第17話

「犀果大試!貴様に決闘を申し込む!」




 今日は、朝から食事が豪華だった。


 有栖を挟んで国王陛下に頼んだ結果派遣されてきた王宮料理人たちによって、今朝の我が寮の食堂は、ホテルの朝食ビュフェのようなワクワクする空間となっていた。


 昨日の夜から来てくれていたらしいけど、俺は寮で夕食をとらなかったためにこれが初めてのちゃんとした寮の食事。




 俺は、ウインナーをいっぱいとった。


 この世界に来て初めて食べたんだ。


 前世では、ホテルの朝食ビュッフェの度に食べてたけど、この世界に転生して15年、俺の生まれ育った所にそんな加工食品なんてなかったわけで。


 肉なら毎日のように狩られた魔獣たちが持ち込まれていたから保存食にする必要も無かったし、そもそも加工食品を作る技術や知識を持った奴がいなかった。


 なんなら、俺が一番料理が出来たと言っても良い。


 そんな俺にとって、この光景は涙が出る程嬉しい物だった。




 だからこそ、今日は朝からご機嫌だったんだ。


 それを……。




「理由を聞きたい。というか、誰だお前?」




 俺は、不機嫌であることを隠さずに言い放つ。


 場所は、校舎の正面玄関前。


 ここで、俺が来るのを待ち伏せしていたらしい。


 まあコイツの事を俺は知らないし、連絡先も交換もしてないだろうから仕方ないのかもしれないけれど、アイドルの出待ちか何かか?


 せめて女の子にしろよ。




「……ふっ、どうやら田舎の成り上がり貴族の子供は、やはり記憶力も悪いようだ!」




 イラっとした表情でそういうことを言ってくる目の前の誰か。


 あっちは、何で俺の事をしってるんだろうなぁ……?




「私は、日下くさか子爵家が嫡男!日下久作くさかきゅうさくだ!」




 クサカ?くさかくさか……。




「知らんな」


「貴様が入学試験の日に教室で不意打ちによって暴行を加えた相手だ!そうでなければ私が負けるわけがない!」




 あー……。


 なんかいたような気がする……。


 なんだっけ、俺の制服の襟についてる模様が王家専用の奴だか何だか騒いで掴みかかってきたから、股間をブロークンさせたんだっけかな?




「試験で歴代最低の点数をとった貴様が、何故1年1組に入れているんだ!成績優秀者か高位貴族しか入れないんだぞ!絶対に不正を働いたに決まっている!じゃなければ貴様が1組で私が2組のはずがない!」




 そんな事言われても、俺がクラス決めしたわけでもないしなぁ……。


 まあ俺だって疑問がなかったわけではないけど、一応俺を抑えられる能力を持っていると思われてそうな3人が周りにいるクラスに入れたかったんじゃないかと脳内補完してるくらいで……。




 てかそもそもだけど、王子様とかその側近、更に聖羅の護衛である風雅までが、入学早々クラス分けも発表されないうちに殆どが転校(という名の処刑やら処分)でいなくなっているんだから、繰り上げで1組に入った奴がいるであろうことを考えるに、この日下君とかいうのは最初から入れる位置にはいなかったわけで……。




 ばーか、って言ったら解決しないかな?


 しないか。




「決闘って、申し込んだり受けたりした時点で犯罪になるんじゃなかったっけ?決闘罪とかいうので」


「貴族は、決闘を行う事が法で認められている!」


「そうなんだ……」




 めんどくせー法律作ってくれたもんだなぁ!


 どんなのか知らねーけどよ!




「私が勝てば、お前は退学しろ!」


「いや、俺が入学したのは王命だかんな?」


「言い訳をするな!」




 初日にコイツと会った時も思ったけど、会話が通じない。


 どうしたもんだろう……。




「俺が勝ったらどうなるんだ?」


「そんな事はありえないが、もし私が負ければ日下名に懸けて何でも好きな物をやろう!」


「いらねぇから何もかもなかったことにしてこのまま教室行かないか?」


「ふざけるな!」




 お前だよ!なんなんだよ!


 この学校来てからトラブルばっかりだよ!




「日時と場所、決闘方法は貴様に決めさせてやろう!さぁ!そこの手袋を拾え!」


「手袋?」




 そう言えば、なんか最初に投げつけられたから避けてたんだけど、これ手袋だったのか。


 何で手袋?




「お前の手袋なんだろ?自分で投げたんなら自分で拾えよ」


「手袋を投げつけるのが決闘を申し込む行為なんだよ!それを拾えば決闘を受けるという意志表示だ!」


「へぇ……」




 言語って言うのは、互いに意味を理解していないとここまで意思疎通が難しい物なのか。


 難しいな。


 他に手袋をつけてきている奴いないけど、コイツは決闘申し込みのためだけに態々手袋付けてきたのか?


 この制服に白手袋って合わないよな?




「この手袋汚そうだし拾いたくないんだけど……」


「ほう、決闘を受けないというのか?やはり、死にぞこない王女と落ち目の捨てられ公爵令嬢などと一緒にいるだけあって、恥という概念が無いようだ!」


「……いいだろう、受けてやるよ」




 例え挑発でも、言っちゃいけない事いうなぁコイツ。


 これが口さがない連中ってやつか?


 もう心を折って、2度と俺に関わらないようにしてもらおうかな。


 あの日股間を攻撃した時の感じからして、大して強いわけでもない気がするし。


 ……だとしたら、よく決闘なんて申し込んできたなこいつ。


 意外と度胸があるのか?




「貴族として最低限の心意気はあったようだな?では、日時と場所と決闘方法を決めろ!」


「決闘方法は……そうだな。何でもありにしよう。武器だろうが魔道具だろうがOK。日時と場所は、今ココで」


「……何!?」




 言うが早いか、俺は木刀をバラバラと具現化して、その中の1本だけを手に踏み込む。


 日下とかいうやつは、思った通り大して強くはないようで、俺のとっさの攻撃に全く対応できていない。


 俺は、そのまま日下の両足の脛を木刀で叩く。


 すると、悲鳴にならない悲鳴を上げながら倒れ込む日下。




 ただ、まだこれでは反撃のチャンスもありそうなので、両手も踏み潰しておく。


 この世界には、回復魔法なんて便利な物もあるんだし、この程度やっておかないと勝負がつかないだろう。




 やる気で速攻を決めたわけだけど、案外あっけなかったな。




「ギャアアアア!あああああ!」


「なぁ、俺の勝ちでいいか?いいよな?」


「ぎいいっギャアアアア!」




 あれ?これってどうやったら勝敗決まるんだ?


 こいつがわめいている限り膠着状態?


 目立つ場所でやっているから、ギャラリーたちも大分増えてきているんだけど、これはもうどう処理したらいいんだろう?




「何をしている!?」




 突然聞こえた声に振り向くと、上善寺先生が大急ぎで人垣をかき分けやってくる所だった。


 最近よく会いますね。




「クラス編成に不満があるとかで決闘を申し込まれたので受けたのですが、審判がいないためここからどうした物かと考えてた所です」


「決闘だと!?こんな所でか!?」


「場所を改めるのが面倒だったので」


「もう少し迷惑にならない場所でやれ!」




 うっせーな!


 こっちだって迷惑してんだよ!


 これ以上こいつに付き合ってられるか!




「大体、クラス編成に不満とはどういうことだ?何故それで決闘になる?」


「しりませんが、俺が決闘に負けて退学になればこいつが1組に入れるはずだって言ってましたよ」


「そんな訳が無いだろう!?」


「俺に言わないで下さいって」


「……まあいい。犀果は、後で職員室まで来い!私は、コイツを保健室まで連れて行く!」




 そう言って色々ブランブランさせながら日下を運んでいく。


 日下にもう意識は無いようだ。




 何にせよ、これだけ目立つ場所で決闘を受けて、木刀だけで勝ったんだ。


 もう俺がいる所でリンゼや有栖の事を悪く言う奴はいないだろ。


 多分俺を挑発するために言ったんだろうけど、だとしても許してやらん。


 まあ、試験で試技エリアを消し飛ばす演出までしていたのに、今日こうやってケンカ売られたんだから、またケンカ売ってくる奴もいるかもしれないけどもなぁ……。


 皆、なかようしようや……。


 仲良くしなくてもいいから敵対しないでおきたいもんだ。


 皆で幸せになろうよ?








 その後、何人かの教師相手に職員室でチャチャっと状況説明を行い、形ばかりのお叱りを受けて開放された。


 日下が決闘を申し込んできていて、尚且つ度重なる俺への侮辱と、学校や有栖やリンゼに関しての暴言まで吐いていたのが周りの生徒たちからの証言で明らかになり、それ以上のペナルティーは無いらしい。


 ただ、自重しろとは言われた。


 してるんやで?




 職員室を出ると友人3人が待ち構えていた。


 今、ホームルームの時間だぞ?




「アンタ何してんの!?」


「いや、決闘を申し込まれて……」


「周りで見てた子から聞いたからそれは知ってるわよ!無視したらいいじゃないあんな奴!」


「いや、でもさ、ああやって目立つところで見せつけておけば、俺に絡んでくる奴も減りそうだろ?」


「……アタシのせい?」




 怒っているのかと思ったら、いきなり泣き始めるリンゼ。


 なんでお前のせいなんだ?




「クラスで皆さんが私たちに色々聞いてきたんですよ。大試が決闘をしてたとか、やる気なさそうだったのに、私たちを侮辱する発言を聞いた途端決闘を受けたとか」




 有栖の補足説明でやっとなんでリンゼがこんなことになっているのかわかった。


 つまり、自分のためにこんな事をやらざるを得なかったのか?という事だろう。




「別にリンゼたちのためじゃないよ。アイツ、初日から偉そうに突っかかって来て面倒だったから、早めに躾をしておいただけだ」


「その話も聞きました。私がオーダーしてつけた王家の紋章でいざこざが起きたらしいと。そういう事を起こさないための処置のつもりだったのですが……」


「実際、この襟のマークが理由で因縁つけられたのって一回だけだし、有栖は何も悪くないだろ。リンゼも何も悪くない。ただ俺が喧嘩っぱやかっただけ。俺の生まれ故郷だと、周りのみんなはもっとやばかったんだけどなー」




 本当に、リンゼや有栖のために戦ったわけではない。


 ただ、イラっとしたし、決闘という戦っても良い理由があっただけなんだ。


 だから、そんな申し訳なさそうな顔をしないでほしい。


 というか、俺の方がこんな騒ぎ起こして申し訳ありませんと謝る側だと思うんだけど……。




「村では、喧嘩でガチバトルは日常茶飯事だった。なんでこんなに皆大げさに騒いでいるのかわからない」


「俺たちの村と文明のある場所では、倫理観ってもんが違うんだよ」


「倫理観で言うなら、逆恨みで決闘申し込む方が悪い」


「まあそうなんだけど……いや本当そうだよなぁ!?」




 俺は、廊下を歩きながら数日分のグチをグチグチ3人に話す。


 ここ数日の俺、やらかしてる部分もあるけど、基本は運が悪かっただけじゃね?と。


 教室に着くころには、3人も一見いつも通りになってたけど、リンゼだけは無意識なのか、終始俺の制服の上着を掴んでいた。


 伸びそう。


 色々気にしてるっぽいし、責任でも感じてんのかなぁ……。




 所で、教室の中で感じる視線の密度がすごい。


 まだ1時間目が始まるまで1分ほどあるからだろうけど、ゴシップ好きの生徒たちは興味津々なようだ。


 それも、さっきリンゼたちに伝わっていた内容から考えるに、頭がお花畑なネタだと思われている様子……。


 ヤダ、俺まで恥ずかしくなってきた……。




 よし!リンゼと一緒に何か気分転換になることをしよう!


 何が良いかな……。


 あ、そう言えば2人きりでお詫びになんか奢ってくれるとか言ってたよな?


 美味しいもん食えば気分も良くなりそうな気がする。




「なぁリンゼ、放課後2人で出かけないか?」


「……………………………………………………はぁ!?」




 しばらくして、自分が初めて女の子をデートに誘ったことに気がついた。






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