第6話

 思えば、最初から違和感があった。


 俺がイメージしていた剣と魔法の世界といえば、西洋風の世界でドラゴンが火を噴き、剣を持った少年と魔法使いの少女、もしくは回復魔法が使えるなんか白っぽい服装の少女が連れ立って、そこに幼馴染のチャラ目の男友達や、エルフの女の子が集まって世界を救う奴だ。




 にも拘らず、俺の名前が前世と同じ漢字だった。


 おっかしいなぁ……世界観間違ってねぇ……?


 とは思ったけど、父親は魔力を剣に纏わせて魔物を切り刻んていたし、母親は魔法使いっぽい格好で魔法をバンバン使っていたから、俺は東方の民的な特殊な立ち位置の人間なんだと脳内補完していた。


 でも、俺の住んでいたのが日本だったなら、俺が気にしていた事は何の疑問も無くなってしまうわけで……。




「ファンタジー……俺のファンタジーが……」


「大試、どうしたんだ?」




 一緒に船に乗ってきた父親が心配そうにしている。


 だけど、それどころでは無い。


 だって今、天を貫くコンクリートの建物の間から、遠くの方に新幹線が走ってるの見えたもん!


 俺たちが乗ってきた船だって、改めて見ると帆がついてるだけで後ろにスクリューついてるし!




「フェアリーファンタジー……いったいどんなゲームだったんだ……?」


「来たわね大試!」




 俺のブルーな雰囲気をぶち壊すような声に振り返ると、どこかで見たことがあるような美少女がいた。




「誰です?俺の知り合い?」


「は?なんで忘れてるのよ!リンゼよ!リンゼ・ガーネット!」


「あー……どこのお嬢様かと思ったら、俺の仇か……」


「イヤな思い出し方しないでくれる!?」




 俺のサポートを言い渡されたらしいのに、結局1回しか会いに来なかった元女神様だった。


 聞きたい事がいっぱいあるんだ俺!




「なあリンゼ、なんで普通に東京が存在してんだ?ここ、剣と魔法の世界だよな?」


「はぁ?剣も魔法もあるじゃない!フェアリーファンタジーってこういう世界観のゲームよ!」


「そうなのか……。これが売れたのか……」


「大ヒットよ!当たり前じゃない!」




 そうか……やっぱり俺のファンタジー知識が足りなかっただけか……。


 世間では、俺が思っているよりも現実的な方に理想が寄ってたんだな……。


 言われてみれば、フェアリーファンタジーのテレビCMで出てきた奴らもやけに現代的な服装だった気がする……。




「ところで、リンゼは何しにここへ?」


「何しにって……、陛下に頼まれてアンタたちを迎えに来てあげたのよ!特にアンタは、王都東京は初めてでしょ?だったら少しでも知ってる相手が居た方がいいんじゃないかって!」


「へぇ……。ガーネット家のお嬢様は、ずいぶん働きもんだなぁ……」


「王子様の婚約者だもの!外国からの要人の出迎え練習と考えたら当然の役割ね!」




 外国からの要人を胸の前で腕組んで迎える奴は早々いないと思うけどな。




「本当は、有栖が来たがってたのよ。でも、流石にお姫様に行かせるのは不味いだろうって周りが必死に説得して、有栖も私が代わりに行くならって事で納得してもらったの」


「そっか。今でも仲良くしてるんだな」


「もちろんよ!私の1番の友達なんだから!」


「2番目っているのか?」


「アンタよ?」


「……そうか」




 茶化そうかと思ったけど、ちょっとだけ嬉しい。


 でも、10年前に1回しか会ってない俺が2番目の友達ってどうなんだ?




 その後、俺を村まで迎えに来た騎士から案内を引き継いだリンゼに引き連れられて、王都東京とやらを案内される。


 うん、どこまで行っても前世の東京だ。


 強いて言うなら、たまに鎧着た人がいるくらいで、後は普通に現代の街並み。


 電線もあるし、車も走ってる。


 あ、でも車にはマフラーが無いとか?……いやあるわ。


 謎科学カーとかではないらしい


 リンゼが色々と説明してくれてるけど、頭に入ってこない。




「父さん……」


「どうした?具合でも悪いのか?」


「いや……なんか俺の育った村と随分違うなってショック受けてて……」


「そりゃそうだろ!あの辺りは強い魔獣だらけで、父さんと母さんが行くまで立ち入り禁止区域だったんだぜ?文明なんて殆どねーよ。自動車持ち込んだところで、走れる道路すら無かったしな!今だって魔獣馬で武装した馬車でもないと危険だから、トラックすら持ち込めないしよ。俺たちだって死なす目的で送り込まれたんだしな!まあ、殺しに来た奴らは全部殺し返してやったんだけどな!」


「そっか……」




 改めて、自分の家族のストロングスタイルさにビビる。


 俺、よく第2の人生ここまでこれたな……。




「でも、あの辺りでもたまに文明持った奴らに出会う事もあるけどな」


「へー、あんな森だらけの場所に誰が住んでんの?」


「妖精族っていう、妖精との親和性が高かったり、妖精の血が混ざってたりするって言われてる奴らでな、わかりやすいのだと耳の尖ったエルフとか、体が小さくてムッキムキのドワーフなんかがいるな!」


「フェアリーってここで出くんのか。ノリでつけた名前かと思ってたわ」


「何か言ったか?」


「いや別に」




 フェアリー要素が全くないわけではないらしい。


 そういえば、北海道だったらアイヌ民族とかもいるのだろうか?


 アイヌの伝承って、結構「実は俺ってば神だったんだぜ?」みたいなぶっ飛んだの多くて面白いんだよな。


 その場合、大抵戦う相手は悪の倭人なんだけども……。




「どうだった?東京について学べた?」


「ごめん、途中からあんまり頭に入ってなかった。また今度頼む」


「何なのよアンタ!?」




 リンゼに案内されていたのを忘れていた。




 その後、リンゼが用意しておいてくれたリムジンに乗せられた。


 乗り心地は、普通に高級な自動車。


 特にファンタジー要素は無さそうだ……。




「まさか、ファンタジー世界で自動車に乗せられるとは思わなかったわ……」


「でもこの自動車って魔石で動いてるのよ?魔石で水沸かしてるの」


「マジで!?すげええ!」


「東京に来てから一番食いついてるじゃない……?」


「そんなこと無いぞ。さっきお土産屋でこの星型サングラス買った時も中々だったぞ?」


「何てもん買ってんのよ!?」


「店から出た瞬間後悔した」


「バカじゃないの……?」




 お上りさんだもん俺。


 東京に圧倒されてんの。




「ところで、俺たちは今どこに連れて行かれてるんだ?」


「陛下の所よ。最優先で叙爵をするんですって。本来であれば、来てすぐ陛下と面会できるなんて事無いんだけれど、アンタの入学式が明日だから大急ぎしてくれたらしいわ」


「……なぁ、やっぱ学校行かなきゃダメ?」


「当たり前でしょ!アンタ、この世界では義務教育すら受けてないのよ?大人になってからどうするつもりよ?」


「この世界、義務教育あるんだ……」




 始まりの村設計したやつ出て来い。


 世界観間違ってんぞ。








「おう!よく来たな帯秀!それに大試!」


「まったく、お前はいつもいきなりすぎるんだよ!」


「ご無沙汰しております、陛下」




 国王陛下とフレンドリーに挨拶する父に戦々恐々としながらも、できるだけの敬語で対応する俺。


 周りには、ピシッとした格好の恐らく貴族らしい人たちがずらっと並ぶ。


 てっきり、なにか賞状的な紙を渡されて終わりかと思ってたら、かなり大掛かりな式典らしい……。




 国王陛下は、10年前に会った時と変わらず、デカくてムッキムキだった。


 クマを素手で殺せそうな迫力を感じる。




 そういえば、ここが日本だと知って初めて疑問に思ったんだけど、天皇陛下ではなく王なんだな?


 まずい……この国の歴史が一個もわかんねぇ……。




 メガネのおっさんが出て来て、何か難しい言葉をツラツラと並べて、俺の父親が貴族になる説明を30分ほどしてくれた。


 この国の貴族は、領地という物を持っていないんだとか。


 じゃあ何してんだ?って思ったら、地方にいる貴族は代官のような役割をしていて、前世の日本に当てはめるなら、地方公共団体みたいなものなんだとか。


 魔獣の処理も担当させられるそうだが、これはヒグマ被害が出た時に猟友会のハンターに依頼するような部分を、貴族がそのまま担当するって事だろう。




 地方ではなく、王都にいる貴族は、国家の運営に携わったり、武力としての活躍が期待されているそうな。


 つまり、こっちは国家公務員って事かね?


 説明を聞いた限りだと、地方だろうと王都詰めだろうと爵位以外の差は無さそうだけど、前世の地方公共団体と国みたいに、縄張り争いとか担当の割り振りとか面倒なんだろうなぁ……。




 この説明の間、俺と父親は衆人環視の中で直立不動。


 変なポーズ取らされるよりはマシだけど、厳しかった……。




「これで叙爵式は終わりだ!さて、大試は明日、王立魔法学園の入学式があるのは知っているな?」


「存じておりますが、何の準備もできておりません。魔法学校ってどんな所かすらまったく……」


「そうか!では、後で説明の者を向かわせよう!あいつも楽しみにしていたようだしな!」


「?はぁ、ありがとうございます?」




 王立魔法学園……、聖羅たちもいるはずだけど、あれだけカッコつけて別れた後にここで出会ってしまったら何言われるだろうか……。




 てか、俺この段階まで毛皮と革製の服で固めた、カジュアルな蛮族スタイルでやって来てるんだけど、貴族たちどころか、一般人の間でもかなり浮いてない?


 早く服買って着替えたいな……。




 この世界の通貨は、ギフトカードに登録されているギフトマネーという物が基準になっていて、女神様の保証の元に価値が維持されているらしい。


 そのため、俺にも多少ではあるけれど自由になるお金はある。


 今まで使う事は無かったけれど、木の伐採等のアルバイト代としていくらか貰っていた。


 ……この世界で買ったのは、例の星型サングラスだったわけだが……。


 いやぁ、初めてのギフトマネー払いは緊張したよ……。




 今日は、王城の1室に宿泊させてもらえるらしい。


 当然だけど、父親が貴族になったとはいえ、王都に別荘みたいなものがあるわけでもないので、ホテルの心配をせずに済んだのはありがたい。


 奇麗なメイドさんに案内されて部屋に通されると、豪華であるにも関わらず、落ち着くデザインの部屋だった。


 しかも、俺と父さんは別々の部屋になるらしい。


 至れり尽くせりだ。




「後で明日の説明をする方がいらっしゃるそうです。それ以外で、何か質問はございますか?」


「では一つ、俺のこの服装って王都だとどうなんですかね?」


「素晴らしいと思いますよ?ハロウィンにピッタリです」


「……お姉さんなら、ハロウィンに何着て行くんです?」


「何着てほしいですか?血だらけのナース服なんてお勧めですが」


「いいですね!その時は是非!」




 美人なメイドさんと仲良くなった。


 美鈴麗子みすずれいこさんというらしい。


 良い人だったなぁ……。




 うん、服買おう。


 すぐ着替えよう。


 BANZOKUスタイルは卒業しなければ。


 今の俺を一言で表すならバルバロイ。


 これじゃダメだ。


 文明に被れよう。




 どうやって服を買いに行けばいいのか考えていると、部屋の扉をノックされた。


 さっき王様が言っていた説明担当の人だろう。


 すぐに入ってもらう事にした。




「大試、久しぶりですね!」


「……もしかして、有栖か?大きくなったな!お互い様かもだけど!」


「はい!よしなに!」




 身長は、俺より少しだけ低いけれど、手足はスラっと長くて、胸はものっそい大きくなり、だからと言って全く太ってはいない芸術的な美少女へと成長した有栖がそこにいた。


 相変わらず白いけど、エクスカリバーは問題なく作動しているらしい。


 よかったよかった。




「お姫様がこんな所にわざわざどうした?」


「大試に明日の入学式の説明をする担当を任されたのです。それに、以前約束したではないですか?いつか城まで来てくれたら、あの時の恩を返すと」




 そういえば、そんなことも言ってたな。


 会いに来いって意味だと思ってたから、恩がどうこうは忘れていた。




「説明かー。実の所さ、俺、全く何も知らないままここ来てるんだよな。できるだけ細かく教えてほしい。まずは、義務教育を受けてすらいない俺が学校でやって行けるのかとか……」


「わかりました!」




 有栖によると、俺が明日から通う王立魔法学園は、全寮制で貴族や裕福な平民家庭の子供が通う場所で、貴族の子供は全員強制的に入学させられるらしい。


 明日は入学式だけど、それと同時に入学試験も行われる。


 ただ、この試験は合否を判定するものではなく、どのクラスに入れるかを決める物らしく、成績が悪くても不合格にされる事は無いんだとか。


 初日に必要なのは、鞄と筆記用具、そして制服だ。




「制服、無いんだけど?」


「でしょうね。ですが心配ありません!既に王都で一番の店を抑えています!明日の朝までには準備して、この部屋まで届けてくれますよ!」




 姫ムーブがすごい。


 オーダーメイドして部屋に届けて貰うなんて、前世でもやってもらったこと無いわ。


 この世界では、服を買ったことすらないからな。




「あ!制服もそうだけどさ、私服もこの毛皮以外何にもないんだよ。後で買える場所教えてもらえるか?」


「それなら、私が案内しますね。一度、ショッピングデートという物がしたかったのです!」


「いや、場所を教えてもらえるだけでいいんだけど……。お姫様が出てきたら大事にならんか?」


「いいえ!こんな理由でもないと自由に出歩くことなんてできませんから、何が何でも一緒に行きます!」




 有栖に押し切られて、噂の王都一番の服屋でオーダーメイドしてもらった後に、その他の服や私物の買い物に出ることになってしまった。




 真っ白い美少女が剣を抱えてウキウキと町中を歩くのは、流石の王都東京でも珍しい事らしく、かなり目立っているけれど、本人は気にならないらしい。


 周りに護衛はいないけれど、さっきから建物の上とか路地裏の辺りに、一瞬だけ人影が見えるのが気になる。


 NINJYAか……?NINJYAなのか……!?




 王都一という服屋は、10分もしないうちに用事が済んでしまった。


 ニコニコしたぽわわんっとしたおばちゃんに対応してもらったんだけど、サイズを計り始めた瞬間に手がブレて見える程の素早さで作業を行って、5分もしないうちに体中のありとあらゆるサイズを計られてしまった。


 それだけではなく、校則の範囲内で制服をカスタマイズできるらしく、色々と確認された。


 と言っても、俺にその辺りの機微は無いため、殆どがベーシックな物になってしまったけど。


 有栖からの提案で、襟の所に見たことがないマークを入れるように言われたので、そのようにしてもらった。


 おばちゃん店主が初めてニコニコを崩して驚いてたけど、あのマークはなんなのか?


 怖いので、俺は考えるのを辞めた。






「さぁ!ショッピングしますよ!」


「行き先は任せる。俺は、全く知らん。」


「私も知りませんが、スマホで調べれば大丈夫でしょう!」




 スマホあるのかこの世界。


 ファンタジー……。




 その後、有栖に色々な所を引っ張りまわされた。


 今話題のカフェだの、町中にある水族館だの、最近できたばかりのぬいぐるみ屋だの……。


 今日付き合ってくれたお礼に、小さめのクマのぬいぐるみを買ってあげたら、凄く喜んで抱きしめている。




「ありがとうございます!大切にします!」


「喜んでもらえてよかった。こっちとしても贈った甲斐がある。たださ……」




「服買ってねぇんだよな?」


「……あ!」




 時刻がそこそこ遅くなってしまったため、文房具は明日学校の売店で買う事にして、服だけ30分ほどで全部揃えた。


 俺は、この世界の流行とか全くわからなかったから、全て有栖セレクションだったけど、思ったよりカッコいい系が多かったのが気になる。


 前世の俺なら絶対着ないデザインに戦々恐々としながらも、ニコニコしながら選んでくれた有栖の手前今さら着たくないとも言えないので、結局そのまま俺は有栖色に染められることになった。




 本当は、ジーパンにパーカーとかでよかったんだけどなぁ……。




「またいつか、一緒にショッピング行きましょうね!」


「そうだな……。行きたい所考えておいてくれ」


「よしなに!」




 まあ、いっか。




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