第56話 月が綺麗

「ふぅ……やっぱり温泉はいいなぁ……」


 露天風呂にゆったりと浸かりながら俺は辺りを眺める。


 ここ、アルトゥヌムは地味に温泉も有名だ。血流促進、疲労回復、ストレス緩和、食欲増進、肩凝りや腰痛、その他諸々の怪我に聞いたり軽い病気にも効果があるらしい。


 ここまで効果が盛りだくさんだとどんな成分が含まれているんだと怖くなるが、実際すごく心地がいいので本当なのかもしれない。


 本当にいい湯だ……こいつの存在が無ければ……


「なっ、そんな……馬鹿なっ! なんだこの壁は!!」


 聖斗は女湯と男湯を隔てる壁を見上げショックを受けたように両膝と手を地面に着き悔しそうに地面を叩いている。


 いや、本当にバカだなコイツ。


「当たり前だろ、今時混浴の風呂の方が珍しい」


「そ、そんな馬鹿な……俺の夢が……楽園が……ここで途絶えるというのか……?」


「諦めろ、いつまでもそんな所にいると湯冷めするぞ」


 その時だった隣の女湯の扉が開く音がした。


「わー! すごい広い! しかも誰もいないよ!」


「どうやら時間も相待って貸し切り状態のようですね。」


「わーい、お風呂ー」


「こら、先に体を流してから入りましょうね。」


「……わかった」


 この声は……フィオナとノアとフランか。


 彼女達も先程まで魔族と戦っていたのだから何もおかしいことではない。


「改めて思うけど……優菜って本当に胸大きいよね……羨ましい……」


「ちょ、ちょっと結衣! 恥ずかしいことを言わないでください!」


「大丈夫だよ、誰も聞いてないし」


 いや、聞こえているんだがな。


 どうやら完全に誰もいないと思い込んでかなり砕けた感じで話しているようだ。


「おい、蒼太! 聞いたか!? 今の来栖さんたちじゃねぇか!?」


「ああ、みたいだな。」


 すると聖斗は急に何かを悟ったようにすました顔をする。


「なぁ、逆に思わないか? 来栖さん達に超絶冷たい目で見られたり警察に捕まるくらいで来栖さん達超絶美少の裸が見れるんだぞ?」


 こいつは本当に馬鹿なのだろうか?


 全く、頭のおかしい狂人を友人に持つと苦労するな……


「そのデメリットが大きすぎるんだ」


「ふっ、甘いな蒼太……何かを捨てることのできない人間に何かを変えることはできないだろう? 俺はいくっ!! いざっ——」


「はいはい、そんなことよりサウナいこうなー」


 割と本気の方で壁を上りだそうとしていたので俺は温泉から上がり聖斗の首をヘッドロックで固定しサウナへと連行する。


「ま、待てっ! 俺はまだ目的を果たしていないっ!」


「まぁ、まぁ、取り敢えずサウナで頭を冷やそうな。」


「逆に蒸されるだろっ!?」


 その後も聖斗は拘束を解こうと必死に抵抗したら叫んでいたりしていたが俺は無理矢理引きずってサウナへと向かった。



 ◇



「ああ……これが……整いか……」


 サウナから出た俺は水風呂に入ったあと外のベンチで外気浴を満喫していた。

 この全神経が研ぎ澄まされてリラックス出来る感じ……いいなぁ……


 ちなみに変態(聖斗)はサウナ耐久で敗れて脱衣所で涼んでいる。


 魔法少女達の平穏を脅かそうとする変態は魔法少女の曇らせの守護者たる俺がきちんと護らねばなるまい。


 それにしても気持ちいいな……きっとこのまま魔法少女の曇らせを妄想しながら眠れば最上級の眠りにつけるはずだ。


 何にしようか……この間のルナの絶望顔? それともまだこの世界では見れていないノアやフラン、フィオナ達のか? いやクリスティナも捨てがたい……


「……うーん……悩ましいなぁ……」


「あれ? もしかして速水くんですか?」


 まるで女神のように美しい声が壁の向こうから聞こえてくる。


 ああ……どうやら気分がよくなりすぎて幻聴まで聞こえ始めたようだ……サウナ効果すげぇ……まぁ、なわけないわな。


 完全に油断していた……どうやらあの邪神(ラブコメの女神)の攻撃はまだ終わっていなかったようだ。


「えっ!? そ、その声はく、来栖さん!?」


「はい、来栖優菜です。ふふっ、まさかこんなところでもお会い出来るなんて運命ですね」


「そ、そうですねー……」


 壁越しで彼女の姿は見えないがそれでも声からとても上機嫌なのがよく伝わってくる。


「先程まで友達とサウナに入っていたのですが私には少し暑すぎて30秒ほどで出てきてしまったんです」


「そうなんですか、俺も友達がサウナでダウンしてしまって」


「ああ、あの人ですか……ふふっいい気味ですね」

 

 あらやだ、この子めちゃくちゃ怖い……


 あの優しいノアがこんなに嫌うなんてあいつ一体何したんだよ……


「それしてもこんな広い温泉に二人だけなんてまるで世界に私と速水くんの二人きりになってしまったみたいですね」


 いやこの質問どう反応すりぁいいんだよっ!? なんか最近本当にノアの様子がおかしいんだが!? ラブコメの女神にあやつられてるんじゃねぇのか?


「それは少し寂しいですね」


「確かに寂しいですね、でも私は速水くんが居てくれればそんな世界でもきっと幸せになれると思います」


「は、はは……」


 なんなんだ!? 最近ノア暴走しすぎだろぉぉぉぉぉ!!


「あ、速水くん、空を見てみてください」


「空?」


 俺は言われた通りに空に視線を向ける。


 するとそこには暗い夜空に金色輝くに美しい満月があった。


「今宵は本当に月が綺麗ですね」


「ええ……本当に綺麗ですね」


「ふふっ」


 その時ノアが上機嫌そうに笑った。


「どうかしましたか?」


「いえ、自分の知識を利用して少しズルをしてしまったかなと。」


「?」

 

「それよりももう少し壁越しでこうして二人で月を眺めましょう。本来ならそちらに行きたいところですが……」


「そ、それは……」


「ふふ、冗談ですよ」


 いや、冗談に聞こえなかったんだが……


 その後しばらく二人で月を眺めていた。

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