第92話 束の間の休息

「神様。心地よい眠りと爽やかな朝を迎えられたことを心より感謝します」


 翌朝。

 心地よく目覚めた後に、名前も知らない神様に感謝を捧げた。

 昨夜はカロリーバーの出番は無かった。


 頭の中はスッキリと晴れ渡り、身体に力が漲っている。


 睡眠は大切だな。


 地球にいた時に『睡眠は七時間必要』と何処かの大学が研究結果を発表していたが、身をもって体験した。

 定時上がりだった俺は毎日七時間は普通に寝ていたから、気がつかなかったが、睡眠は大事だ。


 未だベッドで寝ているサクラの肌艶も心なしか良い感じに見える。


【マスター。昨夜はがっかりです……。クレーム処理で一睡も出来ませんでした……】


 ヘルピー。

 それは因果応報と言うものだよ。

 本人の許可も無く勝手にライブ配信するヘルピーが悪い。

 対する俺は徹夜明けのアリーゼを気遣っているのだ。

 結果は火を見るより明らかだな。


 ヘルピーの愚痴を華麗にスルーしながら、メイドさんや料理人さん達に挨拶しながらダイニングでサクラを待っていると、アリーゼがやってきた。


「カミーユ様。おはようございます」

「ああ。おはようアリーゼ。昨夜はよく眠れたか?」

「はい。おかげさまでぐっすり眠らせて頂きました」


 彼女もしっかり睡眠時間が確保出来たようで何よりだ。

 この道中彼女がいなければ訪問先の調整や先触れ、各ギルドとの折衝が完全に滞ってしまうからな。

 超ブラックな職場に見えるが、せめて睡眠時間くらいは確保してあげなければ。


「人手が足りなかったら言ってくれ。昨日衛兵を一人スカウトしたのだが、アリーゼが良いと思う人材はスカウトするし、能力が高い奴隷がいれば買ってもいい」


 出発前にも少し触れていたが、この世界には奴隷がいる。

 法治国家も無いし、人権という概念が無い世界だからしょうがないと思っている。

 奴隷ギルドなる、物騒な名前のギルドがきちんと機能していて、奴隷もある程度の生活が保障されている。


 ギルドが扱うのは一般奴隷と借金奴隷だ。

 犯罪者は衛兵が捕まえて犯罪奴隷として強制労働を課せられる。

 

 一般奴隷は生活に困窮して自ら奴隷になる者や人減らしのために売られる子供達が多い。

 生活保護などのセーフティーネットが無い世の中ではそれもしょうがないと思うが、エデンではその辺りもきちんと手当てする予定だ。


 借金奴隷は文字通り借金が返せなくなって借金取りから売られてくる。

 商売に失敗した人もいるが、不幸な事故で身体の一部が機能不全になったり、欠損してしまったりして奴隷落ちしてしまう者も少なくない。

 悪巧みをしようと思えばいくらでも出来そうだが、その辺は奴隷ギルドがきちんと仕事をするらしいので、ギルド所属の奴隷なら安心安全だそうだ。


 この世界にはラノベでよくある隷属の首輪や奴隷紋などで、主人の命令に逆らえなくなる何てことは無い。

 ぱっと見は一般人と変わらない。


 奴隷購入後は仕事と給金を決め、給金が購入金額を超えれば奴隷から解放され自由の身になれるが、しっかりと主従の絆がある場合は、そのまま主人に仕えることが多いそうだ。


 待遇面で折り合いが付かない場合は奴隷ギルドが間に入り協議するらしいし、奴隷がきちんと働かない場合は奴隷ギルドが買い戻すらしい。

 逆に主人があまりにも横暴で理不尽な場合は衛兵のお世話になるらしい。


 予想以上にしっかりとした制度が出来ていると感心する。


「正直猫の手も借りたい状況ですが、ギルドの人間をスカウトしすぎると問題にもなるでしょうし、奴隷の購入が現実的なのですが、有能な奴隷はなかなか見つかりにくいので……」

「アリーゼのお眼鏡に適う奴がいて、その人物がもし怪我や病気の場合は最終的にエリクサーを使用すれば良い。文官候補だけでなく、有能な職人がいたら積極的に買っていこう」「奴隷にエリクサーですか……。まあ、それはさておき、奴隷ギルドにもコンタクトを取っておきましょう。早ければ明日、遅くとも明後日には面会出来るようにしておきます」


 別にそこまでしなくて良いのだけれどな。

 ふらっと奴隷商人の所に立ち寄っていい人がいれば買えばいいだけなのだが……。


「そんなに簡単に済む話ではないのよ?」


 何故か俺の心が読めるサクラがダイニングルームに入ってきた。


「おはようサクラ」

「おはよう。カミーユ。アリーゼ」


 ゆっくりと眠ったおかげでサクラの美しさが増している気がする。


「やはり駄目か……」

「それはそうよ。仮にも一国の国王が奴隷を買おうと動くなんて前代未聞だもの。きちんと筋は通しておくべきよ」


 それはそうだろう。

 一応奴隷ギルドを通しているとはいえ、素性の知れない人間を国王の側に置くはずが無い。

 側に置かなくても、国の機関に奴隷を活用することは先ず無いだろう。


 まあ、エデンは身分や出自で判断しない実力主義で行くつもりだから、奴隷であっても有能であれば登用するがな。


 そんな話をしていると朝食が出てきて今日の仕事が始まった。

 やることは変わらない。

 教会に行って像を造り直して祝福を与える。

 これだけだ。


 今日は薬師ギルドと錬金ギルドとの個別面談も入っている。

 昨日は問題無いとは言っていたが、ポーションやカロリーバーは薬師ギルドの範疇だし、俺が得意な土魔法はもはや錬金術と言って良いらしいので、その辺の認識の共有と利害の調整をしなければならないらしい……。


 面倒だが、初動を間違えれば大変なことになるからな。

 エデンや旧公国の住民の生活にも関わることだから、きちんとしておかないと。

 食べ歩きやショッピングも楽しみたいが、そんな我が儘は言えないな。


 自分の利益より国民の利益を考えて今日も業務を粛々とこなしていく。

 像の作り替えは国民のためではなく、クレティアのお願いだから、直接国民の生活に関係は無いのだが……。


 薬師ギルドと錬金ギルドとの個別会談も問題無く終了した。

 ポーションは、傷薬程度の効果しか無い物を教会で販売しているだけだし、カロリーバーは高級品だ。

 薬師ギルドとしては全く問題無いらしい。

 今後新たな商品を世に出す前に薬師ギルドに相談してほしいそうだ。


 錬金ギルドは技術者を派遣するので教えてほしいと申し入れがあったが、丁重に断った。

 何故なら、単なる土魔法だからだ。

 技術の流出と言うよりも、魔法の練度の問題だと説明すると一応は納得してくれたが、諦めてはいない雰囲気だったな。


 完全なるスローライフだ。

 適度に仕事をして、ゆっくり休む。

 これが自宅で完結すれば完璧なスローライフと言って良いだろう。

 目的は達成されつつあるな。


【マスター。これは束の間の休息です。最初で最後の日曜日と思って下さいね。日曜日の夜は……。ねぇ?】  

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