第8話 学園編(4)週末の集い

 今日から授業が始まった。


 シリア教官の授業は、惑星開拓団の実務的な内容を主としていて、とても参考になるものだった。


 授業では、シリア教官が惑星開拓団の活動で最初に派遣された惑星での事を、時系列に話してくれるのだが、惑星の開拓の最初の一手、それこそ古事記の最初の書き出しにあるように「混沌としていた」ものを「天と地に分ける」事から始めるのだという。


 惑星ってのは、恒星の周りを公転している星たちの事だ。

 人間が住める惑星を開拓するとしても、恒星から届く光の量が適度な星でなければならないので、恒星を中心にできる星団の中で、開拓が可能な惑星ってのはせいぜい1つか2つしか無い。


 そのほとんどが最初はガスに包まれているだけの星なので、惑星開拓団が、そのガスの種類によって様々な手法で化学反応を起こし、その星に人間が住めるだけの「空気」を作る事が最初のミッションになる訳だ。


 これだけでも数年の時間を要する為、その間、開拓団のメンバーは、ずーっと宇宙船の中で生活しなくちゃならないらしい。


 次に行う事は、これまた古事記に記されていた様に「海に大地を作る」というものだ。これはその星の地殻プレートを活性化する事で、プレートが隆起して大地を作るのを待ち続けるという事らしく、これには数百年を要するらしい。

 その間の惑星開拓団は、光の速度で宇宙空間を移動して別の恒星系の作業に移ったりして、要はその星を放置して様子を見る事になるって事だな。


 なるほど。


 授業を受ければ受けるほど、俺の考えは確信に変わっていく。


 俺達は「惑星開拓」と言う名の元に、その星を統治する「神」となるのだ。


 プレデス星では「神」などという概念は無かった。

 それは、プレデス星以上の技術力を持つ星が他には無く、価値観も統一されていて、誰も生きる事に苦痛を感じる事が無いせいだろう。


 つまり、惑星を発展させる到達点の姿がプレデス星だという事なのだろう。


 プレデス星で育った他の生徒たちにはその考えはなかなか理解できないだろうが、どうして惑星開拓団という仕事が特別なエリート扱いになっているのかが俺には分かる気がするんだよな。


 地球でもNASAみたいな組織はエリート集団ではあったが、彼らは「地球人が最上の生物」だとは考えてはいなかった。あくまで、「もっと技術力の高い進んだ文明があるはずだ」という視点で宇宙を目指していたと思う。つまりは、未知を探求する冒険者のようなものだ。


 でも、ここでは違う。「プレデス星人が頂点にあり、他の惑星は文明の未発達な星」という視点で開拓をしようとしている。


 価値観もおおむね開拓団のメンバーがその惑星に普及するものだとすると、その星で生まれ育った知的生命体にとっての「価値観の根幹」となるのは、その「その価値観を普及させた張本人の価値観そのもの」になるんじゃないのか?


 つまりそれは、その星の生き物から見れば「全知全能の神」に見える存在になるんじゃないのか?


 言い方を変えれば「自分の好き勝手にその星の生き物の価値観を植え付ける事が出来る」という事であり、いわば究極の傲慢と言えるのではなかろうか?


「ははは・・・」

 と俺はシリア教官の授業を聞きながら、ふと嘲笑にも似た笑いが漏れるのを感じた。


 傲慢な思考を禁止しているはずのプレデス星のエリート達が、もっとも「傲慢ごうまん」な行為をしようとしている気さえしてならないぜ。


 でもいいさ。


 もし俺が惑星開拓するとしたら、それは地球のような絶望の世界にはしない。


 もし既にある程度の開拓が行われた星に派遣されたとしても、もしその星の人間達が絶望的な状況だったとしても、俺が救ってやろう。


 その考え自体が傲慢じゃないのかって?

 ああ、そうさ。でもいいんだ。


 この星の民の心は謙虚を強制されて傲慢を禁じられてきたにもかかわらず、その価値観を普及させた政府自身が、実はこの上なく傲慢な連中だったって事が分かっちまったからな。


 だから俺も敢えて傲慢な神になってやる。


 ただし、俺が見たいのは、俺自身が生きたい世界だ。


 だからもう一度ここに誓ってやる。


 たとえその世界が絶望しか無かったとしても、いや、むしろ、

 世界が絶望しか無いならば、俺が生きたい世界は、俺がこの手で作ってやる!


 △△△△△△△△△△△△


 それからの俺は、やたらと行われる試験で常にトップの成績を収め続け、半年が経過した頃には、俺は学園中から一目置かれる存在になっていた。


 クラスの仲間は皆打ち解け合って、仲間意識もかなり芽生えてきている。


 ティア、シーナ、メルス、ライド、イクス、ミリカ。


 彼らは授業を受けるかたわら、自らが望む研究を続け、それぞれがそれぞれの成果を出しつつあった。


 実は先月から、週末の授業が終わってから俺の部屋に集って色々な議論をする事を習慣にしていた。


 皆が俺のアドバイスを受ける事で、各々の研究は飛躍的に進展した。


 そして今日、週末の授業を終えた俺達は、いつも通りに俺の部屋に集まる日だった。


 俺はいつも通りにキッチンで湯を沸かし、棚の瓶からイクスが作った茶葉を出して、お茶の準備をしていた。


 茶葉は学園内の研究施設の中で作った畑で栽培して作った。

 そもそも茶葉は、摘み取った時から発酵が始まる。

 できるだけ新鮮な状態で蒸して乾燥させたものが「緑茶」になり、発酵させる期間によって様々な種類の茶葉へと変化する。


 今では5種類の乾燥させた茶葉があり、それぞれ瓶に詰めてキッチンの収納棚に保管している。


 今日の俺は、茶色くなるまで発酵させた、いわゆる「紅茶」の茶葉を取り出し、ポットに入れたお湯で蒸らしていた。


 その時、デバイスから「メルスです。入室許可を求めます」という連絡が入り、俺は部屋の鍵を解錠してメルスを招き入れた。


「こんにちは、ショーエンさん」

 と言って入ってきたメルスは、くんくんと鼻を鳴らし「とても良い香りがしますね!」

 

「おう、そうだろ? 今日は発酵が一番進んだ状態で乾燥させた紅茶ってやつを飲ませてやるぞ」


 そういった矢先にまたデバイスから呼び出しがあり、今度はティアとシーナが入ってきた。


「お邪魔するのです」

「お疲れ~」

 と言いながら入ってきたシーナとティアも、メルスと同じ様にくんくんと鼻を鳴らし、「何これ!なんだかすごくいい香り!」

「ショーエンが作るものは、いい物に決まっているのです」

 と言いながらいつもの席に着いた。


 そうしているうちに今後はライド、イクス、ミリカの3人も部屋に入ってきた。

「いい香りですね!」

 と3人は口を揃えて言い、ライドとミリカがいつもの席に座る。

 そして、イクスは手にバッグを持っていて、

「今日の夕食は、ショーエンさんのアドバイスを元にして作った、小麦を加工した新しいメニューですよ」

 と言いながら、カバンから白い塊を入れた袋と、肉の塊と茶色い塊、あとはいくつかの野菜を取り出した。


「おお!これは・・・」

 と、キッチンのカウンターに並べられた食材を見た俺は思わず声を上げた。


 白い塊は小麦粉を練った塊で、肉は鶏肉。茶色い固まりは魚をいぶして乾燥させた、いわば鰹節のようなものだろう。野菜は玉ねぎ、白ネギ、青ネギの3種類でネギばかりだが、それぞれ食感は全然違うので、何も問題は無い。


 つまり・・・ うどんが作れる!

 それも「鶏南蛮うどん」だ!


 俺はデバイスを通じてイクスに「うどんを作るレシピ」を伝えた。

 するとイクスはいつもの通り驚いた様に目を丸くしたが、

「なるほど、私は小麦粉を練って焼く事を考えていましたが、ショーエンさんの新しいレシピ、早速試してみます!」

 と納得してくれたようだ。


「ああ、頼むぜ!」

 俺はイクスの肩を叩いてそう言い、紅茶をカップに注いでいった。


 イクスはキッチンに入って料理の準備を始め、ミリカとティアが紅茶のカップをテーブルに運んでくれた。

 ライドは部屋の壁に向かってデバイスで何やら操作している。

 恐らく今日発表したい資料を入力しているのだろう。

 シーナは暇そうにしているが、シーナは暇な時はいつも俺の姿を目で追っている。

 まぁ、もう慣れっこだ。


 イクスは調理に余念がないが、俺は席に着いて、

「よし、今日も始めるか」

 と声に出して言った。


 ライドとメルスはモニターの近くに並んで座り、シーナは俺の左隣、ティアは俺の右隣に座っていた。

 ミリカはイクスの席の隣に座っており、イクスの姿を時々目で追いながら、おとなしく座っている。


 俺は全員の顔を見回し、

「じゃあ、今日はライドとメルスの発表の番だな」

 と言って二人を促した。

「はい!」

 と言ってライドとメルスはモニターにデータを投影させた。


 そこに映っていたのは、人力飛行機のような絵だった。


 メルスが立ち上がり、口を開いた。

「では、私から成果の発表を行います」


 話の内容はこうだ。


 ライドとメルスは元々は別々の研究をしていた。ライドは重力制御装置を必要としない空を飛ぶ乗り物。メルスはエネルギーを必要としない地上の乗り物。

 そしてメルスは俺のアドバイスを元に「自転車」を作り上げた。

 ここまでは機械工学を元に誰にでも作れる技術だが、以前ここで自転車の発表をしたところ、ライドがその論理を自分の研究に応用させたいという話になり、俺がメルスにライドの研究に参加する様に勧めたのだ。


 そして2週間後の今日、一つの成果として発表されたのが、この「人力飛行機」という事だ。

 その飛行機の形状は、地球の飛行機の歴史を思い起こさせるような形状だった。

 地球で初の飛行実験を成功させたライト兄弟が作った飛行機に似ているところもあり、原始的だが俺にとっては馴染み深いものだった。


 メルスの技術は、飛行機に取り付けられたプロペラを動かす為の技術なのだが、ライト兄弟の飛行機と大きく違うのが「効率」だ。

 クレア星で半年以上過ごす事によって、みんな重力にはもう慣れたが、それでもペダルを足で漕いでプロペラを回すとなると、かなりの脚力を必要とする。

 そこで、ギアの配置を徹底的に模索し、力学の最高効率を目指した上で最後に無段階変則ギアを取り付ける事で、プロペラを動かす為の人間の必要な脚力を最小限に抑えたというものだった。


 続いてライドが説明をする番になった。

「私の成果はコレです」

 と言って画面は切り替わり、飛行機の両翼の絵の拡大図面が現れた。

 それは、翼の形がレバーとハンドルによって変形する仕組を説明したものだった。

 鳥の翼から着想を得ており、離陸時、直進時、旋回時、着陸時それぞれの翼の形状を鳥の翼の動きの図と共に説明していた。

 更にその物理学的根拠として、メルスの協力によって充分に得られる推力と、翼の形状によって得られる揚力のバランスの数値が表示されていて、姿勢を安定させたまま飛行する為のあらゆる理論がそこには詰まっていた。


 そこまでの説明を終えると、

「ど、どうでしたか?」

 とライドとメルスは俺の反応を待っていた。


 やっぱスゲーよこいつら。

 ほんっとに優秀だよな。


 俺はパチパチと拍手をしながら首を何度も縦に振り、

「ライド、メルス、素晴らしかったぞ!」

 と絶賛した。

 そして、俺はティアの方を見て、

「ティア、お前の研究をここにも役立てる気は無いか?」

 と訊いてみた。

 するとティアは

「それってどういう事?」

 と理解が追い付いていない様子だ。


 俺はティアの研究が電力開発だと知っている。

 ある日俺は、レモンに銅と亜鉛の棒を刺し、それを動線でつなぎ、電球を光らせる程度の電気の発生をさせる事が出来るという実験をティアに見せた事がある。

 ティアは驚いて、様々な果物で電気の発生について研究していた。


 しかし亜鉛が溶けて果汁の中にできた電子が銅に流れるだけの電流では、実用性に欠ける事が分かり、別の方法での発電を模索していたところだった。


 そこで俺は言った。

「ティア、メルスの成果は、弱い脚力で大きなプロペラを効率的に回転させる事が出来た事だ。俺は、この回転という動きに発電のヒントがあると考えているんだ」

 

「回転する事に発電のヒントが?」

 と言ってティアは少し考えるような顔をしたが、ハっと顔を上げて、「もしかして、これって関係あるかな?」

 と言って立ち上がり、モニターのそばに行ってデバイスで情報を入力し始めた。


「じゃあショーエン、ちょっと私の研究についても聞いてもらえる?」

 とティアは、モニターに1本の棒のようなスケッチを表示させながら言った。


「おう、いいぜ。っていうかコレは・・・」


 俺はモニターを見て驚いた。


 これは、コイルだ!

 俺はティアには、まずは直流電池を開発してもらおうと思っていたのだが、直流電気の開発に行き詰まってたかと思えば、まさか交流電気の研究に至っていたとは!


「ティア、これは・・・ 銅線を巻いて、磁力を作ったのか?」

 俺が言うと、ティアは「ええ!?」っと声を上げた。

「な、なんで分かったの? まだ誰にも言ってなかった研究なのに・・・」


 俺は両手を上げてそれを制し、

「いや、すまない。俺はこれをコイルと呼んでいて、いつかティアに研究を頼もうと思っていた事の一つなんだよ」

 と言うと、ティアは更に目を丸くしていた。

 俺は構わず

「俺は電力には2種類の方法があると考えている。直線的に電流が流れるだけのものを直流、コイルを回転させて磁力を作り、それを高速回転させて発生させる電気を交流と呼んでいる」

 と続けた。


「直流電気の方が仕組みが簡単だから、先にこれをティアに開発してもらおうとして果物を使って電池の仕組を説明したが、交流についてはまだ説明していなかったよな。でも・・・」

 と俺はティアの方をまっすぐに見つめ、

「俺の知らない間にティアが交流の発電研究に至っていたのは驚きだ」

 と俺は立ち上がってティアの元に歩み寄り、ティアの両肩をつかんで

「ティア、君は素晴らしいよ!」

 と力強く言った。


 ティアは、

「えっ?えっ?」

 と訳が分からないと言った感じで俺の顔と周りの仲間を交互にキョロキョロと見ながら、徐々に顔を真っ赤にしていった。

「そ・・・そうね。ショーエンが言うんだから、私ってすごいのよね?」

 と恥ずかしそうに言い「でも、苦心の果てに考え付いたものを、既にショーエンも知ってたのには驚いたわよ。やっぱりショーエンって優秀よね」

 と俺の顔を見返した。

「いや、俺は深く理解している訳じゃないんだ。そこに自力で行きついたティアの方が立派だぜ」

 俺はティアを全力で称賛した。


「あの・・・」

 とイクスが申し訳なさそうに「夕食の準備が出来ましたので、テーブルに並べてもいいですか?」

 と言った。


「おう!今日はこれまでで一番の成果発表が二つもあったからな! ティアやライド達の素晴らしい成果を祝して夕食にしようぜ!」


 テーブルに並べられたのは、紛れもない「うどん」だった。

 出汁だしがカツオとはちょっと違う感じだが、なかなかにいい感じだし、醤油しょうゆは無いけど塩でいい感じに味付けされている。

 麺は少し不格好だが、ちゃんとうどんのコシもある。

 鶏肉は焼いて乗せてもらったので、つゆの表面にうっすらと鶏肉の油が浮かび、その感じがまた旨そうだ。

 そこに白ネギと青ネギを細かく刻んだものをどっさりかけて、コクとサッパリ感が絶妙なバランスになっているはずだ。


 俺は密に作っていた箸をキッチンから取り出してみんなに配った。

 イクスはみんなにフォークを配っていたが、

「この棒は何ですか?」

 と俺の顔を見て尋ねた。

「まあ、食器の一種だと思ってくれ」

 と俺は言って、「さ、みんな席について夕食だ」

 と促した。


「素晴らしい成果発表をしてくれたライド、メルス、ティアと、美味しい食材を作ってくれたイクスに感謝して、頂きます!」

 するとみんなも「頂きます」と声を上げて食べ始めた。

 みんなはフォークを使って食べようとしているが、俺は箸を使ってズルズルズルっと音を立てながらうどんをすすった。


 そんな俺をみんなは目を丸くして見て

「ショーエン、今日は随分と動物的な食べ方をするのね」

 とティアが少し怪訝けげんそうな顔で訊いてきた。


「んん? ああ、こうした細長い食べ物を俺は麺と呼んでるんだけどな、こうした麺類は、こうやって音を立てて空気と一緒に吸い込んだ方が旨いんだよ」

 と俺は言った。するとシーナがすぐに真似をして、慣れない手つきで箸を握りながら

 ズルズル・・・とわざと音を立てるようにして食べ始めた。

「ショーエン、これ、おいしい」

 とシーナはモグモグさせながら俺を見て言い、それを見ていたみんなも、

「よし、やってみるか」

 と箸に持ち替えて、なんとかかんとか俺と同じ様にうどんを食べようと奮闘した。


「ふうーっ! 旨かった!」

 俺は出汁まで飲み干して器をテーブルに置き「イクス!この小麦粉の麺、他にもいろいろ応用した料理が出来るはずだから、これからもどんどん研究を続けてくれよ!」


「もちろんです! こうして燻した魚でスープに味をつける方法を手に入れた以上、他の魚介類や肉でも試す価値があるはずです。ぜひともやらせて下さい!」


「おう!頼んだぜ!」

 俺はイクスの肩をバンバンと叩きながらそう言った。


 よしよし、これでこれからも旨い料理が食えそうだ!


 早く醤油しょうゆが完成してくれるといいんだけどな!

 ま、焦る必要は無い。

 みんな優秀なやつらだ、いつか必ずやってくれるさ。


「よし、みんな食べ終えたな!」

 と全員が食べ終えるのを見て俺は姿勢を正した。皆が両手を合わせて姿勢を正す。

「ごちそーさまでした!」

 と皆が声を合わせてそう言った。


 その後、シーナとミリカが食器を洗ったりテーブルを片付けたりしてくれた。


「シーナ、ミリカ、ありがとうな」

 と俺が声をかけると

「ショーエンの為なら当たり前なのです」

 とシーナはいつもの調子だ。ミリカは

「いえいえ、ここは本当に沢山の学びがあります。これくらいはさせて下さい」

 と謙虚なプレデス星人らしいセリフだった。


「ところで、来週はミリカの成果発表が聞ける予定だと思うが、経過はどうだ?」

 と訊いてみた。するとミリカは少しもじもじするような仕草を見せて、

「実は・・・」と切り出した。


「実は、衣服の研究をしているうちに気付いた事があるのです」


「ほほう?」


「でもこれは、どう表現したら良いものか、うまく言葉にできなくて・・・」


「ふむ、なるほど」

 俺はミリカの気持ちが少し理解できる気がした。


 そもそも「オシャレ」の概念が皆無だった世界で、色々な衣服の効果を研究するというのは、なかなかハードルが高い事だろう。


 もしかしたら今、ミリカは「実験体」を欲しがっているのではないのか?

 しかし、他人にそれを頼むことが出来ず、すべてを自分の身体で検証し、主観で「オシャレ」を研究しているものだから、そこで生まれた感情や気持ちの揺れを、うまく表現できずにいるのではないのだろうか。


「ミリカの悩みは何となく想像できるが、今それを解決する必要は無いぜ。来週の成果発表の時に、俺はもちろんだが、ティアとシーナにも協力してもらおう。お前が作った衣服を、あいつらに着せてみようぜ。そうすれば、お前は客観的にその反応を検証できるはずだ」


「私が作った衣服を、ティアさんやシーナさんに着せるですって?」

 と俺の顔を見て、しばらくワナワナと力を込めるようにこぶしを握っていたかと思うと「それは素晴らしいですね!」

 と両手の拳を自分の身体に引き寄せてガッツポーズをとっていた。


「お・・・おう。そうだろ?」

 と俺はミリカの反応に呆気に取られながら、「という訳でティア、シーナ。来週はミリカの為に協力してくれよな」

 とティアとシーナの方を見ながら言った。


「ショーエンが言うなら何でもするの」

 とシーナは本当にいつもブレない。ティアも、

「ええ、もちろんよ」

 と快諾してくれた。


 ダイニングとキッチンを片付けてから今日の集会はお開きとし、週末の休日は各自で研究を進める事にして解散した。


 △△△△△△△△△△△△


 翌日、俺はいつも通りに「重力制御室」で筋肉トレをしていた。


 重力設定は「レプト星」で、クレア星の3.201倍の重力だ。


 最初は立っているだけで辛かったが、今では毎日やる為の筋トレメニュー、「スクワット50回、腕立て50回、腹筋50回」を、休日には10セットくらい出来るようになった。


 自分で言うのも何だが、今の俺の肉体は、ものすごい「痩せマッチョ」だ。

 ストレッチは欠かさずやっているので、身体はまぁまぁ柔軟な方だ。

 完全な180度開脚みたいな事は出来ないが、それに近い開脚ができるし、そう、まるで香港映画の大スター「ブルース・リー」の様な肉体を想像してくれればいいかも知れない。


 普段はローブを着ているのでそんな肉体を持っている事は他の者には分からないだろうが、今では1Fの校庭から、校舎の2階の窓くらいまでならジャンプして手が届くくらいにまで肉体は強化されている。

 多分、プレデス星に戻ったら、ジャンプだけで地上から3階の床に着地できるくらいになっているんじゃなかろうか。


 一通りの筋トレを終えた俺は、シャワーを浴びてサッパリした後で、来週のミリカの成果発表の事を考えていた。


 機能的な衣服も現れるだろうし、もしかしたら女の子らしいかわいらしい衣服も見れるかも知れない。

 ミリカはもちろんシーナやティアも、見目麗しい少女たちだ。それぞれの魅力を引き立たせる衣服が見れるかと思うと、それはそれで楽しみだな。


 そんな事を考えながら時間を過ごし、夜が更けてきたのを確認して、今日は早目に寝る事にした。


 俺はいつも通りベッドに横たわり、睡眠誘導機能に誘われるままに眠りについた。


 △△△△△△△△△△△△


 ベッドの枕元に装着された脳波計が、いつもとは違う脳波を検知していた。

 センサーが脳波を計測し、やがて「問題なし」と評価して平常モードになった。


 その夜の俺は夢を見た。


 俺の部屋で生着替えをするティアやシーナ達の姿だ。


 まだ幼さを残しながらも大人に近づく肢体が浮かび、何故かドギマギする自分がいる。


 前世では既に枯れた性欲が、今の若い身体にみなぎるのを感じていた。


 いかんいかん、どうしちまったんだ俺は。


 こんな夢を見るような歳でもあるまいに。


 それとも、心が身体に引っ張られてるのか?


 しばらくそうして悶々もんもんとしていたが、やがて夢は遠ざかってゆき、俺は深い眠りに落ちていった。


 翌朝、俺が目覚めると、太ももあたりにヒヤっとした感触と、身体を動かした時にフワっと鼻につく栗の花のような匂いを感じた。


「あ、まさか俺・・・」


 俺はローブの裾をめくって自分の股間を見た。


 そこには精通の後があった。


「ああ・・・ マジか・・・」


 俺はなんとも言えない虚しさを感じながら、衣服を脱ぎ棄て、シャワーを浴びた。


 シャワーの後に予備のローブに着替え、朝食の為に食堂へと向かうのだった。


 俺は少し肩を落として歩きながら

「はあ・・・ まさかあいつらの姿を夢に見ながら夢精とはな・・・」


 そう、俺はこの日、成人した。


 前世を含め75歳になる俺の精神でも、鍛え抜かれた思春期の若い身体は制御しきれないのだと悟った朝なのだった・・・

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