第53話

 いつもより遅めの時間に鳴るスマートフォンのアラームで起きる。


 連日遅くまで活動していたため、今日はちょっと寝坊しようかなと思っていた。


 といっても、多分そこらの貴族出身者たちよりは早いと思うんだけど。


 文明の無い蛮族の生活スタイルでこの世界ではやってきたので、よっぽどのことが無い限りは日が昇る時間帯に起きる。


 この部屋は、日当たりがそこまで良くもないために出来る寝坊方法だろうな。




 森の中で生活していた時には、ただ生きるだけで体が鍛えられていた。


 しかし、今ここは文明の中心である王都の魔法学園敷地内。


 魔物狩りに行ったりはしているけれど、もう少し運動が必要だろうとこの寮に入ってからは毎日朝からランニングと木刀での素振りを行う事にしている。


 雨が降ったら中止して、天井についている何かの出っ張りを掴んでの懸垂だ。


 といっても、別に何が何でもやろうとしているというわけでもなく、何となくやっておいたら体にいいかな程度の認識なんだけど。




 今日もちょっと遅めだけどランニングに行こうと準備をしていると、突如部屋の中に何かが出現した。


 思わず身構えるも、見覚えがある3人……いや、1人はちょっと見覚えがあるのかないのか微妙な3人だった。




「今日も猫になってたから連れて来たニャ。この部屋の中なら大丈夫だと思ったニャ」


「そうか……びっくりした……それで、そっちは理衣でいいのか……?」




 俺は、半裸状態で胸と股間を手で隠し、頭にはネコミミがついている少女を見る。


 見える分には、手と足と胸の部分と股間部分にネコっぽい毛が生えていて、頭は顔の作りは完全に人間。


 髪の毛の色が、ソフィアと呼ばれていた例の猫の色になっていて、ネコミミが生えている。


 その状態なら別に服着たらいいんじゃないかとも思うけど、敢えて指摘しない!




「う……うん……大試の事考えてたら、ちょっとだけ人間っぽさのほうが強めに残ってて……ど、どうかな?」


「どう……って……可愛いけど、セクシー過ぎて危ないかなって……」


「だ……だよね!?安心して!大試以外には見せないから!」




 何をどう安心したらいいのか?


 怖いやら嬉しいやら恥ずかしいやらで聞くこともできない。




「それで、会長は今日もスリスリしてるんですか?」


「そうよ!やっとソフィアの事も過去に出来たと思っていたのに、こうして間近で体験できるとわかってしまったらもう我慢できないわ!」


「ソフィアって依存性があるやばい物質でも放出してたんですか……?」


「ソフィアがやばい物質ってものだったんじゃないかしら?」




 会長、元気になったのはいいけど、違う方向に傾いて言っている気がするが、大丈夫か……?












「へぇ、エルフにねぇ……」


「そうなんですよ。会長何かエルフについて知りません?」


「私もおとぎ話でしか知らないわ。むしろ、実際に会ったって言う貴方の方が詳しいでしょうね」




 理衣が猫化を解く前に、とりあえず俺の上着を着ている間に会長に聞いてみたけど、やっぱり特にこれと言って情報は無いらしい。


 そりゃそうか。


 知ってたら、神社生まれってスゲーって言ってる所だ。




 そんな話をしていると、着替えているのを覗くのもなんだなと見ないようにしている理衣の方から視線を感じて振り返る。




「……大試も、そのエルフさんみたいに美人が好きなの?」


「そりゃそうだろ。1年1組なんて俺の婚約者3人もそうだけど、女子たちが美人ばっかりで正直どぎまぎする。まあ一番重要なのは、俺の事を好きだと言ってくれる事だろうけど」




 エルフも美人だけど、1年1組はゲームのヒロイン級のキャラデザばっかりなんだ。


 教室に入る度に目が覚めるわ。


 特に、自分がこの世界の中にちゃんと存在していると認識してからは。




「え!?じゃあ私も美人!?」


「自覚無いのか?」


「……えへへー!」




 にへらっと蕩けた顔になる理衣。


 良いから人間に戻った時に大事な所が見えないように服を着ろ。




「2年1組の私はどうかしら?」


「会長も美人ですね。ただ、是非その内巫女服着てる所を見てみたいです」


「次着るのは……そうね……ゴールデンウィークに帰省する予定だからその時か……突発的に生徒会の方に魔物討伐の依頼が入ってきたらって所かしら。私は戦闘服も巫女服だから」


「……え?見せてくれるんですか?」


「大試君が見たいならね?」




 理衣と違って、こっちは揶揄うような表情だ。


 でも会長、顔と耳がちょっと赤いです……。




「主様、頼みがあるニャ」


「なんだ主様って?」


「ゴハンやお給料もらって大試って呼び捨てるのはどうかと思ったニャ」


「そう……それで?」


「最近エリザベートお嬢様がヒマしてるから、そのエルフの集落に行くとき連れて行ってあげてくれると嬉しいニャ。ニャーも護衛で一緒に行っても良いニャ」




 うーん……。


 昨日複数人で魔物狩りに行ったのは、あくまで突発的に皆がついてきちゃったからで、本当は1人でお金稼ぎするつもりだったんだけど、エリザを仲間外れにしたように見えたかもなぁ……。


 でも、実際にどんな危険があるかわからない場所って事も考えると、あまり連れて行きたくはないんだけど、ファムが来てくれるなら安全か?


 皆で短距離ならテレポートできるし……。


 だったらついでにマイカも連れて行くか?


 あのクラウ・ソラスの使い心地の感想なんかも聞きたいし。


 何より、卒業後のために再度スカウトしないと!




「エリザ自身が行きたいって行ったら連れて行こう。その時はファムも護衛として頼むぞ?」


「わかったニャ!」




 まあ、後はエルフ的に魔族はどういう風に見られているのかとか、魔族だって事自体がバレないかって辺りは気になるけど、戦力的には申し分ないからな。


 マイカも後で誘っておこう。




「……大試、私も一緒に行っても良い?」




 そうおずおずと聞いてくる理衣の方を向くと、既に人間の体に戻っていた。


 ぺかーと光るのも抑えられるようになったらしい。


 俺の大き目の上着でギリギリ隠れているだけで、中身が全裸の状態で。


 あざとくて俺の理性に大ダメージ!


 しかし、会長が理衣に待ったをかける。




「ダメよソフ……理衣さん!貴方は私と生徒会の仕事をするの!」


「えー!?でも会長ー!」


「貴方はちゃんと事務能力も高いし、人心掌握もできることがわかったわ。私から次の生徒会長に推薦してあげても良いし、それに……」




 そこでこちらをみて、また悪戯っ子みたいな顔になる会長。




「男は帰ってきたときに、おかえりなさいって言われるのが好きな性質を持つ生き物よ?」


「……は!?」




 は!?じゃないんだって理衣。


 案外キミ会長と相性いいよね……。


 本当に来年か再来年に生徒会長やってんじゃないか?


 元のゲームだと誰が生徒会長してたのか知らないけど……。




 結局ランニングと素振りはできなかった。


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