第14話 知恵の輪
俺が人生で初めて作った治療薬。
こんなに簡単に作れる物なのかと呆気にとられてします。
これでいいのか? 異世界。
「ヘルピー。治癒薬は飲ませるの? それともかけるの?」
【外傷治療には直接塗布します。外傷以外は飲用します。失った血は戻りませんので、出血が酷い場合は安静にする必要が有ります】
「了解。定番の使用方法だね」
「因みに、どの程度の効果が有る?」
【使用量にもよりますが、欠損部位の復元や病の根治。細胞も生まれ変わりますので、現在の姿のまま肌は赤子のようにすべすべになります】
「……。エ、エリクサー」
【そうですね。本物のエリクサーが制作されたのはこの世界ではこれが初めてです】
ヘルピーさん。何て物を作らせているのだ。
面倒ごとの匂いがプンプンします。
俺が面倒ごとを引き寄せるのでは無く、ヘルピーが面倒の種を作っているのでは?
「もう少し効果が低い薬は作れないかな?」
【難しいですね。素材が手に入りません。この限られた状況の中で唯一制作できるのがエリクサーです】
そうなんだ。
使いたく無いけれど、このままでは彼女が死んでしまう。
「しょうがない。使うか」
【早くした方が良いですよ。猶予はあまり有りません】
迷っている場合では無かった。
目の前の女性を治療しよう。
「取り急ぎ大きな傷に塗布して、その後に飲んでもらえば良いか」
【彼女は意識が有りませんので、飲用するのは難しいので、身体全体にかけましょう】
「了解」
【制作した治癒薬の半分程度をブリーズで霧状にしてかけましょう】
了解。
霧吹きのイメージね。
今まで水を霧状にした事が無かったから、ウォーターで作った水を使って、三回練習したところでヘルピーからOKが出たので、本番だ。
【マスター。彼女の服を脱がして、素肌に直接塗布して下さい】
「なっ」
何ですと?
服を脱がせと仰いましたか?
それは不味い。
俺は知っている。
女性に対して男性がAEDを使っただけで訴えられる事を。
同意を得るだけで無く、それを書面に残すくらい慎重に行動しないと自分を守れない事を。
更に不味い事に、目の前の女性は恐らく高貴な身分なはずだ。
倒れていた三人と比べると、明らかに身につけている物が上質過ぎる。
「ヘルピー。それは不味いぞ。国際問題に発展する恐れが有る」
【何を言っているのですか。そうしないと助かりません。私の見立てでは骨折もしているし、内蔵も損傷しています。外傷だけでも完璧に治療しないと命の保証は出来ません】
そこまで酷いのか。
最善を尽くそう。
ヘルピーと生活を始めて俺が心がけている事だ。
「彼女から何か言われたらヘルピーも弁明してくれよ」
【構いませんが、彼女には私の声は聞こえませんよ。それよりも早く治療しましょう】
何てこった。
今までヘルピーと普通に会話していたから忘れていたよ。
覚悟を決めてやるしか無い。
「ヘルピー。……。服の脱がし方が判らない」
問題はいきなりやってきた。
この女性が身に纏っている服。
ドレスと言って良いだろう。
シルクのように艶やかで滑らかな生地は透明感の有るエメラルド。
彼女の瞳と同じ色をしていた。
そして金糸で精緻な装飾を施されている。
薄い生地が何枚か複雑に絡み合って隠すべき場所を隠し、同時に女性の魅力的な部分を最大限引き出すように設計されている。
頭には月桂冠のようなティアラ。素材は金や銀、色とりどりの宝石がちりばめられている。
首から胸元にかけてはこちらも豪華な飾り物が。
当然、腕や手首、足首にも同じような豪華な飾り物。
因みに、彼女は
間違いなく良いとこの子。
誰がどう見ても高貴な血筋。
失礼が有れば俺の頭と身体がさようならする案件だ。
【無駄な装飾品を外して、適当に切っちゃえば良いと思いますよ】
ヘルピーさん。
不敬が過ぎますよ。
冷や汗をかきながら、何とか服を脱がせた。
お胸は、寝ていても綺麗な形を保ったままだった。
頂きは薄紅色。
色、艶、形にバランスまで完璧だ。
【マスター。不敬罪で死刑になりますよ】
お前が言うか! という言葉を飲み込んで、意識を治療に向ける。
「ミストシャワー」
薬研に入っていたエリクサーが宙に浮き、金色の霧状になって彼女を包む。
彼女の身体も金色に発光し、部屋中が幻想的な光に満たされた。
光が収まると、身体のあちこちに有った痛々しい傷は切れいに無くなっていた。
「凄いな……」
あまりの光景に呆然としていた。
【マスター。うつ伏せにしてもう一度】
そうだった。
治療が終わったのはまだ半分。
うつ伏せにし、同じ作業を繰り返し、外傷の治療は終了した。
再び仰向けにし、俺のマントを掛けておいた。
服を着せる能力は俺には無かった。
これ、服だよね?
知恵の輪ですか?
女性のドレスは摩訶不思議だ。
ハンガーを作り、ドレスとシースルーのストールはかけておいた。
テーブルを作り、装飾品を並べる。
レイピアを壁に掛けられるようにフックを作り、飾っておいた。
この部屋は彼女の部屋にしよう。
装飾品の中にドッグタグが有った。
見ちゃいけないと思いながらも見てしまった。
****************
名前:ルシアナ・ヘノベバ・レムス・ムルシア(凹)
国籍:ムルドラン自治領
職業:世界樹への生贄
従者:カイン(逃亡)・クレア(死亡)・ナターシャ(死亡)・ミランダ(死亡)
****************
ヤバイ情報を見た気がする。
まず、名前が長いし、国名と名前が似ている気がする。
職業が世界樹への生贄って何よ。
従者が一人逃亡しているけれど、大丈夫なの? 。
まあ、今更ジタバタしてもしょうがない。
なるようになるさ。
ルシアナさんが目を覚ますまで、出来る事をしよう。
実は、治療したときに、熊どんの怪我も治療しようと思っていた。
家から出ると、熊どんが世界樹の根元で寛いでいた。
「熊どん。怪我の治療をしよう」
薬研を片手に熊どんに近づきながら声をかけた。
俺が粉砕した左肩の傷は塞がっているけれど、まだ毛が生え揃っていない。
「いつも食料ありがとな。それとお留守番もありがとう。これからもよろしく」
エリクサーを熊どんの左肩に直接かけた。
金色の光が熊どんの左肩を包み込む。
光が収まると、熊どんの左肩は綺麗に治っていた。
熊どんが頭を擦り付けてくる。
感謝の気持ちを表している事を俺は知っている。
「良いって事よ。それより熊どんの知り合いで治療したい奴がいたら連れてきて良いからね」
熊どんの怪我が治って、更に絆が深まった事が嬉しくて思わず口走ってしまった。
熊どん、社交辞令だからね。
真に受けちゃいけないからね。
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