第16話

 Q:率直に聞きたい。大試君にとって、娘はどんな存在かな?




 率直に言って、どう答えたらいいのかわからないです!


 え?なに?何を俺は聞かれてるの?


 可愛いとか?凄い美人になっててびっくりしましたとか?俺の事殺しやがったことはゆるさねぇとか?




「……っ」




 助けを求めようと隣に座るリンゼを見てみるも、顔を真っ赤にしている上に、俺が見た瞬間目を逸らす。


 ダメだ!今のコイツは当てにならん!




 そりゃそうだよ。


 初めて家に連れてきた友達に対して親が、「うちの子どうよ?」って聞いてきたら恥ずかしいだろうよ。


 俺にだってそれは分かる。


 だから今役に立たないのは許そう。




 さて、本題だ。


 今俺が聞かれている事、これをそのままの意味で捉えることは危険だろう。


 今普通に話しているとはいえ、相手は公爵閣下だ。


 そして、その公爵閣下の愛娘について聞かれていて、俺自身は新米とは言え貴族家の長男だ。


 いや、貴族の何たるかもまだわかんねーから何とも言えないけど、一応俺も貴族の家の人間になっているんだ。


 爵位はねーけど。


 その新興下っ端貴族の子供に対して聞いてくるという所がヒントになっているはず。




 ……まてよ?


 そういえば、リンゼは王子の婚約者であったにも関わらず、取り巻きを見たことがない。


 お付きの使用人がいるというわけでもないようだった。


 まあ、王女の有栖もそうなんだけども、それは置いておいて。




 もしかしたら、身の回りの世話をする人材がいないのではないか?


 学園の中という限定的な条件、そこに娘が入学したけれど、一緒に入学させられる使用人も今はいない。


 では、共に行動できるであろう学園内の下位貴族の女子を雇おうかと考えていた所に昨夜の出来事だ。


 周りの生徒たちは、とっさのことに誰も動けず、王子とその取り巻きの凶行を黙って見守るだけ。


 仕方がないとはいえ、そんな者たちに娘の世話なんて任せたくはない。


 であれば、例え男であったとしても、行動を起こした者を雇いたいと思うんじゃないか?




 なるほど!今日の俺は冴えている!これだ!これに違いない!


 では、俺が答えるべき答えは……なんだ?


 ヤバイ、振出しに戻った。




「いやいや、唐突過ぎたかもしれないね。別にそう難しい事が聞きたいわけではないんだよ」


「……と、おっしゃいますと?」




 なんだい?すげー難しい事な気がするんだけど?




「昨夜の件で、私も妻も君に感謝しているし、娘に何か非があったとも思っていない。だが、世間からはどうみられるだろうか?」




 そう言って、少し悲しそうな顔になる公爵。




「大試君のおかげで、公にせず内々にあの王子たちの行動を処理することが出来た。だから王室も、関係貴族たちも、耳聞こえの良い内容でごまかすことだろう。それは仕方がない。しかし、そうなるとリンゼはどうなる?」




 段々と感情が抑えられなくなってきたのか、怒りと悲しみが半々という顔になってくる。




「仮に、王子が失脚する偽の理由を病としよう。だが、大半の貴族たちからすれば、それまで健康だった王族がいきなり病が理由で表に出てこない理由なんて、どう考えても碌な物じゃないとわかってしまう。もちろん、昨夜あの場にいた者たちからの噂話を聞く者だっているだろう。そしたら、リンゼは婚約者を繋ぎ留めておくこともできなかった女性……なんて考えられてしまう」




 等々、怒り9割くらいの表情の公爵。


 怖い。


 非常に怖い。


 奥さんも似たようなもん。




「口さがない者たちは、リンゼを幾らでも悪く言うだろう。もちろん、表立って言ってくる事は無いだろうが、そういう雰囲気は本人に伝わるものだ。消極的なイジメに発展するかもしれない。そこで、君に頼みがあるんだ」




 それまでの怒りの表情を解いて、今度は懇願するような顔になる。


 これって、やる気でやってんのかな?


 だとしたら凄い。




「リンゼと一緒に居れば、もしかしたら君にとって不利益を受けるかもしれない。それでも、もしリンゼを大切に思ってくれるのであれば、これからもリンゼの味方でいてあげてくれないだろうか?これは、公爵としての発言ではなく、1人の父親としてのお願いだ。別に、私の派閥に入れと言っている訳ではない。あくまで、リンゼ個人を守るために、君に傍にいてあげて欲しい」




 そう言って、公爵は頭を下げた。


 公爵の頭って、きっとそんなに軽い物じゃないよな?


 だったら、俺だってしっかりと真面目に答えないといけない。




「私にとって、リンゼは大切な友達です。10年前初めて出会ってから、一緒に過ごした期間はとても短いですが、それでもずっと友達だと思って今まで生きてきました。例え公爵に頼まれなくても、リンゼの傍にいます。そもそもの話ですが、私の実家は恐らく派閥とかそういうのに興味ないので、他の貴族が何か言ってきたところで気にしませんし、直接手を出してくるのであれば、力の限り反撃するだけです。3年後私は、恐らく学園卒業と同時に実家に戻ることになると思います。なので、こちらの貴族たちにとっては、すぐいなくなるどうでもいい存在だと思われるでしょう。そんな中、きっとまた田舎に帰るというのが分かっているにもかかわらず、初日から行動を共にしてくれたのがリンゼでした。それはきっと、彼女も私の事を友達だと思っていてくれるからでしょう。だったら、俺だって友達を裏切る事なんてしませんし、したくありません。リンゼが嫌と言うまで……いや、嫌といったとしても、共にいるべきだと俺自身が思う限り、共にいるつもりです」




 どうよ!?


 速考で考えたにしては、それらしい事言えたんじゃないか!?


 簡単に言うと、友達だと思ってるから心配すんな!って事なんだけども。




「……うん、なるほど。リンゼは、彼の事をどう思ってるんだい?」


「へ!?いや!とも……だち……かな?」


「ふむふむ。そうかそうか!いやー、私たちが心配する必要なんて無かったかもしれないね!」


「そうですね。青春って感じで、なんだか若返っちゃった気がしますね」




 友達に、お前の事友達って思ってるわって言われて真っ赤になるリンゼと、それを見て喜ぶ両親。


 ほほえましい……ほほえましいが、割と恥ずかしい。


 何だこの羞恥プレイ?




「ふぅ……。昨夜の出来事は、私にとってとても残念な出来事だった。だけど、君という人間がリンゼの傍にいてくれることが分かっただけでも、悪い事だけではなかったと思える。ありがとう大試君。中々素直になれなかったり、人見知りしがちなリンゼだけれど、私たちにとって最も大切な娘なんだ。これからも、末永く仲良くしてあげて欲しい」


「はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」




 緊張したなぁ……。


 どうやら、公爵的に俺の返答は満足のいくものだったらしい。


 色々難しい言い回しにした部分はあったけど、貴族としての意識とか抜かした本心で答えたから、貴族的にそれはどうなんだって言われるかもと心配したのは杞憂だったようだ。




 この世界で、俺がもし命を懸けて守りたいと思う存在がいるとしたら、それは3人だけだ。


 幼馴染の聖羅とリンゼと有栖、この3人が、俺が自分の命よりも優先する可能性のある存在だ。


 だって、友達がその3人しかいないし!


 そうじゃなくても、彼女たちはいい奴らだし、幸せであってほしいと思う。


 だから、本当に公爵の頼みなんて関係なく、リンゼが大変だというなら俺が一緒にいて守ってやるさ。


 この世界の常識をまだ大して知らない俺が、どれだけ力になれるかは知らんけどな。




 因みに家族である両親は、別に守るつもりない。


 だって、あの2人の方が絶対強いし。


 本当であれば、風雅も守る対象にしたかったけど、アイツはそれを喜びそうにないし、リンゼに危害加えた段階で、正式な謝罪でもしない限りアイツの味方にはならない。




 これから、新しく仲間ができたとしても、俺の中の優先順位のトップに3人がいることは間違いないだろう。


 それだけ、俺の中で長い年月積み重ねてきた友情がある。




「さて、私たちが聞きたかった話はこれで終わりだ。もう夜も大分遅くなってきたし、そろそろお開きにしよう。今日は、わざわざ呼び立てて悪かったね。だけど、とても有意義な時間だった。ありがとう」


「いえ、こちらこそ!」


「リンゼ、大試さんと仲良くするんですよ?」


「い……言われなくたってするから!」


「あら?言われなくてもしちゃうの?」


「もう!お母様うるさい!」






 公爵夫妻と、使用人の方々に見送られて、リムジンに乗り込む俺とリンゼ。


 姿が見えなくなるまで夫妻は、俺たちに手を振っていた。


 俺の生まれ故郷だと、もっと肉体的な言語が多かったけれど、こういう家族の会話も悪くなかったなと思う。




「……アンタ、あんな事言ってよかったの?」




 公爵邸でのことを考えていたら、リンゼが窓の外を見ながら、そんなことを聞いてくる。




「あんなって、何の話だ?」


「だから……友達とか……末永くとか……」




 モゴモゴと言って、そのまま黙り込むリンゼ。


 なんや?照れてるんか?ん~?




「リンゼの事を大切だと思ってなかったら、あの状況で王子を相手に戦ったりしないだろ」




 俺は、素直な気持ちでそう言っておく。


 もう今日は、裏を考えながら会話するのは疲れたんだ。




「…………あっそ」




 そんな短い言葉を最後に、互いに何も言えなくなった。


 窓に映るリンゼの顔も、髪の間から見えるリンゼの耳も真っ赤になっている。


 やっぱり、相当照れてるらしく、俺の方を向く気はないらしい。




 俺にとっても、それは都合がよかった。


 多分、俺の顔も赤かったから。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る