第38話

「これは、有栖が初めて立った瞬間をスローカメラで撮影してから写真にしたものだ」


「はぁ……」


「ふふふ……可愛いだろう?この直前まで、転んだりしないかと気が気でなかったのだがな……」


「そうですか……」


「子供の成長というのは早い物だ……初めて見た時には、こんな風に白くてしわくちゃの猿のようだったのだがな……」


「なるほど……」




 肉を焼く。


 とにかく無心で肉を焼く。




 目の前……どころか、わざわざ隣に座って王族のプライベートアルバムを見せつけてくる王子を片手間に処理しつつ、俺は肉を焼く。


 ここは、ずばり焼き肉屋だ。


 個室ではあるけど、びっくりするほど高級店というわけでもない。




 ダンジョンから砦へ戻ってきた俺は、そこから宏崇王子に連れられてここへ来た。


 王子様でもこういう店利用するんだなぁ……と思っていると、そんな俺の考えを察したのか、


「王子だろうと焼肉は食べる。それにここは、生徒会の打ち上げによく使われるのだ」


 と教えてくれた。


 そう言えば、この人は前生徒会長だったらしいなと思い出す。




 何の話をされるのかは知らないけど、俺だって肉は食べたい。


 奢りだって言うし、バンバン注文して、王子様の小遣いを空っけつにしてやるつもりで焼いている訳だ。




 そしたら、突然アルバムを取り出して有栖の魅力をプレゼンテーションしてきたこの王子。


 こんな所でアルバム広げてると痛みますよと言っても、


「予備は10冊以上ある。フィルムもデータも厳重に保管してあるから問題ない」


 と言って聞かない。




 何この状況?




 大体この王子、自分で肉焼かずアルバムばっかり弄ってるんだよなぁ……。


 俺が焼いてやった肉を皿に乗せてやると食べるから、別に菜食主義者ってわけでもないんだと思うんだけど……。


 何のために俺を呼んだんだ?


 肉焼かせるためか?




 あ!でも本題に入らずこのまま解散してくれるならそれはそれで……。




「ふぅ……。ではそろそろ本題に入ろう」




 本題に入られてしまうらしい。


 やだぁ……。




「我が最愛の妹である有栖と、今度の桜花祭の件で話がしたかった」


「でしょうね……」




 呼ばれたタイミング的にそうだと思いました!


 まさか、アルバムが出てくるとは思いませんでしたけど!




「貴族たちの間で、有栖が何と呼ばれているか知っているか?」


「入学して早々に学生から聖剣姫と呼ばれていましたけど、それの事ですか?」


「いや、それは世間一般……というより、平民や下級貴族たちの間で呼ばれているものだな」




 そこで一旦話を区切り、俺が焼いておいた肉を食べる王子。


 大丈夫?


 美味しく焼けてる?


 そんな苦そうな顔しないでくれる?




「漂白姫……それが、愚かな貴族共が囁く名だ」


「漂白?」




 なんで?


 驚きの白さ的な?


 奇麗だもんな有栖。




「いつ死ぬかわからない。生きていたとしても子を授かれるかわからない。跡取りに娶らせても、すぐに死なれては意味がない。白紙に戻されてしまうというような事らしい。」


「へぇ……。あんなに元気なのにまだそんな事言われ続けてるんですね。そんな疑いを持ってるの、一部の人間だけかと思っていましたよ」


「王家の血というのは軽くない。例え王位継承権が低かったとしても、自分の血筋に取り込もうとすれば、それなりの手間はかかる。仮に婚姻を結ぶとなれば、王女である有栖の相手が次男以下というわけにもいかない。なかなか気軽に賭けに乗れる程のリスクではないのだ。最上位の貴族たちがそういう考えなのもあって、中堅の貴族たちは有栖を軽んじる者も多い。表には出さないがな」




 そんな不敬なやつらもいるのか。


 嫌だねぇ人間の汚い部分を見せられるのって……。




「しかし、私はそんな考えをむしろ歓迎している」


「え?何故ですか?」


「いつ死ぬかわからない王女を、政権争いの神輿にしようとは早々思わないだろう?」




 まあそんなもんかねぇ。


 それも一つの賭けだろうし、リスクは取りたくないか。




「とはいえ、中には勝馬に乗れそうになく、何とか対抗馬を出したいと思う勢力もいるわけだ。大抵、ろくでもない者たちなのだが……。特に、今まで我が弟を推していた者たちの動きが気になる。そんな者たちから目をつけられないようにするためにも、早急に有栖の評価を下げておきたい。もちろん、私自身は有栖の事を大切に思っているし、彼女が頑張り屋な事も、優秀な事も知っている。だからこそ、無駄な争いに巻き込まれてほしくないのだ」




 またアルバムを開く王子。


 先程までのどこか気怠そうな印象だった有栖の顔が、この辺りから急に明るくなっている。




「聞けば、君は有栖やガーネット嬢の友達というではないか?しかも、5歳の時に有栖を健康にしてくれたのも君なのだろう?」


「……まあ、そうですね。どう伝わっているかはわかりませんが、俺の魔法によるものです」




 剣魔法だとか、聖剣を具現化できるという事を知られているかどうかもわからんし、濁しながら答える。


 俺には、この人をどこまで信用できるかなんてわからないから。




「あの日、王都に帰って来た有栖が言うのだ。開拓村で、友達が2人もできたのだと。そして、健康にしてくれたのだと。それ以来、いつか君たちに会える日を待ち望んで、何度も何度も思い出の中の友人の話をされたものだ。王族が気軽に行ける距離では無かったからな……。」




 箸を置いたと思ったら、俺に向き直り頭を下げる宏崇王子。




「そんな君だからこそ頼みたい。私に協力して、有栖を負けさせてくれないだろうか?もちろん、戦えば私の側が勝つのは確実だろう。だが、善戦したという結果すら、変な者たちを呼び込む餌になりかねない。だからこそ、内部にいる君に妨害を行ってほしい」




 俺がどう返事をしたものか迷っている間も、王子は頭を上げない。


 王子として頭を下げるのはあまり気軽にやらない方が良いんじゃないかとも思うけど、これはきっと有栖の兄としての姿なんだろう……。


 だからこそ、俺は俺の真摯な気持ちで答えないといけない!




「嫌ですよ?俺達勝つつもりなので」


「……何!?」




 流石に驚きすぎて顔を上げたらしい王子だけど、怒っている訳ではないらしい。


 ただ、驚愕しているだけ。




「もちろん、まともに戦ってもそうそう勝てないでしょう。でも、勝つ方法が無いわけではない。ソレに何より、本人たちがやる気なんですから、友人である俺が諦めるわけにはいかないでしょう?」


「だが、奇麗ごとだけでは……」


「あ、奇麗ごとではなく、かなり狡い勝ち方をするかもしれないので、多分有栖自身の評価はそこまで上がらないんじゃないですかね?本人にも教えてないですけど」


「……では、協力はできないと?」


「当然ですよ。だって、俺が裏切ったら有栖が悲しむじゃないですか。それくらいなら、有栖に悪い考えを持って近寄ってくる奴らをバッサバッサと切り払っていく方がマシです。これでも、お互い数少ない友人同士なので!」




 俺がそう言うと、王子は何かを考え込むように焼ける肉を見つめる。


 王子に逆上でもされたらどうしようとは思っていたけど、とりあえずそういう事は無いらしい。




「……そうか、そうだな。友人に裏切らせるくらいなら、愚か者たちを全て排除するほうが有栖のためかもしれないな……」




 何か憑き物が落ちたかのような表情になる宏崇王子。


 この人は、本当に妹が大切なだけなんだろう。


 厄介シスコンらしいけど、許容範囲内の厄介さらしい。




「だが、手は抜かんぞ?それでも来るというなら来るがいい!」


「もちろんです。あと、肉いっぱい焼けてるんでじゃんじゃん食べてください。段々焼くのが楽しくて食べるペースを上回ってきました」


「それはまずいな!よし!では王族の食欲を見せてやろう!」




 そこからは、本当にすごいスピードで宏崇王子が食事を始め、これが王族か!と俺は感嘆していた。


 本人曰く、有栖が作った料理を除くと、焼肉が一番好きなんだとか。


 休日は、自分で七輪焼肉をすることもあるらしい。


 拘ってらっしゃる……。




「桜花祭で1年生チームが勝ったら、この店で奢って下さいよ。多分有栖も喜びますし」


「妹と焼肉だと!?それは……いいな……!」




 この人、案外チョロいかもしれない。


 噂だとこの王子様って優秀らしいんだけど……。




 そこで俺はあることを思いついた。


 相手は王子様なんだから、この機会を利用しない手はない!




「話は変わるんですけど、このチケットを破ってもらっても良いですか?」


「なんだ?破るとどうなる?」


「変な機械が出て来て、中身がランダムのカプセルが出て来ます。有栖に引いてもらったら、すごくいいのが出たんで是非同じ王族の宏崇王子にもお願いできないかと……」


「なるほど、ギフトによるものか。構わない!手の内を晒さないようにそのカプセルは帰ってから開けると良いだろう!」


「ありがとうございます!」




 話が早くて嬉しぃ……。




 今日は、俺の中の王子様像がかなり上方修正された日だった。






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