ、ここまで1人で働き過ぎだ。しばらくはゆっくりしてくれ」


「……ありがとうございます」




 順位はまだ発表されていないからわからないけれど、マイカがあれだけバスバスとビーム撃って大きい魔鹿を倒しまくってたんだ。


 しかも、こうして更にデカいボスっぽい鹿までアレクシアの手によって倒された。


 ということは、チーム単位では今うちが一番なんじゃないだろうか?


 俺がやったことといえば、未だに狩られた鹿の解体だけだけどもな!


 いやぁ……このボス鹿(仮)もでかいなぁ……。


 でも、俺のあげまくった身体能力によって3分で解体が完了した。


 実家でもよく獲物の解体はしてたけど、もしかしたら開拓村から出てからの方が高頻度で解体しているかもしれない。


 開拓村では、聖羅が作物を育てまくってたから、肉にそこまで比重を置いて生活する必要無かったからなぁ。


 それが、食品がいっぱいある王都くんだりまできて肉の比重あがるんだからわかんねーもんだ。






 素材の回収も完了したので、次の獲物を探しに向かう。


 ここからは、マイカの魔眼に頼れないために手探りだ。


 レーダーか何かみたいな魔法でも使えれば楽なんだろうけれど、仮にそんな魔法があったとしても、俺には使えないんだけどな!




「大試くん、2時の方角にまた魔鹿よ」


「……会長ってもしかして、索敵する魔法が使えるんですか?」


「当然でしょ?だって神社の娘よ?」


「関係あるんですかねぇ……?」




 会長によると、会長が使う索敵魔法は結界術の応用らしい。


 周囲に微弱な結界を広範囲で張り、その内部の存在を把握するんだとか。


 この世界の索敵魔法は、他にも魔力を周囲に飛ばし、その跳ね返ってきた反応で調べる物なんかもあるらしい。


 前世のレーダーみたいなもんだな。


 あとは、それらを更に高度に使いこなすことで、色や温度までわかるようになる使い手もいるらしい。


 いいなー……。


 俺も魔法使いてぇ……。


 レーダー剣とかでねーかな?


 そんな剣が存在するのかは知らないけども……。






 会長ナビに従って進むと、先ほどのボス鹿と大体同サイズの鹿が見えた。


 ……あれ?さっきのがボスじゃなかったのか?




「……会長、これって普通の事態なんです?」


「……それはないわね。普段だったら、さっきの鹿が最大クラスの獲物だと思うわ。そんなのがこうやって複数なんて……」




 やっぱり異常事態だったかー……。


 そういや、前世でも狼がいなくなったせいで鹿が増えすぎて大変な事になってたなぁ……。


 ニュースで見ただけだけど、あれはあれで深刻そうだった。


 ボス鹿大量発生を考えたクリエイターがいたとしたら、きっとそのニュースを見たんだろうな。




 なんてこと考えている場合じゃねぇな!




「よし、何はともあれアレを倒さないとな!」


「今度は私が挑戦してみてもいい?大試君にサポートはしてもらうかもしれないけど……」


「そうだなぁ……。うん、じゃああの鹿は理衣に任せよう!もし仕損じたら俺が止め刺すから思い切ってやってくれ!」


「うん!だからその……私の事、見ててね?」


「あ、うん……」




 ほんと、顔を赤くしながらそうやって可愛いくあざとい行動を不意打ちでかますのやめてくれない?


 俺の理性がさぁ!




「私の使える一番強い魔法……うーん……えーと……こうかな!えいっ!」




 そう言うと、理衣は右手の指をパチンと鳴らす。


 すると、黒い光の筋のようなものが鹿の頭へと飛び、そのまま貫いた。


 あっけなく地に沈むボス鹿Ⅱ(仮)




「……うっそぉ……理衣すげぇ……」




 にしても、なんかこの魔法見覚えある気がする。


 どこでだっけ……確かつい最近……。




「ねぇ大試君……今のみた……?」


「うん、何あの魔法?すごい強かったな」


「頭に浮かんだから使ってみたけど……あれってソフィアさんが使ってたやつだよね……?」




 あー!そういやそうだった!


 ソフィアが乱射してた奴だ!




「ってもしかして、理衣のラッキーガールって、憑依されてる状態で使われた魔法は自分も使えるようになるのか!?」


「そうなのかな!?」


「やっぱりソフィアは凄いわね!」


「ソフィア違いですけどね……あ、でも、猫のソフィアの能力も使えるようになってたり?」


「やっぱり理衣さんはソフィアだったのよ!!!!!!!」


「ふぇ!?あああああの会長!抱き着かないで下さい!匂い嗅がないでー!?」




 深い森の中で、超美少女2人による濃密な百合が展開された。


 アレクシアが鼻血を出して倒れた。






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