第83話 その慣用句 間違ってます!
「サクラ。この状況を作った一因は俺にもある。サクラの気持ちは嬉しいし、俺にも痛いほど判るが……、ここは引いてくれないか?」
「……」
「王国の皆さんも喧嘩両成敗と言う事で納得して欲しい。エデンとしては王国と敵対したい訳では無いし、国土を広げたいとも思っていない。エデンは……、俺は、単にクレティアに感謝を捧げて欲しいだけだ……。今となっては難しいだろうが……」
「……」
サクラも王国騎士も相手よりも先に振り上げた拳を降ろす気は無いらしい。
参ったな。
今回は完全に俺のミスだ。
世界を回ってクレティア像を置き換える簡単な作業と思っていた。
王国から歓待されいい気になっていたのだろう。
自分が嫌になってくる。
いっその事世界の国を滅ぼして服従させても……。
否。それは駄目だ。
一時的には良くても長い目で見れば必ず破綻する。
それは地球の歴史が証明している。
そもそもこの状況は俺が造ったものだ。
俺が責任を取らなければならない。
今まで調子に乗って行動してきた責任を取るしか無い。
エデンの国王として。
サクラの夫として。
クレティアの使徒として。
「アリーゼ。森の魔獣達に王国の全ての街を包囲するようにソフィア(大鷲)に伝令を頼む。王都及び王城の包囲も同時に行うように。但し、攻撃は厳に慎むように」
「えっ? あっ……。はっ、はい」
「さて、ルーラント国王。貴国の貴族が国王の前で吐いた言葉。未だ否定しないと言う事は肯定したと受け取った」
「……」
国王は言葉を発しない。
国王として大丈夫か?
逆に心配になる。
まあ、そんな国王だからこそ貴族も国王の前であのような発言をするのだろう。
「そこの貴族。貴様は女神の使徒とその妻がまさか人間と思っているのか? 今から貴様の一言でこの国が滅びていく所を楽しく見ていると良い。サクラ」
俺が何をして欲しいか察したサクラが、『ブラックハイヒール』を生み出し貴族を拘束する。
「なっ、何だ! いっ、痛い! ぎゃぁぁ」
未だに名前も知らない貴族の絶叫が響き渡る。
「殺さないから安心しなさい。カミーユが言ったでしょ? 貴方の一言でこの国が滅んでいく様を見届けるのよ? 嬉しいでしょ? 自分が売った喧嘩を買ってくれて。カミーユは優しいのよ。感謝しなさい」
しかし、このままではクレティアが暴虐の女神もしくは魔王と認識されてしまうな。
やんちゃをするのは今回を最後にしよう。
【マスター。クレティア様では無く、マスターが魔王認定されると思いますよ? 世の人にとってはマスターのマスターを見れば魔王というのも納得するでしょうね】
ヘルピーはいつもヘルピーだな。
何故だかホッとする。
「さて、国王及び貴族達よ。人知を超えた力の一端をお見せしよう。他国の諜報員は存分に国に報告して構わないぞ」
土魔法を発動すべく魔力を練り上げながらイメージを造り上げていく。
「驚いて怪我をされても困るから先に説明しておこう。今から俺が指を鳴らすと、この迎賓館は跡形も無く消え、ここは更地になる」
「そっ、そんな事が出来るはずが無い。この建物には耐魔法の防御が施されている」
『ブラックハイヒール』に拘束されている貴族が反論してくる。
意外に骨のある奴だな。
自分の常識が全てと思っている
「そのような子供だましはカミーユの使徒の力(魔力の暴力)には全く意味が無いわよ?」
「まあ、百聞は一見にしかずだ。今日は月が綺麗に見える。今から月見としゃれ込もうじゃ無いか」
俺は指を鳴らすために腕を高々と上げる。
全員の視線が指先に集中する。
「カシュッ」
「「「……」」」
高々と腕を上げた指先から奏でられる乾いた音。
全員目が点に表情だけで『は?』と言っているのが判ってしまう……。
『穴があったら入りたい』という慣用句があるが、実際は『穴を掘ってでも隠れたい』だな。
隠れる穴を探す時間など無い。
今すぐこの視線から隠れたいのだ。
【マスター。魔法は成功していますが……。今のは何ですか? 余程私にお仕置きして欲しいようですね……】
ヘルピーもジト目で見ないで!
「さっ、流石カミーユね……。驚きで腰を抜かさないようにわざとこんな真似をするなんて……」
呆れた顔でサクラが何とかフォローしてくれるが、そのフォローにも無理が……。
声が上ずって、若干震えているからな……。
否、今はサクラがくれたビッグウェーブに乗るしか無い。
「そっ、そっ、その通りだ……。さっ、流石サクラだな。俺の事が良く判っているな」
「もっ、勿論よ……。ねぇ?」
あぁ。
サクラから『ねぇ?』を頂きました。
「どうだ? 俺が言った通り今日は月が綺麗だろ?」
気を取り直して皆に告げる。
一応魔法は発動して、迎賓館は跡形も無く消え去っている。
暗くて見ないが、素材は敷地の隅に纏めておいてある。
「「「なっっっ!」」」
俺の一言で自分達が何も無い地面の上に立っている事に気付いた貴族達。
料理人やメイドさん等迎賓館で働いていた者達は何が起きたのか判らないので、呆気にとられて腰を抜かしている。
「君達自慢の耐魔法の防御は役に立たなかったようだな」
「少しは判ったかしら? 私が『たかだか人間風情』と言った理由が。女神クレティア様は実在するのよ。その使徒も当然神の力の一部を行使できるのよ? 人間が神に勝てると思って?」
ふと見ると先程まで元気だった『ブラックハイヒール』に拘束されている貴族(説明が長くてアレなので、『ブラック男爵』と命名しよう。男爵かどうかは知らないが……)は顔面蒼白になっている。
ようやく自分が喧嘩を売った相手がかなりヤバイ奴だと理解したようだ。
「先程も言ったが、俺は別にこの国を欲しい訳でも無く戦いをしたい訳でも無い。降りかかる火の粉を振り払っているだけだ。そして今回は俺自身が火種を提供したのも事実だ」
俺が調子に乗っていなければ全ては穏便に済んでいたからな。
「ここにいる全ての者がクレティアに毎日感謝を捧げてくれる事。国民にクレティアが行った事を広め、クレティアへの感謝を推奨してくれるならばこれ以上は何もしないし、賠償も要求しない。王国も今までの体制で構わない。ルーラント国王。いかがかな?」
「そもそも私は貴国とは友好を築きたかっただけだ。落ち度には私にもある。先程のカミーユ国王の慈悲深い提案を是非受け入れさせて欲しい」
国王が地面に片膝をつき恭順を示す。
慌ててその場にいる全員が片膝をつき恭順を示す。
【マスター。緊急報告です。今回の件で『魔王への道』というクエストが発現しています。女神の使徒が魔王……。禁じられた愛……。捗りすぎてたまりません】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます