第8話 拠点を作ろう

 世界樹の根元の空間で少しだけエルトガドについて勉強した俺は、生活魔法クリーンを使って身体を綺麗にしてから、寝袋に入った。

 

 この寝袋、寝心地最高です。

 寝袋なのに、高級寝具に包まれている感覚。

 クレティアと出会ったあのベッドと同じ寝心地と肌触り。


 濃密な一日だった。

 何せ異世界にやってきたのだ。

 自宅のベッドで目覚めるかもしれないが、可能であればこれが現実で、明日からも異世界生活を続けたいと思っている。


「ヘルピー」

【はい、マスター】

「お休み。明日からもよろしくな」

【はい。ゆっくりお休みください】


 地球では一人で生きてきたけれど、今はヘルピーがいる。

 一人ではないのも案外悪くない。

 明日からも頑張れそうだ。



「ここは……」

 目を覚ますと、昨夜と同じ空間で、寝袋の中だった。


「本当に異世界にやってきたんだな……」

 目が覚めると現実に戻るとどこかで思っていたが、これが現実なのだと改めて実感した。


「ヘルピーおはよう」

【おはようございます。マスター】

 

 独特のイントネーションで話すヘルピーに安心感を覚える。


 この空間の出入り口から、頭だけ出して周辺を見渡す。


「特に問題は無いな」


 付近の安全を確認し、外に出る。

 太陽は既に昇っており、太陽の高さから考えると、午前八時頃かな?

 ウォーターで顔を洗い、ブリーズで水滴を吹き飛ばす。


 丁度良い木の根に腰を下ろし、朝食代わりのカロリーバー的な非常食を齧る。

 

「ベリー味とは予想外だ」


 一本で案外腹も膨れる。


「さて、ヘルピー」

【はい、マスター】

「今後の行動を決めようと思う」

【ご自由に】


 いや、冷たくない?

 仮にもアシスタントですよね?

 アドバイスの一つくらいしても良いでしょ!


「アドバイスを求めます」

【では、マスターの考えをお聞かせください】


「今現在の問題はトイレだ」

【は?】

「トイレに行きたい。どこか個室は無いか?」

【……】


 実際、ずっと我慢している。

 切実な問題なのだ。

 その辺でしろって?

 日本人にそんな事を求められても困る。

 無理だから。

 いくら誰もいないって判っていても無理だから。


「ほら。いつ魔獣が襲ってくるか判らないし、安全安心なトイレの確保は最優先だよ」

【……】

「それに、世界樹にとっては俺の排泄物は毒になるかもしれないし」

【……】

「匂いにつられて、魔獣がわんさか押し寄せてくる恐れもあるし」


【世界樹が気になるのでしたら、森の中で済ませて、その後クリーンをかけてください。穴を掘ってからその中に排泄し、終了後は穴を塞げば問題無いでしょう】


「ありがとうございます」

【全く、こんな人が私のマスターだなんて。クレティア様もどうかしてます。これは本日の日報で報告させていただきます】


 急いで森へ向かおう。

 身体能力がチートなので、森までの距離約二百メートルも三秒で到着。


「ヘルピー。見ないでね」

【……】


 朝からヘルピーのジト目が激しい。

 想像だけれど。

 癖になりそうで怖い。


「なっ。何じゃこりゃー」

【マスター。大きな声を出すと、マスターが恐れている魔獣が寄ってきますよ】


 判っている。そんな事は俺だって判っている。

 しかし、叫ばずにはいられまい。

 昨日まで三十五年間苦楽を共にした、俺の相棒の佐藤翔太くんが。

 右手が覚えている佐藤翔太くんが見当たらない……。


 俺はカミーユになったのだ。

 カミーユのカミーユくんは、ダビデくんよりも立派なカミーユくんだった。

 何を言っているか良く判らないが、そこには佐藤翔太くんはいなかった。


【何を驚いているかと思えば……。それはクレティア様がマスターの肉体を作り替えるときに、何度も何度も……。それこそ、使徒契約が終わってから転送させるまでの時間のほとんどを費やした力作です。やはり、将来の伴侶となる方のですから、妥協は一切ありません】


「……」


【それよりも、さっさと済ませてください。今後の行動は早く決めましょう】


 それはごもっともです。

 念入りにクリーンをかけて、世界樹に戻ろう。



「では、気を取り直して、今後の方針を話し合いたいと思います。忌憚の無い意見をお願いします」

【私の辞書に『遠慮』『忖度』という言葉はありませんのでご安心ください】


 たまには、気を遣ってくれても問題無いからね。

 空気を読む事も大切だからね。


「まず、昨日ヘルピーが言っていた魔法の訓練です。生活魔法を使いまくって魔法の練度を上げると同時に、ヘルピーから魔法の講義をしてもらいます」

【あまりにも当然の事を、そこまで堂々と言い放つマスターに驚きました。マスターには恥という概念は無いのでしょうか……】


「……。そ、それは今後の行動の大前提だからね。敢えてもう一度確認をしたんだよ」

【では、敢えて私もマスターの言葉を信じましょう】

「……。それで、今後の方針としては、当面の生活拠点をここに築きます。工具は無いので、生活魔法を活用して作ります」

【それは良い方法だと思います。私も賛成です】


「今ある食料はすぐ底をつくので、魔獣を討伐して食料とします。食べられる果実や野菜、茸などは、ヘルピーが教えてくれ」

【判りました】


「日中は拠点作りをメインに行い、空いた時間や日没後に魔法の講義を受けます」

【まあ、無難な方法ですね】


「そして、魔法が習得できた時点で近隣の街へ向かいます」

【マスターの方針は理解しましたが、問題があります】


 問題だと?

 この完璧な計画に問題があると?

 ヘルピーくん。言ってみなさい。


「問題が?」

【はい。今までのマスターの傾向ですと、魔法の習得というのが、最初に使おうとした魔貫光殺○のような攻撃魔法。それもかなり高威力な。結界魔法や探知魔法も高レベルなものを習得したいとお考えかと思います】

「まあ、そうだな。良く判っているじゃないか」


【問題は、恐らくそのレベルまで到達するには数十年は必要だという事です。使徒となられたマスターの寿命は千年前後はありますので、魔法の習得だけを見れば全く問題無いのですが、その間に最初のクエストが発生した場合、対応が出来ないと考えられます】


 今、さらっと寿命が千年前後とか言っていませんでしたか?


【恐らく生活拠点が完成すれば、生活魔法の練度は高まっていると想定されますので、拠点完成後は速やかに街を目指すべきかと】


「そうだね。そうしよう。『拠点を作って街へ行こう』をスローガンにして頑張ろう……」


 当面の方針が決まりましたが、暫く何も出来そうにありません。     

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る