第19話 世界樹を目指して(Side ルシアナ)2/3

 私達は死の森へと足を踏み入れた。


 各国の監視の目が届かなくなるまで悠然と進んでいく。

 恐怖で足が竦むが、彼らに悟られないように。


「姫様。もう大丈夫でしょう」

 カインが小声で告げてくる。

 監視の目から離れたようだ。


「ここで体勢を整えよましょう」


 森に入ってから僅か二百メートルほど。

 喉はカラカラに渇き、心臓の音がうるさい。


 水を飲み、呼吸を整える。


「ここからは慎重に進んでいきましょう。打ち合わせ通り散開して、ハンドサインで」

 音を立てないように、気配を殺して慎重に進む。


 二百メートルほど進んだところで、魔獣の姿が見えた。

 大型の熊。デーモンベア。

 一匹で街を破壊し尽くした悪魔の熊。


 全員息を殺し、気付かれない事を祈った。

 祈りは通じたようで、デーモンベアは私達から離れていった。


 ここが死の森である事を実感した。

 ここで引き返さなければ確実に死ぬ。

 否、ここで引き返しても生きて帰してくれないのでは無いか?


 それでも私は世界樹を目指す。

 仲間を守り抜く。


 決意を新たに再び世界樹を目指して前進した。

 

 日が暮れる前に野営の準備をする。

 土魔法で地下壕を作り、死の森の夜をやり過ごす。


 夜が明け無事に目を覚ませる事が奇跡のように思えた。


 くじけそうな心を奮い立たせ、今日も世界樹を目指し足を動かす。

 魔獣の気配を感じると、必死に隠れ息を殺した。


「クレティア様ありがとうございます」


 全員の口から自然とその言葉が漏れてくる。



 死の森に入って三週間が経過していた。

 私達は全員生きている。

 心はすり減り、歩みも遅いが、それでも前へ進んでいる。


 森が深くなるほど魔獣は巨大化している。

 熊、狼、鹿、猪、蛇。

 目に入るだけで死を直感する。


 世界樹は何処にあるのだろうか。

 本当に世界樹はあるのだろうか。


 口には出さないが、全員同じ思いを抱いていた。


 それでも前進する事を止める事は出来ない。

 塹壕に入り、抱き合い涙する。


 私は変化を感じていた。魔素量が増加しているのだ。

 十年前と変わらないかそれ以上に魔素量が増加しているのが判るほどに。


「理由は判らないけど、魔素枯渇の危機は脱したようね。それでも、私達は世界樹を目指さなければならない。再び同じ事が起こらないように。エルフの未来のために」


 喜びと絶望が同居した表情で頷いてくれる。

 私は絶対に諦めない。

 私は絶対に仲間を守る。



「キャア」

 クレアが居る方向から悲鳴が聞こえた。

 クレアが居たはずの場所には狼型の巨大な魔獣が居た。

 クレアは魔獣に吹き飛ばされ、口から血を流し、苦悶の表情を浮かべている。


「クレア!」

 叫びながら私は風の刃を魔獣に放ちつつクレアの元に駆けた。


 何故魔獣がここに居るのか判らない。

 何故クレアが傷ついているのか理解が出来ない。

 頭が混乱し冷静な判断が出来ない。


 索敵と土魔法に長けているカインが見当たらない。

 もしかしたらカインも魔獣に……。


「「うおぉぉぉ」」

 ナターシャとミランダが叫びながら魔法で攻撃を始めた。

「いけない!」

 私は叫んだ。


 風魔法と水魔法の刃が魔獣を襲い、土煙を上げ木々をなぎ倒した。

 視界が閉ざされる。


「ギャアァァァ」

「ミランダ! キャッ」

 二人の悲鳴が聞こえ、静かになる。


 僅か数十秒で全滅。

 手足がガタガタと震え動けない。


 魔獣が現れゆっくりと近づいてくる。

 風の刃を放つ。

 私の魔法など避ける必要など無いと言わんばかりに、魔獣は私を目がけて真っ直ぐに走り出す。


 一瞬で魔獣が目の前に現れ右足を叩きつけられ吹き飛ばされる。

 

「かはっ」

 

 全身が痛い。呼吸が出来ない。

 右腕は折れ、横腹は引き裂かれている。

 恐らく内蔵までダメージがあるだろう。


「癒やしを」

 治癒魔法で応急処置をし立ち上がる。


 ここで私は死ぬのだろう。

 しかし、私は最後まで抗い、戦い抜く。


 魔獣を正面に見据え、自分が放てる最大の魔法を放つ準備をする。


「止めろ!」

 

 突然知らない男の声が聞こえてきた。

 同時に魔獣と私を隔てる木が爆ぜた。


 何が起きているのか判らないが、魔獣から目を逸らす事だけは出来ない。


「理由は知らないが、戦いは止めろ」

 男は魔獣に臆する事無く戦いの間合いに入ってくる。

 青みがかった銀髪の男だった。


「狼くん。俺に免じてここは引いてくれ。熊どんに言ってお礼を用意しておく」

 男が魔獣に話しかけている。魔獣を逃がそうというのか。

 

「待て。この魔獣は私の従者を……」

「先ずは三人の手当が先だ。君しか三人を助ける事は出来ないんだぞ」

 私の言葉を待たずに男は話を続ける。


 確かに三人、否、四人の手当が先だ。


「魔獣の事は俺に任せてくれ」

 確かに私には魔獣を倒す力は無い。

「……。っく」


 悔しい。

 戦う力が無い事が。

 仲間を守る力が無い事が

 。自分の無力さが。

 

「君はよく戦った」


 違う。

 私は守れなかった。

 仲間が蹂躙されているのを見ているしか無かった。


 銀髪の男は私を支えるように手を伸ばし、微笑んだような気がした。



 目が覚めると、見慣れない部屋に寝ていた。

 起き上がろうとするが、身体が悲鳴を上げて動けない。

 首を動かし周囲を観察すると、ここには私一人しか居ないようだ。


 仲間は何処に居るのだろうか。

 否、仲間は生きているのだろうか。


 光が入ってきている窓へ目を向けると、狼の魔獣がそこに居た。

 仲間を襲ったあの魔獣だ。

 動け、私の身体。

 魔獣を睨みながら必死に身体を動かそうともがくが動かない。


「ルシアナさん、入ります」

 声が聞こえ、許可を出す前にドアが開き男が部屋に入ってきた。

 あの時森で見た男だった。


「良かった。目が覚めたんですね」


 何を言っているのだこの男は。

 敵はすぐそこに居る。

 人類の敵だ。

 それを野放しにしておいて、何が良かったと言うのだろうか。


 怒りがこみ上げてくる。

 男に対しての怒りなのか、仲間を守る力が無かった自分への怒りなのかは判らない。

 目の前で笑顔を見せるこの男が許せなかった。


「バチンッ」

 男の頬を叩いていた。先程まで動かなかった腕で。

 

 この男はもしかしたら敵なのかもしれない。

 魔獣を使役して私達を襲った。

 そうとしか考えられない状況がここにあるのだから。


「許さない。絶対に許さない」


 この男は確かに言った。『魔獣の事は俺に任せてくれ』と。

 それなのに何故ここに魔獣が居るのだろうか。


 私はこの男に騙されたのだ。

 私はこの男の事を絶対に許さない。

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