壱 異臭 その一
初めまして。
トモカズと言います。
今、大学三年生、就活中なんです。
どこかいい就職先があったら、紹介して下さい。
へへへ。
これからお話しするのは、僕が高一の時のことなんです。
僕が通っていた高校は、自宅から歩いて二十分程の場所にありました。
うちの高校は、近隣の四つの公立中学から、生徒が集まって来るんで、そこそこの生徒数だったんです。
通い始めて一か月も経つと、新しい友達も出来て、そろそろ学校生活にも慣れ始めた頃でした。
僕って結構昔から臭いに敏感で、他の人が感じないような、微かな臭いでも察知してしまうんですよ。
だから口の悪い友達からは、『番犬』という綽名で呼ばれてました。
酷くないですか?
そしてそのことが原因だったのかは分からないんですが、僕はとんでもない事件に巻き込まれてしまったんです。
最初それは、すごく微かな臭いだったんです。
自宅から学校までの通学路の、丁度中間地点辺りに、一軒家の廃屋があったんです。
うちの近所は古い民家が割と多い地域で、最近十年くらいの間に、廃屋になった家も結構多かったんです。
ある日中学時代からの友達二人と、登校中にその廃屋の前を通りかかると、微かな異臭が鼻についたんです。
「何か、この辺り匂わない?」
一緒にいた友達に言うと、
「別に匂わんけど。あ、また『番犬』の鼻発動?」
と言って
それは何時ものことだったので、気にすることはなかったんですが、その臭いが、それまで嗅いだことのないような、変な臭いだったので、ちょっと違和感を覚えたのは確かです。
そしてその臭いが、毎日その家を通る度に、きつくなっていったんです。
僕は最初、動物が家の中で死んで、その死体が腐って、臭いの元になっているんじゃないかと、思っていたんです。
でも、いくら臭いがきつくなっても、一緒にいる友達は、何にも感じていないようでした。
そのことが僕は不思議だったんですが、あまり気にせず、廃屋の前を通る時は息を止めて、臭いをなるべく嗅がないようにしていました。
そんなある日のことでした。
例によって僕は、友人と登校中でした。
出来れば廃屋の前は通りたくなかったのですが、そこが一番近道だし、僕以外には臭いが分からなかったので、通学路を変えようとも言い出せずにいたのです。
そして廃屋が近づいてくると、猛烈な臭いが漂い始めました。
何故他の人には分からないのか、困惑してしまうくらいの強烈さでした。
僕はいつものように、必死で息を止めて、家の前を通り過ぎようとしていました。
そして何気なく家の方を見ると、女の人が立っていたんです。
廃屋は2mくらいの高さのブロック塀に囲まれていたんですが、門扉はなくなっていて、そこから玄関の扉が丸見えになっていました。
その玄関の前に、女の人が一人で立って、こっちを見ていたんです。
僕はびっくりして、「わっ」と声を上げました。
すると一緒にいた友達二人が、怪訝そうな顔で僕を見たんです。
「トモカズ、どうしたん?」
「いや、どうしたって。あの女の人…」
僕がその人を指さすと、そっちを見た友達二人は、さらに怪訝な顔をしました。
「お前、何言ってんの?女の人って、何よ?」
そうなんです。
二人には、その女の人が見えてなかったんです。
――げっ。もしかして朝っぱらから、幽霊?
そう思った僕は怖くなって、友達二人を急かすと、急いで廃屋の前を離れました。
その日は一日中、その女の人のことが気になって、授業どころではありませんでした。
下校時はクラブが別々だったので、友達と一緒に帰ることはなく、僕一人でした。
なので、あの家の前は通らずに帰りました。
そして次の朝、登校する時には、友達二人に頼み込んで、別のルートを取ることにしたんです。
友達は最初笑っていましたが、僕があまりにも真剣に頼んだので、最後は言うことを聞いてくれました。
僕がホッとしたのも束の間、別の道を通っていると、前方からあの匂いが漂ってきました。
先に進むにつれ、その臭いは強烈になっていったんです。
――もしかして。
僕がそう思って前方を見ると、予想通り女の人が前方の道の角に立っていました。
本当は道を戻りたかったんですが、友達に我儘を聞いてもらった手前、そういう訳にもいかず、僕はその女の人を避けるようにして、通り過ぎました。
前を通る時、臭いがあまりにも強烈だったので、僕は鼻が
前を通り過ぎる時、横目で女の人をちらりと見ると、向こうも僕をじっと見ていました。
三十歳くらいの髪の長い人で、青白い顔には、何の表情も浮かんでいませんでした。
僕は慌てて目を逸らしたんですが、そのままでは終わらないような、とても嫌な予感がしたんです。
その予感は的中しました。
学校で授業を受けていると、あの強烈な臭いが近づいて来たんです。
驚いて臭いの方向を見ると、校門の脇に、女の人が立っていたんです。
「ぎゃっ」
女の人を見て、僕は思わず声を上げてしまいました。
「こら、トモカズ。居眠りして、夢でも見たんか?」
担任だった数学教師の叱声に、クラス中が爆笑したんですが、僕はそれどころではありませんでした。
一応先生には謝って、そのまま事なきを得たんですが、その後は外が気になって、授業どころではなくなってしまったんです。
当然ですよね。
僕は時々校門の方を確認しながら、授業を受けましたが、内容は全く頭に入って来ませんでした。
午前中の授業が終わるころには、くたくたになっていたんです。
昼休みが終わって、外を確認すると、女の人はもういなくなっていました。
――まさか、学校に入り込んでいるんじゃ…。
そう思ってびくびくしているうちに、その日の授業は終わりました。
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