第84話 ブラック男爵はスペシャリスト

 新たなクエスト『魔王への道』が発現したらしいが、俺は平和主義者でのんびりスローライフを目指すラノベを愛する日本人だ。

 魔王になる要素が何処どこにも無い。


 否。森の魔獣を従えているのである意味魔王なのか?

 否。森の魔獣を従えているのでは無く、祝福を与え仲間を守ると約束したのだ。決して従えている訳では無い。


【マスター。それは王が取る行動ですよね? マスターの思いなど関係なく魔獣達は喜んで服従していますよ? しかもノリノリで!】

(マジっすか?)

【マジっす!】


 魔獣達を服従させた段階で『魔王への道』は発現しなかったと言う事は、やはり、人間達を服従させる事が条件の一つなのだろう。


 俺が魔王になる条件についての詳細は知らないが、これ以上問題を起こさなければ問題無いだろう。

 

 このクエストは無視だな。


 俺は創造と終焉の神サイナス様から与えられた七つの試練を乗り越える事だけを考えれば良いのだ。

 その前にクレティアの願いであるクレティア像の変更をサクッと終わらせてしまおう。


「カミーユ。難しい顔してどうしたの?」

「あぁ。ちょっとイレギュラーな事があってな。後で説明するよ。それより、王国との事を口約束で済ませる訳にはいかないから、契約と祝福を与えてしまおう」

「祝福まで与えるの?」

「その方がきちんとクレティアに感謝を捧げてくれるだろう。今回のゴタゴタのお詫びも兼ねてるが、もし契約を破れば……。まあ、飴と鞭だな」


「それから、玉座の継承では、今回と同じようにクレティアに誓いを立て、祝福を受けてもらう。『トップが変わったから約束は無かった事にします』とか巫山戯ふざけた事は言わせない」

「その時は……。この国が地図から消えるでしょうけどね」


「ルーラント国王も此処にいる貴族達も意義は無いか? 意見は聞くぞ?」

「要はクレティア様に誓いを立てると今まで通りって事ね。約束を守らなかったら……。身体の内側から焼かれる苦しみを味わう事になるでしょうね」


「難しい条件は何も無い。『日々女神クレティアに感謝を捧げる』『人として正しい行いをする』『笑顔で挨拶する』これだけだ」


 クレティアには聖典も無いし守るべき戒律も無い。

 胸を張って笑顔で生きていければそれで良い。


「全く問題無い。今後国王になるものはエデンの大神殿でクレティア様へ誓いを立てる事も約束しよう。皆も良いな?」


 国王の問いに全員が無言の同意を送る。


「して、その契約と祝福は何時何処で行う?」

「今から此処ここでだ」


 国王の真っ当な質問に即答する。

 貴族の常識では考えられない回答に困惑の表情で応えてくれる。


「まあ、月の下で祝福を行うのも風流ではあるが、皆も落ち着かないだろう。迎賓館を復元してその中に礼拝堂を作っても良いか?」

「あっ、ああ」


 気の抜けたルーラント国王の返答だが、了解を得る事は出来た。

 気が変わる前にサクッと仕事を終わらせよう。


「クレティアに感謝を捧げる神聖なる場と共に……。迎賓館よ、あるべき姿に」


 土魔法の発動と同時に俺が分解した各素材が光に包まれ、再び晩餐館の会場へと戻っていく。


「かっ、神の御業みわざ……」


 未だ『ブラックハイヒール』に拘束されているブラック男爵の口から予想外の言葉が漏れ聞こえてくる。


「違うぞブラック男爵。これは単なる土魔法だ。神の御業などそうそうお目にかかれるものでは無い。俺がエルトガドに存在する事自体が神の御業なのだよ。俺は異世界からエルトガドへ転移してきたのだからな」

「あら。私はこの目で神の御業を見たわよ。世界樹での祝福は神の御業としか言いようが無かったわよ……。って言うか、ブラック男爵って……」


「彼の名前を知らないからな。『ブラックハイヒール』に拘束されている貴族だから『ブラック男爵』だ。判りやすくて良いだろ?」

「私はグスタフ・ブッシュ子爵だ。グスタフ・ヴィス・ブッシュだ」

「では、グスタフ子爵。君は愛国心に溢れる立派な貴族とお見受けするが、残念ながら今回の件で爵位は剥奪されるだろう」

「最悪死刑ね。何せ王国の玉座はエデンの許可が必要になったのだから……。王国はエデンの属国になったと言っても過言では無いし、その事実を知った他国は間違いなくそう見るでしょう。今までと同じ扱いは受けないでしょうね」


 サクラは事実を淡々と説明する。


「もし君が王国に対し罪悪感を持っているのならば、王国中にクレティアへの感謝を広めてはどうだろう。国籍をエデンに変え、教会所属の伝道師として」

「王国がどのような判断をするのかは判らないし、ご家族の事もあるでしょうから、今すぐに決めてとは言わないわよ。決まったら教会か総合ギルドに連絡をくれたら良いわ」


「カミーユ国王。それはあまりにも甘いのでは無いですかな?」


 俺達の会話を聞いていたルーラント国王が異議を唱える。


「否。俺は結構厳しい罰だと思っている。王国がどのような裁定を下すかは判らないが、裁定は国民に知らせるだろう? そうなるとグスタフ子爵が犯した罪も国民全員が知る事となる」

「いわば国家反逆の大罪人が教会でのうのうと暮らしているのよ。しかも元貴族が平民として……」


 ブラック男爵の顔は見る見るうちに青ざめていく。


「確かにそれは……」


 ルーラント国王も厳しい罰だと納得しているようだ。


「まあ、生きていればの話だがな」

「私なら市中引き回しの後、公開処刑にするわね。貴族も平民も関係なく罰する事をきちんと見せなければ国民の不満は募るものよ」


「君達は一体グスタフ子爵をどうしたいのだ? 先程の言葉と矛盾がある気がするが……」


「個人の感情と国としての行動が必ずしも一致しないと言う事だな。個人的には平民となり教会で暮らすだけでも十分な罰になると思うが、国としての立場で考えるとそうもいかないと言ったところだな」

「当然私達はグスタフ子爵へどのような裁定を下そうと異議を唱える事は無いわ。それを前提として、グスタフ子爵が直接エデンに何かしら償いをしたいと申し出るならば、エデンは彼を伝道師として受け入れるという話ね」


【マスター。それではブラック男爵が罰を二重に受ける事になるのでは? あっ。彼にとってはどちらもご褒美……。現状『ブラックハイヒール』もご褒美になってしまっています。彼はヤバいです。彼はスペシャリストです。再考を提案します】      

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