第5話 初めての魔法

 巨大な熊とはバッチリ目が合った。

 何もしなければ確実にられる。

 尻餅をついた状態で必死に手足をバタバタさせていると、手に堅い何かが触れた。


 拳ほどの大きさの石。


 俺は知っている。

 投擲は正義。

 歴史もラノベも証明している遠距離攻撃の基本。


「やってやるよ。せめて一発当ててやるよ」


 立ち上がり、振りかぶる。


「ヒュッ!」

「パァン」


 投げた瞬間熊の肩が吹き飛び、血肉をまき散らした。

 石は貫通し、木々を粉砕しながら遙か彼方へと消えていく。


「えっ?」

 あまりの出来事に間の抜けた声が口から漏れた。


「グエッ」

 熊からは熊らしからぬ声が漏れている。


「えぇぇぇー」

 衝撃が過ぎる。

 脳の処理が追いつかない。


 衝撃が強すぎて、ただ呆然とするしか無かった。


「クウゥゥーン」

 弱々しい鳴き声を上げながら、巨大な熊が逃げ帰っていく。


「ええぇぇぇ……」

 

 どう考えても熊の鳴き声では無いだろ!


「とりあえず、助かった……。のか?」


 脚も手もガクガクと震えている。

 指はガチガチに固まり、上手く曲げ伸ばしが出来ない。


 暫く巨大な熊が逃げていった森を警戒しながら凝視した。

 近づいてくる動物の気配は無い。


「た、助かった……」

 安堵した途端、身体から力が抜け、ぺたりと座り込んだ。



 どれだけの時間放心していたのだろうか。

 高かった太陽がやや低くなってきている。

 感覚的には十五時頃か。


 風が頬を撫でる。

 森からは木々のざわめき。

 広大な自然の中に小さな人間が一人ポツンと佇んでいる。


「兎に角安全な場所に」

 

 森が安全じゃないことは巨大な熊が証明した。

 何処に安全な場所がある?

 街まで先程のような動物と出会わない保証は何もない。


「まずは、能力をチェックしないと。能力が判らずに冒険は出来ない」


 クレティアさんは嘘は言っていないはずだ。

 自分の使徒に嘘をつくメリットが無い。

 

 クレティアさんは『詳細はエルトガドに到着後に確認してね』と確かに言った。

 転移先も『魔素供給装置のすぐ横』だった。

 俺の名前も『女神クレティアの使徒カミーユ』と言っていた。ドッグタグもその通りになっている。


 全てクレティアさんが言っていた通りだ。

 それなら能力のチェックも出来るはずだ。

 確認方法があるから『詳細はエルトガドに到着後に確認してね』と言ったと考える方が自然だ。


 どんな呪文を唱えても、どんなに強く念じてもステータス画面は出てこないし、脳内にアナウンスは流れない。


 日は傾き空が夕焼け色に染まりつつある。

 このまま野宿するしか無いのか?

 夜になると動物が活発に動き出すのじゃ無いのか?


 もう一度転移前のクレティアさんの言葉をよく思いだそう。

 何かしらヒントがあるかも知れない。


 ダメだ。さっぱり判らない。

 困ったときの最終手段は神頼みだ。

 これでダメだったらジャーキー食べて寝よう。

 もう一度目覚められたらその時考えよう。


「女神クレティア様。能力の確認方法を教えてください」

【『教えてヘルプさん』と声に出してください】


 間髪入れずに脳内に声が流れた。


「えっ?」


 確かに聞こえた。

 聞こえた内容を声に出してみる。


「教えてヘルプさん」

【何を知りたいですか?】


「マジっすか……」

【『マジっすか』とは『それは本当のことか』と真偽を問いかける、あるいは、その真偽を問う形によって『容易には信じがたい』という驚きの度合いを表明する表現です。主に地球、日本で使用されている言語です】


 それ、答えてもらわなくても良いです。

 まさかの対話式AI機能ですか。

 イントネーションも俺が使っていたスマホAIにそっくり。


「ふはっ。はははは……。ってふざけるな! こんなの誰が判るか!」


 いや。落ち着け俺。

 せっかく正解にたどり着いたのだ。

 ヘルプさんがどれだけ有能かは判らないが、まずは確認しよう。


「教えてヘルプさん」

【何を知りたいですか?】

「俺の詳細データ」

【カミーユさんの詳細データは次の通りです。名前はカミーユ。年齢は……】


 うん、言葉だけなのね。

 よくあるステータス画面が出てくるとか無いのかな?

 聞くだけ聞いてみよう。


「教えてヘルプさん」

【何を知りたいですか?】

「データを表示することは可能ですか?」

【可能です】


 可能なのだね。

 どうやって表示するのかな?

 普通『表示しますか?』とか確認するのじゃ無いかな?

 カスタマーファーストという言葉を知らないのかな?


「教えてヘルプさん」

【何を知りた……


 俺、頑張った。不親切なヘルプさんと戦いました。

 辺りはすっかり暗くなったけれど、ヘルプさんの設定を変更しました。

 ステータスは表示されるし、質問には言葉で帰ってくるようになりました。

 最初訳のわからない文字が出てきたから、頑張って日本語表示に変更しました。

 読めるのは読めたのだけど、脳内翻訳されるより、日本語表記の方が良いよね。

 そう、俺はやれば出来る子。


「ヘルピー」

【はい、マスター】

「俺って今、魔法使える?」

【当然です。使徒基本セットに含まれています】

「どんな魔法が使える?」

【生活魔法一式です】


 おぉー。

 魔法使えるのですってよ?

 生活魔法ですってよ?


 因みに、『教えてヘルプさん』って言うのが面倒だから『ヘルピー』に変更しました。

 で、ヘルピーは俺のことをマスターと呼ぶ。

 良いじゃ無いか。


「ヘルピー」

【はい、マスター】

「生活魔法ってどうやったら使えるの?」

【人差し指を立てて呪文を唱えてください。生活魔法一覧を表示します】


 目の前にウィンドウが現れ生活魔法一覧が表示された。


 ****************

 生活魔法一覧

 ・ライト

 ・イグニ

 ・ブリーズ

 ・ウォーター

 ・クリーン

 ****************


 イグニはファイヤの事かな?

 イグニッションが語源と考えると着火する程度の炎かな。

 あとは大体判る。


 まずは明かりを付けてから水を飲もう。


 生活魔法といえど、人生初の魔法。

 ドキドキするね。


 人差し指を立て、大きく息を吸い込む。


「ライト」


 あまりの眩しさに目をつぶる。

 これ、夜間工事の投光器より明るくない?

 生活魔法のライトってさ、指先にほのかな明かりが灯るのじゃ無いの?


 初めて魔法を使った喜びよりも、驚きが勝ってしまって、感動する余裕がない。

 現実の異世界は驚きの連続だぜ。

      

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