第24話
夜の校庭で俺たちは今、魔族の女の子と一緒にいる。
将来的に魔王になる予定とはいえ、現時点ではただの魔王の娘でしかないエリザの出来る事と出来ない事を把握する必要があるからだ。
最悪の場合は剣に封印しなおして、そのまま永遠に封じ込めたままにしておかなければならないわけで。
ただ、この光景を見る限り問題はなさそうだけど……。
「ウチ!こんな美味しい物初めて食べたんだけど!」
エリザがサクサク食べているのは、俺が夜食用に持って来たカロリーバー。
どのメーカーのが美味しいかわからなかった俺が、まず味見してみるかと特価品と書かれたそれを購入して食べてみた結果、もうこれでいいやとその場で結論を出し、そのまま店に取って返して在庫を買い占めた代物。
お値段、なんと驚きの48円。
ギフトカードに貯蓄されているギフトマネーは、そのまま1ギフトマネーを1円として使用できる。
便利な世の中だけど、だったら最初からギフトマネーだけでいいんじゃね?ってリンゼに言ったら、「国家として自国の通貨が無いなんて、世界から信用が無いと吹聴しているようなもんでしょ?」なんて言われた。
そんなもんなのか。
まあつまり、俺の前世の貨幣価値と、この世界の貨幣価値はそこまで乖離した物ではないはず。
であれば、このカロリーバーはびっくりするくらいお安い物だ。
投げ売りクラスと言っても良い。
他のやつの方が美味しくて売れ残ったのかなとも思ったけど、試しに他メーカーの物を購入しても別にそこまででもない。
どれだけ食べ比べても、結局最初に食べたこのココア味に戻る。
リンゼに聞いてみたら、「売れるなら大量に入荷出来て、1つ辺りの手間賃下げられるんだから安くできるって事じゃない?」と言っていた。
女神って凄い。
今度テスト前に勉強見てもらお……。
そして、目の前の光景に戻ってくるわけだ。
48円で大喜びしている魔族のお姫様。
いや、魔族の国に姫とかそういう概念があるかは知らないけど、魔王の娘だって言うんだから姫なんだろう。
今までどんなもん食ってたんだ?
「魔族の領域なんて、食べ物は魔物しかないよ?調味料だってお塩以外魔物。苦みは苦い魔物だし、甘みは甘い魔物なんだけど、甘い魔物は苦いんだよね~」
絶対に魔物の領域になんて行きたくない。
改めてそう思った。
何でこんなもの食べさせているかというと、エリザが封印される直前に家出をした際に、食事をせずに家を出たものだから空腹だったんだそうだ。
封印中は空腹感も無かったらしいけど、今こうして世界に顕現している状態だと空腹感も復活するらしい。
というわけで、唯一あった食料を提供している。
折角なので、水のボトルも渡す。
「なにこれ?……もしかしてお水!?こんな透明なのあるんだ!?うわすごい!変な臭いしないよ!?貰っていいの!?」
俺は、首を縦に振って肯定する。
喜ぶ魔姫。
隣のリンゼは、なんだか既に労わるような目でエリザをみている。
エリザの今までの生活環境について思いを馳せているのだろう。
ほろりと涙が零れ出た。
因みに、この水のペットボトルは1本54円だった。
「それで、エリザってどんなことが出来るんだ?魔法が使えたりとか、剣が得意とかそういうのある?」
「う~ん、ウチは魔力量がすごいんだよねー。元々の魔力総量っていうの?それもすごいんだけど、そこに更に上乗せできるから、魔力をドバドバつかって戦う感じ!だから、そのまま殴ってるよ?」
「魔力を上乗せってどういうことだ?」
「えーとね、ウチ、いろんな味の物を食べないとお腹いっぱいにならないんだよね」
会話の内容がかなり飛んだ。
でも本人はいたって真剣な表情だ。
一応聞いておくか……。
「いろんな味とか食感の物を食べればちゃんとお腹いっぱいになるんだけど、同じものだけだとどんなにたべてもお腹いっぱいになんないの。で、普段のお腹いっぱいになる量よりも食べたら、それ全部魔力に変換されるらしいんだよね。しかも、食べ物を変換した魔力だと、元々の魔力総量っていうのを超えていくらでも蓄えられるらしいの」
「へぇ……。じゃあ、このカロリーバーがいっぱいあったら魔力が無制限に貯められるのか?」
「それは無理かな?だって、これ美味しかったから満足しちゃったもん!」
安上がりな魔王だな?
「ウチって別に食いしん坊じゃないんだよ?なのに二つ名が暴食なんだもん。酷くない?」
「まぁ……女の子にそれはどうなんだろうな」
「でしょ!?パパも、暴食の特訓のためにもっと飽きやすい美味しくない物いっぱい食べろってうるさいしさー」
魔王がやったといううるさい教育ってそれかよ!
俺、そこに関してだけは魔王別に悪くないと思うな!
「でもすごいね!このカロリーバーって言うの、1本食べただけでお腹いっぱいになっただけじゃなくて、魔力もビックリするくらい溜まったよ!?」
「まあ、1本で食事1回分の栄養素って謳い文句だからな。エリザの1食がどんな量か知らないけど」
「ふつうだよー?美味しければ!美味しくなかったらいくら食べても満足できないだけで……」
よし。
この危険人物に必要なのは、栄養バランスの取れた美味しい食事による餌付けだ。
絶対に人類を殲滅させようなんて思わせないためにも、美味しい料理をたくさん食べさせねば。
「……リンゼ、頼むぞ?」
「……ええ、やったろうじゃない」
言葉少なめに世界を救うという決意を確認しあって、その日はお開きとなった。
そして翌日。
「今日は転入生を紹介する!」
担任が朝のホームルームでそう宣言する。
入学してからまだそんなに経っていないのに、この時期に転校生とはどういう事だろうかとクラスメイト達がざわめいている。
俺からしたら、ゲーム的なイベントかなという程度の認識だけど、リンゼと有栖だけが何やらコソコソニヤニヤと秘密を自分たちだけが握っているような顔をしているのが気になる。
「エリザベート・ガーネットさんだ!」
「はじめまして~!エリザベートでーす!リンゼちゃんの従妹で、最近まで留学してましたー!これからよろしくねー!」
そこには、褐色肌のギャルが立っていた。
どうやっているのか、目は普通の人間みたいな瞳孔になっている。
いつの間にか、魔王の娘がこの国の貴族の一員になっていた。
なにこれビックリなんだけど?
ホームルーム後、クラスメイト達に質問攻めになっているエリザを余所に、訳知り顔なリンゼと有栖を問い詰めた。
「なんでこんなことになってんの?」
「最初は、アタシの侍女にしようと思ったのよ?でもよく考えたら、それだと授業中連れまわせないじゃない?流石に教室まで侍女連れ込むのは無理だし、野外演習なんて絶対無理。だから、夜のうちに有栖から陛下に頼んでもらって、超特急で身分を偽装したってわけ!」
「遅くに連絡が来てビックリしましたけど、大試さんの剣から魔族の女の子が出て来て、更にその娘を学生にしたいなんて聞かされた時は、流石に耳を疑いました!」
つまり、エリザの事情は国王陛下にまで把握されてるのか。
まあ、隠し通すのは難しかったかもしれないけど、即時報告した上で自分の要求を飲ませるとは、この2人はすごいな。
敵に回したくない……。
「……大試、話がある」
いつの間にか横で話を聞いていた聖羅がずいっと前に出てくる。
なんだその迫力は?これがプレッシャーという奴か?
「大試が私の護衛になってくれたって聞いた」
「あぁ、もっと適任の人が見つかるまでの代理でな?」
「大試より適任なんていないから、つまり大試が正式な護衛に決定」
「もう少し高望みしても良いと思うぞ?」
剣が作れる奴じゃなくて、剣で戦って強くなれるやつの方がまだいいと思う。
あとは、物凄い硬い結界張れる人とか。
「だから、大試はあの女の子と付き合ったらだめ」
「何の話だ?」
「私の護衛なら、私を第一に考えないとダメでしょ?」
「護衛中ならな」
「……護衛中は、私が一番なの?」
「そりゃそうだろ」
数秒の沈黙。
そして復帰。
「だから、あの娘は確かにとてもかわいいし、体も大試が好きそうな形してるけど、付き合ったりはダメ」
「そんなんないから」
「嘘。だって、大試さっきからあの娘に向かって私に向けるのと同じ視線向けてるもん」
それ、多分慈しみの視線だぞ……。
この娘は、魔物の領域で生活してた時よりいい生活させてやらんとなっていう……。
そう言う意味では、同じく魔物の領域で一緒に育ってきた聖羅への視線と似たようなもんになるだろう。
「大丈夫だ。聖羅が思ってるような事は無い」
「そうなの?信じてもいいの?」
「いいぞ。っていうかな、アイツは実は俺の剣で召喚されてる女の子ってだけだぞ?」
「……ふーん、そっか。それでさっきあんなことを……」
周囲で事の成り行きを伺っていた有栖とリンゼを見た後、やっと安心したのか自分の席へと戻って行った聖羅。
どうしてアイツが未だに俺をそこまで気にしているのかいまいちわからないんだよなぁ。
本来アイツと仲良くなるのは風雅の予定なんだぞ?
そうじゃなくても、王都には他にもイケメン金持ちたちいっぱいいるだろうに……。
この教室にだってそりゃもうゲームのキャラらしくイケメンだらけだ。
もっとも、そのイケメンどもは、下半身からの指示に従って現在エリザの周りに群がっているけども……。
うん、俺も自分が女でアレ見たら無いって思うかもな……。
じゃあ、その輪にも加われないボッチタイプの俺がモテるかといえば答えはNOだけど。
「そう言えば大試、例の件なんですけど、予約とれましたよ!」
「もしかして……ダンジョンか!?」
「はい!レベル上げ、行きますよね!?」
週末は、楽しいピクニックだ。
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