遺物の爪痕 三-①
「ガァッ!」
「――!」
不意打ちで飛び出したにも関わらず、その化け物は図体に見合わぬ速度でイェトに反応した。振り向きざまに襲ってくる丸太の如き腕を避け、その足元に着地して落ちていた銃を拾う。間髪入れず振り下ろされる追撃を躱し、イェトは化け物に銃を向け躊躇うことなく引き金を引いた。
――ガガガガガガッ!
近距離から放たれたマシンガンの弾が化け物の胴体に命中する。しかし全弾打ち切っても、敵は少し動きを止めただけでダメージを喰らった様子は無かった。しゅうしゅう、とその身が弾痕で焦げるのもそのままに、敵はイェトを見ておもむろに首を傾け――刹那、その手でイェトの首を狙った。
「――っと」
後ろに跳びながら顎を逸らし、その一撃を回避する。硬く鋭いものが首元を通る感触がしたがそれは紙一重の差で彼女の肌には当たらず、着ていたマントの留め具を切り裂いた。
ブチっという音の後、ぼろ切れのような汚れた布が宙を舞う。それを気に留めず敵から距離を取ったイェトは、二本の足と四本の腕で静かに着地した。
「やっぱ、銃は効かないか」
銃撃が効かないなら、残るは打撃と斬撃。恐らく血を流させる斬撃が一番有効だろう。
イェトは二本の腕を床について姿勢を下げながら、もう二本の腕で腰に差していた二本の短剣を抜いた。マントの下に秘匿されていた二本の腕と剣――――それが、彼女の武器だった。
イェトの雰囲気が変わったことに気付いたのか、化け物が唸りながらじりじりと動く。肌を刺す戦いの空気に己が身を巡る血が反応するのを感じながら、イェトはその金の瞳を細め息を吸い、吐いた。
「――、」
一瞬のひと呼吸の後、化け物に向かって走り出す。同時に動き出した敵と接触する前に跳びあがり、空を切る腕の上に空いた手をついて側転しながらイェトはその硬い皮膚に剣を突き立て切り裂いた。
「ガゥアアッ!!」
吠える敵の後ろに着地し振り向きざまにもう一斬り。どれほど硬い皮膚であろうと、それが鋼鉄でもない限りやり方を知っていれば斬ることはできる。イェトは時折蹴り技も交えながら、敵にその刃を浴びせた。
皮膚を裂き、肉を断ち、血を出させる。第三、第四の腕も使いながらイェトは舞うように敵の周りを跳び回り、二本の短剣で相手の肉体を切り刻んだ。
「グゥァァォオッ!」
イェトの剣が敵の身を切り裂く度に血飛沫があがり、彼女を染める。しかし、その小柄な身が真っ赤に染め上げられてもなお、化け物の動きは微塵も鈍らず、ただイェトを捕まえ破壊することを望んでいた。
「――お前……」
捕まれば一瞬で終わる破壊力の攻撃を紙一重で避ける中、血走った化け物の目と視線が合う。理性を失い破壊のみを求めるその血色の光を見て、イェトは確かな既視感を抱いた。
――――こいつ、『同じ』だ。
「グォァアアッ!!」
「――ふぅん、そう」
大の男を噛み裂いた牙がイェトを襲う。しかし彼女はそれを避けることはせず、その顎が己の肩に喰らい付くのに構うことなく手に持つ二本の剣をその喉奥に突き刺した。
「――グゥァッ!?」
急所に深く届いた刃に敵が動きを止めた隙に、噛みつかれていることも気にせず剣を捻って傷をえぐる。そして突き立てられた牙にその肌が引き裂かれるのを甘んじて受けながら、イェトは力づくで己の腕を引き抜いた。
「ガッ、グッ、ゴボッ」
化け物が、ふらつきながら剣を突きさされた喉元をかきむしる。血を吐き、必死に剣を抜こうとするそれの体の上で一度跳ねたイェトは、そのままの勢いで化け物の首を蹴りつけた。
――――バァンッ!
「ガッ……ゥ……!」
化け物の巨体が吹っ飛び、廊下の壁にぶつかる。一拍の間を置き、それは事切れて崩れ落ちた。
――――なんて、圧倒的な『力』。
ネイサンはただ、そう思うことしかできなかった。
敵は完全にその命を停止させたようで、もうピクリとも動かない。自分も何倍もの大きさの相手を、イェトはあっさり倒してしまった。
隠し持っていた剣、そして彼女の言っていた通りの『四本の腕』。その戦いぶりは驚きの連続だったが、何より印象的だったのはその飛び回るような動きと返り血も厭わない容赦のなさだった。
戦いが終わりシンと静まり返る中で、イェトは無表情に敵だったものを見下ろしている。その、血で赤く染まりながらただ立つ様を見て、ネイサンの脳裏に不意に彼女の異名が思い浮かんだ。
蜂のように軽やかに、容赦ない攻撃で敵を殺す血染めの殺し屋――――
――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます