第103話 身に覚えのないクレーム
ヘルピーが緊張感の欠片もないヘルピーらしいコメントをしてくれたおかげで、張り詰めていた気持ちが緩む。
自分でも気がつかないうちに身体も思考も強ばっていたようだ。
張り詰めていた気持ちが緩むと、手足が震え立っていられなくなってしまった。
女神の使徒となったとはいえ、俺は日本で普通に暮らしていた一般人で、今まで人の生き死にとは無縁の生活だったのだから当然と言えば当然だ。
「カミーユ様。大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。少し気を緩めたらこの有様だ」
「それはしょうがないです。騎士として普段から訓練していても同じようになります」
「身体能力や魔力量が常人離れしてはいるが、俺も人間だ。こんなもんだよ」
ザクスが俺を気遣って声を掛けてくれる。
震えがある程度収まるまで少し腰を下ろして休むしかないようだ。
深呼吸したり、ストレッチをしたり、顔を洗ったりと日常行う行動をしていると、三十分ほどで震えはある程度収まり、しっかりと歩けるようになった。
「二人とも待たせて済まなかったな。サクラ達が待つ王都へ戻ろう」
「保護した者達も落ち着いておりますが、なるべくゆっくり進みます」
「ああ。そうしてくれ。のんびりと行こう」
俺とザクスがユニコーンに跨がり先頭を歩く。
御者がいないユニコーン馬車隊がその後に続き、ナタリーと熊どん、シードルが殿を務める。
ナタリーは保護した住民達に声を掛けながら異常がないか確認する事も忘れない。
俺達の様子を窺っていた王国騎士団とすれ違う。
「エデン国国王カミーユ・ファス・ドゥラ・エデン様。私第二騎士団団長のジェホシュ・ジャルトと申します」
「女神クレティアの使徒カミーユだ。住民を保護している。我々がこのまま護送していく。ブッシュ領の確認と処理をお願いする」
「生き残っている者達は?」
「行けば判る」
これだけのやり取りで再び出発する。
国から何か言われているだろうし、遠目とはいえ信じられない光景を見てどのように対処して良いのか判らないのだろう。
面倒事は王都のお偉いさんに丸投げする選択をしたようだ。
騎士団長としてそれで良いのか? と思うが、彼にとってこれが最善なのだろう。
倍近い時間を掛けて城門まで戻ってきた。
昼ご飯を持って行っていなかったのでお腹はペコペコだ。
早く戻ってご飯を食べたいが、総合ギルドの職員達をきちんと届けてからだ。
ゆっくりと王都を進み総合ギルドを目指す。
流石に真っ昼間から熊どん達を王都へ入れる事は良くないと思ったので、熊どん達は夜中こっそり宿泊施設に来て貰う事にした。
久しぶりに会ったし、先に帰った魔獣達へのご褒美を持たせたいからな。
「ユベール統括。職員達八名を送り届けに来た」
「ありがとうございます」
「エリクサーを掛けたのだが、戻らなかった。かなり酷い状態になっている……。申し訳ない」
「カミーユ様が頭を下げる必用は微塵もございません。諦めていた者達を送り届けていただき感謝いたします」
「それと、こんな物を入手した。速記出来る者がいれば写してくれ」
懐にしまっていた紙の束をユベール統括に差し出す。
受け取ったユベール統括はさっと内容を確認し、憤怒の表情を浮かべる。
「ありがとうございます。有効活用させていただきます。急ぎ写しますので少々お待ちいただいても?」
「俺達はこのまま宿泊場所へ移動する。写し終わったら宿泊場所へ来てもらえるか? 事の顛末と今後について打ち合わせもしたい」
「畏まりました。では、そのように」
総合ギルドを後にし宿泊場所へと移動する。
仕事がない御者さん達が門衛をしてくれている。
槍や剣は持っていないが、長い棒を持っている。警棒の代わりだろう。
「申し訳ないな。こんな危険な仕事をさせてしまって」
「俺達もエデンの一因ですからね。中にいる女性陣を守らなきゃ男が廃りますよ」
「ああ。ありがとう。彼女達も喜んでいるだろう。君達のユニコーンも戻ってきたからザクスとナタリーに任せて世話をしてくれ」
笑いながら話す彼らを誇りに思う。
「サクラ。待たせたな。変わりはないか?」
「お帰りカミーユ。彼女達も一度目を覚まして少しだけ食事を摂って今はまた寝ているわ」
「それは良かった。俺の方は全て片付けてきた。信徒や善良な者達を数名連れてきた」
既に住民達の元にはアリーゼが向かい、色々と処理をしているようだ。
「ブッシュ家とロモロ商会に悪事を書かせた。今はユベール統括に渡して写して貰っている。もう少しすれば統括が持ってくるだろう」
「お昼はまだよね? 用意してあるから食べながら話をしましょう」
ダイニングへと移動し昼食を食べながらサクラに神罰の執行について説明する。
「全てが終わった後にふと我に返ると、手足が震えて立っていられなくなった。ザクスやナタリーが見ているから気合いで誤魔化そうと思ったが、見透かされていたよ」
「貴方はクレティア様の使徒と言っても、それまでは異世界で平和に暮らしていたのでしょ? それが当たり前よ」
「そう言ってもらえると少しは気が楽になるな」
あの場ではヘルピーに癒やされて、
俺は二人の……、否、クレティアも含めて三人の役に立てているだろうか?
感謝の気持ちと『目配り』『気配り』『心配り』を忘れずに生きていこう。
「サクラ」
「どうしたの?」
「シスター達の今後の事だが……」
「私は森の大神殿で過ごして貰おうと思っていたのだけれど……」
「実は俺もそう思っていた。彼女達の意志も確認するが、心安らかな場所でゆっくり過ごして貰いたい」
「そうね。エスターさんのご両親にも森でゆっくりしてほしいわね」
「そうだな。世界樹と魔獣達が彼女達の心を癒やしてくれるだろう」
エルトガド一危険な死の森は、エルトガド一安全なエデンの森だ。
ゆっくりと心を癒やして笑顔を取り戻してほしい。
【マスター。クレティア様からクレームが入っています。直接伝えるので今晩お会いになるそうです。えーっと……。ファイト!】
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