第32話
テレポートゲートを通って帰って来た次の日、俺は朝早くからリンゼに呼び出されていた。
現在朝7時。
学園の玄関は、部活の朝練の生徒たちのために朝5時から開いてるらしいので、今から学校へ行ってもちゃんと中には入れるらしい。
土日をダンジョン探索とその後処理に使ってしまったとは言え、月曜日になれば当然授業がある。
その前にということで、今俺はリンゼが入寮している女子寮の玄関まで来ているわけだ。
これが無ければ、もう1時間寝ていられたのになぁ……。
何で呼び出しを受けたのかは知らない。
いつも通りの時間に、教室に行ってからじゃダメだったんだろうか?
この寮には一応有栖とエリザもいるはずだけど、俺は中に入ったことが無いからよく知らない。
上位の貴族の令嬢が入る部屋……。
使用人用の部屋があるってどんな感じなのかなぁ……。
俺の部屋?
ベッドと机しかないよ?
正直、冷蔵庫くらいは欲しい。
各階の給湯室に共用のならあるけど、購買で買ったプリンを名前まで書いて入れて置いたら、次の日には盗まれていたからもう信じない……。
虫を入れたトラッププリンを作ろうか本気で迷った!マジで迷った!
多分男子の寮も、高位の貴族とか王族が入るとこだったらすごい部屋なんだろうなぁ……。
俺の入ってる寮は、平民と下位貴族のごちゃ混ぜだからなぁ……。
「待たせたわね!」
「朝早く待たせてた奴の態度じゃねぇ……」
昨日の今日で随分元気な様子のリンゼ。
何を食べたら朝からそんなにやる気と自信が満ち溢れるのだろうか?
「悪かったわね!寝てないからこの位のテンションじゃないと倒れそうなのよ!」
「なんで!?寝ろよ!」
「やる事があったのよ!」
何をしていたのか知らないけど、寝不足は体に悪いと思う……。
よく見たら目が死んでるもん……。
その場で止まっているとそのまま寝てしまいそうという事で、校舎まで歩きながら話すことになった。
可哀想だから言わないけど、だったらもう寝た方が良いと思う。
「アンタさ、毎年開催されている新入生対在校生のレクリエーションは知ってる?」
「知らないな。この前まで学園について何も知らなかった人間だから」
「まあそうよね!」
リンゼによると、新入生は、毎年最初の1週間1年生同士で交流を深めて、次の週には上級生とレクリエーションを行うらしい。
ただ、このレクリエーションというのは名ばかりで、実際には上級生の力を新入生たちに見せつけて、上下関係をはっきりさせるという目的で行われることが多いらしい。
その年の在校生側の代表にもよるそうだけど、大抵は在校生側によるワンサイドゲームになるそうだ。
当然在校生側はそれを不満に思い、また来年自分たちが新入生に同じことをやるんだろうけど……。
「でも、生徒会長はそんな人に見えなかったけどなぁ」
「生徒会長は運営側だから代表になれないのよ!それに今年は、3年生に第2王子様がいるからそっちでしょ!」
「同時期に王子が2人も通ってたのか。1人はもういなく……あ、なんでもない……」
「気にしてないわ!あんなのと結婚せずに済んでむしろ清々してるもの!」
本心かはわからないけど、第3王子とのあれやこれは、既にリンゼの中で過去の物になっているらしい。
ちょっと心配はしてたけど、これならとりあえずこれ以上心配しなくてもよさそうだな。
「まあ在校生との戦いに関してはこの際置いておいて、重要なのはその次よ!」
「次?レクリエーションの後になんかあるのか?」
「その日の夜に、伝説の桜の木の下で婚約を申し込むと、100%成功するって伝説があるのよ!」
「伝説だらけだな……」
「ゲームだと、別に婚約とか関係なく、ネームドキャラとの好感度を爆上げするイベントだったんだけど、この世界だとそういう事になってるはず!だから……」
そこで立ち止まり、俺の方を向きながら腕を組んで仁王立ちになりながら、リンゼは尊大に宣った。
「アンタ!そこで聖羅に婚約を申し込みなさい!」
「……俺、前世でも告白とかしたことなかったんだけど、最初にするのが将来的な結婚の申し込みかぁ……」
「いいじゃない!相手は間違いなくアンタの事好きなんだから、何にも畏れるもんないでしょ?」
「それでも緊張はするって……。2日前まで、そう言う対象として見てなかった相手にいきなりだぞ……?」
「……でも、好きだと思ったんでしょ?」
「それはまぁ……。あんなに好きだと言われて、落ちない男はそうそういないと思う……」
「なら何の問題もないわね!段取りは私がつけてあげるから、アンタはとにかく婚約を迫る歯の浮いたセリフでも考えておきなさい!」
いきなりで頭が追いつかないけど、つまり俺は、その対抗イベントの後で聖羅に生まれて初めての告白をすることになるらしい。
シチュエーション的には、伝説になぞらえてなかなかロマンティックなんじゃないだろうか?
ロマンティックという物がよくわからないのでイメージでしかないけど……。
神也ならこういうの詳しいんだろうけどなぁ……。
イケメンだった上にやけに少女マンガみたいなの持ってたみたいで無理やり貸して来たからなぁ……。
俺の中にあるファンタジー知識の8割くらいは、アイツが持って来たマンガだ。
そこから教室の俺たちの席に辿り着くまで、リンゼはこの計画の有用性について色々説明してくれた。
……まあ、正直内容は頭にあんまり入ってこなかったけど。
玄関に入ろうという所でガラス戸にぶつかりかけ、靴を上履きに履き替える際にバランスを崩して倒れそうになり、階段の5段に1回は躓いて転びそうになっていたどこかの公爵令嬢のせいで。
「なぁ、話はとりあえず分かったから、少しでも寝た方が良いんじゃないか?」
「……そうね……。正直、もうアンタと机の区別もついてないわ……」
「さっさと寝ろ!ほら!ここがお前の席だから!」
「ありがと……。ねぇ、枕ほしいんだけど……」
「ねぇよそんなもん」
「アンタの上着貸しなさいよ……」
「えぇ……?しわになりそう……。まあいいけど……」
後から聞いたんだけど、この制服の生地は物凄い高級なファンタジー素材らしくて、皴がつかないらしい。
だからって人の上着枕にするなよと言いたいけども!
カバンとか、何かもっと他にあるだろ!
と思ったら、枕じゃなくて毛布代わりに俺の上着を被って寝始めるリンゼ。
こいつもう言葉も行動も滅茶苦茶だったんだな……。
「たたたたた大試さん!本日はお日柄もよしなに!」
「どういう意味なんだそれ……?」
一般的な登校時間になり、やって来た有栖は挙動不審だった。
顔は赤いし、言ってることは意味不明。
熱でもあるのか……?
「風邪でも引いてるなら帰った方が……」
「いえ大丈夫です!健康です!ある意味病と言えないことも無いんですけど……いえ本当に大丈夫です!」
「そ……そうか……」
右手と右足を同時に前に出して歩いて自分の席へと辿り着いた有栖。
着席した後も、30秒に1回は目が合う。
どうしたんだ一体?
「大試、また女の子を誑かしてるの?」
「またって何だまたって?おはよう聖羅」
少なくとも、聖羅は有栖がこんなことになっている理由は知らないそうだ。
雰囲気から察するに、別に悪い事とか辛い事ではなさそうだし、言いたくないなら放っといた方が良いか……。
その後も続々とクラスメイト達が登校してくる。
ホームルームが始まる直前まで、リンゼは涎を垂らしながら寝ていた。
……おい!俺の上着で今涎拭いたな!?
「今週は、午前中だけ授業を行い、午後からは、次の土曜日のに行われる新入生対在校生のレクリエーション『桜花祭』の準備だ。ルール説明は、今配ったプリントに書いてあるから読んでおけ。今年の2~3年生合同チームの代表は、第2王子宏崇ひろたか様だ。1年の代表は、有栖様、よろしくお願いします」
「うぅ……よしなに……」
ホームルーム内の担任からのお知らせで、先ほどのヒートアップ状態から一気にしなしなになった有栖。
王族だからある意味当然なのかもしれないけど、入学早々リーダー任されるとか大変そうだなぁ……。
本当なら、もう1人の王子に押し付けられたんだろうけど、今はどこかの塔?だかに幽閉中らしいし……。
そういえば、俺の両親をあんな辺境に飛ばしたって理由で幽閉されてるっていう王太子も一緒なのかな?
俺が知ってるだけで王子が3人いて、その内2人が幽閉ってどういうことだよ……。
残りの1人くらいは、国民として誇れる王子であってほしい!
その日の午後になって、1年生たちは皆体育館に集合していた。
ここで、有栖の挨拶だとか、役職の立候補の受付なんかをするそうだ。
それで今、ルール説明のプリントを読み直しているんだけど……。
『桜花祭 ルール説明』
・新入生チーム 対 在校生合同チームに分かれての勝負である。
・対戦エリアは、学園内演習場全域(約3km四方)である。
・各チームの出場者は、試技バッジの着用を義務とする。これは、桜花祭の前日朝に各陣営へと配布される。
・試技バッジは、着用者から着用者へのダメージを疑似的な物に変換し、累積で死に相当する攻撃を受けた場合には失格として試技バッジが破壊される。
・試技バッジが破壊された者は、速やかに最寄りのセーフエリアへ移動することとする。
・試技バッジ着用者の攻撃は、試技バッジ未着用者には効果がなく、逆に着用者への未着用者の攻撃も効果がない。
・両チームにはそれぞれ砦が用意されており、各チームの代表は、対戦中その砦内の指令室から外へ出ることができない。
・代表者を除いた参加者たちは、対戦エリア内のどの位置で開始時刻を迎えても構わないが、敵チームの砦内に限り、3人以上の敵チーム参加者により発見報告されると失格とする。
・先に代表が失格となったチームが負けとする。
・開始時刻は、土曜朝9時。サイレンによって知らされる。
・終了時刻に制限はない。終了した場合も、サイレンによって知らされる。
・終了と同時に試技バッジはロック状態となり、参加者同士の攻撃も無効化される。
・開始時刻まで、対戦エリア内での攻撃魔法や防御魔法、索敵魔法の使用は禁止とする。
・開始時刻まで、対戦エリア内でのあらゆる戦闘行為を禁止する。
以上
「小難しい事書き連ねてある……」
「お義母さんたちみたいに、砦を吹き飛ばしちゃダメなのかな?」
「流石に結界で守られてるんじゃないか?それに、砦を魔法で攻撃できる位置にいたら、開始と同時に相手からも狙い撃ちされるだろ」
大自然とのルール無用のデスマッチが基本だった開拓村出身者たちには中々難しいルールだ……。
これなら、真正面から殴り合った方がまだやりやすい。
なんなら、男たち全員で褌一丁になって、護符が入った麻袋を奪い合うくらいの単純なルールでいいんじゃないかなぁ?
俺と聖羅は、役職とかには興味がないので他人事のように過ごしている。
ただ、このイベントはお偉いさんへのアピール合戦の場でもあるらしく、さっきから色んな役職に立候補が続出している。
軍師希望者が4人もいるんだけど……。
まあ役職と言っても、別に公式な物ではないらしく、あくまで自分たちでそう定義するだけみたいだ。
ルール上で重要なのは、参加者かどうかと、代表者かどうか。
つまり有栖とそれ以外でしかない。
だからアピールする気のない俺と聖羅は、こうしてぼーっと早くこの会議が終わらないかなと思いながら体育館の隅で座っている訳だ。
因みに、リンゼは俺の膝を枕に寝ている。
俺があくびをかみ殺していると、体育館の正面にあるステージがなんだかざわつき始めた。
見ると、先ほどから司会進行していた有栖達を押しのけて、マイクを持った学生が立っていた。
なんだ?皆なんかびっくりしてるぞ?
『あー、テステス!よし、皆聞こえているな?わかっているとは思うが、私は第2王子宏崇だ。今日はここに集まっている者たちに、ある提案をしに来た』
王子のにこやかな表情と、後ろでうんざりした表情をしている有栖の対比が印象に残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます