第7話

 ドアをノックする音で目が覚める。


 返事をすると、メイドの麗子さんが入って来て、昨日注文した制服を持ってきてくれた。




「お着換え手伝いますね」


「恥ずかしいので結構です」


「ダメです、これも私の仕事ですので」




 もうお嫁にいけない……。






 昨日の夜もだったけど、朝食は王様と一緒にとることになった。


 といっても、夕食の時には陛下の私室で床に車座で食べて、べろんべろんに酔った王様と父さんが殴り合いながらゲラゲラ笑いあってる奇怪な空間だったけど。


 打って変わって朝食は、お城の食事って感じの長いテーブルに座らされて行う物だった。


 俺たち親子以外だと、国王陛下、王妃様、有栖が着席している。


 有栖が小さく手を振ってきたので振り返すと、王妃様がニタァと笑ったような気がした。




「大試は、今日これから入学式だが、準備は万端だな?」


「筆記用具は売店で買いますが、それ以外は問題ありません」


「ならばよい!もし何か足りなければ、同級生から借りれば良いだろう。……そう言えば、うちにも今日、入学式を迎える者がいたな?」


「ええアナタ。昨日、大きめの送迎車を用意してたみたいよ?」


「お母様!?それは秘密で……」


「ほう!では、大試も一緒に乗せてもらうと良い!」


「……はい、お願いします」




 有栖は、どうやら両親と仲がいいらしい。


 王妃様とは初対面だけど、案外面白い人なのかも?




 食事が終わると、急いで学校に向かう準備をする。


 さぁ行くかと思った時に、父さんが部屋までやって来た。




「大試、お前には悪いが俺は今日中に王都を発つ。王都は、めんどくさいのが多いからさっさと母さんの所に帰りたくてな……」


「そっか。お土産、忘れずに持って帰ってくれな」


「おうまかせろ!いやー!久しぶりに俺と母さんだけの家だから、お前が帰ってくる前に弟か妹ができてるかもなー!」


「そういうの子供の前で言うのやめろよ!想像したくない物想像しちゃうだろ!」




 これから3年の別れとなるはずのこの一時は、父親を部屋から追い出すという結果に終わった。






 メイドの麗子さんに案内されて城から出ると、黒くてピッカピカの車が待っていた。


 てっきりまたリムジンみたいなのが来ると思っていたけど、見た感じワゴン車か?


 中に乗り込むと、運転席と助手席の他は、座席が2つしかない。


 ワゴン車の後ろ部分が、全て広々とした後部座席となっていた。


 その片方に、有栖が座っている。




「お待たせ。早いな?」


「私は、何日も前から準備が完了していましたからね。荷物も殆ど寮の部屋に運び込んでいますし。昨日、大急ぎで準備した大試に比べれば身軽なものです」


「なるほどな。寮生活かー、あんまり想像つかないな」


「大試は、ギリギリではありましたが貴族の子弟という扱いでの入学ですので、1人部屋ですね」


「へぇ……。そういうもんなのか……」


「使用人を連れていく事も可能ですよ?まあ、大試は必要ないかもしれませんが」


「使用人なんていないしな……。今日の朝、麗子さんに着替えを手伝われて凄い恥ずかしかった……」




 学園に向かうまでの道を有栖と話しながら車で走る。


 窓から見た限りだと、スーツ姿のサラリーマンたちが忙しなく歩き回り、コンビニがあり、車がいっぱいな、俺の前世とそう変わりのない東京だ。


 もう、俺の中のファンタジー観との差にショックを受けることも減ったけれど、それでも違和感はある。


 何せ、15年も西洋ファンタジーの世界だと思って生きて来て、いきなりのこれだったからなぁ……。




「大試は、今夜の新入学記念パーティーに誰と参加するか決めていますか?」




 唐突に、有栖にそんなことを聞かれる。


 全く予想していなかった内容だ。


 俺、パリピの対極にいるような存在だったんだが?




「パーティーがある事自体今知った。でも、パーティーの作法とか知らないし、不参加でいいよ」


「それはもったいないです!」




 有栖の圧がすごい……。


 パーティーなんて、正直行きたくねぇんだけど……。


 だれか、料理だけタッパーで持ってきて?




「貴族とか王族ばっかりの学校でパーティーって事は、皆タキシードだのドレスだの着飾ってくるんだろ?俺そんなもん持ってないし……」


「恐らく皆さんはそうなのでしょうが、別に学生服で出席してはならないという決まりはございませんよ?」


「う、うーん……」




 不味いな、これは逃げる口実を全て封じていくタイプの話術だ。


 ずばり、こういう話し方の女性に対して、俺は勝てたことがない。


 母親然り、聖羅然り……。




「もしパートナーがお決まりでないのであれば、私と一緒に参加しませんか?」


「それはヤバいだろ!?王女と一緒にとか絶対周りから怒られるわ!」


「構いません。私は婚約者もまだいませんし」


「そうなのか?王子なんて生まれる前から婚約者決まってたんだろ?」


「私、未だにいつ死ぬかわからない姫だと思われてますので」


「あー……」




 エクスカリバーで元気になっているから忘れてたけど、そういや病弱キャラだったなこの子。


 パワフルすぎて、あの儚げな面影ないけども。


 流石、あのデカくてムキムキの国王陛下の娘だ……。




「そう言う事ならお願いしようかな。でも、本当にまったく作法知らないからな?」


「ご安心ください。私がサポートしますから!」


「頼む」




 何が嬉しいのか、非常に機嫌がよくなる有栖。


 まあ、喜んでくれるならいいか。


 可能であれば、欠席するか、始まってすぐ消えるように抜け出したかったけど……。






 そんなことを話していたら、どうやら目的地に着いたらしい。


 目の前には、物凄く大きな土地に立つ建物群が見える。


 前世で通っていた高校みたいなのをイメージしていたけど、これはどっちかって言うと、古くから存在するお金じゃんじゃん投入されて作られた国立大学って感じだな。


 とりあえず、敷地内の端から端まで行くには自転車が必要だろう。




 敷地内に入ってすぐ下車するわけではないらしく、学校の中の車道を通って進んでいくと、俺たちと同じ制服を着た奴らがいっぱいいる場所が見えてきた。


 どうやら、ここが目的地らしい。


 停車した車から降りると、周りの視線が集まる。


 俺ではなく、俺の後ろから降りてくる人物に。




「有栖様だ!」


「本当に奇麗……」


「あぁ……一緒の学年で入学できるなんて……!」


「聖剣姫さま……」




 と、大人気なご様子。


 一緒に車に乗ってきた俺なんて、使用人とすら思われていないようで。


 うん、変に目立つよりはその方が何倍もマシだな!


 田舎生まれ田舎育ちの俺だもん、目立って常識知らずである事を露呈する確率はできるだけ下げたい!


 冴えろ!辺境の地で磨かれた俺のステルス能力!




「さぁ!行きましょうか大試!」


「……はい」




「何あの男?」


「聖剣姫様にまとわりつくとか何様?」


「ちっ……!」


「犬にしたい……」




 俺のステルス能力は、披露する前に無効化されました。


 あと、犬にはならない。






「やっと来たわね!遅いじゃない!」


「時間内ですよ?」


「アタシは、30分前に来てたわ!」


「朝から元気だな……。俺はまだ長旅の疲れが抜けてないのに……」




 入学式会場となっている巨大な講堂のような場所に入ると、リンゼに迎えられてしまった。


 待ち伏せ令嬢は、とても目が良いらしい。




 リンゼと有栖が2人で並んで歩くと、人垣が割れるように道が出来ていく。


 モーセか何かかな?


 これ幸いと、俺もその後ろをついていく事で非常に楽に移動できた。


 後から聞いた話だけど、この会場内に入ってさえいれば別にどこにいても良かったらしく、わざわざ目立つ有栖たちと一緒に行動する必要は無かったらしい。


 ぬかった……!




 王族や、公爵令嬢などの偉い人たちは、この入学式でも最前列に並ばないといけないらしく、俺はその後ろに立たされた。


 上位の貴族とは、多少離されてしまうらしい。


 自然と目立つ2人から離れられて助かった……。




 それにしても、人が沢山いる。


 これ全部新入学生だというんだから、この学園の巨大さが窺える。




 講堂内を見渡していると、不意に背後からタックルを食らった。


 危なく倒れる程の衝撃から立ち直り後ろを見ると、とてもよく見慣れた、それでいて久しぶりに見る顔があった。




「久しぶりだな聖羅。元気だったか?」


「うん、元気。何でいるの?」


「父さんがいきなり貴族にされてな。貴族の子供は必ずこの学園に入学しないといけないんだとさ」


「ふーん。そっか。そっかそっか」




 どうやら、カッコよく別れを告げたのにノコノコとこうして会ってしまった事をイジるつもりはないらしい。


 でも、その腰の入ったタックルはやめなさいよ?




「風雅はどうした?一緒じゃないのか?」


「知らない」


「護衛って話じゃ?」


「あいつの護衛なんていらない。素の状態だと私と風雅は同格くらいだけど、この木刀があれば、風雅より私の方が断然強い」




 聖羅の背中には、俺が渡した木刀が背負われていた。


 聖羅が手を回すと、どういう仕掛けになっているのかわからないけど、その木刀がスッと手に収まって前に出てくる。


 なにこれカッコいい……。


 でもお前、狩猟王相手に素手でいい勝負できるくらい強いのか?


 すげぇな聖女。


 言われてみれば、村でもたまに風雅にマウントポジションとって顔面殴ってたな……。




「それでも、あんまり1人で行動するな。聖女って事を抜かしても、お前は可愛いから狙われやすいんだぞ?」


「大試が守ってくれればいい」


「いや、俺は教会の護衛じゃないから無理だろ……」




 そう言う理屈で、俺は教会側から護衛として認められなかったんだ。


 別に俺が護衛になりたかったわけじゃないけど、その理屈で行われた聖羅のゴリ押しが通らなかったんだから、そう言う事だろう。


 モブですらないらしい俺が、主人公パーティになんてついていけるもんかよ。




 まあ、主人公らしい風雅も、聖羅についていけてないようなんだけど……。


 主人公がメインヒロインと協力できなかったら、この世界どうなんの……?




「聖女様、そろそろ最前列へ……」




 タックルしたまま離さない聖羅を引きはがそうとしていると、ローブみたいなのを着込んだ女性が話しかけて来た。


 恐らく、教会側から配置された聖羅の従者かなにかだろう。




「私は、ここでいい」


「そうはもうされましても……」




 もっとも、このじゃじゃ馬の手綱は握れていないようだ。


 そうだろうそうだろう?


 こいつに言う事聞かせるのは大変だろう?


 わかるよ。


 俺も大して言う事聞いてもらえないから……。




「聖羅、我儘言ってないでさっさと前いけ。てか、放せ」


「大試と一緒が良かったのに」


「同じ学校なんだから、これからいくらでも会えるだろ?そこの人困らせてないで、早く最前列行け。リンゼたちもいたぞ?」


「……しかたない、また後でね」




 そう言って、聖羅は前の方に行った。


 従者っぽい女性が涙ながらに礼を言っていた。


 頑張れ!




 聖羅を目で追っていると、教会から同じ場所に立つよう指示されているのか、風雅が隣に立っていた。


 あちらも俺を見つけたようで、すごい目で睨みつけてくる。


 ほんと、なんで俺はあいつからこんなにも嫌われているんだろう?


 少なくとも、俺はマウントポジションを取って顔面をボコボコに殴るような真似はしていない筈だけど……。


 久しぶりに会った俺の幼馴染兼主人公は、都会に来て牛の尿ヘアを辞めて、ちゃんとした金髪に染めたらしい。


 ヤンキーっぽさが上がっている。




 睨まれる以上の事は特になく、そのまま入学式が開始された。






 学園長の長い眠くなる挨拶を乗り越え、王族である有栖と、その兄という第3王子がそれぞれ演説していた。


 よく寝ずに最後まで聞けたもんだと自分で自分を褒めてあげたい。


 自己肯定感を稼ぐチャンスだ。




 入学式自体は、始まってから1時間で終わってくれた。


 この後は、それぞれ指定の教室に分かれてから午前中いっぱい筆記試験らしい。


 最前列に行かされていたメンバーは、他の生徒とは別にひとつの教室にまとめられているそうで、ここでお別れだ。


 有栖たちに謝られたけど、目立たずに済みそうで俺としてはラッキーだと思っている。


 むしろ、人前で王女や聖女が謎の男に謝るという行為の方が俺にとって辛い……。


 可能な限り気配を消して、素早く離れた。




 俺が指定されているのは、1年10組の教室らしい。


 事前に渡されたプリントによると、指定されているのは教室だけで、席は自由なようだ。


 早速中に入ると、教室の中は何故かどんよりとした雰囲気になっている。


 いったいどうした?




「なんだよ、また平民か?」




 前の方に座っていた男子が、随分と嫌そうな顔でそう声をかけて来た。


 嫌なら見るな。




「……おい、俺の事を無視するとはいい度胸だな?」




 面倒そうな奴なので無視していたら、面倒な反応をされてしまう。


 なんやこいつ……斬り伏せてやろうか……。




 この教室の中の雰囲気から察するに、どんよりしているのは、このめんどくさそうな奴が色々やらかしたんだろう。


 入学式が終わってから今までの短い時間で、よくここまで周りから嫌がられる存在になれるもんだな?




「ちょっと待て、貴様!その襟の所を見せろ!」




 パーフェクトスルーをしてたいんだけど、何故か俺の襟が気になるらしい彼。


 覗き込んできたと思ったら、いきなり襟首を掴まれた。




「貴様!それは王家の紋章だぞ!貴様のような下賤な者が勝手につけていい物ではない!」




 そういえば、有栖が何か入れるようにおばさん店員さんに伝えていたけど、これって王家の紋章だったのか。


 ……なんでそんなもんを?




 いや、それはまあいいか。


 それよりコイツだ。


 入学早々何してくれてんだコイツ?


 流石にここまでされたら、反撃してもいいよな?




 俺は、木刀を具現化して、死なない程度にこの嫌な奴の股間を叩いた。


 短い悲鳴を上げて、その場に蹲る彼。


 周りの生徒たちは、誰一人助けようとはしない。


 悲しい……。




「試験がんばろうな!」


「うん!」「はい!」「ええ!」




 スッキリした顔で、同じクラスの皆と挨拶を終えて席に座った俺。


 蹲った彼は、その後監督役の先生が来るまで動かなかった。




 筆記試験は、全く勉強していなかった割りにそこまで問題は無かった。


 国語も数学も、前世と大差なかったし、外国語は英語と何故かポルトガル語から選ぶことになっていたけれど、英語を選んでとりあえず無難な点数は取れた。


 ただ、歴史と物理はダメダメだ。


 当然かもしれないけど、歴史は全くわからない。


 物理は、魔力という物が存在するせいで俺にとってはちんぷんかんぷん。


 何とか、午後からの試験で挽回しないと!


 まあ、不合格というのは無いそうだから、別に点数低いなら低いでいいんだけど……。




 ビックリしたんだけど、この世界のテストは、終わってすぐ採点も終わるらしい。


 終了時間になってすぐ答案用紙に点数がひとりでに書き込まれ、その採点が終わった用紙を集める形だ。


 採点作業が必要無いのは、先生たちには嬉しいだろうなぁ……。






 午前中の試験が終わった後、それぞれの席に提供されたお弁当を食べてから、午後の試験に挑む。




 先に言っておくと、挽回するために全力を出してしまって怒られた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る