第91話 模擬戦とは?

 冒険者ギルドグランドマスターのレアンドラ女史がエリクサーの光に包まれている光景を見てホッと息をなで下ろす。

 今までこの光景を見て回復に失敗した事は無いので、今回も大丈夫だろう。


 伝説のエリクサーだが、俺はかなりの回数使用しているから既に慣れたものだ。


「ナタリー、ベアトリス。君達のおかげで一人の命が救われた。ありがとう」

「カミーユ様の素早い指示のおかげです」

「それでも、エリクサーが無ければ厳しかったのは事実だ。感謝する」


 感謝の気持ちは口に出して直接伝えなければ相手に伝わらないからな。

 エルトガドに来て以来俺は成長し続けているのだ。


「サクラも助かった。サクラの治癒魔法が無ければ無理だった。ありがとう」

「人として当然の事よ? 私達が信徒に伝えている事を私達が実践しないでどうするのよ」


 全くその通りだ。

 だが、何か起きた時に即座に行動に移すことは難しい。

 常に意識していないと出来ない事だからな。


「それでも……、だ。ありがとう」

「カミーユもありがとう。私は治癒魔法で余裕が無かったから、貴方が冷静に対応していなければ違う結果が待っていたはずよ」


「素晴らしい……。これがエデンの……、女神クレティア様の教えか……」


 野次馬の誰かがそう呟く声が聞こえてきた。


「ユベール統括。彼女を何処どこかで寝かせてやってくれ。肉体的には回復しているが、失われた血は未だ回復していないし、精神的に参っているだろう。話はその後だ」

「はっ、はい。誰かレアンドラさんをベッドに」


「カミーユ様。サクラ様。この度は私も含め申し訳ございませんでした……」

「何に対しての謝罪か判らないが、今は謝罪を受け取れない」

「正直言ってこの時間が勿体ないの。グランドマスターが回復したら、今回の件も含めどうするのかしっかり結論を出してから連絡をして頂戴」


「ナタリー。壁を直すからベアトリスと一旦外に出てくれ」


 ナタリー達が外に出たのを確認して、土魔法で壊した壁を修復して総合ギルドを後にする。

 案内も見送りも無かったが、文句は言うまい。

 立場や権力を振りかざすようなピエロにはなりたくは無いし、もしたくない。


 総合ギルドの外に出ると衛兵達が待っていた。

 ユニコーンが空を駆け、総合ギルドの壁を破壊して侵入したのだ。

 面倒だがしょうがないだろう。彼らも仕事だ。


「エデン国国王カミーユ様。事情はそちらの騎士の方々(ザクスとナタリー)にお聞きしましたが……。可能であれば空を駆けるのは控えて頂けると……。緊急事態なのは重々承知なのですが……、市民達が不安になりますので……」

「済まなかったな。君が立派な衛兵であり、市民を守る騎士である事をルーラント国王も喜ばれるだろう」

「事情を知った上で、他国の国王にきちんと進言できるのね。貴方エデンに来る気は無いかしら?」


 流れるようにスカウトするサクラ。

 彼なら俺もOKだ。


「えっ? えっ? あっ、はい……」


 訳が判らないが、取り敢えず『はい』と答えてしまったようだが、しっかりと言質は頂きました!


「即決できる事は良い事よ。貴方の所属と名前は?」

「はい。第十二衛兵隊所属のテディであります……」


 テディと聞いて思い浮かべるのは熊のぬいぐるみだ。

 何時の日かテディ君をエデンのマスコット的存在に仕立て上げよう。


「テディ君だな。後ほど連絡を入れるからその時はよろしく」

「あっ、えっっ。はっ、はいぃ?」


「悪いようにはしないから安心してくれ。なるべく君の要望も聞くつもりだ」


 そう言って俺とサクラは再び馬車の人となった。

 馬車の中で国王と第十二衛兵隊宛てに手紙をしたためる。

 国王宛ての手紙はサクラに任せた。

 挨拶だけで二枚必要な手紙など俺には無理だ。


 馬車の中で書いた手紙とは思えない綺麗な筆跡。

 揺れない馬車を造った自分を褒めてあげたい。


 手紙を書き終わる頃に教会に到着した。

 その後は慣れたものだ。

 本日三回目の像の作り替えだし、シスターへの祝福だ。


 慣れていても決して手を抜かない。

 俺とサクラは何十回、何百回のうちの一回だが、シスター達にとっては唯一なのだ。

 心を込めて真剣に行わないと失礼だし、手を抜いているのは端から見れば直ぐ判る。


 真面目にコツコツとがモットーの俺だ。

 日本にいた頃の俺に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


 作業が終わる頃にアリーゼが合流したので、申し訳ないが、国王と第十二衛兵隊への手紙を託した。


「申し訳ないなアリーゼ。この手紙を託せるのはアリーゼしかいないんだ」

「別に構いません。これも修行の一環ですし……」

「これが終われば私とをしましょうね?」


 深くは聞くまい。

 ヘルピーから変な情報をインプットされてしまったから、模擬戦という無骨な言葉が淫靡な言葉に聞こえてしまう。


【マスター。マスターも日本で三昧でしたよね? そういう事です】


 一体どういう事だろうか……。

 さっぱり判らないが、これ以上は聞いてはいけないと本能が警告している。


 再び馬車の人となり本日最後の教会へと向かう。


「サクラ」

「なぁに?」

「アリーゼとって言ってただろ? アリーゼは昨日徹夜で大変だったから、今夜はしっかりと休ませてやってくれ」

「あら。別に今日をするつもりは無いわよ。カミーユは優しいわね。流石私の旦那様ね」


 部下の体調管理も上司の仕事とまでは言わないが、徹夜している事を判っているのだから、その辺の配慮はしてあげなければ上司失格だろう。

 

 国民全員の状態は把握できないが、手の届く範囲で仲間を守るのが俺が世界樹に誓った事だ。

 それだけは忘れてはいけない。


 気持ちも新たに本日最後の教会での仕事を終了したところで、本日の業務が終了した。

 何だかんだと今日も疲れたな。


 宿に戻って、ゆっくりお風呂に入って、美味しい食事を楽しみゆっくりと眠りたい。

 せめて、カロリーバーのお世話にはならないで済むように神様にお願いしておこう。


【マスター。どの神に願ってもその願いは聞き届けられないでしょうね。本日は週に一度のライブ配信ですから……】  

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