第89話 マスターはトラブルマスター

 俺とサクラがエルフの国ムルドラン自治領に良い感情を抱いていない事で各ギルドがどう動くかは知らないが、今すぐどうこうする気は無いので、その事は伝えておこう。


「今すぐ事を構えるとか、こういう事ではないからな。実際、今回の女神像の件でも訪問する予定は無いしな。俺とサクラは早く戻って建国祭をしないといけないから時間も無い」


「そう言われると……。確かにムルドラン自治領には教会はありますが、女神像は無かった気が……」

「そうなのよ。不思議でしょ? クレティア様を信仰しているのはエルフなのに、エルフの国にはクレティア様の像が無いのよ」


 本当に不思議な話である。

 エルトガドの七不思議の一つだな。


「エルフの話題ばかりしてもしょうがないわね。薬師ギルドには迷惑を掛けているのではないかしら?」

「実は、売り上げはさほど変化が無いのですよ……。あっ。申し遅れました。薬師ギルドのマンフレードと申します」

「えっ。そうなのか? 俺達のポーションやカロリーバーで既存のポーションや薬の売り上げは減少していると思っていたが……」


「私も旧公国で新しいポーションやカロリーバーが発売されたと聞いた時には怒りもしましたし売り上げの減少を危惧していたのですが……」


 マンフレード氏は本音を隠そうともせず話し出す。


「当ギルドが扱っているポーションや薬と絶妙に効能が違うと言う事もありますし、カミーユ様には申し訳ないのですが、どうしても自国の神以外を信じられない人も一定数おりまして……。エデン産の特にカロリーバーの噂を聞いて当ギルドにもその手の薬を求めるご婦人方が増えましてな。むしろ売り上げは増加傾向にあると言えますね……」

 

「あのカロリーバーは恐ろしいですな」


 見知らぬ誰かがカロリーバーの犠牲になったようだ。


「これは失礼。私は服飾ギルドのメレディス・ジェマーソンと申します。私の妻が入手して寝る前に食べたのですが……」


 メレディスさんよ、皆まで言うな。


「何か、申し訳ないな……」

「あら。カミーユも同じ感想なのかしら?」

「ばっ、バカな事を言うな。俺は嬉しい限りだ」


「はっ、はっ、はっ。仲がよろしそうで何よりですな」


 ユベール統括が茶化してくる。


「まぁ、そんな感じで、当ギルドは特に思うところはありませんぞ。むしろ、技術協力が出来ないかと考えております。カミーユ様はエリクサーも制作出来るとお聞きしておりますので」

「確かに俺はエリクサーの制作は出来るが、あれは世間に流通させる気は無い。材料も製法も簡単だが、俺でなければ製造不可能だ。いずれ俺はエルトガドからいなくなる。その時に技術継承が出来ない製品を流通させる気は無い。それよりも、サクラからは学べると思うぞ? 彼女は本当に天才だからな」


 神々も認める才能だから間違いない。


「あら。私は特別な事は何もしていないわよ? 心から……。魂の叫びとも言える程に願えば誰でも出来る事よ」


 これだから天才は……。

 考えてみれば、現代日本の便利な物も、誰かが願ったから出来たのだから間違った事は言っていないが……。


まさしく天才の言葉ですな。恐らく理論の積み上げでなく、感覚で造られてしまったのでしょうな……」

「それは否定しないわね。そもそも私にそのような知識は無いわ。だから、誰かに教える事や共同研究は無理と思うわ。時間も無いし……」


「まぁ、あれだ。今後は商品化する前に各ギルドに連絡する事にする。そこで色々と調整しよう」


 それからも、各ギルド長達との昼食会と言う名のランチミーティングは有意義に進んでいった。

 スパイダーシルク初めエデン産の素材を提供してほしいと言ったお願いや、孤児院や学校の事など話題は様々だった。

 概ね友好的で建設的な意見交換が出来たと思う。


「カミーユ様は異世界からエルトガドへ女神クレティア様から遣わされたと聞きましたが……」

「その通りだ。地球という世界からエルトガドへ転生してきた」

「その地球とエルトガドで大きく違うところは何でしょうか? エルトガドが優れてい点、劣っている点をお聞かせ頂きたい」


 俺が転生者である事は受け入れるのか。

 そこが一番受け入れられないと思っていたが……。


「そうだな。地球には魔法が無い。魔素はあるらしいのだが、魔法は誰も使えない。日常生活ではエルトガドの方が便利だな。常に新鮮で安全な水は飲めるし、清潔だ」


 生活魔法が誰でも使える事はエルトガドの誇りだな。


「通信手段や移動手段は地球の方が断然発達しているな。電話と言って遠く離れた人とも会話が出来るし、飛行機という乗り物で空を移動出来る。自動車という乗り物で高速移動も出来るしな」

「それをエルトガドで実現するつもりは?」

「それらの物を俺が造るのは簡単だ。転生時にあらゆる知識を授かっているからな。だが……。先程も言ったが、俺がいなくなったら造る事も維持する事も難しくなる。だから、エルトガドでそれを実現するとなると、俺がアイディアを出して、技術者が開発していく形式を取りたいと思っている」


「エデンでは学術研究にも力を入れる予定ですから、優秀な人材を是非エデンへ派遣してください。皆でエルトガドをより良い世界に導いていきましょう」


 サクラが綺麗に纏めてくれた。

 例えば入国の際に行う魔力登録の水晶等はロストテクノロジーだ。

 誰もメンテナンス出来ないし、今ある物が壊れるとそれでお仕舞いだ。

 俺がいなくなって同じような事が起きてほしくない。

 エルトガドの発展はエルトガドの住人が行うのが一番良いに決まっている。


「それは有り難い提案ですな。早速人選に取りかかっておきましょう」


 和やかに昼食会と言う名のランチミーティングは終了した。

 少なくとも、俺達にとっては有意義な時間だった。


「では皆様。大変有意義な時間を過ごせた事に感謝を。エデンの特産品をお土産として準備しているので、受け取って帰ってくれ」

「これからもエデンと仲良くお付き合いください。女神クレティア様に感謝を」


 挨拶を終え、会場を後にする。


「カミーユ様。少しだけお時間を」


 ユベール統括と名前を知らない女性が俺達を引き留めた。


「申し訳ございません。私冒険者ギルドグランドマスターのレアンドラ・マスキアランと申します……」


【流石マスターです。デザートとしてトラブルを味わうのですね。トラブルマスターの二つ名を持つ者はやはり違いますね】 

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