第141話 観衆を味方に 観衆に〈せいぎ〉を?

 雲一つ無く晴れ渡る空。

 心地よい風が頬を撫で、豊かな大地の香りが鼻腔をくすぐる。


 最高の決闘日和だ。


 一世一代の晴れ舞台に胸が高鳴る……。

 訳も無く、俺とサクラは普段と変わらずイチャイチャしている。

 公衆の面前で。


 帝城での口喧嘩から今日まで、俺とサクラはヘルピーの指導の下

 かなりレベルアップできたと思う。

 決闘とは全く関係ないを……。


「カミーユ。ご褒美を用意しているからサクッと終わらせてね」

「ご褒美はサクラの笑顔で十分だ。しかし、あまりにも早く終わらせるのもギャラリーに申し訳ないので、皆が楽しんで貰えるように工夫するよ」

「そうね。チケット代の元が取れる程度には楽しませないと申し訳ないわね」


 とても今から決闘を行うとは思えない会話をしながら、決闘場の関係者専用門とくぐり、決闘の舞台に足を踏み入れた。


「広いな」

「相手は一万を超えるらしいわよ。各国騎士団と一部の高ランク冒険者だそうよ」


 流石に一万人以上の人間が戦う場所だけあってだだっ広い。

 東京ドーム何個分かは判らないが、一万人の兵士が十分に戦えるだけの広さがあるのは間違いないだろう。


 敵陣には騎士達が整然と隊列を組み、様々な国旗が風に靡いている。

 最前列には冒険者達が並んでいる。


「約束の時間より早く来たが、準備万端のようだな」

「恐れを成して逃げ出したと思ったぞ。この場に来た事は褒めてやろう」


 ライオネル帝国ハリスン陛下が小物感溢れるコメントを繰り出す。

 俺一人に対して一万人以上の戦力だから確実に勝てると思っているのだろう。

 確かに一騎当千の猛者もさも万を超える数の暴力には抗えないだろう。

 

 人類の枠で考えるならば……。


「カミーユ殿。此処ここにいるメンバーで全員ですかな?」


 決闘の審判であるドノヴァン帝国ジェイコブ陛下が確認する。


「あぁ。以前帝城で話した通り決闘の参加は俺一人だ」

「私の護衛としてザクスとナタリーの二名、宰相であるアンジェラの代理としてアリーゼが関係者席に入ります」


「了解した。エデン側の関係者席には余裕があるので問題無い。では、そろそろ始めるとしよう」


「これよりライオネル帝国、レクストン共和国、センドラド王国王国及びドノヴァン帝国を除く世界各国と女神クレティア様の使徒カミーユ殿が建国されたエデンとの決闘を執り行う」


 風魔法に乗せジェイコブ陛下の声が会場中に響き渡る。


「私は審判を務めるドノヴァン帝国皇帝ジェイコブ・ハーヴィー・ウル・ドノヴァンである」


 ゆっくりと会場を見回し会場が静かになるのを待つ。

 

「先ず、今回決闘に至った経緯及び決闘のルール。勝者が得るもの等を再度確認する」


 俺の元にライオネル帝国ハリスン陛下がラブレターを送った騒動の切っ掛けから丁寧にジェイコブ陛下が風魔法に乗せて判りやすく説明していく。


 観衆はヤジを飛ばす。

「エデンが喧嘩を売っただけだろう!」

「正義は常に帝国にある!」

「さっさと始めろ! 帝国に楯突くとは百年早い!」


 武闘祭のメインイベントを中止し決闘に変更した理由を帝国側は『三大国及び世界各国を侮辱した者に慈悲深い我々は決闘にて鉄槌を下す』と喧伝していたのだから当然だろう。


 しかし、ジェイコブ陛下の話が進むにつれ観衆は徐々に静かになっていく。

 どちらに非があるのか、どちらの主張が正しいのか理解したのだろう。

 しかし、声を上げて帝国側を非難する者はいない。


 決闘場を見れば帝国側は一万人以上の騎士達が整然と並んでいる。

 万に一つも帝国が負ける事はあり得ない。

 自分達は帝国に住んでいる民なのだ。

 帝国非難をすれば拘束され罪に問われるのは明白……。


 誰もが忸怩じくじたる思いでジェイコブ陛下の声に聞き耳を立てる。

 決闘のルールの説明が終わり、勝者が得るものを説明していく最中に再び観衆がザワつき出す。

 明らかにエデンが求める内容と帝国側が求める内容に釣り合いが取れていないからだろう。

 エデンは俺の命とその他全てを差し出すのに対し、帝国側は献上品の返還と免税だ。

 センドラド王国の魔素供給停止もあるが、帝国民には関係ない事だから気にしていないのだろう。


「帝国側の参加人数は各国騎士一万二百名、冒険者五十名、武闘祭メインイベント参加予定者三十二名。合計一万二百八十二名でよろしいか?」

「相違ない」


 ジェイコブ陛下の問いに対しハリスン陛下が代表して答える。

 観衆のざわめきが増す。


「エデン側の参加はカミーユ殿一名で相違ないか?」

「帝城での宣言通り俺のみだ。相違ない」


 俺も声を風魔法に乗せて答える。


「うっ、嘘だろ……」

「端から勝つ気が無いのか?」

「否。奴は王国のある領地を一人で更地に変えたらしいぞ? 一人で勝つ気だろうよ」

「それもあるが、何処か小国の騎士団を魔法一つで全滅させた噂もある」

「それでも、一万対一じゃ勝ち目はねぇだろ」

「これは決闘じゃねぇ。単なるリン『馬鹿野郎! それ以上言っちゃまずい』」


 観衆がどれだけ騒がしくなろうともジェイコブ陛下は粛々と確認作業を進めていく。


「帝国側から確認事項や質問事項は?」

「問題無い」


「エデン側からは?」

「二点ある。提案と確認だ」

「では提案から聞こう」


 若干驚いたようだがジェイコブ陛下は直ぐに冷静になり話を進める。


「今回の参加者には武闘祭メインイベント出場予定者が含まれていると聞いた。彼らの晴れ舞台を奪ってしまったお詫びも兼ねて、決闘開始はその者達と戦いたい。いかがだろうか」

「これから死にゆく者の望みだ。構わん」


 価値前提での上から目線で傲慢でムカつく回答だ。

 いかにもハリスン君らしい回答だ。


「確認事項とは?」

「あぁ。これは冒険者ギルドへの確認だ。この決闘に参加している冒険者とやらは冒険者ギルド所属の冒険者なのか?」

「ちっ、違いますぞ! 冒険者ギルドはこの決闘への参加は禁止する事と違反者はギルド資格を永久剥奪する事も通知しております。当然カミーユ殿との約定についても周知しております。決闘に参加しているという五十名の冒険者という者達と冒険者ギルドは無関係です。今回の立会人受託は事前にご了承を頂いていると総合ギルド総本部長より聞きましたので受諾いたしました」

「立会人の件は問題無い。冒険者ギルドの対応も理解した。今回は冒険者ギルドへの罰則は無しだ。残念だが、あそこにいる五十人の冒険者達には女神クレティアの使徒として神罰を下す」


 ガクガクと壊れた人形のように冒険者ギルド長が首を縦に振る。


【マスター。クレティア様の使徒として、エロ魔王極として、鉄槌を!】

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