第29話

「話したい事なら、いっぱいある」




 そう切り出した聖羅。


 てっきり、子守唄の如く10時間ほど話し続けろと言い出すのではないかと思っていたんだけど、どうやらそうではないらしくホッとする。


 そんなわけないだろって?


 過去に5時間までならやらされたことあるぞ?




「まあ、時間ならたっぷりあるし、久しぶりにダラダラ話すか」


「うん。村を出てから今日まで、ずっとこうしたかった」




 聖羅が村を出てから、実の所まだそんなに経っていない。


 たった数カ月だけど、それでもこうやって2人きりでじっくり時間をかけて話すとなると懐かしく感じる。




 村では、子供は3人しかいなかった。


 その内風雅とは折り合いが悪くて、結局一緒にいるのはいつも聖羅だった。


 聖羅がこの世界の元になったゲームではヒロインだったと知ってから、主人公である風雅と何度も仲直りさせようとしたけど、結局改善されないままなんだよなぁ。




 俺としては、ゲームとか関係なく、唯一の同年代の同性ということで仲良くしたかったんだけどな……。


 まあ、前世でも結局友達なんて1人しかいなかったんだから、聖羅と仲良くできていただけマシだとは思うんだけどさ。


 そんなこんなで、聖羅とこうして2人で話すのも村にいたころは当たり前の出来事だったんだけど、流石に教会で聖女として迎えられている今だと難しい。


 教会としては、本当であれば授業中以外周りを教会関係者で固めておきたいみたいだから。


 俺が風雅の代わりに護衛を頼まれたのだって、教会側からしたら面白く思ってないんだろうなぁ……。




「じゃあ何話す?」


「私が村を出てから今までどうしていたかと、大試がその間どうしていたかが聞きたい」


「わかった」




 じっくり思い出す様に、ここ数カ月程の体験を事細かに話していく聖羅。


 初めての長旅、初めての船で体調を崩しかけても、自分の力で治しながら頑張って王都まで辿り着いたと自慢気に話し、さぁ褒めろとばかりに顔を輝かせる。


 お望み通り褒めに褒めて、ついでに頭を撫でてやれば面白いように喜んでくれてこっちも嬉しくなる。




 王都に着いてからも、聖女としての訓練と、礼儀作法の勉強で忙しかったらしい。


 田舎……というか未開の土地で蛮族から貴族にクラスチェンジし、そのままやって来て次の日には学生になっていた俺とは比較にならない。




 そして俺の番になる。


 聖羅たちがいるころからコツコツやっていた開拓が認められ、貴族になれと言われて大急ぎで王都にやって来た。


 その日のうちに、リンゼや有栖という懐かしい顔に会った事や、初めてショッピングをしたことなんかを。


 初めて買った物は、変なサングラスだった事はわりとツボだったらしく笑っていた。




「まあ、俺はそんな感じだったよ。王都に出発するまでは、そこまで話せる事もない普通の日々だった。旅の間はともかく、王都に到着しても結局すぐ学校だったしな。聖羅と違ってあんまりおもしろくないだろ?」


「うん。いつもの大試で良かった」




 あんまり面白くないのがいいんだろうか?


 何度も再放送されまくる深夜番組的な?




「……大試」


「なんだ?」


「ずっと、怖くて聞けなかったことがある……。でも、今、どうしても聞いておきたい」


「え……なんか重要な事なのか……?答えられる事なら答えるけど……」




 いつになく真剣そうな、そして不安げな顔の聖羅が改まって質問してくるなんて相当な事なんだろうか?




「……大試って、男の子が好きなの?」


「違うけど?」


「本当?」


「本当だけど?」




 ろくでもない質問だった。




「……たまに、大試が私に向けてくる視線。村にいた時には、私にしか向けてこなかった視線。私はそれが、大試が私を好きだって事なんだと思ってた」




 ただ、聖羅としては至極真剣な話だったらしい。




「でも、王都に来てからの大試は、リンゼと有栖にも同じような視線を向けてたし、この前は転校生にも向けてた」


「いや、だからあれは……」


「うん、わかってる。大試のあの視線は、きっと女の子として好きとかじゃなくて、ただ大切だからってだけなんだよね……」




 そう言って、とても悲しそうな顔になる聖羅。


 聖羅のこんな表情見たことが無い。


 ……いや、昔一度だけ見たか……?


 あれはいつだっけ……?




「大試、私の事可愛いって言ったよね?」


「言った。村でもそう思ってたけど、王都に来てからもトップクラスだと思う」


「なのに、私の事嫌い?」


「……別に、嫌いではないんだけど?」




 なんでそんな話になったんだろうか?


 ……俺は、聖羅が涙を流すような事をしたのか?




「男が好きなわけでもない。私の見た目が嫌なわけでもない。なのに私と結婚したくないのは、私の性格とかが嫌なの?」


「別に聖羅の嫌な所なんて無くてだな……」


「じゃあどうして……?」


「……んー」




 まさか、お前がヒロインだからって言うわけにもいかないしなぁ……。


 何て言えばいいんだ?




「……そっか、言い難いよね」


「いやそうじゃなくて……」


「じゃあどういう事……?」




 逃げ道を潰されていくようなこの感覚……。


 まるで、前世の母さんが、俺の部屋に隠されていたエッチな本について泣きながら説明を求めてきたときみたいだ……。




 あーもう言うか!?


 正直に言っちまうか!?


 本当の事言っても突飛すぎて信じられねーだろうけどさ!


 これ以上誤魔化すのは俺の心が耐えらんねぇ!




「なぁ聖羅、俺に前世の記憶があるって言ったら信じるか?」


「うん、信じる」


「え?信じるの?」


「うん」


「そっか……」




 俺は話した。


 前世で俺は15歳だった事。


 友達と学校から帰ってる途中で神様に爆殺されたこと。


 お詫びとしてこの世界に転生させられた事。


 そして、この世界が前世のゲームを参考に作られているらしいこと。




 ついでに、俺を爆殺した神様は罰として一緒に転生させられて、今はリンゼって名前になってる事。




「ってことでさ、聖羅はその参考にされたゲームの重要人物でさ、名前も出てこない俺なんかと結婚だのなんだのってなるのは展開的にどうなんだろうって思うわけだ。でも、主人公であるはずの風雅もどっか行っちゃったし、他のイケメンたちも寄ってこないし、どうなってんだって思ってた」


「……ふーん、そっか。そっかそっか」




 かなりヤケクソで正直に話してるんだけど、納得してくれてる……?


 ダメもとだったんだけど……。




 って思ってたら、いきなり聖羅がベッドから立ち上がる。


 そして、そのまま俺と向かい合うように太ももに跨って来た。




「……あのー、聖羅さん、いきなりどうしました?」


「大試、説教がしたい」


「はい……」




 説教するらしい。




「大試、この世界は、ゲームというものじゃない」


「……え?あ、うん。わかってるけど……」


「わかってない。全然わかってない」




 あまり見たことが無い程怒っている様子だ……。


 こうなると、こっちとしては従順且つ素直になるしかない……。




「大試は、ゲームの登場人物じゃないし、私もゲームの中の聖羅じゃない」




 ……確かにそうかもしれないけど、でも実際に聖羅は聖女で、この世界には魔王がいて……。


 そう言おうとしたけど、聖羅に両手で顔を押さえられてしまう。


 とっさのことで抵抗できなかった。




「……私の手、どう?」


「どうって……。暖かくて、やわらかくて、ツヤツヤ……って感じだけど、もっと言った方が良いか?」


「ううん、それでいい。じゃあ、ゲームの中の聖羅はどうだった?」


「……俺はそのゲームやってないからわからないけど、ゲームの中に入れるわけじゃないからわからないよ」


「うん。つまり、大試が今感じている私は、ゲームとは関係ない、大試の幼馴染の聖羅って事だよね?」


「そう……だな……」




 俺は、ゲームというものに拘り過ぎていたんだろうか?


 やったこともないそれに……。




「別に、私に興味がないならそれでもいい。でも大試には、この世界の自分を大切にしてほしい」


「はい……。いや、別に聖羅に興味がないとかそういう事ではなくてですね……」




 ただ、それでも俺にはわからないことがある。


 ずっと気になっていた事だ。


 聖羅が言っているのは冗談なのかもしれないし、将来的には他の男が現れるのかと持って後回しにしてきたけど、聞くなら今しかないだろう。




「聖羅、どうして俺を婚約者だって言うんだ?俺、聖羅にそこまで気に入られるような事をした覚えがないんだけど……」


「そんなこと無い。小さい時、大試は私を命がけで守ってくれた。今日も、守ってくれた」


「小さい時に守った……?」


「3歳か4歳のとき、クマに襲われそうになって」


「……あー、そういやあったな」




 まだ小さいころ、俺と聖羅は村でいつも留守番していた。


 狩りの手伝いができる風雅だけは親たちに連れられてたけど、当時の俺たちにはそんな力は無かったから。


 でも、その頃の聖羅はまだ親に甘えたくてしょうがない時期で、お父さんとお母さんに会いたいと言って村を飛び出していった。


 俺がそれに気がついて連れ戻しに行った時には、あと一歩で聖羅がクマに殺されるって状況だった。




 すぐに木刀を出して突っ込んだけど、多少ダメージがあったとしても所詮レベル1の俺じゃ致命傷なんて与えられない。


 それどころか、こっちに気がついたクマに思いっきり殴られ、気がついたら腕が一本吹っ飛んでいた。


 なのに次の瞬間には生えてきてて、聖羅が泣きながら力を使ってくれたことが分かった。


 その後は、ただひたすら泥仕合。


 俺の肉が抉れる。吹き飛ぶ。食いちぎられる。


 その度に聖羅が治して、また俺がクマを木刀で叩きのめす。




 まあ結局、倒すことはできなくてそのまま逃げられたんだけど。


 その後、わんわん泣きながら物凄く謝られた気がする。




「でもあれって、そんなカッコいい感じじゃなかったと思うんだけど……?結局勝てなかったし……」


「そんなこと無い。大試は、いっつもカッコよかった。私が困ったとき、助けに来てくれた」




 褒められてるんだけど、恥ずかしくて認められない。


 本当に、そんな事で?って感じてしまう。




「それにお母さんも、大試のお母さんも言ってた。いい男っていうのは、命がかかってる状況でも守りに来てくれて、そして生き残る人だって」


「あの人たち小さい娘に何教えてんの……?」


「ベロンベロンに酔ってた」


「だろうな……」




 本人たちは多分、言った事すら覚えてないだろう。


 あの村の人たちは、大体夜の記憶が消えるんだ。


 記憶が残ってる人もいるけど、それがプラスに働くことも特にない。




「……この木刀も、本当は杖の代わりじゃなくて、大試と会えない間のお守りに欲しかった」




 そう言って、旅立ちの日に渡した木刀を手にする聖羅。




「実は、この木刀を持ってても、そこまで魔法の強化にはならない」


「だろうな!だって木刀だもん」


「でも、これを持ってるだけで強くなれる気がする。大試みたいに、何度倒れても立ち上がって戦える気がする」




 そんな大層なもんでもないけども……。


 見た目は普通の木刀だし……。




「船の上でも、教会の部屋でも、この木刀があれば大試が守ってくれている気がした」


「……有効活用してくれたなら良かったよ」


「うん!」




 そこまで嬉しそうにされると、木刀を薪にしようとした俺としては罪悪感がすごい。




「……あ」




 だけど、その嬉しそうな顔が何かに気がついたのか少し陰る。




「大試、私……大事な事を言っていなかったかもしれない」


「大事な事?」


「うん……。大試のお母さんには、大試を下さいってお願いして、いいよっていってもらったんだけど、大試には言ってなかった」


「あのアマ何してくれてんだ……」




 許嫁というのは、どうやら自称では無かったらしい。


 本人には連絡ないけど!




 聖羅が体勢を立て直し、背筋を伸ばして改めて話す。






「私、天野聖羅は、犀果大試が好きです。これは、女神様に決められたわけでも、ゲームというので決められたからでもなく、私の心がそう感じているからです。小さい時からずっと好きでした。貴方の他には何もいりません。聖女として王都に来たのも、貴方との未来を守るためです。それなのに、王都でも貴方と一緒に居られるとわかって凄く嬉しかったです。これからも、ずっと一緒にいたいです。私と、結婚してください」






 この瞬間、俺は初めて本当の意味でこの世界に誕生した気がした。


 この世界で埋まれ、この世界で育ってきたのに、今まではその事にすら気がついていなかったのかもしれない。


 そんな事を、目の前の女の子を泣かせて、告白までさせて、初めて気がつくんだから情けない。




 でも、本当にいいのか?


 俺、前世まで含めて告白とかされたこと無いんだけど……本当にこんな可愛い女の子に好きなってもらってもいいのか?




 俺も、好きになっても……。




「その目!!!!!!!!」


「んい!?」




 突然、さっきよりも強く顔を両手でホールドされて、目を覗きこまれる。


 なになになに!?なんかした!?




「今の目!お父さんがお母さんを見る目だった!大試が今までしたことが無い目!」


「……え……あ……あー……そうか、俺はそう言う目をしてたか……」


「してた!してた!!!してくれたぁ……!」




 そのまままた泣き出し、俺に抱き着いてくる聖羅。


 でも、今度の涙には悲しさは感じられない。


 きっとこれは、自惚れでは無いと思う。


 今この瞬間だって、本当にこうしていていいのかわからないけれど、それでもこの世界がゲームを基にした世界だからとか、聖羅がヒロインだからなんて言い訳で誤魔化すことはもう二度としたくなかった。




 この世界が、俺が生きる世界だ。












「落ち着いたか?」


「……うん」




 随分長い間泣き続けた聖羅。


 涙をいっぱい流して喉が渇いたらしく、俺が持ち運んでいたカバンから水のボトルを渡すとグビグビ飲んでいた。




「大試、いつか心が決まったら、次は大試から告白してほしい」


「今じゃなくていいのか?」


「うん。私が泣いたことで先入観とか持ってほしくない。大試の正直な気持ちが聞きたいから」


「……そうか」




 今のこの流れで俺も言いそうになってたんだけど、ダメか……。




「それにお母さんたちが言ってた。男は、一回意識させたら勝手に落ちるって」


「何教えてるんだよホントあの人たちは……」




 村に帰ったら疱瘡正宗で酔っぱらいどもを辻斬りしながらアルコールを解毒してやる……。




「あと、第1夫人は私じゃないとダメ。第2以降は要相談」


「……は?第2?どういうことだ?」


「大試は貴族の跡取りになる。だから、お嫁さんも複数持てる」


「いやいやいや!俺の倫理観だとそんな事は無いんだけど!?」


「うん、今はそれでいいよ。大試は、もうしばらく私だけにドキドキしててほしい」


「…………はい」




 もしかして、俺は今手玉に取られている?




 気がつけば、この部屋で待ち始めてから既に9時間以上経っていた。


 なんだ、10時間なんてあっという間だな。




 10年以上、待たせるのに比べたら……。






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