第17話 約束の地 エデン
ベッドに横たわったまま思い切り俺の頬を叩いたルシアナさんを見下ろす。
目覚めて良かったと言う感情は何処にも無い。
助けるのじゃ無かった。
ヘルピーの言うとおりにしておけば良かった。
しかし、彼女が目覚めて嬉しいと思ったのも確かだった。
治療だけはきちんとしてやろう。
その後どうするかは彼女次第。
彼女と関わるのはこれで最後。
「まだ、完全には癒えていないと思うから、この治癒薬を飲んでくれ」
「……」
ベッドサイドテーブルに置いてあるエリクサーを指さしながら彼女に説明する。
彼女は、俺をにらみつけながら口をパクパクとさせているが、声が出ないようだ。
一週間以上まともに水分補給していないのだから、声も出ないのだろう。
「この治癒薬はエリクサーだ。完璧に癒やせるので必ず飲んでくれ」
「……」
何かを言いたいのだろうが、言葉が出ないようだ。
知った事では無い。伝える事だけ伝えよう。
「生活魔法は使えるな? 水は自前で補給してくれ。腹も減っているだろうが、最初は白湯から始めた方が良い。カロリーバーを置いているから柔らかくしてから口にするように」
淡々と説明を続ける。
「それから、君が着ていた服だが、壁に掛けている。装飾品はテーブルに置いている。レイピアも壁だな」
「……」
彼女は相変わらず憤怒の目を俺に向けているだけ。
「マントは俺のだから、不要になったら隣の部屋に置いておけば良い。君の服が着られそうに無かったら、この服を着てくれ。一度も袖を通していない新品だ」
他に伝える事は無かったかな?
どうでも良いか。所詮は他人。
もうこの部屋に用事は無い。
「最後にもう一度言っておく。エリクサーは必ず飲むように。飲まないと……。死ぬぞ」
ドアを閉め外に出る。
何とも言えない感情が胸の中に渦巻いている。
喜ばれると思っていたのに頬をぶたれた。
激しい怒りをぶつけられた。
俺の事を許さない?
否。俺は彼女を助けただけだ。
彼女を見捨てた方が良かったのか?
彼女にしてみれがそうなのかもしれない。
他人の思いや感情は判らない。
だから日本では一人でいたのに、エルトガドに来て、今までに無い能力が使えて俺は浮かれていたのだろう。
「なあ、ヘルピー」
【はい、マスター】
「俺は正しい事をしたのだろうか」
ヘルピーに救いを求める。
【マスターが正しかったと思えば正しい行動なのです。少なくとも私は、今回のマスターの行動を誇りに思っています】
「ありがとうヘルピー」
ヘルピーがいてくれて良かった。
辺りを見渡すと、心配そうに魔獣達が俺を見ている。
「みんな心配してくれているのか? ありがとうな」
そう、ヘルピーだけでは無い。
心配してくれる魔獣達もいる。
魔獣達は俺の事を裏切らない。
そう思えるだけの信頼を築いてきた。
俺も魔獣達を裏切る事はしない。
今は、全てを忘れて魔獣達との時間を楽しもう。
日が暮れるまで魔獣達と過ごした。
魔獣の置物を作ったり、追いかけっこしたり。
日が暮れると魔獣達は森の中へ戻っていく。
それぞれ帰る場所があるのだろう。
俺の返るべき場所は何処だろうか。
(彼女はエリクサーを飲んでくれただろうか)
ふと、頭をよぎる。
「俺が気にする事では無い。俺はやれる事は全てやった。今後どうするかは彼女が決める事だ」
材木置き場に行きテーブル代わりの切り株を運び、端切れでロッキングチェアを作りゆっくりとする。
枝を集めたき火をする。
ゆっくりとした時間が流れる。
俺は何のためにエルトガドに転生したのだろうか。
エルトガドで何をするべきなのだろうか。
枯渇した魔素の供給のため。
クレティアへの信仰心を高めるため。
クレティアを最高神に導くため。
望む望まないに関わらず明確な目的があるのは間違いない。
それが達成出来なければ地獄が待っているのだから。
俺自身はエルトガドで何がしたい?
俺自身は何を望んでいる?
自問自答するが答えは出ない。
ヘルピーも何も言わない。
自分自身で答えを出せと言う事だろう。
――
日中は魔獣達と戯れ魔法の練習をし、日が暮れると自問自答する生活が三日続いた。
その間一度も家に近づいていない。
怖かったのかもしれない。
「なあ、ヘルピー」
【はい、マスター】
「やりたい事が見つかったんだけど聞いてくれるか?」
【はい。何でしょうか】
それからヘルピーに俺が見つけたやりたい事を話した。
ヘルピーは否定する事無く話を聞いてくれた。
そして、実現するためのアドバイスを貰った。
【これもミッション達成の助けになるはずです】
さすがヘルピー。
ブレる事は無い。
『全てはクレティアのために』が思考の中心にある。
早速行動しよう。
「熊どん。魔獣達に話がある。俺の事を慕ってくれている魔獣達に夜になったら世界樹に集まるように伝えてくれ」
俺のお願いを聞いた熊どんは、集まっていた魔獣達に向かって、『ぐわうっ』と一鳴き。
それを聞いた魔獣達は森の中へと戻っていく。
夜になり、魔獣達が世界樹へと集まってきた。
俺は昼間作っていたステージに昇り、ゆっくりと見渡した。
森の魔獣はみんな大きいから丁度良い高さになっている。
かなりの数の魔獣が集まっていた。
魔法でスポットライトを作り、自分を照らす。
「みんな。こんなに集まってくれてありがとう」
ガウガウと話していた魔獣達は静かになり俺に注目した。
「俺は女神クレティアの使徒であるカミーユ。先ず、人族である俺を受け入れてくれた事に感謝する。君達は俺のかけがえの無い友だ」
魔獣達が喜びの雄叫びを上げる。
「俺は約束しよう。決して友を裏切らない事を。俺を友と慕う者を守る事を。世界樹とこの森を守る事を」
先程と違い辺りは静寂に包まれている。
「この森をエデンと名付け、この森とエデンに住まう友を守る事を女神クレティアの使徒カミーユとしてここに宣誓する」
宣誓と同時に世界樹が輝きだした。
枝葉の先まで輝き、金色の粒子がエデン全体へと降り注ぐ。
森中から雄叫びが聞こえてくる。
俺はここにいても良いんだ。
俺には、沢山の友がいるのだ。
俺が帰る場所はここにあるんだ。
俺のエルトガドでの行動は間違っていなかったのだ。
気がつくと、涙が頬を伝っていた。
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