第35話

「それで、何でこんな所にいるのよ?」


「下見だよ下見。最初に一回皆で現地を見ておかないと作戦も立てられないから」


「へぇ……」


「お前本当にずっと寝てたんだな……」




 おんぶして、体育館を後にして、玄関で靴を履き替えさせ、またおんぶして、バスに乗せ、またおんぶしても起きなかった剛の者リンゼ。


 その比類なき惰眠貪り力は、ダンジョン攻略を解散してから今日の朝まで何かをやっていたからこそ発揮されているらしいけど、いったい何をしていたんだか……。




 目の前には砦と呼ばれる施設。


 なんとか砦じゃなくて『砦(TORIDE)』と書かれた看板があるから確実だ。


 FORTRESSとかじゃないんだ……?




「これじゃあ、他の砦と区別できないんじゃないか?」


「そこも訓練なんじゃない?まあ、自分たちで好きな名前つけろって事かもしれないけれど」




 リンゼを背負っていたせいでもたついている俺は、先頭集団から少し遅れてしまっているせいで、先頭でいろいろ説明してくれているらしい会長の声が全く聞こえない。


 ゲーム知識があるはずのリンゼは、女神の力を無くしたせいでゲームの知識自体が曖昧であまり役に立たない。


 そもそも、そんな細かい設定があったのかもわからないけれども……。




 案外、作った奴らも「そんなん知らんよ……」って思ってるかもしれない。


 この背中にいる奴も、この世界を作っている時はそんなタイプな気がする。




「大試、皆で砦の中入るって」


「わかった。先行ってていいぞ」


「うん……リンゼ、今日はすごく甘えん坊……」


「眠くて足が痛いだけだから!」


「ふふっ、そう」




 何故か今日は、聖羅の機嫌がやけにいい。


 ずっとニコニコしている。




 ……あー、あの告白から聖羅が可愛く見えてしょうがない。


 というか、この世界の俺の周りにいる女性陣が美人過ぎて辛い。


 一番仲が良くて、付き合いも長い聖羅にあれだけ好きだと言われたから、俺も聖羅に告白しようとしている訳だけど、多分他の娘とも同じように一緒に過ごして仲良くなって、好き好き言われたら俺は婚約したくなると思う。


 しかたないじゃないか!こっちは女性経験のないチェリーボーイだぞ!?




 今だって、正直背中のリンゼの良い匂いとかやわらかい感触が気になってしょうがない。


 あと、耳元で囁くように喋んなよ。


 ドキッとするだろうが。


 だから降りるように言ったのに、何故か降りてくれねぇし!


 聖羅曰く、俺は将来的に嫁を複数持っていいらしいけれど、俺の中の常識的にそれはどうかと思うんだよなぁ……。


 いや、前世の常識とはまた違うんだろうからそれはしかたないんだけどさ。




 まあもっとも、公爵令嬢相手なら駆け出し貴族のうちなんてまったく夫として不釣り合いだろうから、リンゼ相手ならそういう間違いも起きないし大丈夫だろう。


 多分。




 転生する前は、可愛い女の子に囲まれてキャッキャうふふしてぇなんて思ってたけど、開拓村に帰る事考えたら、あんな僻地で女の子たち複数人養うって並大抵の努力じゃ成し得ない気がする。


 皆でバーバリアンになって終わりじゃないかな?


 もしくは、俺の母さんみたいな感じで修羅になるとかなら皆で協力して暮らしていけるかも……?


 魔法使いなのに、近接戦闘でも魔法で対応して剣士に勝てるからなぁ……。


 たまにその魔法による弾幕を切り裂いて自分に勝つことがあるからって、父さんと結婚したらしいけど……。




「やべぇ親だよなぁ……」


「何の話よ?」


「うちの脳筋両親の話」


「……アタシ、仲良くやれるかしら……」


「大丈夫じゃないか?昔、王都から1人で飛んできたって聞いた時滅茶苦茶褒めてたぞ?将来が楽しみね!とか言ってたし。まあ、あんな僻地の魔女と仲良くする必要があるかは知らないけど……」


「でも、大試のお母様なんでしょ?なら、必要があるわよ」


「そんなもんか?まあ、それならそれでいいけどさ」




 考え事やおしゃべりをしているうちに、玄関を抜け階段を上り指令室まで辿り着いていた。


 エレベーターは無いらしい。


 ただ、こんな場所にあるにもかかわらず施設自体は奇麗になっており、指令室から出られないという縛りもこれならなんとかなりそう。


 トイレも奇麗なのが男女それぞれに用意されているし、給湯室もある。


 終いには、ダストシュートまであった。




 ちょっと待て!


 寧ろ指令室とか言いながら俺のイメージしてたようなレーダーとかそういうのが見当たんねーわ!


 場末の観光地のちょっとお金をかけた展望台みたいな感じ。




「皆指令室に入ったわねー?じゃあ説明するけれど、ここがキミたち1年生チームの城となる砦よ!」




 そう言って手を広げドヤッとする会長。


 この人、ドヤ顔するの好きなんだなぁ……。




「そっちのドリンクバーと、パンの自販機は使い放題よ。お金入れなくても使えるようになっているの。毎朝担当者が補給にくるけど、その前に食べ切ってしまったら我慢してもらう事になるわね」


「このパン、なんで全部あんパンなんですか?」


「やっぱりあんパンが一番雰囲気が出ない?」


「はぁ……」




 演習ってそう言うもんなのか?


 俺にはわからない……。


 お腹が空いてる時ならできれば総菜パンが食べたい……。




「トイレもあるし、シャワールームや仮眠室もあるわ。普通だったら人数多すぎてあんまり皆満足できないのだけれど、この人数なら多分大丈夫でしょう!」




 そう、本来は1000人以上いるはずの1年生チームは、現在20名程しかいない。


 そこまで広くもない指令室に全員入れている時点でお察しだろう。


 会長のオーバーリアクションなドヤ顔プレイも実にのびのびとしてらっしゃる。




「……ちょっと大試……これが全員ってどういうことよ……?」


「他は第2王子がつれてった」


「はぁ!?」


「後で説明してやるから今は会長の話聞いてやれって」




 今まで気がついてなかったのか?


 こっちは初めからほぼ詰んでる状態だぞ?


 気分はレオニダス。




 その後は、会長が施設を回りながら説明をしてくれて、とりあえず快適に過ごせそうな程度には理解できた。


 結論から言うと、ここに住みたいくらい充実している。


 洗濯機と乾燥機まであったからなぁ……。




「貴族の子たちは、この位の施設にしないと文句言うから仕方ないのよ……」




 なんて言いながら、一瞬死んだような目をしていた。


 なんか苦労してそうだなぁ……。




「会長って貴族じゃないんですか?」


「貴族よ?……ちょっと待って、私って気品とかない!?」


「むしろ初めて会った時は命令されたいと思うくらいでしたけど、なんだか今は貴族相手に苦労してそうだったんで……」


「苦労はしてるわね……」




 武田家は、侯爵家らしい。


 というか、あの武田らしい。


 こっちの歴史でも存在しているのか信玄!




「今日だって本当はこんな所来てる暇なんて無いのよ……。でも、もう精神的に限界で気分転換したくて……。生徒会役員が新年度早々半減するなんて思わないじゃない……?何してくれてんのあの王子……。かと思えば今度は別の王子がこんなことするし……。宏崇先輩ホント無いですよ……」




 闇が深そうだ。




「とまあ私からの説明はこんな所ね!後は、1年生チーム代表の有栖ちゃんに任せるわ!」




 そう言って、ちょっと死んだ目をしながら帰って行った。


 偉くなるのって大変だなぁ……。






「では、これより作戦会議を始めます!」




 有栖が宣言する。


 20人の拍手を浴びながら堂々としたものだ。


 場所は、何故か仮眠室。


 会長が帰った後、今夜はここで一泊して明日バスで学校に登校することに決まってしまい、皆でお泊りグッズを急遽一回取りに戻った。


 普段見ない女子たちの寝間着姿がちょっと来るけれど、実の所俺はそれどころではない。


 男子が俺のみの合宿とか、天国と地獄が両立しているような環境だ。


 因みに、俺は寝る時仮眠室の外のソファーという事になっている。


 女尊男卑だな?




「私たちは、この人数差をひっくり返すだけの力と策を準備しなければなりません。そのためにまず必要なのは、信頼関係を築く事でしょう。という事で、パジャマパーティーです!」


「「「はーい!」」」




 皆さんテンションが高い。


 作戦は?夜通し作戦考えるんだよな?




「作戦を考えようかとも思ったんですけど、結局籠城作戦しかないんですよね……。私が出ていけるなら正面突破も狙えるんですけど……」




 有栖的にも厳しい戦いだけど、その中でも一番辛い制限は自分が突っ込んで行けない事のようだ。


 まあ、ダンジョン行った時も一騎当千って感じでエクスカリバーブンブン振り回して突き進んでたしな……。


 小人数対多人数だったらベトナム方式のゲリラ戦が有効だけど、地雷とかブービートラップ仕掛けるのは無しだよなぁ……。


 そもそも、砦の位置バレてるから、最初からあっちは砦の周りに布陣しちゃうだろうし……。




「なので、皆さんでレベル上げをするしかないかなと思うのですが、いかがでしょうか?」


「良いと思う。午後から日帰りでダンジョン行くべき」


「この前の感じだと、午後から2周くらいはできるんじゃない?」


「ではそうしましょう!」


「「「はい!」」」




 俺は全く口出しするチャンスなかったけど、女子たちの連帯感は高まっている。


 流石はパジャマパーティ、油断できねぇぜ……。




「ねぇ大試ー……ウチもスマホほしいんだど……みんなと連絡先交換できないー……」




 ギャルの格好してるのにスマホすら持っていないらしいエリザだけが低テンション。


 実は魔族用のは持っているけれど、魔族キャリアは日本国内だと使えないんだとか。


 仕方ないので、とりあえずwi-fiが使える場所でだけは通信できるように登録してやった。


 流石wi-fi、魔族たちも使っているらしい。


 ……え?マジ?




 まあ、これで彼女も女子たちの輪にまた入って行ける事だろう。


 今度国内用のやつ買いに行こうな?






 俺は、人知れず仮眠室から抜け出し、早々にソファーで1人寝た。


 案外寝心地は悪くない。




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