ララ・ライフ
藤泉都理
ララ・ライフ
『ララ』はハワイ語で『太陽』を意味する、らしい。
これなんて読むの。
初対面の人に尋ねられる。
そう、私の名前を読める人は今まで一人も居なかった。
歌愛と書いて、らら。
私の名前は、ららという。
私の名付けに苦戦していた時に、ハワイの特集のテレビ番組を見ていた母が『ララ』はハワイ語で『太陽』を意味するとの情報を得た時に、これしかないとその他の家族親戚一同の意見を跳ね除けて決めたらしい。
太陽のように、みんなを照らす存在でありなさい。
母がそう思って名付けたのかどうかはわからない。
母は他に好きな人ができたからと、父と離婚してから一度も会ったことがないばかりか、連絡を取ったことすらないのだから。
梅の効果。
消化と胃腸の健康。
血の健康。
抗酸化。
疲労回復。
骨の健康。
ストレス緩和。
抗菌作用。
「流石は桔梗の方です。花言葉の通り、変わらぬ愛で、清楚に誠実に、気品溢れる姿で歌を奏でながら摘んでくださるおかげで、指定された範囲の青梅だけではなく、うちのすべての青梅の効果が倍以上になり、国民はみな、病知らずになり申した。感謝してもしきれません」
「いいえ。私の力なんて微々たるもの。すべて皆様の力ですよ」
にこり。
聖女は、いや、私は梅農家の方たちに微笑んだ。
ぴくぴくぴく。
普段使わない筋肉が小さく痙攣しているのがわかる。
一年経っているのに、まだこの笑顔は慣れない。
(ああもう。やっぱり私は聖女なんて、柄じゃないのよね)
「ほらほら。聖女の収穫を邪魔すんじゃないよ」
「ああ。これは失礼しました。大聖女様。聖女様。我々も仕事に戻りますので」
「ああ。そうしな」
深くお辞儀をする梅農家の方たちに、私もまた深くお辞儀をした。
大聖女は手を乱雑に振った。
一年前。
異世界の桔梗の花畑に転移されてからこっち、桔梗の方との二つ名を与えられた私は休息を与えられる暇もなく、聖女として、野菜や果物の収穫の手伝いをしていた。
それはもう、ビシバシと、とても厳しく。大聖女の指導の下、たった一週間で、収穫の際に奏でる歌を身体に叩き込まれては、野に放たれたのだ。
初めて収穫したのは、この梅農家の青梅だった。
「桔梗の方。変わらぬ愛で、清楚に誠実に、気品溢れる姿を保ちつつも、もっと手際よく動きませんといけませんよ。このままでは指定された範囲の収穫は終わりませんよ」
聖女は大聖女を微笑んだまま見つめた。
「ええ。わかっていますわ。大聖女様」
「とは言っても、休憩も大事ですから。どうぞ。これでも食べて、少し身体を休めていてください」
「ありがとうございます」
「では、私も手伝いに戻ります」
「大聖女様も休憩なさってはいかがですか?」
「私は存分に休憩を取りましたから」
ぺこり。
小さくお辞儀をした大聖女は、指定された区画での青梅の収穫を再開し始めた。
私はおむすびを持ったまま、大聖女の背中を見つめた。
(………お母さん、なの?)
『へえ。あんた。
初めて大聖女と会った時、私はそう言われた。
それからすぐに、歌の地獄の特訓が始まって、尋ねる暇がまったくなかった。
あなたは、私の母ですか。と。
いや、尋ねる暇がないなんて、言い訳だ。
ただ、勇気がなかったのだ。
幼い頃に別れたきりだった。
父と二人の姉兄と私の五人の生活が悪くなかったおかげで、母を恋しく思う日なんてなかった。
もうすっかり、母の声も顔も姿も何もかも忘れていた。
のに。
大聖女に会った瞬間。目にした瞬間。
枯れて塵芥となって風に飛ばされて消えていたはずの種が一気に芽吹いた。
一気に身体中に花を咲かせた。
母だ。この人は母だと、たくさんの花がそっと教えてくる。
(………でも、私の勘違いだよね。まさか、母娘そろって、異世界に転移されるなんて。うん。あ~あ。やっぱり、お母さんを恋しく思ってたのかあ。帰ったら、お父さんに訊いてみるかあ。ま。帰れたらの話だけど)
「ラ~ラ~、ララ、ライフ~。ラ~ラ~、ララ、ライフ~」
素晴らしい歌声だ。
力がみなぎる。
癒される。
寿命が延びるわい。
梅農家の方たちが酔いしれながら言う中で、大聖女は当然だと心中で呟きながら、聖女の歌声に耳を傾けるのであった。
(ふふ、もう私がいなくても、この異世界でも、)
(2024.6.17)
ララ・ライフ 藤泉都理 @fujitori
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