第42話

 良い。


 実に良い。


 生ごみと汗にまみれてネトネトになった全身が清められていくこの感じ……。


 はぁ……リボーン……。




 暖かいシャワーを浴びているとどうしてこうもぼーっとしてしまうのだろう。


 このままだと、俺はこのまま1時間でもここにいそうだ……。


 心の中で己に鞭打ち体を洗ってしまう。




 使う人は勝手に使えとばかりに更衣室に置かれていたタオルで体を拭いて、自分の体から腐臭が漂っていないかを確認しつつシャワールームから出る。


 王子によると、誰かが着替えを持ってきてくれているはずだ。




「お疲れ様。やってくれたわね大試君」


「……ここ、男性用ですよね?」


「そのはずよ?」




 何故か、生徒会長さんがいた。


 もちろん俺は全裸。


 だが俺は負けるつもりはない。


 敢えて見せつけていく。


 だって、絶対この人慌てる俺を見て楽しもうとしてるし。




「着替えならそこの戸棚に置いておいたわ……一応言っておきたいのだけれど、私、男性のソコ見るの初めてなのよ?」


「いや何自分でやらかしておいて純情ぶってんですか……?更衣室の外にいればいいでしょ……」


「キミが慌てて面白いリアクションしてくれるんじゃないかと思ったらつい……」


「ついじゃねぇよ!」




 ノリでやっただけでちょっとだけ後悔しているらしい。


 でも知らん!


 俺はこのまま着替えをさせてもらう!




「キミって、パンツを履く時に腰のゴムをパチンってする派なのね」


「……あの、本題に入ってもらっていいですか?流石に観察され続けるのは恥ずかしいので……」


「私の勝ちね!」




 何に対して?




「まずは勝利おめでとう。試合時間は、きっとこれから二度と覆されない0.6秒だったわ」


「すみませんね短くて。それ以上長引いてたら勝ち目が無くなっていくだけだなって思ったので速攻で決めました」


「構わないわよ。ああいう経験を持って、これからの人生で油断をしないように皆が学んでくれたらそれでいいの。まあ、自分の能力をアピールしたかった人たちからはかなり嫌われたでしょうけどね?」




 やっぱりそうだよなぁ……。


 面倒な話だ。


 でも、勝てるとしたらそれくらいしか方法が無くてなぁ……。




「それより、会長がこんな所にいていいんですか?桜花祭はどうなったんです?」


「あまりに早く決着がついちゃって、時間はダダ余りよ。だから、両陣営の代表にお願いして、今エキシビションマッチの準備をしているところよ」


「エキシビション?」




 会長によると、余った時間を有効活用するために、両チームの代表者同士で一対一の戦いをするらしい。


 つまり、有栖と王子の一騎打ちだ。


 両者とも王族で、前衛気味の戦士という事で、中々に派手な戦いとなるだろう。


 これには、余った時間の尺埋めという目的もあるけれど、それとは別に思惑もあるらしい。




「今回、宏崇先輩があっさり負けちゃったでしょ?だから、そのままだとあの人の立場としては不味いわけよ。勝ってしまった有栖ちゃんの方にも影響が行くわね」




 まあ、王子もそれを気にして勝つっつってたわけだしな。


 それでも有栖が勝ちたいっつっちゃって、俺はそれを叶えてしまったわけだ。




「それで、直接2人戦わせて宏崇先輩に勝ってもらえば、多少は宏崇先輩を推してる連中にも面目が立つでしょ?」


「まあそうかもしれないですけど、有栖は多分手を抜きませんよ?」


「それは大丈夫!正面からやり合ったら絶対宏崇先輩が勝つから!」




 会長によると、宏崇王子はめちゃくちゃ強いらしい。


 今回だって、俺が不意打ちをしたから何とかなっただけで、真正面からの攻撃であれば相手が神剣だとしても、刃で受けるのではなく往なして反撃してきただろうとの事。


 正直、俺もあの一瞬かなりビビったのでそれは確かだろう。


 ……後で慰め、必要なんでしょうね……。




「というわけで、後で貴方たちにサポートしてあげて欲しいのよ。仕方ないとはいえ、女の子を負けさせるって私もちょっと後ろめたいからね……」


「会長ってそういうの気にする方だったんですね」


「どういう意味!?私って自分の事慈母だと思ってるんだけど!?」


「慈母は、その場のノリで全裸の男子の股間を凝視したりしませんよ?」


「……だって、目の前にあったら見ちゃうでしょ……」




 目の前にそれがある場所に入ってくるなっつってんだよ!




 結局、最後まで着替えを観察されてから会長とエキシビション会場へと向かった。


 到着した時には、既に有栖と王子が対峙している状態だった。


 俺は、会長と別れて1年生チームが集まってる所へこっそりと混ざった。




「遅かったじゃない……アンタ、よく勝てたわね?」


「死ぬほどトイレを我慢して、ゴミに塗れてやっとな」


「大試、いい匂いする」


「シャワー浴びて来たからな……でも出会い頭に堂々と匂いを嗅ぐな」


「嫌」




 こっそり来たはずなのに即見つかった。


 俺のスニーキング能力はあまり良くないらしい……。


 ……あ、有栖にも見つかった。


 この張り詰めた空気でこっちに手を振るな!


 弛緩するわ!




『これより、1年生チーム代表有栖王女 対 在校生合同チーム代表宏崇王子のエキシビションマッチを開催いたします!両者、構え!』




 会長がマイクを持ち、アナウンスを開始した。




 有栖はエクスカリバーを構え、宏崇王子は先ほどの折れたものとは別の刀を構える。


 周りには、生徒たちを始め、偉いんであろう人たちもギャラリーとして集まっているけれど、緊張感が伝播したのか誰一人声を出さない。


 不気味に静まり返った広場で、会長の手が振り下ろされた。




『始め!!』




 キィィィィン!!!




 開始の合図とともに、全速で斬り込んだ有栖。


 それを神剣ではない刀で受け流す宏崇王子。


 比喩でもなんでもなく、本物の火花が飛ぶ。




 超高速の斬撃を叩きこみ続ける有栖に対して、防戦しながらカウンター気味に軽く斬りかかるだけの王子。


 見た目は、明らかに有栖が押し続けているけれど、これは完全に王子の術中だなぁ……。


 いくらエクスカリバーで身体能力が上昇しているとはいえ、ああも剣を振り回していれば体力もドンドン減っていく。




 有栖もそれはわかっているようで、苦々しい表情をしながらも、それでもここで攻撃の手を緩める事はできない。


 今は、有栖が攻めているから王子も防戦気味なだけであり、もし有栖が攻撃を辞めれば、今度は王子による一方的な攻撃が始まるだけ。


 だったらもう、やれることは一つだけ。


 何も考えず全力の攻撃を続けることだ。




「やああぁああああ!!!」


「良いぞ!もっと来い!お前の全力で!」




 まあ何にせよ、王子の方は楽しそうだ……。


 有栖は有栖で、全力でムキになっているらしい。


 なんだか、普段あまり見ない顔をしている。


 兄妹だからこそ全力を出したいという事なのかもしれないな。




 俺にもああいうふうにムキになれる相手はいるだろうか?


 前世なら神也くらいだったけれど……。


 この世界だったら、聖羅とリンゼ、有栖くらいかなぁ……。




 いや、やっぱりあの王族2人みたいに全力で殴り合うレベルではできないわ!


 多分先に俺が土下座して折れる!




 戦いは1時間にも及んだ。


 終始有栖が猛攻を続けていた。


 髪を振り乱し、汗をダラダラ流しながら。


 そして、終わりは突然。




「えっ」




 有栖の脚から力が抜け、バランスを崩す。


 そこで生まれた隙を相手は見逃さなかった。




 一瞬、有栖の首に一筋の光が見えた。


 直後、砕ける試技バッジ。




『それまで!勝者!在校生合同チーム代表、宏崇王子!』




「「「「ワアアアアアアア!!!」」」」




 息を飲んでみていた観客から歓声が上がる。


 どうやら、会長の目論見は成功したらしい。


 なら、こっちももう良いだろう。




「「有栖!」」「「「有栖様!」」」




 1年生チームが有栖に走り寄る。


 皆、この1週間で随分仲良くなったなぁ……。




「皆さん……私……負けてしまいました……う……わああああああ!」




 他人事のように言ってたけど、俺もなんとなく走り寄っちゃってて、今抱き着かれて泣かれている!


 これどうしたらいいんだ!?


 聖羅だったらこういう時背中を摩ってやれば喜ぶけど……まあそれでいいか……。




 そのまま数分、おもいっきり泣いていた有栖。


 だけど、ちょっと待ってる人がいるから、落ち着いてきた辺りで話しかける。




「有栖、話がある人がいるみたいだぞ」


「……え……?」


「……うむ。邪魔をしてすまないな」




 王子様、ずっとオロオロしながら待ってました!


 流石に居た堪れなかった……。




「……有栖、いつの間にかお前も強くなっていたのだな」


「兄上……」


「またいつかこうして試合おうではないか!その時を楽しみにしている!」


「……………………はい!次は私が勝ちます!」




 それきり、互いに背を向け歩き出す兄妹。


 王族ってのは、どいつもこんな感じでカッコよく生きてるのか?


 ……いや、少なくとも1人こんなんじゃないのがいたわ。




「大試!」


「え!?どうした!?」


「レベル上げ!いっぱいしましょうね!」


「あ、はい」




 先程まで泣いていたのがウソのように、笑顔でズンズン歩いて行く姫様。


 姫オーラに自然と付いてきてしまったけれど、これどこに向かっているんだろうか?


 まさか、このままダンジョン向かうわけじゃないよな……?




「……あの、ちょっと離れてもらえますか……?多分私、今汗臭いので……シャワー浴びてからなら近寄っても構いませんので……」


「あ、はい」




 こうして、ゲームでも存在していたらしい桜花祭は終了した。


 ゲームでどうやってクリアされたのか知らないけれど、こっちでは結局肉体言語で解決だった。




「リンゼ、フェアリーファンタジーって泥臭いゲームだったんだな」


「アタシの記憶だと、もっとファンタジーなイベントのはずだったんだけど……」




 信じられんわ。




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