麗しのきまぐれ皇太子が選んだ奴隷の私 ドアマット少女のシンデレラストーリーとその後のこと

杏樹まじゅ

麗しのきまぐれ皇太子が選んだ奴隷の私 ドアマット少女のシンデレラストーリーとその後のこと

「あら、こんな所にドアマットが。気が利くわね」


 いちばん年上のアリステア姉様はそう言うと、床を雑巾がけする私の黒いワンピースの背中でお履き物の泥を落としなさいました。


「ほんと、よく泥を落とすドアマットですわ」


 二番目の姉様、システィーナ姉様もそれに続かれました。


「そこの通り、ぬかるんでたまらないんだよねえ」


 三番目の姉様、カテリーナ姉様は、黄色い大きなリボンをつけた私のボブヘアを掴んで、ぐいぐいと念入りに私の背中をお踏みなさいました。


「はー、きれいになった、いきましょう」


 三人は笑いながら玄関からリビングに歩いていきました。

 今日はお城で舞踏会がありました。

 なんでも、大公殿下もいらっしゃったとか。

 なるほど、どうりで。

 それはそれはご機嫌麗しいご様子でございます。


「痛くない?」


 いいえ、お姉様たちの靴が綺麗になってよかったです。


「むりしないで」


 無理なんかしてません。

 大丈夫ですよ。


 ……


 申し遅れました。

 私、この家の四女、シルヴィアーナでございます。

 いつも真っ黒いワンピースに、頭には母の形見の黄色くて大きなリボンを付けております。

 もっぱら、この家ではドアマットとよばれております。

 そのものずばりな名前でございます。

 四女と言っても、姉様方とはお母様が違います。


 お父様はこの地方の有力な伯爵、デイビッド・スミス伯爵で、王都の王室にも顔が利く素晴らしいお方であらせられます。

 姉様方のお母様も美しい伯爵夫人として名高かかった、アンジェリカ・スミス公爵夫人。

 姉様方三人の見目麗しい娘様に囲まれ、それはそれは幸せに過ごしたといいます。


 お父様が、異国からの奴隷として買い付けたメイドだった私の母、デボラにお手つきをなさいますまでは。


 当時十九歳だった母の妊娠を知ったアンジェリカ公爵夫人はショックのあまり倒れられ、2週間後に亡くなりました。

 それを知った、まだ幼い──十歳と八歳と五歳であらせられました──姉様方は、妊娠三ヶ月のお腹の子──つまり私でございます──を激しく憎んだのでありました。


 よって、私シルヴィアーナはこの世に生まれた瞬間から、奴隷の子であり異人とのハーフであり、そしてドアマットなのでありました。


 あ、ちなみに私が頼れるヒトはもはやこの世にありません。

 母は私を産んだ後すぐ、責任を感じて自ら命を断ちました。

 私がここに生かされているのは、この浅黒い肌に黒い髪、緑の瞳というこの国の方々から見ればおおよそ不可思議な見た目をしているからという理由で、お父様が物珍しさに手元に置かれた、の理由でございます。


 ……


 そんな我が家に激震が走ったのは、九月のたしか十日ごろ。

 なんと、皇太子陛下が我が家にやってくると言うのです。


 なんでも、皇太子陛下は地方での狩りがお好きなようでございます。

 特に、この街の裏手の山では、うさぎや雷鳥が捕れます。この地域のジビエは味が良いと、特産にもなっております。

 なので定期的にこの地域に来ては、得意のマスケット銃で仕留めて、地元のレストランに持ち込んで舌鼓を打つのが、大のお好きだとか。

 そこで活躍なさったのが、我らがお父様。あちこちのいい狩場を案内した上に、極めつけは我が家には自慢のシェフがおります、のひと言。

 近衛隊長の言葉には耳も貸さずに、では、貴公の家にしばらくお世話になろう、と、借りる予定だった宿をキャンセルし、我が家にお泊まりになることと相なりました。


 姉様達もおお喜び。

 まさに一世一代のチャンス!

 あたしが皇太子妃よ。

 と自信満々にアリステア姉様(二十四)。

 わたくしだって、負けてませんわ。

 と余裕綽々のシスティーナ姉様(二十二)。

 なによう、わたしだってぇ!

 と負けず嫌いにカテリーナ姉様(十九)。


 私も、他のメイド達と姉様に合う服をクローゼットから出しては仕舞う、大忙し。

 でも、私は奴隷の娘。

 他のメイドとは扱いが違います。

 転ぶとビンタ。

 指定した色と少しでも違うとビンタ。

 丈がほんの少しでも合わないとビンタ。

 え、いたくないのか、ですか?


 いたいですよ。

 あんまりいたいから、なきました、私。

 でも、慰めの言葉なんかありません。

 ビンタが飛ぶだけでございます。


「大丈夫?」


 ええ。

 大丈夫。

 いつもの、ことですから。


「今日もやられたね」


 気にしてませんよ。


「待っててね、もうすぐだよ」


 なにが?


「もうすぐだよ」


 ……


「きみ」


 皇太子陛下が我が家にいらしてから二十三分後。


「はい、なんでしょう?」

「陛下、なんでございましょう?」

「お呼びになりましたか?」


 絢爛豪華なドレスに身を包まれた三人の姉様方が、同時に反応して、陛下を取り囲みます。

 胸がいちばん大きなアリステア姉様は胸元の空いたドレスの谷間を強調しながら。

 髪の毛がいちばん綺麗なシスティーナ姉様はさらりと手でなびかせながら。

 お目目がいちばん大きなカテリーナ姉様は、ぱちぱちとまつ毛を瞬かせながら。

 三人の美女に囲まれて、それはそれは幸せでしょう。

 なにせ、アンジェリカ・スミス公爵夫人の血を引く正統な伯爵令嬢。

 顔立ちの美しさ、プロポーションの美しさ、仕草の美しさ。

 全てが一級品でございます。

 全てがおおよそこの国のヒトとは何から何までちがう醜い私とは、天と地の差がございます。


 ──いいなあ。


 いけない、ふと、ため息がでてしまいました。

 黒いワンピースに黄色いリボンの私は、玄関の壺をまた磨き始めました。


「呼んでるよ」


 え?


「呼んでるよ」


 誰が?


「きみ」


 甘い甘い、蕩けるような優しい声がします。

 誰を呼んでいるのでしょう。

 アリステア姉様? システィーナ姉様? カテリーナ姉様?


 ああ、せめて。

 せめてこの髪が黒ではなく金だったら。

 ああ、せめて。

 せめてこの瞳が緑ではなく青だったら。

 ああ、せめて。

 この肌が褐色ではなくて白だったら。


 どんなに。

 ……どんなに。


「呼んでるよ」


 ……


「きみ」


 ぐいと腕を引っ張られて、振り向かされた先には、深い、海より深い青い瞳。

 プラチナよりもきらきら輝く髪の毛。

 皇太子陛下。

 そう気づくまで、何秒かかったでしょう。


 がしゃん。


 磨いていた壺が落ちて割れました。

 ああ、たいへん。

 ご飯を何日抜かれるでしょう。

 この前花瓶を割った時は、全裸で倉庫の中で四日閉じ込められました。

 暑い夏の日で、トイレもなくて。

 汚物まみれになって立てなくなった私は意識が無くなるまでヒールで蹴られ続けました。


「きみ、素敵な瞳をしている」

「……は……?」


 かろうじてそう息を吐くのがやっとでした。


「なんて素敵な肌の色なんだ」

「……はい……?」


 やっと返事ができた私の唇を、陛下が奪いました。


「気に入った。妃になってくれ」


「ええええええ!」


 悲鳴を上げたのは姉様三人方でした。


「お許しください!」


 私は掴まれた腕を払い除けると、地面に這いつくばって額を床に擦り付けました。


「奴隷の子の私が、陛下のお身体を汚してしまったこと! どうかお許しください!」


 ああ。

 刺さります。

 いたい、いたい。

 姉様達の凄まじい敵意と殺意が、全身を刺します。


「どうか!」

「この恩知らず!」


 アリステア姉様の怒声を皮切りに、一斉に三人が私の元に駆け寄ります。

 ああ。

 また何時間も蹴られるのか。

 今度は何日ご飯を抜かれるでしょう。


「待ちたまえ」


 陛下が姉様と私の間に立ちました。


「君たちには、紹介したい方がおられる」

「わたくしたちに?」


 虚をつかれた三人は、きょとんとした。


「こんにちは! ごきげんいかが?」


 がちゃりと玄関のドアが開いて、そしてそこに立っていたのは、でした。

 真っ黒いワンピースに大きな黄色いリボン。

 褐色の肌に緑の瞳。


「わたし、メノウって言うの! なんとこの度あなた方に、取っておきのプレゼントがあります!」


 メノウさんは、両手を広げてにっこりと笑った。

 とても、にっこりと。


 ……


 メノウさんとおっしゃっるいつものあの子と入れ替えに、陛下は私の手を引いて、家の横に付けた白い馬車に乗せました。

 直属のメイド様が何人か同時に出てきて、陛下の足元で跪きました。


「この子を私の妃とする。私の妃探しも、今日で終わりだ。城に帰るぞ。メアリ、リタ、アシュリー、一緒に来るように。帰り次第、式の準備を始めよ」


 はい。

 静かにそう言うと、呼ばれた三人のメイド様達は、私の両脇に座りました。


「あ……あの……」


 私がやっとのことで言葉を絞り出したとき、既に馬車は走り出していた。


「なんだい?」

「あの……あの……私は……」

「ああ、そうだ。私の妃になる。明日の正午には挙式を上げる」

「き、きさ……」


 何が起きているかわかりません。

 私は、奴隷の子。

 私は、ドアマット。

 着ているのは、ドレスではなくただの黒いワンピース。

 姉様の足跡だらけの……


「見せてごらん」

「は、はひぃ」


 まともに声も出ない私は言われるがまま手を差し出しました。

 あちこち、アザだらけ、傷だらけ。

 恥ずかしくて恥ずかしくなりません。


「なんて綺麗な肌なんだ……」

「きれい……?」


 ふと、夜の街道を映す窓ガラスを見ます。

 痩せこけてクマができた、貧相な私の顔が見えます。

 ……と。


「うっ……うええええっ」


 なんということでしょう。

 あまりの異常事態に、遂にわたしのお腹は限界に達したのか、向かいの陛下の足元に、嘔吐してしまったのです。


「陛下……!」


 さすがにメイド様達も焦りを見せるけれど、陛下は全く動じません。


「きみこそが、私が長い長い間追い続けた美しさを持った存在。大丈夫。こんなことでは手放さないよ」


 そういうと、嘔吐物まみれのわたしの口に、優しく口付けをしたのでありました。


 ……


「起きて」


「起きて」


 ん……


「朝だよ」


 え……そんなに寝ちゃってた?


「ほら、起きなきゃ。今日は式だよ」


 式って、なんの?


「わたしたちの、式だよ」


 ……


 深夜遅くにお城に着いて、日が昇る前にメイド長様に起こされてからやっとはじめて、夕べのことが夢では無いとわかりました。

 そこからの半日は、戦争みたい。

 コルセットすら締めたことのないアザだらけの私は、気がつくとあっという間に皇太子妃に相応しい純白のドレスを身につけておりました。


「やあ、どうだい? ……おお、やっぱり、私の目に狂いはなかった」


 そう言うと、私をギュッと抱きしめてくれました。


 ……


 わたしは生まれた時から日常的に姉様たちの暴力にさらされていました。

 だから、絵本も読んだことがありませんし、そもそも字が読めませんし書けません。

 だから、結婚式がどんなものか知りませんでした。


 でも、国中の人々が押し寄せる大聖堂で誓いのキスをして拍手喝采に包まれたとき、これが初めて幸せなんだと気づきました。


 ……


 その夜、陛下が後宮に設けさせた私の部屋に訪れて、私はドアマットから女になりました。


 ……


「幸せ?」


 うん、とても。


「幸せ?」


 うん、すごく。


「よかった、メノウが守ってきた甲斐があったなあ!」


 ……どこいくの?

 もう、会えないの?


「ふふ。ずっといっしょだったじゃんか」


 ずっと?


「わすれんぼさんだね」


 そういうと、黒いワンピースに黄色いリボンの女の子は笑いました。


 ……


 お腹に陛下の赤ちゃんがいるとわかったのが、その半年後。

 陛下と二人のディナーの時に吐いてしまってから、お城のお医者様が駆けつけてくれてわかりました。

 まず、陛下が私を高い高いしてくれました。

 陛下、奥様のお身体に障ります、メイド長様がお叱りになりました。

 次に、皇帝様、皇妃様が目を細めて祝福してくださいました。

 初めての孫にご期待と親愛の眼差しを向けてくださいました。

 ニュースは瞬く間に国中に広がります。

 陛下が手配した屋根のない馬車に乗って、パレードに出ます。

 みんな手を振って、旗を振って、私達の子供を祝福してくれました。


 あ。


 いま、黄色いリボンのメノウさんが、ちらりと見えました。


「どうしたんだい?」


 そう言って私の手を取ってから振り返ると、もうメノウさんはそこにいませんでした。


 ……


 メノウさん。

 メノウさん。


 返事してよ。


 寂しいよ。


 メノウさん。


「ここにいるよ。大丈夫だよ」


 ……


 赤ちゃんが産まれました。

 女の子です。

 私と違って、とても可愛らしい、女の子らしい赤ちゃんです。

 私は十五歳で身体が小さくて難産だったから、尚のこと可愛く見えます。

 名前は兼ねてより決めていました。

 陛下も、賛成してくれました。


 小さかったその子は、おっぱいをたくさん飲んでくれて、すくすくと育ちました。


 ……


「シルヴィ」


「シルヴィ」


「聞こえる?」


「シルヴィ」


 ……


 私達の子どもは、一歳になりました。

 なぜかどうしてか、姉様たちに会いたくなりました。

 この子に、叔母さん達の顔を見せたくなったのです。

 メイド長さんを呼びました。

 けれどどうしてか、埒が明かないのです。

 いいえ奥様、そう言うだけで答えてくれないのです。

 陛下を呼びました。


 ふむ。


 ひと言そう言うと、顎に手を当ててしばらく考えたあと、時間をおくれ、そう言って微笑んでくれました。


 ……


「シルヴィ」


「シルヴィ」


 ……


「あら、よく来たわねえ!」


 アリステア姉様が玄関を開けるなり、出迎えます。


「まー、この子がシルヴィアーナの子なのねえ!」


 システィーナ姉様が小さな娘を高い高いしてくれます。


「もう、シルヴィアーナもお母さんなんだねえ!」


 カテリーナ姉様も嬉しそうに笑います。


「あのね……姉様たち……」

「ん、なあに?」


 アリステア姉様が笑顔で答えます。


「私のこと、許してくれるのですか」

「なーに言ってるの、家族じゃない!」

「ねー、水くさいことはなしよー!」


 柔らかい笑い声が懐かしい家に響きました。


「よかったね」


 娘に離乳食をあげていると、耳元で聞き覚えのある声が聞こえました。


「わすれんぼさん」


 え?


 窓を見ると、植え込みの端に、黄色いリボンが見えました。


 ……


「シルヴィ」


「聞こえる?」


「シルヴィ」


「ねえ」


 ……


「お母さま」


 今日は娘の結婚式。

 あんなに小さかった娘も、もう十六。

 夫も四年前に皇帝になり、私も皇妃になりました。

 お相手は、隣国の小国の第一王子。

 台頭する海を挟んだ反対側の超大国に、同盟国との蜜月関係をアピールする絶好の機会でもありました。

 私に似て、褐色の肌の娘。

 白いウェデングドレスがとてもよく似合います。

 今日は私が髪を結ってあげます。


「似合いますか? どうでしょうか」

「ええ、とてもよく似合いますよ。……さあ、行ってらっしゃい、メノウ」


 それじゃあ、また。

 娘はそういうと、大聖堂へ続く廊下への扉を開けて部屋を後にしました。


「本当に、綺麗になったな」

「ええ。あなたに似てよかった」

「なにを。きみにもよくにて、美しい肌をしている」


 ねえ、あなた。

 私はふと浮かんだ疑問を口にしました。


「あの子にメノウと付けたのは、だれだったかしら?」


 ……


「シルヴィ」


「シルヴィ」


「時間だよ」


「もうすぐだよ」


 ……


「ねえ」


 私は聞きます。

 愛しい愛しい、私の夫に。


「ねえ、あなた」

「なんだい、シルヴィ」


 もう何ヶ月も前から、流行り病で肺の腑を悪くしてから、ベッドから起きられません。

 今日もメノウが孫を連れて来てくれました。


「私の、どこがよくて、結婚してくれたの? 奴隷だった、私の……」

「……綺麗だったんだ。とても。その肌の色が。その瞳の色が。……それだけじゃ、だめかい」

「ううん。でも……」


 最近、夢を見るのです。

 黒いワンピース、黄色いリボンが良く似合う女の子が、燃え盛る屋敷の前で立ち尽くしている夢を。


「……夢だよ、悪い夢だ。今日は冷える。こういう日に、悪い夢を見るものさ」


 あれは、メノウさんでしょうか。

 それとも……


「おばあちゃん、元気だして!」


 孫──メノウの娘が励ましてくれます。

 でも、今日は。

 今日は。


「ごめんね、リリィ。今日はおじいちゃんとお散歩がしたいわ」

「シルヴィ、起きてはならぬとあれだけ医者が」

「いいの、お願いあなた。庭に、連れて行って」

「シルヴィ……」

「お願い。庭に」


 折れた夫は、私を抱き起こすと、車椅子に乗せました。


「今日は冷えるな……寒くないかい」


 何万回も夫と散歩した城の中庭。

 けれど、今日は、今日こそは会える気がするのです。


「シルヴィ」


「シルヴィ」


 ほら、聞こえます。

 そこのバラの植え込みから。

 そこのヒメギクの花壇の影から。

 そこの噴水の後ろから。


「シルヴィ」


「シルヴィ」


「待って」

「おいおい、立っちゃだめだ──」

「待って!」


 身体が軽い。

 今日は走れる。

 ほら、すぐそこ。

 ほら、もうすぐ会える。


 がさっ。

 バラのトンネルをくぐった向こうに。


 ……みーつけた。


「メノウさん」

「時間だね、シルヴィ」

「そう……もう時間なのね」

「返して、あげよっか」

「……ううん、いい。大丈夫」

「そっか」

「もう、じゅうぶん生きた。愛された」

「そっか」

「私の思い出は、あなたにあげるわ。それでもう一度、生きてちょうだい」

「わかった。メノウ、今からもういっかい、シルヴィに成るね」

「ありがとうね」

「こちらこそ、ありがとう。今までお疲れ様でした、シルヴィ! おやすみなさい」


 褐色の肌が好きな物好きな皇帝陛下が駆けつけた時には、私はバラに囲まれてすでに眠っておりました。


 ……


「シルヴィ」


「シルヴィ」


「あなたのことはね、わたしが守るの」


 ……


 五日目。

 四時間半後。

 倉庫前。

 全裸のシルヴィが姉という名の三人のケダモノに、暴行を受けている。


 ……


 この日が初めてだった。

 シルヴィがわたしを必要としたのは。

 わたしがシルヴィの手から離れたのは。

 だから、思いっきり「生きて」やることにした。


 全身から力が溢れた。

 大好きなシルヴィの為なら、なんだって出来た。

 生きるための力がみなぎった。


 アリステアの両目を引っ掻いて、潰した。

 システィーナの胴体を貫いて心臓をえぐり出した。

 カテリーナの頚椎をねじり切った。


 後は三人が意味の無い赤い塊になるまで、引きちぎり潰し続けた。


 ちょうど、事件が起きたとき。

 狩りの帰り、皇太子が近衛隊長と共に屋敷の近くを通った。


「なんだ? 火事か?」

「なんでありましょうか」


「……あれは、なんだ?」


 燃え盛る屋敷の前で、両の手を血に染めた褐色の全裸の少女を、その目に焼き付けた。


「なんと……美しい」


 皇帝陛下は、一言、そう漏らした。



【完】

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