第8話 七魔帝

 魔界。


 一切の光が入り込まず暗がりに包まれた一室。そこには濃い瘴気が充満していた。


 普通の人間なら入れば即死のその空間を四人の魔族はむしろ居心地が良さそうしている。


 眼鏡をかけ、物腰の柔らかい笑みを浮かべた魔族、セレク。


 鍛えられた肉体に禍々しい角を持ち、余裕そうな笑みを浮かべる魔族、グラン。


 細身で寝不足のように見える気だるげな目をした魔族、ヴァイツ。


 凹凸がくっきりした体に背中から生えた黒い翼、胸元や脚などの露出が大きい黒いドレスを来た魔族、ルミナス。


「報告は以上です。」


 報告を全て終えたセレクが手帳をパンッと閉じた。


「おいセレク……それは本当か?」


 そのあまりにも現実離れした報告内容に疑いの声が出る。


「ええ、本当ですよ。私の千里眼を疑う気ですか?」


「しかし、それはあまりにも現実離れしているだろう……」


「そうか? 吾輩はそうは思わんぞ。たかが上位魔族の一匹や二匹倒したところでなんの基準にもなるまい。」


「はぁ……それが出来るのは俺達『七魔帝』レベルの実力者ってことだろうが……」


 魔族最高戦力『七魔帝』。


 魔族の中でも強い上位魔族より更に上の『魔帝』で構成された七人のまたあの総称。


 その力は一人で国を跡形もなく滅ぼせると言われている。


「しかし、我々『七魔帝』も名ばかり。現在は七人中、四人しか残っていないのですから。」


「初代の魔法少女達にやられちゃってからずっと人数変わってないのよねぇ〜」


「フハハっ! 仕方が無かろう! 我々レベルの魔族などそうそう現れるものではないからな!」


「コホン……皆さん。話を戻しましょう……先日突然現れ、魔法少女を助け始めた謎の男……オメガについて。」


 セレクが眼鏡をクイッとあげ、話を切り替える。


「その男は魔族なのか? 瘴気を纏っていたと聞いているが。」


「それもよくわかりません。やつは黒いローブに身を包み、仮面をつけていますから。」


「魔族なら吾輩たちに敵対するメリットがあるとは思えん。其奴もしかしたら人間なのではないか?」


「それはないんじゃな〜い? だってそのオメガとかいう奴男でしょ?」


「魔法少女ならまだしも、そんな凄まじい力を持った人間の男などいるはず無かろう。」


「ですね、私も同意見です。とりあえず正体については保留にしておきましょう。重要なのはオメガの目的です。』


 オメガが単純に善意から魔法少女を助けているのか、それとも何かオメガには目的があってそのために魔法少女を利用しているのか。


 後者であれば魔法少女を殺さないことを条件に協力体制を取ることもできそうだが、もしオメガの目的が魔族の殲滅、もしくは魔族の目的と被る場合は敵対の道を選ばざるを得ない。


「やはり奴の目的は我々の殲滅なのではないか?」


「私もそう思うわ〜」


「吾輩は魔法少女を利用しているだけだと思うぞ。」


「やはり不安の種は抹殺すべきでわはないか? 我々『七魔帝』総出でかかれば余裕だろう。」


「その考えは浅はかですね。まだオメガの強さの底が見えない以上、まずは調べるべきです。」


「何だと? ならば奴が我々に牙を向いたらどうするつもり——」


 話し合いが激化していた時、部屋の扉が重厚な音を立てて開いた。


 コツ——コツと誰かが入ってくる足音がする。


『騒々しいな』


 地獄の底から響くような声でそう言った。


 その人物は部屋の最奥にある玉座へと腰をおろした。


 魔帝達が入室してきた人物を見た途端、全員が話し合いを止め、椅子を立ち、玉座の前に跪く。


「気分を害してしまい申し訳ありません。」


『良い……それよりも先程話していたのは報告にあったオメガのことか?」


「はい、その通りでございます。」


『我らを攻撃してきた時点で敵だ。どんな目的があろうと関係ない。』


「「「「はっ!」」」」


 先程まで統率の取れていなかった魔帝達が声を揃えて言う。


『セレク、例の準備を始めろ。お前には期待している』


「かしこまりました……魔神、ヴェヌズフィア様。」


 セレクは深く頭を下げた。



 ◇




「蒼太、久しぶりね」


「ん? 玲奈か、久しぶりだな。」


 いつも通り昼休みに屋上に来て先日の余韻に浸っているとと久しぶりルナが現れた。


 ここ最近学校に来ていなかったので恐らくあの事件の後処理でもしてたんだろうな。


「無事だったようで安心したわ」


「まぁな、これでも逃げ足には自信があるんだ。」


「ふっ、相変わらずね。はいこれお弁当今日も余ったから。」


「おう、ありがとう」


 俺は玲奈からお弁当を受け取り蓋を開ける。


 今日も和食中心の彩が取られたお弁当でめちゃくちゃ美味しそうだ。


「悪いな。」


「いいのよ、残りもの処理のようなものだから。」


「本当にありがとう、いただきます。」


 うん、やっぱり美味いな。


 久しぶりのちゃんとした飯だ。


『全くだな、この娘の料理は本当に美味い……』


(……お前味分かるのか?)


『味覚と嗅覚も共有出来るからな。まずい飯の時はオフにしてる』


(……)


 俺、本当にこいつと一体化しちゃったんだなぁ……


「……ねぇ、蒼太。」


「なんだ?」


「好きな人とかできたことあ——」


「ない」


「……聞く人を間違えたわね、ごめんなさい。」


 それは本当に俺に聞かれても困る。


 俺は前世から人を好きになったことはない。まぁ強いて言うなら魔法少女が俺の初恋だが。


「……私ね、最近もしかしたら好きな人ができたかもしれないのよ。」


「おい、俺を恋愛相談役に起用するのは絶対間違っているぞ。」


「いいから黙って聞いてなさい。その人は私が絶望して困っている時にすぐに駆けつけて救ってくれたの。」


「へぇ……」


 随分と優しい人がいるんだな……俺だったらその様子を遠くからじっと見つめて楽しんでからにするけど。


「でもその人はとても遠くにいる気がして……私なんかじゃ到底届かない場所にいるの。私は彼に釣り合わないのよ。」


「……そう卑下することもないんじゃないか? 玲奈は美人で優しくてかっこいいじゃないか。俺はそういうところ好きだよ。」


「えっ!?」


 俺が彼女を素直に褒めると彼女はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。


 ん? 褒められ慣れてないのか?


「な、な、す、好きって!?」


「そのままの意味だ。玲奈のそういうところは好きだ。」


「ふーん、そうなんだ……でもごめんなさい。私の好きな人はあなたなんかより何倍も魅力的な人なのよ」


 なんか勝手に振られたんだが……


「そうか、それは残念だ」


「ふふ、ふられちゃったわね。」


「別に告白したわけじゃないし」


「でもあなたのことも彼の次くらいに好きよ……そう、彼には劣るけどね」


「へいへい」


 ルナにここまで好かれるなんてどんなやつか気になるな……


 俺はそんなことを考えつつ弁当を食べ勧めた。


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