第16話 人助け 辞めました
エリクサーは熊どん達魔獣に大好評だった。
連日行列を作って魔獣が押し寄せてくる。
ちまちまあげても仕方が無いので、バスタブを数個作って、エリクサーを大量投入している。
エリクサー風呂だ。
他の異世界の王族が見たら目玉が飛び出るだろう。
そんな賑やかな日常を送っているが、エルフの美女ルシアナさんはまだ目覚めない。
「クリーン」
眠り続けるルシアナさんに、早く癒やされるように願いを込めながらクリーンを掛ける。
既にルーティーンワークとなり、行動に無駄がなくなっている。
マントを掛け直して窓を開けるまでがワンセット。
諦めたのか、ヘルピーも何も言ってこない。
「ヘルピー。彼女は目覚めるのだろうか」
【大丈夫でしょう。私達の生活に支障もありませんし】
ヘルピーはドライだな。
【それよりも、街へ行くと言う計画が進まない事の方が問題です。街に行くついでにこの女を森に捨てましょう。魔獣も喜び、マスターも街へ行ける。この女は死の苦しみを味わうこともありません。三方良しの最善手です】
何て事を言い出すのだ。
鬼ですか。
「そんな事出来るわけ無いだろ」
【捨てるとこの女の胸が見られなくなりますからね】
「それは……。少しはあるが、日本人として森に人を捨てるとか出来ないし、考えられないよ」
【やっぱり胸は見たいのですね。クレティア様へ報告しておきます】
クレティアからの俺の評価が低くなっていく件。
「それはそうと、魔力に物を言わせた治癒魔法で何とかなるんじゃ無いか?」
【彼女をモルモットとして考えるなら問題無いですね。助けたいのであればオススメ出来ません】
「それは何故?」
モルモット扱いはスルーしておいた。
【治癒魔法は高度な魔法です。人体の構造に精通していないと不完全な治癒になります。不完全で終われば良いのですが、最悪死に至ります】
「何それ。ちょっと怖いんですけど」
【例えば、心臓と肺が融合し心肺機能が失われる。未熟な治癒魔法で実際に起きた事故です。マスターのバカみたいな魔力量で無理矢理治癒魔法を使うと、そのような事故が簡単に起きえますし、その未来しか見えません】
ヘルピーの俺への信頼が厚い。
「理解した。ただ、一週間水分すら補給していないから、後からエリクサーを少し口に含ませてみよう。飲んでくれたらラッキーだ」
【では、そのようにしましょう】
ヘルピーから許可も出たので、早速行動しよう。
外に出ると、相変わらず魔獣が行列を作っていた。
エリクサーの対価である食料は、在庫が溢れかえっているので不要と伝えている。
代わりに森のパトロールをお願いした。
おかげで安心して過ごせるようになった。
「おはよう熊どん。今日もよろしくな」
行列の監視と調整役として熊どんは毎日来てくれている。
魔獣達も熊どんの言う事は聞くようだ。
世界樹の森の魔獣を纏める熊どん。
俺の親友はかっこいいぜ。
エリクサー用のバスタブは全部で五個のになっていた。
世界樹の森中の魔獣がここに来ているのじゃ無いかと思うほど大盛況だ。
サクッとエリクサーを作成し、エリクサー風呂を完成させる。
後は熊どんが上手くやってくれる。
コップ一杯のエリクサーを拝借して、ルシアナさんの元へ。
スプーンで掬い口元へ持って行くが、唇は閉じたまま。
困ったときのヘルピーさん。
「ヘルピー。どうすれば良いかな?」
【手で軽く口を開けるだけですが、顎を持って親指で唇を……】
「さすがヘルピー」
【マスターがヘタレなだけです】
軽くディスられるが気にしない。
テンパっているのが自分でも良く判るからね。
先ほどから心臓の音がうるさい。
「ルシアナさん。エリクサーです。早く良くなって下さい」
震える指でスプーンを口元に運び、僅かに開いた口にエリクサーを流し込む。
喉が上下に動き飲み込んだ事が判った。
「何とか飲んでくれた」
【マスター。もう一度流し込んで様子を見ましょう】
ヘルピーの指示に従って、同じ動作を繰り返す。
僅かに顔色が良くなり、息も落ち着いた気がする。
暫くベッドサイドで様子を窺うが、目覚める気配は無い。
「ずっとここにいてもしょうがない。魔法の練習をしよう」
今出来る事を、手抜きをせずにコツコツと継続していく。
土魔法の練度を高める事が今は一番大事なのだ。
いつものルーティーンワークの中にルシアナさんへエリクサーを飲ませる行為が加わった。
いつ目覚めても良いように、マントの掛け直しは控え目にしている。
お胸が見えないように気を付けなければならない。
不敬罪で死刑だけは阻止しなければならない。
ルシアナさんが家に来てから一週間が経過した。
エリクサーを飲ませ始めてから顔色が良くなった。
ヘルピーもいつ目覚めてもおかしくないと言っている。
俺が出来る事は変わらない。
ルーティーンワークを粛々と、しかし心を込めて丁寧にこなして行く。
土魔法もかなり上達した。
煉瓦や石柱も作れるようになったし、最近は小物も作っている。
将来的にクレティアの像を造る予定だから、魔物達をモデルに五十センチ程度の置物を制作している。
最初に親友である熊どんの置物を作り熊どんに渡したら、自慢するように周りの魔獣に見せびらかしていた。
自分の置物も作ってほしいと、魔獣達に囲まれた。
見かねた熊どんが仕切ってくれて一日三体制作する事にした。
さすが熊どん。頼りになる。
「鹿っち出来たぞ。凜々しい角が素晴らしいな」
「くうぅぅん」
本日最初の作品は鹿っちだ。
自分でも満足のいく出来映えだ。
鹿っちも満足しているようで、周りの魔獣に自慢している。
「ウォンッ。オンッ」
狼くんが何かを訴えかけるように吠えた。
様子を見ると、窓と俺を交互に見ている。
家の中で何か起きたのだと直感が告げてくる。
家の中で何かあるとすれば、ルシアナさんだ。
慌ててルシアナさんの元へ駆けつける。
「ルシアナさん、入ります」
ノックもせず、返事も聞かずにドアを開ける。
あぁ。彼女の瞳は確かに綺麗な翠眼だった。
透き通るようなエメラルドグリーン。
「良かった。目が覚めたんですね」
ほっとして安堵の声を掛ける。
自然と笑みが浮かぶ。
「バチンッ」
突然頬に痛みが走った。
何が起きたのか判らない。
「許さない。絶対に許さない」
ルシアナさんは恨みが籠もった目で俺を睨みながらはっきりとそう言った。
うんざりだ。
人を助けて恨まれるなんてうんざりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます