第90話 迷惑すぎる責任の取り方

 トラブルマスターなる二つ名を付けられていたらしいが、そう呼ぶのは恐らくヘルピーだけだろう。

 出来ればトラブルと呼んでほしいところだが……。

 俺はトラブルの熟練者だからな!


「あら。冒険者ギルドが今更何の用かしら?」


 サクラは初っぱなから不機嫌全開だな。

 それはそうだろう。旧公国のギルド長はサクラの事を『この女』呼ばわりしたからな。

 名前は知らないがかなり厳つい顔だった気がする。

 土下座の美しさもサクラに負けていたな……。


「俺達に用は無い。冒険者ギルドはエデンに一切関われないと言う約束だからな」


 あの一件以来冒険者ギルドから一切何も言ってこなかったのだ。

 今更謝罪など受ける気も無いし、あの時の約束を白紙に戻すつもりも無い。

 俺はともかく、サクラを侮辱する奴は許さない。


「私も事情は存じ上げております。支部長……、今はアンジェラ宰相ですな。彼女から報告を受けておりますので。せめて謝罪の機会を……」

「ユベール統括。その話も判るが……。無理だな」

「そうね。あの件があってから謝罪の機会はいくらでもあったのよ? 挙げ句の果てには今日私達と昼食を共にしカミーユや私の話を聞いていたわよね? 総合ギルドも冒険者ギルドも先程の話はどうでも良い話だったのかしら?」


 冒険者ギルドはエデンと一切関われない。

 それが約束だ。

 それがギルドのトップが俺達と昼食を共にし情報を得ているのだ。


「まさかそんな……。大変有意義なお話でした」


「グランドマスター。エデンと冒険者ギルドの約束は何だ?」

「冒険者ギルドはエデンに関われない……。です」

「良く判っているじゃない」

「今日の昼食の件は総合ギルドの顔に免じて不問にしてやる。次同じ事をしたら、総合ギルドも含め明確な敵と見做みなす」


 ユベール統括もグランドマスターも顔面蒼白だ。


「ユベール統括。旧公国が地図から消えた理由を知っているか?」

「……」


 恐らく恐怖で話せないのだろう。

 膝がガクガクと揺れている。


「アポなしで教会に押し入りサクラを侮辱したんだよ……。正確にはサクラに向かって『エルフ風情』と言った……。あの厳ついおっさんはサクラの事を『この女』呼ばわりだ」

「旧公国のギルド長とグランドマスターの行動は、あの第一王子と何が違うのかしら?」


 軽蔑の視線をグランドマスターに送り出口へ向けて歩き出す。

 冒険者ギルドのお偉いさんは揃いも揃って不愉快だ。


「おっ、お待ち下さい!」


 グランドマスターが叫び、何とか俺達を引き留めようとする。


「俺達は冒険者ギルドと話す気は無いと言ったはずだが?」


 振り向き冷たく突き放す。

 グランドマスターの声は先程の会場まで届いていたようで、何事かと扉が開き数人がこちらを窺う。


「お話が出来ない事は承知致しました。私の不徳の致すところです……。しかし、現場の冒険者達に罪はありませんので、どうか……、どうか私の命で彼らを許して頂きたい……」


 全く話にならない。

 面倒事から逃げるだけで何も解決にもならないばかりか、面倒事が増えるだけだ。

 この女性は冒険者達の為に今まで何をしてきたのだろうか。

 謝罪の為の努力、和解の為の努力、組織改革や教育の見直し……。

 パッと思いつくだけでも色々出てくるが、今まで何もしていないのだ。


 恐らくエデンを軽く見ていたのだろう。

 旧公国がエデンに吸収され、昨夜王国もエデンの属国となった。

 それを知って慌てているだけなのだ。


 自分の都合しか考えていない無責任な行動としか言いようが無い。


「望んでもいない物を差し出されても迷惑なだけよ」


 端的にサクラがグランドマスターに告げるが、その言葉が全てだ。


「私は元ランクS冒険者で現在は冒険者ギルドのグランドマスター。自分の発した言葉の責任は自分自身で取ります」


 まずい!


 一瞬でグランドマスターの目の前に移動し、右手を掴む。


「冒険者達を……。よろしくお願いします……」


 口元から血が混ざった泡を吹き出しながら、俺に許しを請う。

 流石元Sランク冒険者と褒めて良いのか?

 体力バカの俺が右手を掴む前に、グランドマスターは自らの胸に短剣を突き立てていた。


「サクラ! 至急回復魔法を! 止血を最優先だ!」


 無言で駆け寄り、サクラは回復魔法を発動させる。


「ナタリー! 至急エリクサーを! アリーゼはエデンに報告を! ザクスは周辺警戒を!」


 矢継ぎ早に指示を出し、皆が即座に反応する。


「カミーユ! 短剣が邪魔だから抜いて頂戴」


 必死の形相で回復魔法を掛けているサクラから指示が出る。

 グランドマスターの胸に突き立っている短剣を無造作に抜き取る。

 一瞬グランドマスターの顔が歪む。


 どうやら生きているようだ。


「短剣は心臓を貫いているわ。今は無理矢理心臓の外部を修復中だけど、内部までは判らない。肺にも傷が付いているでしょうから、エリクサーが来るまで持つかどうか……」


 傷は深く血も多く流れている。


「誰か造血のポーションかカロリーバーをぐに!」


 あまりの事態に皆からだが硬直して動けないようだ。

 いくらギルドのトップとは言え、目の前で何が起きたのか理解出来ていないのだろう。

 動じるなと言う方が無理があるが、動じていても動いてほしい。

 組織のトップなのだから……。


「一階から直ぐに持ってこい! 大至急だ!」


 ユベール統括がいち早く再起動し従業員に命令する。

 命令を受けた事で従業員も再起動し駆け出す。


 サクラを見ると額に汗が滲んでいる。

 必死に命を繋ぎ止めていてくれる。


 全く面倒な事をしてくれたものだ。

 生きて責任を取って貰うしか無い。


 余計な事は考えずに今はグランドマスターの治療を最優先に行おう。


「窓か離れろ! ユニコーンが突っ込んでくるぞ!」


 空中を駆けるナタリーと愛馬? ベアトリスの姿が目に入ったので、退避を促す。


「ドガァァァーーーン!」


 壁に大きな穴が開き、ナタリーが突っ込んできた。

 もう少し穏やかな方法で届けてほしかったが、今まで活躍の場が無かったので大目に見よう。


 ナタリーからエリクサーを受け取り、グランドマスターの元へ向かう。


「責任を取ると言うのならこれを飲め! 逃げる事は許さん!」


 瓶の蓋を開け、エリクサーをグランドマスターの口に流し込む。

 喉が動き体内にエリクサーが流れ込んでいく。


 グランドマスターの身体が金色の輝きに包み込まれていく。


【マスター。この騒動で冒険者ギルドをゲット出来そうですね。冒険者達の教育は私にお任せ下さい!】      

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る