第82話 トラブルを作り出す男

「エリクサーを三本。クレティアローズのコサージュとクレティアソードを友好の証しに」


 キラキラと金色の粒子が漂うエリクサー。

 王妃の瞳と同じ色をした瑠璃色のクレティアローズはエリクサーと同じように金色の粒子が漂っている。

 ミスリルとアダマンタイト合金によって造られた短剣の刀身は虹色の輝きを放つ。


 どれも今までエルトガドに存在しなかった物質だ。


「但し、王国からも友情の証しとして、クレティアに感謝を捧げて欲しい」

「一日に一度いつでも良いので、感謝を……」


 皆が国王の反応を待つ。


「我が国は三柱の神を信じ崇めている。初代国王様に知恵と武と豊穣を与えた神々だ。女神クレティア様は我が国に何をもたらす?」

「クレティアは、このエルトガドを管理する女神だ。個人や国に利益をもたらす神では無い……。しかし、今エルトガドに生を受ける全ての者がクレティアの恩恵を受けている」


 俺は何故クレティアが俺を使徒としてエルトガドへ転生させたのか。

 その際何が起きたのかを丁寧に説明した。


「女神クレティアに感謝を捧げることと、王国に三柱を信仰することに何ら矛盾はない。王国の三柱は王国を造り守る存在であり、女神クレティアはエルトガドを管理し守っているのだから」

「それぞれ役割が違うだけです。どの神が偉いとか、どの神が上位だとか全くありません」


「女神クレティア様に感謝を捧げることに我々に何をもたらす?」


 この国王は欲しがりさんだな。

 明確なメリットを示せとは……。


「王国に三つの選択肢がある。一つはクレティアに感謝を捧げ魔獣の脅威から解放されること。もう一つはクレティアに感謝を捧げずに死の森の脅威にさらされ続けること。最後にクレティアを否定し死の森の魔獣に蹂躙されること」


 俺の最後の言葉に会場内が緊張に包まれる。


「否。これは言い過ぎだな……。否定されても特に何もする予定はない。今までエルトガドに干渉してこなかったクレティアの責任でもあるしな……」


 少しだけ会場の空気が弛緩する。


「今までエルトガドに干渉してこなかったクレティアだが、エルトガドの魔素枯渇に対応し今のエルトガドがあるのは純然たる事実だ。その一点を持って感謝を捧げて貰えるとクレティアの使徒として嬉しく思う」


 緊張と弛緩。

 納得出来る明確な理由。

『クレティアに感謝を捧げても良いんじゃね?』と言う空気が出来上がっていく。


「そして、感謝と友情の証しとしてエリクサーとクレティアローズ、クレティアソードを女神の祝福と共に……」


 あれ? 何か違う気がする。

 何でここまでしなくちゃならないのだろう。


「カミーユ。ちょっとアレじゃ無い? 渡しすぎって言うか……。そこまでする必要ある?」

「流石サクラだな。実は俺も自分で言いながらそう思っていたんだ。そもそも『クレティアに感謝を捧げることにメリットを求めるのが可笑しいのでは?』 と思っていたところだ。今生きているのはクレティアのおかげなのに、更にメリットを求めるのは違うよな~って」

「やっぱりそうよね? クレティア様に誓いを立ててクレティアローズを頂いた者達に顔向け出来ないところだったわ」

「あぁ。済まない。やはりサクラはサクラだな」

「はい。ハイエルフですから」


 公衆の面前でイチャついてしまった。

 しかもサクラの『ハイエルフですから』まで飛び出してしまった。


「という訳だルーラント国王。クレティアローズとクレティアソードの話は無しにしてくれ。友好の証しとしてエリクサーだけは渡そう。サクラもそれで納得してくれ。一度口にした俺も悪い」

「カミーユも悪いけど、女神を政治利用しようとした王国も悪いと思うわよ。自国の神を政治利用されたら一体どのような行動に出るでしょうね? ルーラント国王。聞かせて頂けるかしら?」


 先程の緊張とは違う緊張感が漂う。

 緊張と言うよりも、剣呑な雰囲気と言った方が良いだろう。


「……」


 国王からは返答がない。

 言葉は出ないが、額からは大量の汗が噴き出している。


 ザクスとナタリーは不測の事態に備えて臨戦態勢になっている。

 アリーゼも緊張の面持ちでさりげなくザクス達の後ろに隠れている。

 危機察知能力に優れている。


「今日の晩餐会を主催した国王夫妻に感謝を。楽しい一時を有り難う」

「今後も友好的な関係が続くことを心から願っています」


 場を壊してしまって申し訳ないが、これ以上この場にいるのは無理だろう。

 今回は気持ちよくなりすぎて失敗したが、この失敗を次に生かそう。


「待て。女神の使徒か何かは知らんが、何処の馬の骨かも判らない下賎の者が何を偉そうに。生きてこの場から出られると思うなよ?」


 何処の誰かは知らないがかなりご立腹のようだ。

 周りの貴族達も同じような表情だな。

 国王と宰相は……。血の気が引いている。


「あら。たかだか人間風情が何を言っているの? 誰に向かって話しているのかしら?」


 こちらのお姫様もかなりご立腹のようだ。

『たかだか人間風情』とか言っているが、自分が大精霊と言うことを知っているのか?

 原因を造った張本人である俺は何故か他人事のようにこの場を観察している。


 隣に超ご立腹の人がいたら人は冷静になれるのだな。


「ふっ、ふっ、巫山戯ふざけるな! 何が『たかだか人間風情』だ! 騎士達は不届き者達を捉えろ!」


 警備と護衛に当たっている騎士達は困惑している様子だ。

 貴族からの命令とは言え他国の国王一行に刃を向けて良いのかと逡巡する者。

 さっと槍を構え俺達の捕縛を実行しようとする者。


「風よ私の願いを聞いて頂戴。騎士達の刃を砕いて」


 そよりと空気が動く。


「「「なっ!!!」」」


 次の瞬間には大精霊の願い通りに騎士達の槍が粉微塵にされている。

 どういう原理で金属を粉微塵に出来るのかは全く判らないが、きっとハイエルフだから出来るのだろう。


「ねえ、そこの貴方。誰が『何処の馬の骨かも判らない下賎の者』なのかしら? カミーユのことを蔑むことは私が許さないわよ?」


 場は凍り付き、驚きと恐怖で身動きすることを忘れている貴族達。


【マスター。流石です。トラブルを引き寄せるのでは無く、自ら作り出すとは……。今夜はお仕置きが必要ですね。腕が鳴ります】  

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