第41話

「砦周辺に敵の姿は無いな?」


「現在確認できません。万が一に備え、砦入り口に朝からステルス対策の魔術を複数種類起動しておりますが、それでも目撃はされていないので、少数精鋭の刺客がくるとしてもこれからでしょう」


「だと良いがな……」






 恐らく、開始早々の突発的な戦闘状況を発生させるために入れたものであろう『開始時刻までの索敵魔法の使用禁止』というルールが厄介だ。




 犀果大試は言っていた。


 かなり狡い勝ち方をするかもしれないと。




 私はそれを毒や設置型の爆弾によるルールの穴を突くような戦い方なのかと想定していた。


 だが、今の所そう言った物は確認されていない。


 毒だろうと爆弾だろうと、この砦の壁は破壊も透過もできない。


 今の時点でこの指令室内に発見できていない以上、直接持ち込むしかない筈だ。




 ならばと、奴が刺客となってやってきているのではないかと考えたのだが、今回のルールでは砦内で3人以上に見つかってしまった時点で失格となる。


 だからなんとしても見つけるように施設内をくまなく探させた。


 にも拘らず、見つかったという報告は上がっていない。




 おかしい、他に勝つ方法があるのだろうか?


 ……まさか、私が刺客を警戒して戦力を分散するのを狙って、実際には全力で籠城戦を行うつもりなのか?


 確かに監視からの報告では、1年生チームは全員でレベル上げを行っているようだったし、各々が相当な強さとなっているとのことだったが……。




 得体の知れない力を持つ犀果大試、聖女聖羅、魔術の天才と言われるガーネット嬢、そして我が最愛の妹である聖剣の使い手有栖。


 この4人がいた所で、勝てると計算できる程の物だろうか……?




 どこかを見落としている気がする……。


 私の勘が、犀果大試が今まさに刃を向けようとしていると叫んでいる。




 だが、施設内は虱潰しに探させた。


 それでも見つからなかったのだ。


 であるならば、その線は一旦忘れて、指揮に集中するべきだろうか……。


 いずれにせよ、もう開始時刻だ。




 腹を括るか……。




 兄として有栖に華を持たせてやりたい気もするが、兄としてそれを防がなければならない。


 あの可愛い有栖に嫌われるかもしれないし、憎まれるかもしれないが、それでも私は勝たなければならない。


 それが、私の考える最も有栖にとって良い未来だ。




 有栖であれば、例えここで負けたとしても、きっと立ち直り歩いていける。


 支えてくれる良い友人を持っていたようだからな。




 だが、犀果の事を語る有栖の表情は少々いただけない。


 アレでは、まるで恋する乙女のようではないか!


 ……いやまて、まさかそうなのか?


 10年前に一度会ったきりだと言っていたし、確かに大切な友達だといっていたからそうかと納得していたが……そういう事なのか……?


 むぅ……であるならば、私はどうしたらいい?


 応援すべきか……?


 ダメだダメだと否定するべきか……?


 いくら婚約者が決まらないとはいえ有栖は王女であるし、そもそもボーイフレンドを作るのは早すぎないだろうか……?


 確かに有栖は可愛くて奇麗で可愛いがだとしてもまだ15さ




「王子、そろそろ時間です」


「……うむ」




 気がつけば、開始まで残り1分。


 深呼吸をして心を落ち着ける。




 現在、この指令室内には20人程が詰めている。


 万が一守りを突破されたときの備えとして腕利きを集めた。


 とはいえ、私の方が彼らよりも強いという自信はあるがな。




「心して掛かれ!相手は、数千の敵に対してたった20余名で挑む酔狂な連中だ!一年生であるという認識は捨てろ!対等以上の相手だと思って薙ぎ払え!」


「「「「は!」」」」




 そうだ、私はこのチームを指揮する者。


 今この瞬間の最善を尽くすのみ。


 それ以外の事は、終わってから考えることにしよう。




 指令室内の誰かがカウントダウンを開始した。


 5、4、3、2、1……。




 カウントダウンが終わったとほぼ同時、サイレンが鳴り響き始めたその瞬間。


 指令室内に殺気が広がった。




 運の悪い事に、殺気の主は私の背後にいる。


 私は、とっさに我が愛刀を鞘から抜き首の横へと持っていく。


 気配で刀の軌道を読むと、そこに振られているのがわかったからだ。


 それでも、ここに刃が来るかどうかは、半ば賭けであったのは否定しない。




 間に合った!




 そう思った瞬間、私の刀は断ち切られ、私の胸につけられていた試技バッジが砕け散った。




「嘘でしょ!?完全に不意打ち成功したと思ったのに、受け止められかけた!?」




 信じられない思いで、背後を振り返る。




 そこには、何故かお茶とコーヒーの出がらしに塗れた犀果がいた。






 開始を告げるはずのサイレンが鳴りやむ前に、終了のサイレンが鳴り始めていた。






 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「はい!ステルスかけてあげたわよ!これでいいの?」


「大丈夫だ、助かる」


「あんまり長時間は続かないからね?1時間くらいは大丈夫だと思うけど」


「わかった!」




 リンゼに姿が消える魔法をかけてもらい、全力ダッシュで相手の砦を目指す。


 現在、桜花祭前日の早朝。


 試技バッジを受け取って即行動を開始した。




 チャンスは、相手が警戒を強めるまでの短い時間だけ。


 午前中の授業をサボっての凶行だけど、まあ1日くらい授業でなくてもなんとかなるだろ……。




 昨日までであれば、砦の中に入れるのはチームメイトだけだったはず。


 だけど、この試技バッジを持っていれば敵の砦の扉も開く。


 とはいえ、3人以上に見つかったと報告されれば失格だ。


 だから早朝からリンゼに付き合ってもらって、ステルスをかけてもらったわけだ。




 ただ、リンゼによるとこのサイレントは、来ているとわかっていれば解除することも可能らしい。


 準備には時間がかかるそうだけど。


 なので、相手がまだ警戒していないであろうこの時間に行くしかなかった。




 SSRとSRの剣たちを総動員して、身体能力を限界まで引き上げてからの全力疾走だ。


 バスでの移動よりもよっぽど早く、敵の砦へと到着した。


 やはり、この時間はまだ警戒が緩いようで、数人がウロウロしているだけのようだ。


 その中の1人が自動ドアを潜ろうとしていたために、一緒に通り抜ける。


 ステルスで俺の姿は見えないけれど、だからと言って何もないのに自動ドアが開くのはホラーだからなぁ……。




 砦に入った後は、1階にあるごみ捨て場を目指す。


 この砦に入るのは初めてだけど、構造は1年生チームの砦と一緒のハズなために経路はわかる。


 そしてこのゴミ捨て場には、各階のダストシュートが繋がっている。


 その中の一つの投入口が、指令室に繋がっている、




 このダストシュート、中はそこそこの広さの穴になっていて、人間でも問題なく通ることが出来る。


 細いとゴミが詰まるからだろうけど、今の俺には好都合。


 穴の下まで行ってから、身体能力に任せて飛び上がり、穴の中を手と足を突っ張って登る。




 指令室は最上階のため、ダストシュートのてっぺん手前で待機だ。


 ここからは、翌日9時までひたすら待つことになる。


 そう!ひたすら!待つ!


 トイレすら我慢だ!


 ハッキリ言って、これが一番辛い……。


 手を突っ張って張り付いてるのはまだ何とかなるんだけど、トイレだけはなぁ……。




 携帯トイレを持っていこうかとも思ったけど、排せつした物が消えるわけでもないし、だからってそのまま捨てたりしても俺が見つかる可能性は高いだろう。


 てか、いくら携帯用トイレの中に封印されているとしても、そんなもん他人に見られたくない!




 というわけで、心を無にして待つわけだ。




 とはいえ、相手はあの宏崇王子だ。


 開始前に施設内の捜索くらいはするだろう。


 いくら薄暗いとはいえ、このままダストシュート内を覗きこまれたら見つかる可能性もある。


 なので、俺は村雨丸を使って水の膜を作った。




 この村雨丸だけど、水を出すだけでは無くて、その水を操ることも可能らしくて、操る水の量が少なければ少ない程繊細な操作が可能になるらしい。


 だから、俺はこの水の膜を光が通りにくいようにする練習をした。


 それ自体は割と簡単だったけれど、欠点として、この膜に防御力のような物は殆どない。


 つまり、上からゴミが捨てられたらそのまま素通りして俺にぶつかる。




 貴族の皆さんであれば大してゴミ出しなんてしないだろってタカをくくっていたのに、案外みんなお茶とかコーヒーを給湯室でいれるのか、ドバドバおちゃっぱとかコーヒーの粉が捨てられてきた。


 一応黒い服(安物ジャージ)でスパイっぽい格好(自称)にしたんだけど、これが黒じゃなかったらとんでもない事になっていただろうな……。




 てかさ!お前らダストシュートの使い方間違ってないか!?


 ちゃんと生ごみは袋に入れて捨ててくれないと中が汚くなるだろ!


 小学校で何習ってきたんだよ!?




 俺、この世界の小学校で何習うのか知らないや……。








 途中何度かダストシュートの中を覗き込まれたけれど、薄暗いからか俺の水の膜がいい仕事をしているからかはわからないけど、見つかる事は無かった。


 その時は、長時間の我慢と緊張によって、ナニがとは言わないけど漏れそうだった。




 それでも、時間というのはしっかり過ぎていき、気がつけばもうすぐ開始時間だ。




 俺は、全神経を集中する。


 自分の体から発せられる腐臭も、尿意も便意も無視する。


 必要なのは、出た瞬間に剣を1回振るその一瞬の時間。




 身体能力が上がっているので、例え垂直なダストシュート内の壁であっても簡単に蹴って飛び上がれる。


 ダストシュートの扉を内側から叩き開けることもできることも事前に一年生砦で確認している。


 後はタイミングだ。


 とにかく素早く無駄なく王子を倒さないといけない。




 俺は、先日王子に当ててもらったカラドボルグを手にする。


 これならば、一振りで指令室内の人間を一掃できる。


 切れ味も神剣なので女神の折り紙付き。




 国王陛下や有栖の身体能力を見るに、宏崇王子もとんでもない剣の使い手なんだとは思うけれど、流石にダストシュートから敵が出て来て刃が指令室めいっぱいまで伸びる剣をふるってくるとは思っていないだろう。


 なら、倒せる……と思いたい!




 スマートフォンを見る。


 開始まで5、4、3、2、1……。




 瞬間、飛び出す。


 丸1日以上薄暗い所にいたから少しだけ眩しいけれど、それでも指令室内を見回す。


 幸い、ターゲットは背中をこちらに向けていた。




 躊躇はしない。


 この一振りで決める。


 指令室内には何人もの生徒がいるけれど、俺に反応できている奴はいない。




 カラドボルグを振り始める。


 それに合わせて、部屋の壁に沿う長さにまで刃を伸ばす。


 上げに上げた身体能力から繰り出される斬撃は、易々と室内の生徒たちを倒していく。


 試技バッジのおかげで実際に死ぬわけでは無いはずだけど、斬る手ごたえは感じるようだ。




 背後からの斬撃、これは勝ったと思ったのもつかの間。


 極限まで引き延ばされた意識の中で、スローモーションのように王子が剣を俺の剣の軌道に構えるのが見えた。


 冷や汗が出る。


 受け止められるのか!?




 そう思ったけれど、結果は俺の剣の勝ちだったようだ。


 王子の剣は半ばから断ち切られ、試技バッジは砕けていた。




「嘘でしょ!?完全に不意打ち成功したと思ったのに、受け止められかけた!?」




 数瞬遅れで驚愕の声を上げてしまった。


 それ程に、相手の剣の腕に驚いた。


 王子が神剣を持っていたら、まだ勝負はついていなかったかもしれない。


 それ所か、周りの奴らと一緒に俺を袋叩きにしていたかも……。






 あまりに一瞬だったためか、サイレンが重なるように鳴り響いている。


 この指令室内の奴らは、まだイマイチ何が起きたのかわかっていないらしい。


 理解しているのは、多分目の前のこの人だけ。




「……よく来たな、犀果大試」




 そう言って振り返る宏崇王子。


 既に負けを認めているのか、先ほど俺の剣を受け止めかけた時の鋭さは感じられなかった。




「……ほんと、大変でしたよ。妹さんの笑顔と焼肉のために頑張りました」


「ふっ……そうか。苦労をかけるな」


「いえいえ、やりたくてやった事なので」




 王子が、折れた剣を鞘に納める。


 それと同時に、静まり返っていた周りの生徒たちがザワザワとしだす。


 やっと事態が飲み込めてきたようだ。




「しかし、その恰好は何だ?」


「ちょっとゴミ収集業者の気持ちになろうと思って。ちょっとだけ人に優しくなれますよ」


「どうだかな……」




 俺の集中力も切れてきたらしく、流石に自分から放たれる臭気と排泄欲が辛くなってきた。


 それを見ていたのか、宏崇王子が提案してくれる。




「帰る前にシャワーを浴びていくと良い」


「ありがとうございます!トイレもいいですか?」


「好きにしろ。着替えは後で届けさせる」


「流石!では後ほど!」




 正直我慢の限界だったので、トイレに駆け込んだ。


 いやぁ……今の俺の姿、見方によっては酷いいじめの結果みたいだなぁ……なんて思いながら、全てを解放する。




『状況終了!勝者、1年生チーム!』




 サイレンの終了と共に、そんなアナウンスが流れる。


 成功するかわからなかったけど何とか勝てたみたいだなと、この時やっと勝利を実感した。




 有栖達、訓練の成果出せなくてがっかりしてるかもなぁ……。


 それだけがちょっと心配だった。






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