第45話
カリカリカリカリ……。
月曜日の放課後。
静かな教室に、筆記用具の摺れる音だけが聞こえる。
現在補習中です。
といっても、教師の監視すらない緩いやつだけども。
ただし課題のプリントの量はちっとも緩くない。
なんでそんなもんに俺が参加してるかって?
金曜日の午前中の授業サボったからです!
普通であれば、1日サボった程度で補習になる事なんてそうそうないらしいけれど、今回はある理由により補習が行われている。
その理由なんだけど……。
「……会長、終わりそうですか?」
「……話しかけないで。貴方より2年生の私の方がプリントの量多いのよ」
「……俺より先に終わっても帰らないで下さいね?」
「……嫌よ……帰って寝るわよ……」
実は、金曜日にサボったのは俺だけでは無かった。
生徒会のメンバーたちは、新学期早々重要メンバーを多数失ってしまったために、今回の桜花祭の運営において仕事が回らなくなった。
普通であれば何とかなったのだろうけど、王子が色々仕事を増やしたせいで負担は増加。
そのせいで、メンバーの大半が授業を休んでの仕事を行った。
結果的に、かなりの人数が授業に出なかったことで、じゃあもう全学年まとめてサボった奴補習にしちまおうZEって教師たちの間で決まってしまったらしい。
まあ、全員が全員朝から授業に出なかったわけではなく、大半が最後の午前中に行われる4科目のうち後の2科目だけ休んだらしい。
4科目全部休んだのは、朝からゴミと同化しに行っていた俺と、責任を取らねばならない生徒会長だけで……。
つまり、他の奴らは各学年皆プリントを終わらせて帰ってしまった。
そして俺は、ネームドキャラたちのような成績優秀者ではないし、そもそも義務教育すら受けてこなかった男。
補習がプリントに書きこむだけだとしても、そうそう早く終わらせることもできない男。
もうダメだ……俺は何もできない……。
「……何か楽しい話しません?もう心が限界です」
「……楽しいって、どんな食べ物だったかしら……?」
「……ははは……はは……」
「しゃー!終わったあああああ!」
「……やった……これで寝れる……」
もうすでに、部活動の生徒くらいしか校舎に残っていないであろう時間になっていた。
夕日が眩しいぜ……。
「会長、なんで今日もそんな疲れてるんですか?昨日打ち上げしてましたよね?」
「打ち上げ後も働いてたのよ……」
「部下の分までサービス残業する管理職みたいですね」
「……あのダンスパーティーの件以来、生徒会に入ろうとする人が全然いなくて困っているのよ……貴方入らない?この学園の生徒会で活躍すれば、将来貴族社会で自慢できるわよ……?」
「俺が働く予定の地の果てでは、そんな評価なんてトイレットペーパー以下なので」
「羨ましいわ……私も行こうかしら……」
ダメだ!この人限界だ!おら!疱瘡正宗による症状回復を食らえ!
「……相変わらずその剣凄いわね……これでベッドまで持ちそう……」
「大丈夫ですか?送りましょうか?」
「平気よ……まだ明るい時間だし……あ、ここからなら近道できそう……」
「3階の窓から外に出ようとしてる人の言う事は信用できないので送りますね」
疱瘡正宗が治せるとしたら寝不足という状態までであり、それだって完璧じゃない。
だから、今の会長だと多少の回復では焼け石に水だったらしい。
仕方なく、フラフラしている会長を捕まえて背負った。
このままプリントを職員室で待っているはずの先生に提出し、会長を女子寮まで届けよう。
侯爵令嬢だったはずだから、リンゼと同じ高位貴族用の女子寮のはずだ。
「先生、俺と会長の分プリント持ってきました」
「はい、お疲れさ……あの、武田さん大丈夫なの?」
「眠気が限界だったみたいで、これから女子寮まで運びます」
「そう……困ったわね……生徒会に仕事を頼みたかったのに……」
このおばさん教師、この状況でまだ生徒会に仕事を頼もうとしているだと!?
鬼!悪魔!でもちょっとキツそうな目元とメガネは多分神也の性癖ストライク!
「どんな仕事ですか?」
「それがね、学園の敷地内に猫が出没したらしいの」
「猫くらいいくらでも入ってくるんじゃないですか?」
「普通の猫じゃなくて、やけに大きいそうなのよね。それで、今日の朝に教師数人で目撃情報があった場所を捜索してみたのだけれど、確かに大きな足跡があったのよ。でも猫自体は見当たらなかったから、その捜索をね」
猫なんて小さいから可愛いだけで、デカかったら多少可愛いとしても恐怖の対象でしかないぞ?
てか、魔獣じゃね?
この先生本気か……?
流石に、そんなヤベー仕事をこの状態の会長に振るのは可哀想にも程がある……。
「俺で良ければ行ってきますよ?丁度会長送り届ける女子寮に、猫に強そうな知り合いがいるので」
「……そう?まあ、貴方も強いって有名らしいから心配ないかしら……。じゃあお願いね?危なそうなら逃げるのよ?」
「はいはい!じゃあ行ってくるので、報告は明日で!」
これから暗くなるっつうのに、夜行性の場合が多いネコ科の動物を探しに行けって言うんだからたまんねーな……。
とりあえず、さっさと会長を送っていく事にした。
「……それで、なんでニャーを呼び出したニャ?」
「だってファムって猫だろ?」
「ファントムキャットっていう魔族にゃ!」
「まぁまぁ、夕食奢るからさ」
「いやあの……寮なら侍女の分までご飯がちゃんとでるんニャけど……?」
「牛丼でどうだ?焼肉の帰りに学園の近くで牛丼チェーン店を見つけてさ、久しぶり(前世以来)に食べたくなった」
「……メガにチーズトッピングで手を打つニャ」
一応ファムは俺が使役している状態だから、頼んだりするより命令するのが手っ取り早いんだろうけれど、やっぱり自分の意志で言う事聞いてほしいからなぁ。
ふふふ……食欲に溺れるがいい……。
「地図によるとこの辺りなんだけど、猫の気配あるか?」
「んなもんわかるわけないニャ。お前も探すニャ」
向かった先は、あまり目印の無い杉林。
この辺りで目撃情報があって、足跡も見つかったはずだ。
因みに、目撃情報を上げてきたのは、オカルト研究部の生徒らしい。
オカルト好きが杉林で何をしていたのか……あまり考えたくないな……。
「流石に暗いな……懐中電灯いるか?」
「ニャーはいらないニャ。ファントムキャットは夜目が効くからニャ」
「やっぱ猫じゃん」
「もうそれでいいニャ……」
「ごめんごめん!ファントムキャットはすごいなー!カッコいいなー!ファムは可愛いなー!」
「べ……別にそんな見え見えの御機嫌取りされても嬉しくないニャ!」
とりあえず頭をワシャワシャ撫でておいた。
なんか気持ちよさそうな顔をしていた。
やばい、クセになりそう……。
杉林に入って1時間ほど。
デカい猫どころか、先生たちが見たって言う足跡すら見当たらない。
本当にここなのか不安になって来た。
更に言うと、もう帰りたい。
「ファムー、そろそろ帰ろうかー?」
「そうだにゃー!牛丼買って帰るニャー!」
懐中電灯で照らすと暗闇に慣れたファムじゃ眩しいという事で、少し離れて捜索していた俺達。
その為、大きめの声で話しかけたんだけど……。
「牛丼!?」
その言葉と共に、デカい猫がいきなり現れた。
大きさは、女子高生が四つん這いになっているくらいか?
ヤマネコのような毛の色のせいで、地面に伏せていると保護色になっていたらしい。
でも、流石に立ち上がれば目立つ。
「あ!しまった!」
デカい猫が喋る。
かなり間抜けな感じで喋る。
俺とファムを見て大慌てしているようだ。
「ファム!捕まえろ!」
「わかったニャ!大人しくするニャー!ニャーはさっさと牛丼食べたいニャ!」
「私だって食べたいのにー!」
デカい猫は、猫だけあって凄まじくすばしっこい。
だけど、流石にファムのテレポートには勝てず、一瞬で捕まった。
「うわーん!殺さないでー!」
猫が泣いている。
鳴いているんじゃなく、涙を流して。
「なぁ、なんでお前猫なのに喋れるんだ?魔物か?」
「違うよー!私、猪岡理衣いおか りいって言うんだけど、焼肉食べてから眠くなってお昼寝したんだけど、夜になって起きたら猫に……」
「……つまり、お前は元々猫じゃなかったのか?」
「人間だよー!高校生!」
「って事は、この魔法学園の生徒?」
「そうだよー……でも、猫になったなんてバレたら魔獣だって言われて殺されそうで怖くて……」
「んで隠れてたと。いつからだ?」
「昨日の夜……」
猪岡理衣キャットによると、猫になってるのがわかってすぐ寮から逃げ、とにかく人に見つからなそうな場所を探してここに辿り着いたんだとか。
だけど、猫になったとはいえ心は人間のままなので、ネズミなんてもちろん食べたくないからと食事もできずに今に至っているらしい。
で、お腹が空いてる所に俺達の牛丼発言を聞いて反応してしまったと。
「治ったら牛丼食わせてやるからな……」
「可哀想な物を見る目しないでよー!」
だって不憫で……。
猫にされた挙句牛丼に反応して見つかるとか……。
「……ねぇ大試君」
「なんだ?……てか、何で俺の名前知ってるんだ?」
「私の名前で分かってもらえるかと思ったのに、やっぱり気がついてないんだ……。あのさ、私一応、大試君のクラスメイトなんだけど……?」
「……………………………………………………ごめん、知らない……」
「酷いよー!?」
あまり話さない相手の名前なんて覚えられません!
最近やっと委員長の名前を覚えた程度の俺ですよろしく!
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