第120話 媚びを売りまくる魔王

 颯爽と部屋を後にしようと俺史上最高に格好つて歩いていたが、ヘルピーの一言で動きをピタリと止めた。


「あっ、えぇぇっっっと……。今のは契約不履行になったりする?」


 先程まで自信満々の表情で元ギルド長に語りかけていた俺は恐らく幻だったのだろう。


「あっ、え~~~。あぁ~~~。もっ、問題ありません」


 顔を引きつらせてユベール統括が問題無いと言ってくれた。


「はっ、はい。とっ、特に問題ありません……」


 グランドマスターも慌てて肯定してくれる。

 これで全く問題無い。


「ではサクラ。アリーゼ。旅の続きを再開しよう。皆さんも良い一日を」


 逃げるように部屋を後にし、そそくさとエデン用の打ち合わせ室に逃げ込む。


「カミーユ。危なかったわね。ヘルピー姉さんが教えてくれたの?」

「ああ。ヘルピーが教えてくれなかったら大変な事になるところだった」

「あっ、あの……。ヘルピー姉さん?」

「アリーゼは知らなかったわね。私もつい最近知ったのだけれど、クレティア様の眷属でカミーユがエルトガドで活動する際の超有能秘書? 的な絶世の美女よ。アリーゼもクレティア様からカミーユの妻として認められれば会えるわよ」

「はい。励みます!」


 この二人は白昼堂々何を言っているのだろうか。

 俺の意志は無関係に話が決まっていくのが恐ろしい。

 俺の意志もそうだが、クレティアが認めなければ俺の妻になる事が出来ない事を忘れていないだろうか。


【マスター。クレティア様からの許可は既に得ていますよ? アリーゼがマスターのマスターを見て顔を赤らめていたその日に……】


 外堀を埋められた状態を俺が体験するとは思っていなかった。

 外堀を埋めた事も無いが……。

 俺も覚悟を決める必要が……。

 否。俺は最後まで諦めない。


「その話は置いておいてだ……。冒険者ギルドの件も無事片付いた事だし、旅を再開しよう。既に当初の予定よりかなり遅れている。建国祭の日程にも影響が出てしまいかねない」


 無理矢理話をぶった切って出発の準備に取りかかる。

 準備と言っても俺とサクラが特に何かする必要は無いので、ホテルに持ち込んだ私物を馬車に積み込むのを待つだけだ。


 短い間だったがお世話になったホテルにはお礼としてハンドクリームや各種カロリーバーにポーション、エナジードリンクをそれなりの数を渡しておいた。

 

 俺は魔王では無く女神の使徒カミーユだからな。


 少しでも魔王のイメージを払拭しておきたい。

 権力者から嫌われても市民達から絶大な人気を誇っていれば多少は違うだろう。


 俺は市民達に媚びを売る!


 これから行く先々で媚びを売りまくる決意をしながら王都を後にする。

 城門にはお見送りとして王都のシスター達や各ギルド長、セシル宰相が駆けつけてくれていた。


 此処ここでも媚びを売る事を忘れずにお土産を手渡し王都を後にする。

 当然門番達にも媚びをしっかりと売っておいた。


「カミーユ。少しお土産を渡しすぎじゃ無い?」


 若干呆れ気味にサクラが訪ねてくる。


「そうか? 今日渡した物はエデンの主力商品だから少しでも多くの人に試して貰って口コミが広がれば良いと思ったんだが……、まずかったか?」

「別に悪い訳では無いのよ? ただ予定以上に渡していたので、今まで同じ事をしてきて何も貰えなかった人達から不満が出る気もするのよ。細かい事だけど、一応どのような時に何を渡すのかある程度決めていたでしょ?」

「そうだったな……。悪い。俺が冒険者ギルドの件でやらかしたから後ろめたかったのだろう。今後は気をつるよ」


 正論をぶつけられると言い返せない。

 早速、市民に媚びを売りまくる計画が破綻してしまった。


 それから馬車でのんびり話しながら、時にはユニコーンに跨がりながら、各地の教会へと赴きクレティア像の作り替えとシスター達への祝福を与えながら旅を続けた。


 基本的に馬車で寝泊まりする特に問題無く旅は進んでいく。


 野良の魔獣を狩ったり、ザクスと剣術の稽古をしたり、ナタリーと体術の稽古をしたり、旅は充実していた。


 毎晩寝台馬車が激しく揺れていたが、特にアリーゼが参戦する事も無く、平和と言って良いだろう。


「カミーユ様。順調に進んでいる事は喜ばしい事ですが……」

「何かあるのか?」


 旅は順調すぎるほど順調に進んでいる。

 夜中にユニコーン隊が空を駆けて次の目的地の側まで移動した事もあったので、再開時の予定よりも二週間ほど短縮している。


 空を駆けている時にサクラが興奮しすぎて激しく寝台が揺れて危うく落ちそうになった事は良い思い出だ。


「実は、ライオネル帝国では四年に一度武闘祭を行っておりまして、このままですと武闘祭開催中に帝国に到着します」

「俺としては問題無いが、帝国側が問題あるのか?」


 俺としては粛々と教会を回るだけなので特に問題は無い。

 エルトガド一の大国なので、一応皇帝に会うつもりであるが、四年に一度の武闘祭の最中であれば短時間で済むだろうから逆にラッキーだ。


「武闘祭には各国に招待状が届くの。私達エデンには招待状が届いていない。にも拘わらず武闘祭中に帝国に赴いた場合、帝国としては面白く無いでしょうね」

「えっ? 面倒くさいな。別に武闘祭を観戦する訳でも無いのに、公国貴族はそんなどうでも良い事を気にするのか?」

「そうね。貴族は必要以上に対面を気にする生き物よ。今回の場合、帝国としてはたとえ小国であろうと国王に招待状を出す事を失念していた。はっきり言えば帝国の落ち度だけれど、それを判っていながら帝国へ赴く事は帝国に恥をかかせたと取られるでしょうね」


 はっきり言って訳が判らない。

 別に武闘祭に参加する訳でも観戦する訳でも無いのに。


「俺達は武闘祭では無く単に教会に行くだけなのにか?」

「帝国に入国する事自体を問題とするでしょうね」


 トラブルになる事が判っているのなら避ければ良い。


「了解した。武闘祭の期間中には帝国以外の国を回ろう」

「カミーユ様。今から三ヶ月ほど帝国は武闘祭となります。武闘祭終了後概ね二ヶ月間は他国の王族が帝国を訪れない事が暗黙の了解です」


 と言う事は今から五ヶ月ストップ?

 その間他国を回れば良いのだが、それでも五ヶ月もかからない。


「面倒だから、予定通り帝国の教会を回る。ついでに武闘祭に出場して使徒の国エデンが武の国である事も世界に判らせよう」


 サクラとアリーゼが深いため息をつく。


【マスター。良いタイミングで武闘祭ですね。マスターは魔法に長けていると思われていますので、筋力バカで体力バカの脳筋野郎だという事を見せつけてやりましょう】

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