第15話

「なぁ、本当に制服でいいのか?ダメって言われても、後は王女様セレクションのカッコいい系か毛皮しかないんだけども」


「別にいいんじゃない?今日は、お父様と一緒に夕食ってだけだし。貴族としての付き合いって言うより、本当にアンタに興味があるだけみたいだから、よっぽど変な服じゃなければ大丈夫よ。流石に、あの毛皮の服はやめておいた方が良いと思うけど」




 初日の授業を終え、今日は疲れたなーと思っていた所に、リンゼに腕をとられて教室を連れ出された。


 そういや、今夜はリンゼの家に行くことになってたんだっけ?


 公爵様が俺なんかに態々お礼がしたいから来てくれって、何がどうなってんだか。


 そりゃリンゼが最悪の事態にならないようにはしたけど、そこまでお礼されるようなもんでもない気がする。


 あの場には、王女である有栖だっていたし、会長だって最後は俺の手伝いをしていた。


 なのに俺だけ呼ばれているというこの状況……。


 なんだ?何か面倒な事が起こりかけている……?




 わからない、俺にその手の貴族社会的ノウハウは無い。


 そもそも、女の子の家にお呼ばれって時点で初めてだし、その親と食事をするという重大事まで起きるなんて恐怖だ。




 あ、聖羅の家になら行った事あるな。


 でも、アイツの場合俺の家に来たがるから、アイツんちいく事って殆どなかった。


 できれば、風雅とも同性幼馴染っぽく遊ぶ仲になりたかったんだけど、なかなか上手くいかないなぁ……。




「アンタ、何遠い目してんのよ?」


「いや、友達んちに行くのすごい久しぶりだなってさ。行き先が公爵家ってのはちょっと緊張するけど」


「そう?普通の家よ。確かに大きいけど、今はアタシの両親と使用人しか住んでないからちょっと寂しいわね。アタシと同じように、兄2人も寮生活だから。それに、本邸じゃなくて王都滞在用の別邸だし、そこまで緊張しなくても大丈夫よ」


「へぇ。お兄さんいるんだ?」


「超イケメンで、魔法も剣もすごいんだから!勉強だってできるし!」


「へぇ……。そういや、この世界でもイケメンって表現あるのか?死語だったりしない?」


「知らないわよ。そんな会話する相手なんていないし」


「……今度から、もっと話そうな……」




 これからは、もう少しこの娘に優しくしてあげないとな。






 学園まで迎えに来てくれた先日のデカいリムジンみたいな車に乗り込む。


 ここまでしてくれなくても、俺は別にタクシーとかでええんやで?


 何ならバスで来いって言われたって良い。


 まあ、乗れるなら何でもいいけども……。




 流れる景色を窓から眺めながら、この世界と俺の認識がやっぱりどこかずれている事に気がつく。


 未だに、この世界を剣と魔法のファンタジー世界だと認められていないのかもしれない。


 だって、あの街灯は、LEDだよな……?


 温かみが足りなくて直線的な目に刺さるような光。


 俺はあんまり好きじゃないけど、前世でもエネルギー効率は良くて長寿命だと人気があった。


 もっとも、LED本体ではなくその周りの部分が壊れることも結構あったから、思ったより寿命が長くないことも多かったけど。




 そして、その光に照らされる建物も、どれもこれも前世の世界と大差がない。


 浮いてたり、何故か光ってたりなんて事は無く、ただの鉄筋コンクリートだ。


 ……いや、意外と中に特殊な魔物素材でも使われてたり……?


 スイッチ入れるとゴーレムに変形するとか!?




「リンゼ、あのビルって建てるのにゴーレムの体が流用されてたりしないのか?」


「はぁ?ゴーレム生成なんてどんな素材でも使えるから、ゴーレムのコアを壊された後はそこらの石とか土と大差ないし、使われてたとしても何の意味もないわよ?」


「……そっか」


「なんでそんなガッカリしてんの!?アタシ変な事言った!?」




 違う。


 お前は何も悪くない。


 俺を爆殺したこと以外は。






 しばらく車で走っていると、段々と郊外の方へ出てきた。


 俺はてっきり、前世でのお金持ちっぽくタワマンの屋上とか高級住宅街に住んでるのかと思ってたけど、ガーネット公爵家の別邸はちょっと違うらしい。




「結構自然豊かな場所にあるんだな?」


「まあそうね。この辺りは、もうすでに家の敷地内だし」


「……はい?」




 リンゼ曰く、ガーネット公爵家の別邸は、東京ドーム数十個分の敷地の中にポツンと建っているんだとか。


 前世の戦前の金持ちみてーな事してんな。




「東京ドームで表されてもわかんないな。前世から含めて、一回も行ったこと無いし」


「気にしなくていいわよ。小さめの牧場とか騎士団詰所もあるけど、森の中って覚えておけばいいし」


「だったら俺の実家と一緒だな」


「流石に、周りをトレントで囲まれてる家と比べられるのは困るけれど……」




 リンゼと話していると多少は落ち着いてきた。


 そうだよ、ここは森の中なんだ。


 俺の生まれ育ってきた環境に近い落ち着ける場所なんだ。


 そう自分に言い聞かせていると、とても大きな建物が見えてくる。




「アレがウチよ!」


「いや、でっけーな……」




 説明がなければ、これが個人住宅だと思う奴はいないであろう大きさの西洋風な建物。


 歴史を感じるというか、それこそ資料館か何かにされてそうなくらい昔から存在している感じ。




「見た目は古臭いけど、中は改築してあってちゃんと近代風だから安心してよね」


「何を安心したらいいのか知らんが、俺を1人にするなよ?迷子になる自信あるぞ」


「……まあ、トイレの中以外はついて行ってあげるわよ」




 玄関前でリムジンが止まり、自動でドアが開かれる。


 屋敷の前に使用人たちがズラッと並んでいて、俺とリンゼが降りるとザっと頭を下げられた。




「「「おかえりなさいませ、お嬢様!」」」


「ご苦労様」




 この時点で金持ちオーラに俺は圧倒されているんだけど、何の疑問もなく進んでいくリンゼ。


 うーん、過去一でお嬢様っぽい。


 体から、高貴なるものオーラがビシバシ発せられてる。




 リンゼに引き連れられて大きな玄関へと入る。


 すると、中で男女の2人組がにこやかに待っていた。




「おお娘よ!よく帰って来たな!」


「おかえりリンゼ!」


「ただいま!お父様!お母様!」




 ご両親のようだな。


 まあ、見た目からしてそんな感じだけど。


 とりあえず両方顔が良い。




「おっと!すまないね、思わず娘にばかり気をとられてしまった。よく来てくれたね、犀果大試君。私がナイジェル・ガーネット公爵。リンゼの父だ」


「妻のタカコ・ガーネットです」


「初めまして。犀果大試と申します」




 頭を下げつつ、隣のリンゼに変な所は無いかアイコンタクトで聞いてみる。


 ……おい、何笑ってんだ?




「話は食事をしながらにしよう。今夜は、キミに色々聞きたくて来てもらったんだ」




 案内されたのは、そこまで広くない部屋だった。


 イメージだと、長テーブルがドーンとある部屋で食事になるかと思っていたけど、それは回避できたようだ。


 中央に4人掛けの高そうなテーブルがあって、部屋の4隅には給仕担当らしきメイドさんが1人ずつ立っている。


 部屋こそ小さめだけど、なんだろう……、既に金持ちオーラに負けそう。


 外から見た建物の大きさから考えて、もっと広い部屋なんて幾らでもありそうだから、この部屋は少人数で使う専用の食堂って事だろうか……?




 メイドさんに椅子を引かれ、そこに座らされた。


 マナーとか色々予習してきたけど、実際に臨むとわかんねーなこれ。




 全員が座ると、公爵が話し始めた。




「では改めて、昨夜はリンゼを守ってくれてありがとう。まさか、王子があんな凶行に出るとは思っていなくてね……。話を聞いたときはヒヤッとしたよ。私が持つ全権力を持って、賊どもを血祭りに上げようとも思ったが、キミが中々の制裁を加えてくれたと聞いてギリギリ我慢したんだ」


「いえそれ程でも……。王子に止めをさしたのは聖女ですしね」


「その流れに持っていたのも大試君だろう?聖羅嬢にもお礼はしておかなければならないけれど、まずは大試君だ」


「そうね!私も昔からリンゼが話して聞かせてくれていた貴方について興味があったの!」


「ちょっと!お母様!」




 恥ずかしがりながらぷんすこ怒って見せるリンゼと、それを嬉しそうに眺める両親。


 家族仲は良好らしい。


 それどころか、リンゼは割と溺愛されているのではないだろうか?




 しばらくすると、部屋の中にいるメイドさんとはまた別のメイドさんが食事を運んできてくれた。


 何人メイドいるんだこの家?




「大試君は、イタリアンやフレンチにあまり慣れが無いと聞いてね。リンゼからのアドバイスで、食堂の定食風にしてみたんだけどどうかな?」


「……正直、ナイフとフォークが複数本出てきたらどうしようかと思っていたので、ありがたいです」


「ははは!まあ、私たちだって普段は箸で食べる事の方が多いからね」


「誰かさんは、私が何度体に障るからしっかり食事してくださいってお願いしても、隙あらばカップ麺で済まそうとしますけどね?」


「いやぁ……、あのジャンクな味わいが辞められなくてねぇ……」




 どうやら、案外おちゃめな人たちなようだ。


 それが、貴族としての顔かはわからないけど……。




 俺とリンゼはステーキ定食、公爵夫妻はカレイの煮つけ定食らしい。


 全くイメージと違うメニューだったけど、「アイツは変に気取った料理より、お肉バーンとだしとけばいいのよ!」というありがたい言葉で実現した献立らしい。


 うん、悔しいが否定できない。




 食事をしながら、色々な事を聞かれた。


 10年前にリンゼが俺の村にやってきたときの事とか、入学試験の事。


 ご両親が興味津々で聞いてきたり、リンゼが顔を真っ赤にしたりしながら、中々楽しく会話をすることが出来た。




 あれ?こんなにこやかな会でいいの?てっきり貴族の薄暗い話を聞かされるのかと警戒していたんだけど……。




 だが、それは全員の食事が終わったタイミングで始まった。


「さてと……」という言葉で、ご両親の纏う空気が一気に重くなったのである。


 なんだよ!これ以上俺を怖がらせてどうすんだよ!




「率直に聞きたい。大試君にとって、娘はどんな存在かな?」




 ……………………………………………………どんなって?




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