第12話

 初めて男子寮で迎える朝。


 昨日は、入室してすぐ制服だけ脱ぎそのまま寝てしまったため、室内の探索もしていない。


 ザザっと調べた所、この個室には、シャワーとトイレがしっかり設置されているようだ。


 しかもユニットバスではない!これが重要!


 いやぁ、ユニットバスは本当に使いにくいからなぁ……。




 念のため早めに起きたので、朝食までまだ2時間ほどある。


 早すぎたかもしれないけど、俺の場合ギリギリで準備しようとするとほぼ確実に遅刻する体質なため、オーバーなまでに余裕をもって行動する事にしている。


 特に朝は、頭がポヤポヤしていることが多くて油断できない。




 とりあえずタオル片手にシャワールームに入る。


 蛇口のボタンのようなものを押すとシャワーが出るようだ。


 銭湯とかに行くとよくある、少ししたら止まってしまう類の奴だろう。


 前世の知識とそう差異がなくて安心した。




 ただし、シャンプーも石鹸も備え付けられていない事に気がついたのは、シャワーを浴び始めてぼーっとしてから10分程経ってからだった。


 今日買いに行こう……。




 身支度を整え、かなり早めではあるけど食堂に行くことにする。


 午前7時から食事が可能とのことだが、現在まだ午前5時半。


 食堂のルール等を予習しておきたかったのと、このまま部屋に居たらまた寝そうなくらい眠たかったのが理由だ。




「来たなルーキー!」




 広い食堂に入ると、調理場と思われる方から声がかけられた。


 調理師の方だろうか?




「お早うございます。朝からお疲れ様です」


「良い挨拶だ!さぁ!お前も調理を手伝うがいい!」




 調理師から手伝いを命じられた。


 なんで?




「俺、ただの学生ですけど?」


「気にするな!俺たちも学生だ!」


「逆に気になりますけど!?」




 エプロンと三角巾で気がつかなかったけど、言われてみればこの場にいる男たちは皆若い。


 食事って、学生が作るもんなのか……?




「どうして学生が作ってるんですか?」


「先代寮母さんが腰を痛めたせいで前年度で突然引退してな!しかも、補助の調理人のおばさんたち3人も寮母が辞めるならと一緒に引退してしまった!新しい寮母さんたちが来るまでは我々で作るしかない!」


「でも昨日、寮母さんっぽい人に会いましたよ?」




 怒られたけど。




「あの人は、ただの夜間警備の人だ!」


「そんなん用意するなら、料理人も手配してくれよ魔法学園……」




 どうやら、男子寮の福利厚生はそれほど良くないらしい。


 さて、料理か。


 作って作れないことも無いけど、見た感じ今調理しているのは先輩たちばかりに見える。


 1年生に比べたら、ガッチリした体格をしている。


 俺がでしゃばるのは、生意気だと捉われるかもしれないな……。




「なぁ、豚肉ってどのくらい焼けばいいと思う?」


「俺は、ステーキならレア派かな」


「タマネギの皮向いてたら中味なくなったぞ!?」


「ネギも無くなった……」


「昨日外で赤いキノコ採ってきたんだけど食べれると思うか?」




 ダメだこいつら。


 料理なんてしたこと無さそう。


 俺が作る!




「先輩、食材って何があるんですか?」


「うむ!生の豚肉の薄切りが昨日の内に納品されていた!卵と野菜も一通りあると思うぞ!」


「何人前作るんですか?」


「100人前だ!」




 仕込みも無しに、あと1時間ちょっとで100人前作らねばならないようです。


 因みに、昨日一昨日は、出汁の入ってない味噌汁と納豆と白いご飯だけで何とかしたらしい。


 ただ、寮生が流石にもうこの飯じゃいやだと立ち上がった。




 この学園には、男子寮だけでも大量にあって、団地のようになっている。


 その中の一つが俺の寮ということになるけど、この寮だけとはいえ全員分となると中々の量だな。


 しかも、頼れる仲間は、包丁の使い方すらわからないらしい5人の野郎どもだけ。




「全員注目!俺が指示を出す!」


「「「な!?まさか料理ができるのか!?」」」


「できる!できるぞ!」




 とりあえず、まず最初にリーダーを決定してしまうのが重要だ。


 こいつらに、独自の判断なんてさせない。


 全部俺の言う事を聞け。


 隠し味など要らん。




「まず最初に担当を分ける!そこの2人!アンタらはご飯と味噌汁担当!その隣の2人は肉担当!アンタと俺は生野菜加工担当だ!」


「「「応!」」」


「ごはん担当は、炊飯器に米と水をセットしてくれ!米は研がなくていい!最近のはあんまり研がなくても大丈夫だから!下手に素人が焦ってやるよりはそのままでいい!炊飯が開始されたら、そっちの寸胴鍋3つに水と乾燥昆布を入れてくれ!煮立つまでは野菜加工担当の手伝い!」


「「応!」」


「肉担当は、こっちの鍋2つに俺が砂糖とみりんと酒と醤油と水、更に生姜を入れてタレを作るから、これで肉を順次煮て行ってくれ!量が多い場合、煮た方が早い!しかも、素人でも火が通ったかわかりやすい!」


「「応!」」


「最後のアンタ!俺は只管ここにあるキャベツを千切りにしていくから、アンタはネギを切っていってくれ!奇麗にやろうとしなくていい!とにかく切ってくれれば形になる!」


「応!」




 応って流行ってんの?




 調理は過酷を極めた。


 素人だらけというのもあったけど、単純に時間がない。


 俺は、仕方なく木刀を限界まで具現化し、小型化させて邪魔にならないように服に仕込む。


 身体能力を上げて、神速のキャベツ切りをし続けた。




 千切りキャベツを、手の空いた連中に水で洗わせながら、とにかく切っていく。


 肉は、手順が簡単なので問題なくやりきれそうだ。


 味噌汁の鍋が沸騰したので火を弱めて昆布を取り出し、冷蔵庫の中に大量にあった豆腐を味噌汁担当達に入れさせる。


 これには、包丁なんて使わない。


 手でちぎった方が味がしみ込みやすいという理屈を盾に、手でやらせていく。


 どうせ、包丁で切らせたってこの人たちだったら似たようなぐちゃぐちゃさになるだろうし……。


 ネギも入れてある程度火も通ったところで、味噌を入れていく。


 家だったら、お玉で味噌を取って箸で味噌を割るようにお湯になじませながら溶いていくけど、流石は大人数相手の食堂らしく、味噌を溶かすためのザルのような道具があったため、ありがたく使わせてもらう。


 味噌さえ溶いてしまえば、後は冷めないように弱火放置で良い。




 でかい炊飯器でご飯が炊けたようだ。


 しゃもじでかき混ぜてこれは終わり。


 後は、生徒に出す時に味噌汁と一緒に盛って行けばいい。




 キャベツの千切りと肉に関しては、先に皿に盛り付けておく。


 味噌汁やごはんと違って、一々盛り付けていたら、恐らくこれは間に合わないと判断した。




 最後に、大量に納品されていた小さめの納豆のパックと、味付け海苔をつけられるようにする。




「よし!今日の朝は生姜焼き?定食だ!」


「「「おおおおおおお!!!!」」」




 男たちの歓声が響く。


 だが、まだ終わりではない。


 寮生が全員食べ終えて、初めて終わりと言えるんだ。




 丁度、腹ペコたちが集まって来たようだ。




「ヘイガイズ!並べ!」


「「「!?」」」




 先輩たちは、何があったのかを一瞬で悟り、朝食のクオリティに期待と不安を覚えている。


 ルーキーたちは、何で問題児(私ですが)が調理場にいるのかといぶかしげな顔をしている。




 でもな、そんなことはどうでもいいんだ。


 重要な事は何?


 そう!飯を食う事!




 空腹の男子学生の行動は早い。


 状況が例えわかっていなくても、自然と統率の取れた動きで朝食が配膳されていく。


 別に、皆で頂きますと食べるわけではない。


 席に着いた者から食べていく。




 だから、最初に食べ始めた上級生が、




「……う……うまい!肉だ!ちゃんと美味しい肉を朝に食べられてる!」




 と感動の声を上げ、それに対して歓喜の声を上げる2~3年生と、何故そんなことで喜んでいるのか理解できない1年生の認識乖離は増していく。


 それでも、あっという間に男子生徒たちは朝食を食べ終え、調理を担当した俺たちも合間合間に食べてしまった。


 食器を洗うのは、帰ってからでいいだろう。


 今は、ただこの満腹感を持って学園へ行くことを優先すべきだな。




「ルーキー!よくやってくれた!これで今日は勝ったも同然だな!」


「ちゃんとしたメシが食える……こんなに嬉しい事は無い……!」


「俺、これから自分の食事くらい自分で作れるようになる!」


「納豆とごはんだけの朝食も悪くないけど、やっぱ連日はキツかったもんな!」


「すげぇ!あんなに炊いたのにごはん売り切れたぜ!?皆どんだけ飢えてたんだよ!」




 一緒に調理した先輩方も満足なようだ。


 俺も鼻が高いよ。


 でも、一つだけ確かな事がある。




「先輩、これだけは言っておきたい事があります」


「奇遇だな、俺もだ」


「「「「俺も!」」」」




「「「「「「今日中に料理人雇ってもらおう!」」」」」」




 その後、有栖を介して国王に直訴することで、本日夕食から宮廷料理人たちが来てくれることになった。


 代償として、何故か俺が王女にいつか料理を作ることになったけれど、それはまた別のお話。






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