第4話 森の熊さん

 突然光に包まれて意識を手放した。

 ふと目を覚ますと、大きな木の根元に寝ていた。


「本当に、異世界に来たのか?」


異世界に来たからには、やりたいことがある。

 魔法を一発ぶちかましてみましょうかね。


「魔貫○殺砲!」


 ……。

 …………。

 ………………。


 べ、別に恥ずかしく無いからね?

 誰も見ていないし?

 聞かれていないし?

 大丈夫。俺は何もしていない。


 まずは現状確認から始めないとね。

 クレティアさんも能力は現地確認って言っていたから。


 いったんリセット。

 最初からやり直し。


 ――

「えっと。寝ていたのか?」

 ズキズキと頭が痛む。

「飲み過ぎって程飲んでは無かったはずだけどな」

 ゆっくりと目を開けながら、徐々に戻ってくる手足の感覚を確かめる。


「夢じゃ無かったのか……」


 目の前の光景を見て、俺はエルトガドへ転移してきたと確信した。


「これが世界樹か……」


 圧倒的存在感。

 幹は推定五十メートルはあり、木肌はなめらかで美しい。

 伸ばされた枝は何処まで続いているのか判らない。

 にもかかわらず不思議と太陽の光は遮られるでも無く、光は十分に届いている。

 太陽の位置から考えると現在は正午辺りだろう


「魔素供給装置か。その表現も納得が出来るな」


 地面に目を向けるとフカフカとした土の絨毯が広がっている。


「背が伸びた?」

 明らかに以前よりも地面が遠く見える。

 転移時にクレティアさんが調整してくれたのだろう。


 ぐるりと周りを見渡す。

 目に入ってくるのは……。

 世界樹の幹を中心に半径二百メートルほどの土の絨毯。

 そしてその先に広がる森。


「うん。森の中だね」


 そして、生えている木はどれも幹が太く高く成長している。

 その木々の上には世界樹の枝葉が伸びている。


 暫く圧倒的な森を堪能した。


「こんな事をしている場合じゃ無いな。まずは現状を把握しておかないと」


 此処は異世界。深い森の中。

 いつ野生生物に出会うか判らない。

 判っているのは、少し背が伸びて、馬鹿でかい木が生えている事だけだ。


 まずは装備のチェック。

 上着は長袖の白シャツ。肌触り的に綿百パーだろう。

 カーキ色のパンツに皮の編み上げブーツ。


 よくある異世界アニメのザ・村人だ。

 武器や防具は身につけていない。

 それと、銀色に輝くドッグタグが胸元に輝いている。

 首から提げるタイプで、戦争映画でよく見かける識別標だ。。


「容姿のリクエストはダビデ、素っ裸じゃ無いだけ良しとしよう」


 そう、俺は前向きなのだ。


 ふと見ると世界樹の根元に布製の袋が落ちている。

 口元をひもで引き絞るタイプで、俺の身長の半分程の大きさ。


「これに必要な物が入っているパターンね」


 可能であればリュックタイプが良かったんだけれどね。

 持ち運びと移動が楽だからね。

 その辺の気遣いが出来ないのがクレティアさんクオリティーなのだろう。


 まあ、贅沢は禁物。

 これから揃えれば良い。


「♪何が出るかな♪何が出るかな♪チャラランランチャラララ♪」


 期待を胸に袋を開く。


 ・着替え上下(色違い各三着)

 ・マント?

 ・木製の食器ワンセット

 ・寝袋

 ・短剣

 ・保存食(ジャーキー、カロリーバー)


「着替え多くない?」

 確かに助かりはするけれど。毎日同じ服は嫌だし。

 

「食料はざっと三日分程度かな」

 

 さっさと移動してしまえという事かな?

 街まで長く見て三日で着くという事だろう。


 装備的にこの森には危険が無いと考えて良さそうだ。

 武器は短剣一つだからね。

 世界樹のおかげで危険な野生動物は寄りつけないのかな?


 さすが異世界。理屈がよく判らない。


「まずは能力チェックをやっとかないとな」

 

 胸元に輝くドッグタグからチェック。


 ****************

 名前:カミーユ(凸)

 国籍:――(自由民)

 職業:使徒

 従者:――

 ****************


 性別表記は凸なのね。女性は凹なのかな?

 職業の使徒がトラブルを引き寄せそうなのは気のせいでしょうか。

 タグには最低限の表示しか無い。


 今からが本番だ。

 能力チェックの仕方は判っている。

 伊達にラノベを読んでいた訳では無い。

 魔貫光○砲はラノベの定番に無いから使えなかったのだよ。

 そもそも、魔法では無い。と思う……。


「ステータスオープン」

 ……。

 …………。

 ………………。


「鑑定」

 ……。

 …………。

 ………………。


 成る程。そう来ましたか。

 王道スタイルでは無いって事ね。


「ステータス……。オープン……。ウィンドウオープン……。コマンド……」


 少し攻めすぎたかな?

 大丈夫。ラノベ知識をフル活用して行けば問題無い。

 はず……。


 ……。

 …………。

 ………………。


「はあ、はあ、はあ……」


「ラノベの知識が通用しないだと……」


 能力値を確認するあらゆる文言を試したのに、何も反応しない。

 確かにクレティアさんは『現地で確認して』と言った。

 方法はあるはずだ。


「考えろ。諦めるな。答えは必ずある」

 落ち着くために何か飲もう。


 ハッとして荷物が入った袋を逆さまにする。


「飲み物が……」

 食料はあるが水分補給が出来ない。

 かなりヤバイ状況のような気がする。


「グウォォォー」

「バキバキバキバキ」

「ドオォォォーン」

 

 突然何かが叫ぶ声が聞こえた。

 同時に地面が大きく揺れ、音がした方向を見ると土煙が上がっている。


 何かが争っている音と直感的に感じた。


 木々を倒しながら何かがこちらに近づいてくる。


 身体は硬直し動かない。

 視線は何かが近づいてくる方向から離せない。


 木々の隙間から何かの影が見える。


「な、な、な……」


 目の前に巨大な熊が現れた。

 距離にして約二百メートル。

 大きさは推定十メートル。


 大丈夫。奴はまだ俺に気付いていない。

 何とかして奴の視界から入らないように移動しなくては。

 腰を抜かし、尻餅をついた状態で動けないが、手足をバタバタと動かし後ずさりする。


「……」

 

 られる。


 目が合った瞬間悟ってしまった。

 武器は短剣のみ。

 どうあがいても殺られる。

 戦うと言う選択は無い。

 そもそも、喧嘩すらしたことが無いのだ。


 ゴメンよクレティア。

 エルトガドの森で初めて会ったのは巨大な熊さんでした。

 大型トラックよりも大きな巨大な熊さんでした。

 せっかく使徒として転移してきたけれど、開始一時間で終了しそうです。        

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