第34話

 孔明「兄上!何故このような事をするのです!?昔の優しかった貴方はどこへ行ってしまわれたのですか!?」




 ステージの上に立つ第2王子に対して、悲痛な叫びを繰り返す孔明。


 だが、第2王子の心に響くことは無かった。




 宏崇「優しかった……か……。ふっ……私は、貴様に優しくしたいと思ったことなど無いよ。年の離れた兄は、家族の足を引っ張るだけ引っ張って排除された無能。弟は、母上の愛情を独占する邪魔者。妹だけが……有栖だけが……俺にとっての生きがいだった」




 そう言って笑う彼の瞳には、既にあの知的で理性的だった頃の光はなく、只々どす黒い闇が渦巻いていた。




 宏崇「ここでこうしているのも、ただの八つ当たりだ。お前を虐げて何かが満たされるわけではない。お前が、有栖の分まで精一杯生きようと、血のにじむ努力をしているのも知っている。ただ、妹ではなくお前が生きている事が許せない」




 狂気と絶望に支配された彼には、きっとどんな言葉も届かない。




 宏崇「きっとお前は、馬鹿らしい、理不尽だと感じているのだろう。私とてその自覚もある。だが、それでもお前をこのまま王にするつもりはない。たとえ、どれだけお前の出会いが良い物であったとしても、お前の仲間が素晴らしいとしても、お前を王にはさせない。聖女?勇者?知った事か」




 マイクを投げ捨て、そのままステージを飛び降りる宏崇。


 向かう先には、怯む孔明。




 宏崇「この桜花祭で、貴様の価値を否定してやろう。お前に王を名乗る権利など、未来永劫存在しない」




 そう言い残し、唖然とする1年生たちの前から立ち去る宏崇。


 後に残るのは、戸惑いが支配する静寂。




 孔明「風雅!」


 風雅「……なんだ?」


 孔明「お前の力を貸してくれ!俺には、何としても叶えなければならない願いがある!そのためなら、例えこの命だろうと惜しくはない!だが、まだここで潰えるわけにはいかないんだ!兄上に……宏崇に勝たなければならない!頼む!」


 風雅「まったく……。この前は、聖羅を寄越せだのなんだのと喧嘩売って来たくせに、調子のいいやつだな……」




 この時、俺は初めて、友を得た。








 ――――――――――――――――――――――




 何周目になるかわからないゲームプレイを中断し、コントローラーを置く。




 アタシ、斎藤 凛是さいとう りんぜは、最近ゲームにハマっている。


 元々マンガがメインだったんだけれど、お兄ちゃんから借りたフェアリーファンタジーというゲームのせいで、最近ではゲーマーと言っても過言では無い程のプレイ時間を有していた。




 アタシは、女神だ。


 女神リンゼ、それが本当の名前。


 だから、本当であればゲームなんて一瞬で内容を把握できてしまうのだけれど、今はかなりその手の権能を抑えている。


 何故なら、その方が楽しいから。




 神なんて、世界を上手く運営するためのシステムでしかない。


 だけれど、システムに徹しているだけだと、その世界に生きる者たちの事をいつまでも理解できない。


 そのため新人の神は、既に安定している世界で、その世界の知的生命体として研修を受けねばならない。


 だから、今のアタシは人間として生活している。




 人間として生きるのであれば、ゲームもマンガも先を知るのに余計な権能を使いたくない。


 人間と同じ視点から楽しみたかった。


 あまりに楽しみすぎて、自分が管理する世界をゲームをモデルにして作り上げてしまった程だ。




 ただ、いくら人間として生活しているとはいえ、本来女神であるアタシが人間と関わるとろくなことにならない。


 絶対ではないけれど、暗黙の了解として、研修中の神は現地の生命体にあまり関わらないようにする事になっていた。


 だから、アタシに人間の友達なんていない。


 別にボッチ気質だからとかじゃない。


 決まりだからだ。




 最近、同じように人間として研修を受けているお兄ちゃんが、人間の友達を家に連れてくるようになった。


 大試という名のそいつは、どうやらお兄ちゃんしか友達がいないらしくて、毎日のように家に遊びに来ていた。


 なんであんなに人間と親しくしてしまっているんだろう?


 そう思いながらも、心の中では羨ましく思っていた。




 そいつもゲームやマンガが好きらしい。


 だから、こっそりお兄ちゃんの部屋にアタシの持っているマンガを置いておいた。


 女の子向けの作品も多かったから嫌がられるかとも思ったけど、お兄ちゃんの話だと、案外楽しんで読んでくれていたようだ。




 なんだか、それだけでも異性の友達ができたみたいで楽しかった。


 あっちは、アタシの顔すら見たこと無いと思うけど、それでも同じ趣味を共有できている気がして、ついつい新しいマンガを置き続けてしまった。


 お兄ちゃんは、それを自分のマンガだと言って読ませていたらしい。




 どうしてアタシのマンガだと言わなかったのか聞いてみたら、「アイツは女に免疫がないから、もう少ししてからカミングアウトした方が仲良くなりやすいぞ」なんて言っていた。


 それも、ニヤニヤしながら。


 人間の事は未だによくわからないけれど、大試と仲良くなれたら楽しそうだとは思ってしまう。




 いつの間にか本屋でマンガを選んでいる時も、大試が楽しめるかどうかを基準にするようになっていた。


 特に、女神が出てくる作品を選ぶことが多かった気がする。


 理由はない。




 アタシが好きなゲームもしてもらいたかったけれど、大試とはゲームの趣味はあまり似てなかったらしくて、ブロックを壊して建築したり、銃で撃ちあったりするのばかりしていた。


 逆にアタシが大試の好きなゲームをやってみたらどうかとも思ったけれど、あまり上手くいかない。


 特に、FPSやTPSの類は、女神としての権能を使っている時であればともかく、人間としてのアタシにはとても難しかった。




 女神としては、そこそこの月日を過ごして来たけれど、人間としてのアタシはまだ中学生。


 大試にすら及ばない肉体年齢だからかはわからないけど、どうにも対戦で勝てないし、面白いと思えなかった。


 大試と同い年だったら、もしかしたら一緒にゲームの練習もできたんだろうか?






 ある日、いつものようにやって来た大試が、アタシたちにといってお土産を持って来た。


 高級なプリンらしい。


 お兄ちゃんから、アタシの分は冷蔵庫に入れておいたと言われた。


 大試が帰った後、さっそく冷蔵庫の中を確認して目当てのプリンを取り出す。


 これが、大試がアタシに初めてくれた物なんだと思うと、すぐには食べられなかった。


 せめて明日までとっておこう……そう思い、その日は冷蔵庫の中に戻した。




 女神と言えど、中学生としてこの世界にいる以上学校に通っている。


 来年は、お兄ちゃんと大試が通っている高校に入ろうと思っているけれど、今はただの友達を作らない女子中学生だ。


 とっても、アタシには友達になりかけの大試がいるわけで、何も寂しくはない。


 お土産だって貰える仲だ。


 その大切なお土産を楽しみに、今日もつまらない学校生活を過ごした。


 帰ったら、あのプリンを食べよう。




 そう思って家に着いたけれど、冷蔵庫の中にプリンは無かった。


 見つけられていないだけかと思ったけど、どんなに探しても無い。


 仕方なく、アタシは少しだけ女神の権能の制限を緩めた。




 それでもプリンは見つからない。


 というより、その時点でもう存在していなかった。


 なんと、お兄ちゃんが食べてしまっていたから。


 すぐに抗議の念話を飛ばしてみると、「アレは賞味期限が1日のやつだしもったいないから食べたぞ」なんて言う。




 賞味期限がなんだというのか。


 アタシは女神なんだぞ。




 腹がたった。


 大切なモノがなくなるとは、こんなに辛いのだと初めて知った。


 だからアタシは、その感情に身を任せた。




 お兄ちゃんの周辺を女神の権能を用いて爆破した。


 いくら人間の姿になっているとはいえ、普通であれば自分を守る力は残している筈だし、神の力の余波が周りに影響を与えない力も使い続けているはずだから、お兄ちゃんだけが痛い目を見るはずだった。




 でも、大試が死んだ。


 アタシが殺したらしい。


 お兄ちゃんは、神であるにもかかわらず、影響を与えるのを防ぐ事をあまり行っていなかったらしい。


 それだと、友達としての付き合いができないからと言っていたけれど、その辺りの事はよくわからない。


 とにかく、アタシの一時の感情が大試を殺した。


 あまりに下らない理由で、一番大切な人間を死なせてしまった。




 アタシは、罰を受けることになるらしい。


 当然だと思う。


 だけど、できれば大試のためになる罰がいいと思う。


 大試を生き返らせることができるなら、たとえアタシの命を代償としてでもしてあげたいけれど、いくら神の力と言えども、そう簡単にその世界で特定の人間を蘇られせる事なんてできない。




 ただ、例外もある。


 例えば、この安定した世界ではなく、アタシ自身が管理している世界でなら、元の人間のままでは無いとしても魂と記憶をそのままに転生くらいならさせられると思う。


 大試がそれを喜んでくれるかわからないけれど、もし希望してもらえるなら、アタシの女神の力のすべてを代償にしてでも実現して見せる。




 ただ、自分で大試に聞くのは怖かった。


 拒絶されるのが怖かった。


 だから、お兄ちゃんにお願いした。


 お兄ちゃんはお兄ちゃんで、影響を与えないように配慮することを怠っていたため、元の世界での自分の記録を残すことが禁止されてしまったらしい。


 つまり、もう二度と斎藤神也と名乗ることはできなくなってしまった。




 それでも、アタシと大試のためならって言って交渉に立ってくれた。


 大試は、思ったよりも簡単にアタシの世界に行くことを了承してくれたらしい。


 更に、創造神様からアタシに下された罰は、女神の力の没収と、一生かけて大試のサポートをする事だった。


 きっと、お兄ちゃんがお願いしてくれたんだと思う。


 まあ行き違いもあったみたいだけれど、アタシがきっとこの世界で大試を幸せにしてあげるんだ。


 アタシの管理権は無くなっちゃったけど、最後に残った力で、この世界での権力をもった存在にアタシ自身を生まれ変わらせることが出来た。




 女神としての権能が無いアタシが、大試の所に辿り着くまでには5年がかかってしまった。


 これでも死ぬほどの努力をして大急ぎで来たんだけど、大試は既にメインヒロインの女の子と仲良くなっていた。


 ちょっと悔しかったから、アタシはアタシで婚約者が王子様だってことを大試に自慢すると感心していた。




 感心されたのに、何故か辛かった。




 メインヒロインと一緒なら、アタシが下手に会いに来る方が邪魔になるかと思って、それきり大試の家にはいかなくなった。


 精々、何か大きなトラブルでも起きないように気を付けるだけ。


 ただの令嬢であるアタシに出来る事なんて殆ど無かったけれど……。




 メインヒロインや主人公と一緒にいるんだから、ゲームの進行通りだと15歳で学園にやってくると思っていたんだけれど、教会からの使者は大試が聖女と来るのを認めなかったらしい。


 聖女の希望を無視してでも、主人公だけを連れて来たかったようだ。


 教会側からしたら、聖女には王子と婚約させて、教会側の力を誇示したかったからだと思う。


 それには大試が邪魔だったんだ。


 でも、大試の力で生き永らえた有栖や、王子の婚約者であるアタシの訴えで、国王が大試の父親を貴族にしてくれて、大試も学園に来れるようになったらしい。




 10年ぶりに大試と会えると思うと、何故かとても緊張した。


 何がこんなに怖いのか最初は理解できなかったけれど、じっくり考えると、アタシが忘れられていないかとか、成長したアタシに気がついてもらえないなんていう事態を恐れていたらしい。


 だから、会ってすぐに大試がアタシに気がついてくれた時、飛びつきたくなるくらい嬉しかった。


 その後も、色々めちゃくちゃだったけれど、一緒にいると楽しかった。




 第3王子の孔明様から婚約破棄された時、今までの努力が否定されたように感じたけれど、大試の前でアタシの婚約が無かったことになったと思うと嬉しかった。


 しかも、アタシを害そうとする奴らから大試が守ってくれた。


 夢かと思った。


 夢でもいいから、大試と一緒にいたかった。




 そのお礼に、大試を両親と引き合わせた時に、末永く仲良くするよう頼まれたのを了承してくれた。


 多分本人は、大して深く考えていなかったと思う。


 でもアタシにとっては……。




 帰りの車で、大切だって言ってくれた。


 ……。






 大試たちとダンジョンに行くことになった。


 順調に進んでいたけれど、ボス部屋には魔王軍の幹部がいた。


 こんな展開おかしいと思ったけど、大試との間に張られた結界を破る手段が見つからない。


 何とかしようとしてたら、聖女だけが結界の中に入ってしまった。


 キャラクターとしての差はもちろん理解しているけれど、悔しくて涙が出た。


 その後、大試が強制転移させられて、連絡もつかなくて、涙が止まらなかった。




 次に連絡がついたときには、あまりにあっけらかんとしていて、怒りがわいた。


 どうしようもなくイライラした。


 しかも、聖女から告白されて、それを受けるつもりらしいのが更に……。




 アンタ、アタシの事を大切って言ったじゃない……!






 ――――――――――――――――――――――




 ゆっくりと目が覚める。


 体の前面が暖かい。


 それになんだか体が揺れている。


 何かしら?




「ん?起きたか?」


「……アタシ、なんでアンタに背負われてるの?」


「お前が起きないからだろ……」




 周りを見回すと、ここは桜花祭の会場の中にある1年生チームの砦のようね。


 体育館で眠気が我慢できず、コイツの膝を借りて寝た所までは覚えているけれど、どうしてこんなことに?




「起きたなら自分で歩けよ。てか、お前の涎で服がベタベタなんだよ」


「……へ!?ヨダレ!?あ……ごめ……って、アタシみたいな美少女の唾液なんだから逆に喜びなさいよ!」


「美少女であることを否定はしないけど、ダラダラ涎垂らされても嬉しくねぇよ!」




 本当に腹が立つ。


 だから、降りてやらないことにした。


 アタシ、足が痛いの。




「なんなんだよ……」




 大試は、ブツブツ言いながらもこのまま歩いてくれるらしい。


 未だに状況が理解できてないけれど、この背中にいると安心できるような気がした。




「ねぇ……」


「なんだ?」


「……前世の事、ごめん……」


「本当にな!シャレになってないから!」


「うん……」




 大試は、強めに怒ってるふりをするけど、実はあんまり気にしていないみたい。


 でも、アタシが気にしているから怒ってくれてる気がする。


 アタシの勝手な妄想かもしれないけど、そんな気がする。




「はーあ……。今日は疲れたし、帰ったらどっかにプリンでも食べに行ってやろうかな!」


「……プリン?」


「この前共用の冷蔵庫に入れといたら誰かに盗まれたんだよ。酷くないか?」


「まあ、プリンは怒るわね……」


「だろ?だから有名な洋菓子店にでも行ってやろうかなと画策してんだ」


「…………アタシも行きたい」


「ん?別にいいけど、プリン好きだったんだな」


「……多分」


「なんだ多分って?」




 このバカが、『桜花祭の夜に伝説の桜の木の下で婚約を申し込むと、100%成功する伝説』の事をどう理解しているのか、今から楽しみね。




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