第9話 学園編(5)オシャレの誕生

 それから1週間が経ち、今日も俺の部屋でいつもの集会を行う日になった。


 俺はいつも通りにお茶の準備をする。


 しばらくしてデバイスを通じてティアとシーナ、そしてミリカの3人が入室許可を求めてきた。どうやら今日の一番乗りはこの3人のようだ。


「よう、いらっしゃい」

 と俺が部屋に招き入れると、3人は一緒に担いでいた大きな袋をよっこらせっという感じで部屋に運び入れた。まるでサンタクロースの担ぐ袋のような大きな袋で、おそらくミリカが作った衣服の試作品が詰まっているのだろう。

 ずいぶんと重そうな袋は、俺の部屋の床にドサっと音を立てて置かれ、3人は「ふーっ」と息を吐いて汗を拭った。


「ねぇショーエン!お水をちょーだい」

 とティアがローブの胸元をパタパタとあおぎながらキッチンに入ってきて、自分のデバイスで飲料水をコップに入れだした。

 シーナとミリカも汗をかいているが、二人はいつもの席に座って、俺が煎れるお茶を待っているようだ。


「何だ、キャリートレーに乗せて持ってきたんじゃないのか?」

 と俺が聞くと、

「なんだか最近、ショーエンがすごく体を鍛えてるっぽいから、私も最近は動く歩道もキャリートレーも使わない生活をしているのよ」

 と、どうやらティアはみずからトレーニングを始めたらしい。


「でも、よく俺が身体を鍛えている事が分かったな。まだ言って無かったと思ったが」


「何言ってるのよ。週の半ばに渡り廊下を歩いてたら、窓からショーエンが2階の窓まで飛び上がってるのが見えたのよ」

 とティアはため息交じりで首を振り、「人間の身体能力とは思えない跳躍力だったから、私ちょっとショーエンの事が怖くなっちゃったんだからね」


「そうだったのか、そりゃ悪かったな」

 と俺は、今度からはもう少し目立たないところで実験しようと思った。


 ほどなくしてライドとメルスもやってきて、数分遅れてイクスがやってきた。


 ライドとメルスはいつもの席に座り、イクスはいつも通りキッチンのカウンターに食材を並べていった。


 カウンターには、小麦粉を練った塊と豚肉の塊、玉ねぎやレタスのような野菜が並び、あとは白い液体が入った瓶が並べられた。


「イクス、この瓶の白いのは何だ?」


「はい、これは豆から絞った液体です。母乳が無くてもミルクの代わりになる飲み物が作れないかと実験してたのですが、今日はこれを皆さんにお試し頂こうと思っています」


 ほほう、豆を絞ったとな?


 俺は瓶の蓋を開けて香りを嗅いでみた。


「ふむ、やっぱこれは豆乳だよな」

 と俺はイクスを見て「豆って、こんな豆か?」

 とデバイスを通じて大豆のスケッチを見せた。

 イクスは、驚いたような顔をして、

「ええ、その通りです。本当にショーエンさんは何でも知っているのですね」

 と、毎回驚いているイクスだが、俺も劣らず驚いているのだ。


「いやいや、俺がいつか作ってもらおうと思ってるものを、俺が言う前に次々と作ってるお前の方が凄いと思うぜ」


「ショーエンさんが思いもよらないメニューを作れる様に、これからもっと研究を進めますよ」


「おう、期待してるぜ」

 と俺はイクスの肩を叩いてからお茶の準備をしながら、「ほんと、それこそ俺が求めているものだよな」と心の中で呟いていた。


 今日のメニューのレシピは、塩で煮た豚の角煮を小麦粉を蒸して作った生地に野菜と一緒に挟んで食べる「中華風バーガー」にしてイクスのデバイスに送った。


 ほんと、イクスの研究が大豆の加工に至っているのはありがたい。

 大豆から作れるものは多いからな。

 とくに醤油しょうゆへの渇望かつぼうが日々増してくるのが自分でも分かるんだよな。


 醤油が作れるなら、同時に味噌だって作れる。

 醤油と味噌が出来れば、調味料の「さしすせそ」の内「酢」を除く全てが揃う。

 調味料の8割が揃ったも同然な訳だ。

 それに、イクスなら酢だって近いうちに作れるだろう。

 酢があれば、マヨネーズが作れるし、他にもいろいろ幅が広がる。

 っていうか、美味しいものの事を考えるのって、楽し過ぎてキリが無いぜ。


「よし、じゃあ今日はミリカの成果発表だな」

 と言いながら俺も席に着き、ティアが皆の前にお茶を用意するのを待った。


 ミリカは既にデバイスでモニターへの情報入力を済ませたようで、持参した大きな袋から、次々と衣服らしきものを取り出して、部屋の壁に掛けて並べていた。


 見たところ、生地は全て染色してあり、黄色や赤、青や緑といった、ビビッドな色使いのものばかりだった。

 形状はいつも着ているフード付きのローブと大差は無い様に見えるが、全ての衣服のウエストあたりに紐が付いていて、恐らく腰部分を結んで腰のくびれを演出するのだろう。


「準備はできたか?」

 と俺が訊くと、ミリカは頷いてモニターにいくつかの花の画像を表示した。


「まずは、衣服への染色についての成果を発表します」


 ミリカの話はこうだ。


 普段着ているローブは、防水加工されていて染色が出来ない為、歴史書を紐解いて、綿花から糸を紡いで生地を作る事にしたらしい。

 そしてそれらの糸の太さを色々変えて生地を作る事で、肌触りの良い薄い生地から、防風にも役立ちそうな分厚い生地までが出来上がったと。

 そして、綿はよく水を吸うので、花の色素を抽出して作った染料で生地に色を付けてゆき、染色をしてから防水加工の薬剤に浸けて、色々なカラーの生地を完成させたとの事だ。

 形状については、以前俺が食堂でウエストを絞って見せたのを参考にしただけで、それ以外にデザインされた部分は無さそうだ。


「それで・・・」

 とミリカは俺の顔を見ながら少しモジモジしだした。


 俺は察して、

「ああ、そうだな。せっかく作った試作品だ。誰かに着て見せて欲しいよな」

 と、ぐるりとメンバーを見まわし、「ティア、あの緑のやつはティアに似合いそうだ。試してみないか?」

 と声をかけ、さらにシーナにも、

「シーナ、お前は青いやつを試してくれないか?」

 と訊いてみた。


 ティアは立ち上がり、

「いいけど、人前で着替えたりは出来ないわよ」

 と少し頬を赤らめながら言った。


「ああ、もちろんだ。俺の部屋を着替えに使ってくれ」

 と言うと、ティアは緑のローブを手にして隣の俺の寝室へと入っていった。


「私はショーエンになら見られても問題ないのです。でも他の人には見られたくないのです」

 と言いながら青いローブを手にして「こっちの部屋で着替えてくるのです」

 と重力制御室に入っていった。


 なんだ、ティアと一緒の部屋で着替えればいいのに。

 女同士でも恥ずかしいもんなのかな?


 と俺は考えたが、結婚するまでは他人の前で肌を見せる事など友達同士でさえ無い世界だ。なので、むしろこれが当然なのかな? と思う事にした。


 しばらくして着替えて出てきたティアとシーナの姿を見て、一同は「おおーっ」 と声を上げた。


 いや別に、形状も色も単調なデザインだし、それほど驚く事では無いのだが、この15年間で俺の感性も麻痺していたのか、いつもの白いローブ以外の衣装を着たティアとシーナの姿は、とても新鮮に見えた。


 ティアは薄い茶色の髪を背中まで伸ばしていて、髪の色と衣装の緑色が良いコントラストになっている。

 シーナは元々が薄い青髪なので、ちょっと濃いめの青色の衣装とよくマッチしている。


 皆の反応に照れる様子の二人に、

「ちょっとそのまま立っていてくれよ」

 と俺は声をかけ、壁にかかっていた黄色い服の腰紐と、赤い服の腰紐を抜き取った。

 そしてティアに、

「ちょっと腰紐を解くぞ」

 と言って紐をほどき、

「え?ちょっと・・・」

 と慌てるティアを制止して、代わりに赤い紐を通してティアの前で結んだ。


「うん。この方がメリハリが効いてて俺は好きだな。さあ、みんなにも見てもらえよ」

 とティアをメルス達の方に押しやった。


 次いでシーナの腰紐も同じように解き、代わりに黄色い紐を通してシーナの前で結んだ。

 シーナは俺にされるままにしながら頬を赤らめていたが、

「ショーエンになら、何をされても大丈夫なのです」

 といつもの謎の従順さで応えていた。


「さ、シーナもみんなの前に出てみな」


 言われる通りにシーナも皆の前に立ち、皆の評価を待った。


 ミリカはデバイスに映像を記録しながら

「素晴らしいですショーエンさん! 違う色の紐を通すだけで、こんなにも変わるなんて!」

 と歓喜している様子。


 喜んでもらえたなら何よりだ。


 でも、そろそろ本題に入らなくちゃな。


「よし、ここらでティアとシーナに質問だ」

 俺は壁面に鏡を呼び出し、ティアとシーナが自分の姿を見れる様にした。


 ティアとシーナはいつもと違う自分の姿を見て、

「うわー・・・」

 と、信じられない物を見ているかの様な表情で声を漏らしていた。


「まずは、ティア。今、どんな気分か、出来るだけ詳細に答えてくれ」

 

「どんな気分かって・・・、何ていうか、まるで自分が自分じゃないみたいな気分よ」


「ふむ、まるで自分じゃないみたいというのは、具体的に何みたいだと感じるんだ?」


 ティアはしばらく考え込むように腕を組み、

「そうね・・・、おかしな表現かも知れないけど・・・」

 とこちらを見て少し恥じらっている様子だったが、「そう、まるで、畑の中にできた瓜みたいに見えるわ」

 と言った。


 俺はズッコケそうになった。


「そ、そうか、よし分かった」

 と俺はティアに元の服に着替える様に指示をすると、続いてシーナの顔を見て、「次にシーナ、同じ質問をするぞ」

 と続けた。


 シーナもしばらく考え込んでいたが、

「私の顔がいつもより白く見えるのです」

 と答えた。


「なるほど・・・」

 と俺はシーナにも元の服に着替える様に促してから、腕を組んで少し考え込んだ。


「なぁ、ミリカ。この試作品の服、ちょっと切り貼りしてもいいか?」

 とミリカの方を見た。

「あ・・・それは・・・ 気に入らなかったという事でしょうか・・・」

 と不安にさせてしまったみたいだ。


「あ、いやそうじゃない。染色技術は素晴らしい成果だ。ただ、色のコントラストとかデザインについて少し手を加えたいんだよ」

 

「・・・分かりました。ショーエンさん、学ばせて下さい」

 とミリカは少し考えてからそう答え、俺に裁断道具を手渡した。


 俺は着替えて帰ってきたティアとシーナの衣服を受け取り、それぞれを壁に掛けた。

 そして、壁に掛けてあった他の衣服を次々と切り抜いてゆき、細かい模様やふち取り用の生地などを作っていった。模様の作成などは、切り取った生地を接着剤で貼り付けるようにした。

 作業には少し時間がかかった。

 俺が作業をしている間にイクスが料理を完成させ、テーブルに並べていた。


 俺は一通りの準備を終えると、

「よし、接着剤が固まるまでの間、みんなで夕飯にしよう!」

 と皆を促してテーブルに着いた。


「いただきます!」

 と皆で言って口に運んだ中華バーガーは、塩で味付けしただけの割には美味しく出来ていた。豚肉がジューシーで旨味があったのが良かった様だ。


 ミリカは中華バーガーを食べながら、床に散乱した俺のデザイン工作を見て、

「なんだか、すごく気にる模様が沢山ありますね」

 とつぶやいた。


 「おう、きっといいヒントになるはずだから、後で見せるデザインを楽しみにしててくれよ」

 

 「・・・はい」

 とミリカは一度だけ頷いた。


 皆が不思議そうに俺たちをみていたが、イクスの作った中華バーガーが思いのほか気に入ったようで、

「これ、本当においしいね!」

 とティアは角煮の虜になっているようだった。


 しかし、豆乳の方は賛否が分かれ、ティアとミリカとライドの3人は気に入った様だが、メルスとシーナの口には合わなかったようだ。


「ふうーっ 今日の夕食も旨かった!」

 と、最初に食べ終わった俺は、先ほどの工作の一つを持ち上げて接着剤の具合を確かめた。


 よし、大丈夫そうだ。


 俺はそれらのデザイン工作を、壁に掛けてあった緑のローブと青いローブに取り付けていった。


 前世で読んだ異世界ファンタジー漫画の貴族か王族あたりが着ていそうな装飾を取り付け、胸元には機能性を考えてポケットを取り付けた。機能としてはポケットが付いただけだが、施した装飾で煌(きら)びやかさを演出してみた訳だ。


 更に腰には太目にカットした赤い生地をグルリと巻いて、ウエスト部分を強調し、裾の部分にも襟元と同じデザインの装飾を張り付けた。


「って、感じのデザインを作ってみたんだが、どうだ?」

 と一通り装飾を取り付けた俺がテーブルの方を向くと、メンバー全員がぽかんと口を開けて、二つの衣装に見入っている様だった。


 最初に正気に戻ったのはティアだった。

「ね、ねぇショーエン! これ、もう一度着てみてもいいかしら!」

 とティアが立ち上がって歩み寄って来る。


「いや、この装飾は接着剤でくっつけてるだけだから、着たらすぐに取れちまうぞ」

 と俺が言うと、「ええー・・・」とティアは残念そうな声を出して席に戻った。


「ミリカ、これと同じ感じでまた作る事は可能か?」

 と俺がミリカの方を見ていうと、

「はい、今デバイスでデザインを登録していますので、登録が済めば次回までには再現できると思います!」

 と、ミリカは闘志を燃やしている様子だ。


「やっぱり、ショーエンはすごいのです!」

 とシーナは、まるで奇跡を目にした信者の様な顔で俺を見ていた。


 そして、俺も今回の事で確信できた事がある。


 この世界の人々は、ファッションの概念が無かったとはいえ、オシャレをしたいという本能を持ち合わせているという事だ。


 ただ、これまでは感情高ぶらせるものが周囲に無く、誰も自分で認識できていなかっただけなのだ。


 俺は、ミリカに一通りのデザインに関するアドバイスを行った。


 上下が分かれた衣服、下着という概念、ズボンという概念、そして装飾にはフリル等の方法もあるという事などなど。

 俺もデザインについて詳しい訳ではないのだが、前世で読んだ本の中には「ピグマリオン効果」について記述されたものがあり、色々調べた事があったのだ。


 そもそもピグマリオン効果とは、他者からの期待を受ける事によって当人がいつも以上の成果を上げる事ができたという研究結果からきたもので、これは逆に他者から「お前はできない奴だ」と言われ続けると、本当に失敗が多くなるという事でもあり、これは実験によって証明されている。


 前世の地球では様々な差別があったが、差別を受け続けた側は、実際に能力が低下し、卑屈で無気力になってゆくという傾向にあった。

 逆に「君は選ばれた精鋭なんだよ」と言い続けると、当人はものすごく勉強するようになり、実際に様々な能力を開花させたという事も検証によって証明されていた。


 それには衣装も大きな役割を果たしており、パリっとした軍服を着せた者のグループと、だらしない恰好をさせたグループで、交互に同じ試験をさせると、パリっとした軍服を着たグループの方が良い成績を収めたという実験結果もあるのだ。


 つまり、衣装はそれを着ているだけでピグマリオン効果を得られる可能性を秘めていて、着ている人を他人がどのように認識するかにまで影響を及ぼす強力なアイテムなのだ。


 俺はそれらの知識を簡潔にまとめ、一通りの講義を終えて、今日の集会を終える事にした。


「よし、じゃあ今日はこれで解散だ。来週はミリカの成果発表の続きと、シーナの成果発表を楽しみにしてるぜ」


「はい!」

 とみんなは元気よく返事をし、部屋を片付けてから各自の部屋へと帰って行った。


△△△△△△△△△△△△


 部屋で一人になった俺は、シャワーを浴びてから自分でお茶を入れてくつろいでいた。


 デバイスで今後のスケジュールを確認すると、惑星開拓団候補生の定期試験が来月に迫っているようだ。


 定期試験は年に2度行われるらしい。


 この試験の成績次第で、またクラス編成が変わるらしいから、次の試験も頑張らねばならんな。


 今のAクラスのメンバーのうち、安定して学力を維持しているのは俺とティアとシーナとライドの4人だ。

 メルスは得意分野と不得手な分野で成績にバラつきがあるが、今のところ何とか学力は維持している。


 しかし、イクスとミリカは徐々に学力が落ちている気がしていて、少し心配ではある。試験の成績によってはBクラスに落ちる可能性が否めない状態だ。


「再来週あたり、集中的に試験勉強でもしてやった方がいいのかなぁ・・・」


 俺はそんな独り言をつぶやきながら、惑星開拓団の活動について思いをせた。


「神になるってか・・・」


 そう、ここ最近いつも考えている事だ。


 この学園での生活には慣れたが、俺たちのクラス以外の連中との交流は今のところ全然無い。

 シリア教官の話だと、2年生からはクラス合同授業なども出てくるらしいので、その時には他のクラスとの交流も生まれるだろう。


 しかし、Aクラスはこうして週末に集まったりできるのだが、Bクラス以下は週末も課題が出ていて、あまり自由に課外活動を行えないらしいのだ。


 毎朝食堂で見る他のクラスの生徒たちは、プレデス星で見た時と同じ様に、ただただ無機質で淡泊な交流しかしていないように見えた。


 俺たちが食堂で会話している姿を見て、羨望の眼差しを向ける生徒は多いが、誰も俺たちに話しかけて来ようとはしなかった。


 自由が認められているはずの上級生のAクラス連中も彼らと同じで、どうにもコミュニケーションを避けている感じがする。


 もしかしたらデバイス同士で会話をしているのかも知れないが、それは俺には判別できない。


 でもまぁいいさ。


 他の連中が何を考えているかは知らないが、俺は俺が生きたい世界を作る為に必要な事をする。


 ただそれだけだ。


 俺はお茶を飲み干すと、カップを洗って寝室に入った。


 ベッドに横になると、いつも通りに睡眠誘導機能が起動する。


 俺は睡魔に誘われるまま、眠りの底へと落ちていった。


 △△△△△△△△△△△△


 その日、俺は夢を見た。


 どこかの惑星に派遣された夢だ。


 そこは見た事の無い星だったが、まるで地球のように青い海と緑豊かな大陸があり、様々な動物が生きている星だった。


 そこには、知的生命体も生まれていた。

 惑星開拓団の男が、遺伝子研究の末に作った生物のようだ。


 その姿は、ワニの様な頭を持ち、堅そうな鱗に包まれた身体を持ち、4本の脚で歩く大きなトカゲの様でもあったが、背中にはコウモリの様な翼を持っいて、まるで伝説の神獣「ドラゴン」のように見えた。


 惑星開拓団の男は、その生物に話しかけていた。


「これから、私と同じような姿をした人間という種族がやってくる。彼らはこの星で繁殖し、人類の文明を作り上げるだろう。しかし、この星には人間を食料にしようとする動物も多く生まれてしまった」

 その男はそう言ってドラゴンの耳元までフワフワと浮いて近づき、「お前には、彼らに迫る脅威を排除してもらいたい」

 と言って、手に持っていた大きなデバイスの様な玉を、ドラゴンの耳の奥に埋め込んだ。


 ドラゴンは

「分かった。それ以外は我の本能のままに生きるが、それで良いな」

 と、デバイス越しに男に語り掛け、

「ああ、そうしてくれ」

 とその男は返しながら、ふわふわと浮くキャリートレーの様な板に乗って、ドラゴンの元を離れていった。


 △△△△△△△△△△△△


 翌朝、俺は目を覚ますと同時に、デバイスに夢の内容を記録した。

 夢ってのは目覚めてすぐの時にしか覚えていられないものだ。


 これが夢だって事を頭では分かっているのに、俺にはこれが「現実に起きた事」のように感じられてならなかった。


 そう思う原因は、やはり「情報津波」だ。


 ここ最近で情報津波をコントロールできなかった事などほとんど無いが、眠っている間はどうしようも無い。


 いつか睡眠中に情報津波が来るかも知れないとの懸念を持っていた俺は、もし具体的な夢を見たら、すぐに記録を取ると決めていたのだった。


 よし、デバイスに夢の内容は記録したぞ。


「それにしても・・・」

 と俺は立ち上がり、「まさかドラゴンが夢に出てくるとはな」

 と嘲笑に似た笑いを漏らした。


 しかし、これを馬鹿げた話と切り捨てる事も出来ない。


 何せ俺自身が「転生」という「バカげた体験をした張本人」だからだ。


 そんな俺自身が、この程度の話を信じられないでどうするってんだ。


 さらに「情報津波」なんて能力まで持ってる訳で。


「よし、じゃぁ今日も筋トレするかな!」


 俺はそう言って重力制御室に入り、重力設定を「レプト星」にした。


 徐々に重力が加わり、身体がズシっと重くなる。

 しかし、これまでのトレーニングのおかげで、この重力でも部屋の中を走り回る事が出来るし飛び跳ねる事もできるしで、もはや辛さは感じていなかった。


 もしも俺が犯罪者になってレプト星に収監されても、俺ならやってけるんじゃないかとさえ思っている。


 まぁ、犯罪者になるつもりは無いけどな。


 俺はそんな事を思いながら、一通りのトレーニングをこなし、いつものようにシャワーを浴びた。


 恐らくあの夢は、俺が派遣される惑星について、情報津波が見せたものなのだろう。


 つまりあれは「現実の出来事」であって、きっと俺は、あのドラゴンにいつか会えるという事だと思える訳で。


 ・・・すげーな。


 めちゃくちゃファンタジーな世界じゃねーか!


 いつあの世界に行けるのかは分からないが、このまま頑張って学年首位を守っていれば、必ず行けると信じていいだろう。


 SFみたいなこの世界から、中世ファンタジーみたいなあの世界へ。


 へへ、なんか楽しみだねぇ。


 前世の高校生の頃はああいうファンタジー小説が好きだった。

 テレビゲームもドラクエシリーズとかFFシリーズ等のRPGは大好きだったし、剣や魔法を駆使して魔王を倒すというマンネリ化したシナリオでさえ全力で楽しんだもんだ。


 あの頃は本当に楽しかった・・・


 でも、あの頃にはもう戻れない・・・


 ・・・いや、あの「古き良き時代」ってのをモデルにした世界を作ってもいいんじゃないか?


 新たな星で、新たな文明を築き、そしていずれは俺もその世界のプレイヤーとして生活をするのなんて、すげー楽しそうだし。


 もしかしたら俺が生きたい世界って、あの時代の事だったんじゃないのか?


 ・・・・・・いや、違うな。


 あの時代は子供だったし、高度経済成長の時代だったから眩しく見えただけだ。

 バブル経済までは良かったが、ある日を境にバブルは弾け、日本の経済市場を西側諸国の企業が食い漁ったってのが真実だ。


 地球上の経済を動かしていた連中は、まるで「一つの意思」に操られてでもいるかのように世界を分断し、そして統治していった。

 そして「戦争」というビジネスを拡大させて、大儲けをしていた訳だ。


 第三次世界大戦はそうした奴らの陰謀の一つでしかなく、あの戦争で死んでいった者達の命など、奴らにとっては気に留める価値も無かったのだろう。


 そんな世界は、俺が生きたい世界じゃない。


 そういえば・・・


 奴らを操る「一つの意思」とは何だろうか。


 もしかしたら、それは「神の意思」の事ではないのか?


 もしそうなら、「神=惑星開拓団のメンバー」な訳だから、地球には「悪意を持って地球を統治していた開拓団の者がいた」という事になる。


 そして今現在も、そうした事に手を染めてる奴が地球にいるのかも知れない。


 だとすると俺の敵は「惑星開拓団の中にいる」という事になる・・・


 そうだ、よくある話じゃないか?


 いつか倒すべき敵が「すぐそばに居る」なんて話はさ。


 でも、今の俺はまだ無力だ。


 だから今は、虎視眈々こしたんたんと力をたくわえ、仲間を増やしていく必要がある。


 まず俺は惑星の神になる事を目指す必要があるが、いずれは惑星開拓団ごと統治しなければならないかも知れない。


 俺の目標が当初の予定より大きな話になってしまったが、別に構わない。


 その為にも、まずはこの学園から、クレア星の文化を根本的に変えてやる。


 そうする事で、人々の自我を目覚めさせ、ただの無機質な人形みたいな状態から目覚めさせられるはずだ。


 その為にも、ミリカの衣服を使った改革は必須だ。


 男子には強そうに見える服を着せ、女子にはセクシーな服を着せる。


 そうする事で男女は本能的に惹かれ合い、恋をして愛し合って、肉体的な繁殖行動を求めあうはず。


 それが自然の摂理だ。そうでなくてはならない。


 そもそも、この世界の全てが政府のAIで決められているってのがいびつだと気付くべきだったんだ。


 人工授精でしか子を産めないなんて、誰かの選民思想の産物だと気付くべきだった。


 もっと自然に若人達は恋に落ち、やがて人知れず身体を寄せ合う。そうした自然派カップルが増加すれば、この星の統治者だって繁殖行動を認めざるを得なくなるんじゃないか?


 その為にも、これからは慎重にいかなければならないな。


 この学園での俺の研究は「統治」だ。


 その為の壮大な実験を行う必要が出てきたからな。


 そう、俺がやるべき壮大な実験。


 その名も「学園ラブコメ化プロジェクト」だ!

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