第119話 契約不履行?
冒険者ギルドのグランドマスターと奴隷契約をする。
しかもグランドマスターが奴隷となる……。
前代未聞の俺の提案に場は凍り付いてしまった。
「わっ、私の覚悟が信じられないと?」
「それは違うな。今の覚悟は信じているが、未来は不確実だ。貴女の提案はこの場で完結するものでは無い。誰が未来を担保するんだ?」
それこそグランドマスターの気持ち一つで賠償が終了してしまうのだ。
誰がそんな未来の話を信用出来るだろうか。
「逆に聞くが、君達は誰かにお金を貸す時に信用調査はしないのか?」
「それは当然します」
ユベール統括が答えてくれた。
「それはギルドがその人物から確実に回収可能かを調べるのだろう?」
「勿論そうです」
「では、グランドマスター。貴女は俺とサクラに信頼されていると思っているのか?」
「……」
「そして彼女の提案には期限が無い。誰が何を担保出来ると? 何歳まで働いてどの程度の金額になるのか誰も判らない。極端な話をすれば、今日の帰りに死ぬ可能性だってあるんだ」
「グランドマスターとしては今後の人生全てを捧げると思っているかも知れないけれど、
サクラがバッサリと切り捨てトドメを刺した。
グランドマスターは顔面蒼白。
ユベール統括はどうしたものかと思案顔だ。
「ユベール統括はこの事を知っていたの?」
「はい。知っておりました。そして、恐らく財産の提供は認められても今後の支払いが受け入れられる可能性は四割弱だと思っておりましたし、彼女にもそのように伝えておりました」
ばつが悪そうな顔で言葉をひねり出している。
先日賠償内容について尋ねた時に曖昧な返事をしていたのが納得出来た。
さて、この場をどう収めるのが最善なのだろうか……。
本当に冒険者ギルドとは相性が悪い。
「まあ、別に良いんじゃ無い? グランドマスターも必死に考えて今後の人生をエデンに捧げると言っているのだから。当然クレティア様へ感謝を捧げてくれるんでしょ?」
「はい。それは勿論です。女神クレティア様へ感謝を捧げる事と三戒を守る事を私の家族や友人、ギルド職員にも推奨しています。あくまでも推奨ですが……」
人は強制されると反発してしまうから、推奨……。あくまでもお願いベースなら別に良いだろう。
俺とサクラも今まで強制をした事は無い……。はず……。
「じゃあこの話はこれで終了だ。冒険者ギルドとエデンの関係は今まで通りおお互い不干渉。グランドマスターは今までの財産をエデンに譲り渡し今後の収入をエデンの口座に入れる。財産の査定や売却は総合ギルドに立ち会って貰って欲しいのだが……」
「財産の査定は既に済んでおります。後は契約書を交わせば直ぐにでも入金可能です」
「ユベール統括。申し訳ないけれど、今後の事についても総合ギルドにお願い出来るかしら? 当然手数料は払うわよ?」
「私共もそのように動くつもりでおりましたので問題ありません。私の気持ちとしては無償でおお引き受けしたいところですが、ギルド職員が動きますので……」
「そこは気にしない。エデンから総合ギルドへの依頼だからきちんとしよう。お互いのためだ」
俺は魔王でも常識ある魔王だ。
魔王になったつもりは無いが……。
まあ、ユベール統括が俺達とグランドマスターを引き合わせた責任もあるのだが、総合ギルドに迷惑をかけている自覚はあるので、これでチャラにしておこう。
迷惑をかけている側が決める事では無いが……。
「では、ささっと契約を交わしてこの件は終了だ。それから、エデンと冒険者ギルドが不干渉と言っても、今後エデンで施行する法律にはエデンにある冒険者ギルド支部やエデンに住む冒険者には従って貰うぞ? 当然エデンも冒険者ギルドや冒険者に対し故意に不利益になるような事はせずに公正に取り扱う」
当然エデンの地に住まう人々の権利と義務は守らなければ法治国家として成り立たない。
国王自ら例外を作っては誰も法律など守らないだろう。
「それは当然の事です。ギルドはどの国にも属さない独立機関ですが、守るべきルールはしっかりと守っています」
それも当然だろう。
その国のルールに従わなければ、そもそもギルドを構える土地の購入や賃貸借契約等も締結出来ないだろうからな。
独立機関だからと何でも好き勝手にして良い訳が無い。
その後は非常に事務的に事が進んでいく。
総合ギルドの職員が三名部屋に入り契約書を三枚作成し、俺とグランドマスター、ユベール統括がサインし、それぞれ保管する。
重要な契約なので、総合ギルド職員が立ち会って契約が交わされた事を証明するらしい。
公証人役場的な感じだろう。
実際公証人役場が何をしているかは先程ヘルピーから聞いて知ったのだが……。
「最後に元ギルド長。君は強い冒険者だったのだろう?」
突然話しかけられたガント元ギルド長は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
この場にいる他のメンバーも俺が突然ガント元ギルド長へ話しかけたのに困惑している。
「今は冒険者や町の人から色々酷い事を言われるだろうし辛いだろうが、めげずに頑張ってくれ」
そして突然の応援にこの部屋にいる全員が更に混乱する。
「俺が以前いた世界では真面目に一生懸命働く者を嘲笑するような人が多かったし、真面目に一生懸命我武者羅に努力する者を馬鹿にする奴も多かった」
だから俺はいつの間にか言われた事だけをするようになった。
「この世界では……。せめてエデンでは真面目に一生懸命努力する人間が正しく評価され報われる世界にしたいと思っている。君がその先駆けになってくれる事を期待する。そして冒険者ギルドが正しい評価が出来る組織になる事を俺は望んでいる」
「そして、元ギルド長が冒険者やギルド職員、市民達に認められた暁には、俺は冒険者ギルドと不干渉契約を解除しても構わない」
何を言っているのか理解出来ないのか皆口をポカンと開けている。
「カミーユ。サービスしすぎじゃ無いの? 今のカミーユがカミーユである理由は真面目にコツコツと仕事に向き合っているからでしょ? 貴方の人生訓を人に教えるなんて……」
何も言わずに部屋を後にする。
恐らく俺は今最高に格好良い男に映っているだろう。
【マスター。この部屋にいる人間が驚いているのは、マスターの言葉に感動したからでもマスターの背中を格好良く思っているからではありません。不干渉契約締結直後に契約内容に反する行動を取った事に驚いているのですよ? サクラのフォローのおかげでギリセーフと言った感じですね】
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